子育て・児童虐待・家族・子育て支援・DV(ドメステッィクバイオレンス)を考える
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★児童虐待や性虐待に関する本の書評です

★★
この国の子どもたちのゆくえ
浅井 春夫

浅井さんは、てっきり「性」のエキスパートだと思っていたけれど、 そうでないということがこの本を読んで判った。 浅井さんは児童養護施設(昔で言う孤児院)の職員だけあって、 福祉的な視点で「日本のこどもたち」の現状を分析している。 子どもをめぐる家庭や地域の現実、課題・問題を切り口にしているかと思うと、 「児童虐待」を詳しく解説していたり、性に関する問題点、 学童クラブなどの役割など、様々な角度から子どもの福祉を考えている。 特に「虐待の写真」はかなりの衝撃!を与えてくれる。 子どもと向き合う時の手法やどのような立場で子どもと関わるべきか、 など具体的な援助の方法なども詳しく書かれているので、非常にわかりやすい。 児童相談所や子どもの福祉分野の支援の現状はかなり厳しい。 一見、新聞などの報道ではかなり改善をしているように言われているが、 実は逆行していることが現場では多くその辺りも指摘されていて、 現場を良く知っているものにとって、 絵に描いた餅の評論になっていないのがとても良いと思った。 非常に判りやすいし、「この国に子どもたちのゆくえ」を 真剣に危惧しているような内容だけあって、説得力があると思う。

 

★★★
児童虐待の社会学
上野 加代子

児童虐待を扱う本の中では、珍しい切り口の本である。もちろん社会学と銘打たれているだけに「虐待にどう対応するのか」というような内容ではない。なぜ今児童虐待なのか?昔から虐待はあったし、今よりもひどいと言えなくもない。間引きにしろ、人身売買にしろ、親子心中にしろ、子どもの命を親が握っていた時代が長く続いた。「虐待から子どもを救う」ことが自明の責務として語られる今「なぜ虐待を問題視するのか?」という問を持っている人がいたとしても、それに答えてくれる人はいない気がする。虐待を支援する現場にいる人にとって、「虐待は防ぐべき問題だ」という捉え方をすると子どもは善で親は悪という単純な善悪を当てはめることになり、親をますます孤立させる。そのためには「なぜ虐待が問題なのか?」を直接支援する側の人間は常に問いかけなければいけないと私は感じていた。この本を読んで、私のこんな疑問に回答となるヒントを見つけた気がする。おそらく、完全な解決(納得)は無いのだろう。しかし、なぜこの時代に「児童虐待」の問題が大きくなるのか、そんな疑問を感じることが決して悪いことではないのだと気づかせてくれる本であった。

 

★★
児童虐待時代の福祉臨床学
上野 加代子・他

「福祉臨床学」…なにやら難しい内容が書かれているようだけれど分かりやすく言えば「児童福祉現場からの報告」である。つまりそれぞれの現場ではどういう目的があり、そのため何が行われ、どういう成果があるかが書かれている。ということになれば、良いことばかり書かれているのだろうと思うが、この本はそういう姿勢をとっていない。たとえば虐待のネットワークについて、公的機関はどこでも「虐待のネットワーク作り」が求められ、虐待防止に非常に有効な一手であるかのごとく扱われている。しかし、何事も使いようによってでありこの本ではキチンとネットワークの功罪が書かれている。どんなシステムにも良い点と悪い点があり全てに有効で効果的なものなんて無い。ネットワークがあれば良いのではなく、どのように利用されるかが問題なのである。もしあなた自身、虐待防止を理由に自分の過去や子どもの情報などが他人に知られているとしたらどうだろうか?しかし現場ではそれが相手のためになるという理念の元、ネットワークでは様々な情報が共有される。私もその場に居るとそれが当たり前になっている。だからこそ、当事者の立場に立って考えないとネットワークは「功」よりも「罪」の方が大きくなる可能性もあると思うのだ。そんな思いを共有できる現場の人間が少ない。しかし同じような思いでいる人間が他にも居ると分かったという意味で、この本は私とってとてもためになる本であった。

 

まずは子どもを抱きしめて
加藤 曜子

〜親子を虐待から救うネットワークの力〜という副題に惹かれて買ってみた。 虐待について・虐待の事例など、最近の子育てや虐待の現状についての解説と、 それを救うために必要なネットワークや社会資源・地域資源などについての解説がわか りやすく書かれている。虐待に関して理解するためには、読みやすい一冊。 入門書という感じになるだろうか・・・。最後には、児童相談所や、 相談機関の名前なども具体的に記載されている。

 

★★★
児童虐待ー現場からの提言
川崎 二三彦

現場の児童福祉司による児童虐待・児童相談所の現実が赤裸々に綴られた一冊。この本を読むといかに児童虐待という問題が複雑かということがわかる。また児童相談所の苦悩ぶりや苦闘ぶりが伝わるだろう。

「児童の相談」は「大人の相談」に比べて法的な整備が立ち遅れている。そのあおりを受けて、児童相談所は「児童の保護」と「保護者のケアー」という、時には相反する役割を担わされている。そのことの混乱のしわ寄せは、どこに跳ね返るのだろうか?

私たち大人が無責任に「虐待はケシカラン」と声高に叫んでいるだけではなく、どういうことが問題なのかじっくりと考えるために読んで欲しい一冊である。

 

★★★
子どもが語る施設の暮らし
子どもが語る施設の暮らし編集委員

今どのぐらいの人が“養護施設”を知っているだろうか?虐待の問題がクローズアップされているが、日本では虐待を受けた子どもたちのほとんどがこの「養護施設」に入所しているという事実を。
この施設で暮らす子どもたちが語っていることを一言で表すと「大人が責任を持ってほしい」 「大人がもっとキチンと話を聞いて、その人の立場に立って考えてほしい」ということ、だろう。 それは自分たちの言う事を全て聞き入れて欲しいということではない。
信頼できるはずの家庭を離れ、血縁関係のない人々と暮らす子どもたち。 ここに出てくる子どもたちは高校生である。高校進学が当たり前のこととされている現在でも、 施設の子どもたちの高校進学率はきわめて低いのが現実なのだ (6割にも満たない。専門学校を含めても7割。大学進学率は、数字に表わせない!ほど低い)。この本は出生家族に恵まれない子どもたちの社会的なサポートをどのように受け止めているのか、子ども自身が語っていることに大きな意味があると思う。
この中に出てくる子どもたちのように身近な大人に裏切られても、 それでも賢明に生きようとする子どもがたくさん居るのだ。 そんな状況を少しでも知って欲しいと心から思う、そんな本だ。

 

★★★
子どもが語る施設の暮らし 2
子どもが語る施設の暮らし2編集委員

第一弾に比べて大きく違うのは、施設職員とジャーナリストで、座談会を行っている点。 施設の職員だけでなくジャーナリストが参加する事でかなり突っ込んだ話が出ている 。施設の職員の問題性や施設が抱える問題点なども非常に分かりやすい。 これを読んで改めて思ったことは、子どもたちの成長に欠かせないのは 「信頼できる大人の存在」と言う事だろう。 親ではなくても信頼できる大人の存在を必要としている子どもたち。 子育ては決して親だけが頑張れば良いということではない。 子どもたちはどんな大人に育てられようとも、 やがては自らも“大人”として世の中に巣立っていく。 そのときに、大人としての責任感や生き方を知らずに生きていくというのでは、 あまりにもつらく苦しい。施設の子どもたちは、 自分が施設で育っているということを語る事は少ないと言うが、 実は私たちの周りにも施設で育った人(少しの期間でも)が意外と多いのかな?と思った。 しかし、黙して語らず・・・放置されつづけているのかもしれない。 彼らが経験してきたことを他人事で済ませるほど、 私は子育てを楽しく前向きに頑張ってきたわけではない。 今の世の中、子どもを持つ親にとって虐待は身近であり、 施設の問題も決して浮世離れした遠い世界の問題ではない。 人はいかにして“人”になるのかを考えさせられる、 また子どもにとっての大人の役割を改めて考えさせられる本だ。

 

★★
なぜ子どもを殴るのか
上村 順子

虐待防止センターから発行されている本。 上村先生は、「めだかメンタルクリニック」の医師。 虐待をしてしまうという大人の治療にあたっている数少ない医師の一人である。虐待にしろ、 アルコール依存にしろ、根っこの問題は同じであるとも言える。つまり“嗜癖”と言われている 、一種のやめられない病気=癖である。なぜやめられないのか?それは、 なかなか難しい問題である。しかし、上村先生は虐待をする親に治療は必要だと主張する。 虐待をする親がいる事自体信じられない人にとって、「親なら子どもはかわいいはずのに、 どうして子どもを殴るの?やめる気になればやめられるはず!」と思っているかもしれない。 しかし、気の持ちようで解決するほど簡単な問題ではないというのが、 虐待を理解する第一歩となる。・・・でも、たぶん幸せに生きてきた人は、 それでも「気の持ちよう」と思うのだろうな。そう!幸せな人たちというのは、 まっとうに生きようとしているのに、なぜか過酷な人生を生きるしかなかった人たちに対して 「それはあなたにも原因があるのよ」と思うのもだから。強者の論理からは、 虐待の本質は見えない、と思う。

 

★★
子どもの愛し方がわからない親たち
斉藤 学

図書館で、思わず手にとっておきながら 「こんな分厚い本を読みきれるのか」と不安だった。 しかし、書かれている内容はとても読みやすくて、 ガンガン読み進むことができた。これを最初に書いた頃には「児童虐待」などと いう言葉もほとんど知られていない頃だったのだろうと思う。 たった12年前のことなのに。だから、児童相談所の話がたくさん出てくるが、 今では考えられないような児童相談所の対応。それを思うと、 児童相談所も変わったと思うし、虐待に対する認識もまったく違う感じがする。 しかし、その一方で虐待の問題は今でも相変わらず、 10数年前に斉藤氏が指摘していたことと変化が無い、 というのか本質に流れている問題は変わっていない。 そして、児童関係の専門家の虐待の認識が深まっているにも関わらず、 虐待の問題は小さくなるどころか大きくなる一方だ。そのことに目を向けない限り、 対処療法ではちっとも解決に向かわないという気がする。 虐待をする人の身になって、根本の対応策を考えない限り、虐待!虐待!と叫んでも、 問題は減ってはいかないだろう。この本を読んで、 「古い」と思った部分もあるが、 「今でも変わりなく・・・」という部分がたくさんあり、 とてもよい参考になったが、それって「良い」ことなのだろうか?だってこの12年間、 虐待防止法も制定されたのに、ほとんど変わってないということだから…。

 

★★★
子どもを病人にしたてる親たち
坂井 聖二

「代理によるミュンヒハウゼン症候群」という言葉を知っている人は少ないだろう。 児童虐待の一種類として分類している人もいる。どういう虐待なのか? それはこの本を読めばおぼろげながら見えてくる。 子どもが病気になって欲しいと思う親は少ないだろう。 しかし、この代理によるミュンヒハウゼン症候群にでてくる親は、 子どもを病気に仕立て上げる!なぜ、そんなことになるのか? そのことは明らかになっていない。 でも、これを実行するにはかなりの医学的な知識がないとできないという気がする。 虐待は、家族病理として根が深い問題と思う。「子どもが可愛ければ、虐待なんてしない」 と考えている人たちは、何事も単純に解決がつくと思っているのだろう。 虐待は、とても複雑な人間関係や環境の問題が絡み合っている事が多い。 そのもつれた糸を解きほぐすのは、容易ではない。この本に書かれている親子も、 「なぜそこまでして、子どもを介護したいのだろう?」と思うが、 そうせずにいられない何かがあるのだろう・・・。 とても、分かりやすい内容であるが、問題は複雑で理解するのが難しいのかも知れない。 ぜひ、一度読んでみてほしい。

 

★★
ちいさなわたしをだきしめて
椎名 篤子

副題に「子どもをあいせなくなったあなたへ」というタイトルがついている。 この題が示すように、子どもについ辛く当ってしまう母親に語りかける物語。 わが子を愛せないと悩んでしまう原因は、実は自分自身が親から愛してもらっていない という記憶では?と語りかける。絵本仕立てで、自分の小さい頃を探してさまよう「私」。 これを読んで、ここに書かれているのは私のこと?と思う人がいるのかもしれない。 30分ぐらいで読んでしまえるので、子どもが可愛くない・愛せないと悩んでいるあなた・・・ 、一度手にとって読んでみませんか?

 

★★
愛を乞う人々new
下田 治美

この小説は主人公の女性が自分の父親の遺骨を探すという物語である。彼女は母親に捨てられ、父子で質素ながら平和に生活している。しかしある時父親の病気が重くなったため施設で暮らすことになった。しかし父親の死亡がきっかけで母親に引き取られ…家を出るまで母親らか暴力を受けて育つことになる。なぜ父親の元で暮らし続けることができなかったのか、葬儀には出席したけれど、父親の骨一つ持っていないのはなぜなのか。幼かった頃の記憶を辿りつつ、優しかった父親の遺骨の行方と自分のルーツと親への愛を探す…そんな物語だ。推理小説ではないけれど、次々に明るみにでる事実に向き合いながら遺骨を捜す物語はまるでサスペンスのようだ。虐待されてもなおかつ気丈に生きる主人公を支えたもの、今の世の中では考えられない人情あふれる人たちがいたことが、この主人公を救ってきたのではないだろうか?そんなことを考えさせる物語であった。

 

★★
シーラと呼ばれた子
トリイ・ヘイデン

知人から勧められて読んだ。 虐待を受けた子どもの物語だが、ストーリー形式は初めてだったので、 最初はかなり違和感を感じた部分もあった。しかし、読み進むうちにその違和感も少なくなった。 「タイガーと呼ばれた子」は続編で、 知人によれば本編の方が「好き」という人が多いらしい。 シーラが著者であるトリイと出会って、人間らしい感情を取り戻していく過程が描かれている。 私の違和感というのは、あまりにできすぎのような話で、 虐待の現場に近い仕事をしている私にとって、 「現実はこんな風にうまくいかずに悩んでいる人が多いのだ」と思ってしまったところだった。 「タイガーと呼ばれた子」を読んでその違和感は払拭されたが、 「シーラと呼ばれた子」を読んで、 とっても感激したという人は続編は読まないほうが良いのかもしれない。

 

★★★
タイガーと呼ばれた子
トリイ・ヘイデン

「シーラと呼ばれた子」の続編。 この2冊を読んで、これはノンフィクション物語だと納得できた。 シーラと出会い半年過ごした後に別れたトリイが、シーラと再び出会い、過ごした経過の物語。 「シーラと呼ばれた子」で感じた違和感を シーラ自身が感じてるようで『シーラと呼ばれた子』 を彼女が初めて読んだ時「これはトリイがそういう風に思っただけでしょう?」 と冷たく言い放つ場面が書かれていた。 虐待を受けた子どもたちの苦しみが赤裸々に書かれていたし、 その中でも希望があることを信じさせてくれる内容だった。 本編に違和感を感じた人は、この本を読むと納得できるような気がする。

 

★★★
子どもの虐待を考える
玉井 邦夫

虐待に関する本で、有名なのは「西澤 哲」さんや「斉藤 学」さんだろう。本屋さんで、この 本を見つけたときには「この人誰?」という感じだった。とにかく、読んでみたくなるような題名 だったから買ってみた。しかし、虐待に関する本の中では、一番にあげられるぐらい良かった。 (とはいえ、支援する立場にない人は、この本を読んでもイマイチどう良かったのか、分からない かもしれない。それなりに読みやすい内容なので、誰が読んでも良い内容だとは思うが…。) 虐待の現場の支援者だけでなく、保育園や学童・学校で「問題を感じる」子ども達の支援を 考えるときに、この本は非常に役立つと思う。特に、虐待を受けている子ども達が、どんな 反応や行動を示すのか具体的に書かれていて、それに対して、どのように問題を捉え、行動して いったら良いのか、分かりやすく解説されている。その上、嬉しいのは“それでも上手くいかない” ことがあることを、そんな時には、自分のやったこと「責めずに」「挫けずに」周りと連携を 取って支えてもらいながら、少しずつでも進んでいけば良いのだ、と暖かく応援してくれて いるところだ。
この本の中の一文を引用したい。「ニュースは今日も虐待の報道を続け、公共広告 は傷だらけのぬいぐるみを見せつけながらこう言い放ちます。「それでも虐待するのですか?」
もう一度書きましょう。虐待は複雑な現象です。その対処はとても困難で、関わった人たちは 混乱し、消耗し、多くの苦しみを体験します。しかし、それでも虐待は絶望の入り口では ありません。あなたが心のどこかで「存在」をほめてくれる人をいつまでもいつまでも 待ち望んでいるように、虐待を受けた子どももまた、「その人」を待ち望んでいます。
あなたが陥りかけている、親子という迷路の中で、なんとか一緒に道を探そうとしている人 たちがたくさんいます。あなたの中で祈りつづけている声に、耳を貸そうとする人たちが たくさんいるのです。あきらめて投げやりになったとしても、いつの日か誰かにあなたの 胸の内を伝えて欲しいのです。そのことが、きっと何かを変え始めるはずです。」  

 

★★★
子どもになれなかった子どもたち
津崎 哲郎

児童相談所に勤務していた方だけに非常に現実に即した内容となっていて読み応えのある一冊。児童福祉現場の現実がよく分かる。児童相談所に来る親子の問題だけでなく、その問題を取り巻く現場対応の現実や問題点も明らかなっている。虐待の問題を論じる時に、いつも「助ける」ことばかりが強調されるが、助けた後のことは水面下にもぐったまま。子どもを虐待現場から離なせば、「救われる」訳ではない。非行も結局子どもにとって家庭が自分の本当の居場所となっていなかったことが始まりであることがほとんどである。「自分を大切にすること」を学習していない子どもたちに「非行は良くない」と諭しても何にもならない。大人の問題を「子どもが問題だ」と摩り替えても、一つも解決には向かえないことがこの本から伝わるだろう。子どもにとって「育つ」ということ、大人にとって「育てる」ことの意味を、大人たちはもう一度真摯に謙虚に受け止めるべきではないだろうか?この本に書かれている子どもたちを「他人事」として片付けるような人が増えることが、虐待を容認することにつながると思う。うまり「子どもになれなかった子ども」は「大人になれない大人たち」になる可能性があるのだと肝に銘じようと思う。

 

★★
子どもの虐待ーその実態と援助ー
津崎 哲郎

児童相談所の職員だった著者らしい内容である。主に児童相談所に寄せられる具体的な事例を数多く挙げながら、援助内容だけではなく、虐待の種類・虐待が起きる背景・虐待が起きている家庭が置かれている状況なども含めて詳しく解説している。特に児童相談所の虐待対応について知りたい人には非常に良い本である。児童相談所と他機関との連携内容や限界、現時点での連携上の問題なども触れられていて、援助の限界についても考えさせれれる内容となっている。この本の特徴は事例にそった援助内容の解説が書かれているところであり、そのことにより理解しやすい内容となり非常に好感が持てる。

 

★★
親子の「再生」に向けて
西澤 哲

虐待防止センターから発行されている本。とても読みやすい分量なので、アッという間に読めてしまう。虐待をしてしまう家族・親子の関係を分かりやすく解説してくれた上、どういう風に関われば良いのか、ポイントをついて説明してくれている良書。西澤先生は、どの本を読んでも虐待をしてしまう家族に対しての眼差しがやさしく暖かい。

 

★★
子どものトラウマ
西澤 哲

子どもの虐待に関してこの人の右に出る人はいないといわれるほど、子どもの虐待の 心理的な影響に関しての研究が深い。この本は子ども時代にうけた心の傷が トラウマとして心に取り込まれるのは、どういうことなのかを詳しく書いている。心の傷を 一つも受けずに人生を終える人はおそらくいない。しかし、受けた傷がトラウマとして残るか どうかは、受けた傷をどのように処理したかということが鍵のようである。受けた傷を 自分の中で統合された過去の傷として認知されると、ある程度その問題を受け止めたという ことになる。しかし、トラウマという現象は何らかの理由で受けた心の傷の記憶を、意識に統合 されないまま一つの塊となって、心の奥にしまいこまれた状態らしい。だから、無理して そのトラウマを引っ張り出すと、そのまま心の病にかかる人もいるようだ。これを読むと やたらとカウンセリング流行の世の中だけれど、簡単に「人の話を聴いて、癒してあげよう」 などと考えるのは、恐ろしいことのような気がした。そういえば、トラウマは人格の内在化という現象が 起きるのだという西澤氏の説と、先日ある学習会で聞いたヘネシー澄子氏の、虐待で 受けた傷は脳の一番奥にある脳幹にゆがみを生じさせる現象なのだと話していたことと、どこか共通 しているように感じた。とにかく、人格の奥深くを傷つける現象であることは、確かなのかも しれない。

 

★★
子どもの虐待〜子どもと家族への治療アプローチ〜
西澤 哲

子どもの虐待の治療に関する専門書だが、非常に読みやすい。 また、子どもを虐待する親の問題点・虐待の分類・虐待の及ぼす影響などなど、 虐待に関して最低限押さえておかなければいけない情報も網羅されている。 西澤氏の本はどれも専門的な内容が分かりやすく書かれているので、ぜひ読んで欲しい。 特に性的虐待に関して、かなり詳しく解説されている。虐待を受けた子どもの 治療という部分は、非常に専門的なので、「こんなこと風に治療するのだな…」と いう感じで、そのような子どもと治療関係になる可能性が少ない私には、 「とても自分にはできそうにない」という感想を持った。虐待を受けた子どもの治療 というのは壮絶だ…。しかし、「人間は再生する力がある」ということも 実感できるのだろう。そうでなければ、こんな大変な作業をやり続けることはできない と思う。治療者も真剣勝負で子どもと対峙している姿がひしひしと伝わる内容だった。

 

★★
性的虐待を受けた子どもから話を聞くには
西澤 哲

「アナトミカル・ドル」とは性器などがキチンとついた人形であるらしい。大人と子どもの人形があるらしいけれど、アメリカなどで性虐待を受けたと思われる子どもに話を聞くときに使用する人形だという。私は一度も見たことがないのだけれど、小さい子どもに事実関係を確かめるために使うのはとても有効な人形のようだ。でも利用の方法にはかなりの専門性が必要だということだ。いずれにせよ性虐待そのものが取り扱いの難しい問題であると思う。子どもにとって親から性的な侵入を受けることがどれほど大きな傷になるのか、もっともっと多くの人に伝えるべきことであるように思う。何も悪くないのに一生苦しむなんて…あまりにも理不尽だと憤りを感じる。

 

★★
虐待という迷宮
信田さよ子・他

虐待をされた体験を持つシェナ・キャンベルさん・ 、薬物依存などの依存症から回復した上岡陽江さん・カウンセラーである信田さんの対談集。 「児童虐待」という問題がいかに根の深い問題であるか如実に判るような、 壮絶な体験の持ち主達の話である。 暴力がどのように処理されるのか、 暴力性の行方を丹念に見つめている3人の話がとても心に響く。 被害者のように見える女性 (たとえば、夫に従順に従う妻・配偶者(夫)による暴力に耐え家族を支え続ける母) の加害性を指摘しているところが実は非常に恐ろしい。 しかし、その事実を真正面から捉えている。 この潔さを「スゴイ!」と感じる人が増えると、 少しは世の中も変わると思うが、自分の暴力性を認めることほど辛いことは無い。 「家族のため」と耐え忍んでいる母親が、 いかに子ども達を暴力的に抑圧しているか、 という事実にどれだけ向き合えるのだろうか。 この本を読んで、「虐待」の問題は非常識な親による間違った“しつけ”という観点や 他人事ではなく、 子どもをしっかり育てていると思っている人たちにとっても、 大いに関係があることだとそろそろ気がつかなければいけないと思うのは私だけだろうか。

 

★★

蘇える魂

穂積 純

性的虐待は、日本の「児童虐待の防止に関する法律」 で定められているところによると、「保護者、または同居人による」ものである。 なので兄弟や親戚・身近な年長者による性暴力は、「性的虐待」にはならない。 穂積さんは、実兄から性的な暴力を受けた。 しかし、その暴力だけが彼女を苦しめたわけではない。 その後の親との葛藤も彼女の人生をズタズタにした。「家族内の暴力」の問題は、 暴力をふるう者とふるわれた者との関係だけに留まらないと思う。 結局、家族の中の機能不全から「虐待」が起きたり、DVが起きたりするのだろう。 家族が家族として機能するというのは、どういうことなのだろうか。 とても難しい問題だと思う。 穂積さんは性的暴力(虐待)が起きた家族を捨てる決心がついたことで、 何とか回復しようという勇気がでたようだ。しかし、自分の名前を捨ててまで、 自分の人生そのものを否定しなければいけない彼女の苦しみを思うと胸がいたい。 こんな十字架を彼女に課した本人は、どれほどの罪の意識があるのだろうか? 自分も含めて、暴力をふるった方は「たいしたことがない」と思い、 ふるわれた方は一生の傷が残るほどの痛みを背負うこともあるのだ、 ということをまざまざと突きつけられる本であった。

 

★★
心の目で見る子どもの虐待
広岡 智子

著者は「子どもの虐待防止センター」代表である。 「虐待」という問題をどう理解すればよいのか、分かりやすく書いてくれている。 親である以上は子どもを可愛がって当然、という固定観念にとらわれている人は多い。 しかし、そういう主張ができる人は 「人間は学習してきてないことを実行するということが困難である」 という事実を理解できていない。「虐待」をしてしまう人は、 決して鬼のような人間だからではない。他人(親を含めた)や社会から、 現在、可愛がられていない状況に追い込まれているか、 今まで一度も可愛がられてきた経験が無いか、 いずれにせよ様々の事情で追い詰められているからこそ、子どもを適切に養育できないのだ。 誰しも、そんな状況に追いやられてしまえば、 同じように「虐待」に走ったかもしれないと思う。 が、そういった「人の身になって考える」という想像力が無いと、 「虐待をする親が理解できない」と言うことになってしまう 。だから、「虐待をする人をただ責めれば問題が解決できるというような 単純な問題ではない」と著者である広岡さんは何度も繰り返し説明している。 私がこの本の中で一番印象に残った言葉は、 「子どもは大人を平等に評価する天才である」だった。子どもは大人の本質を見抜く 天才であると私もいつも思っている。

 

★★
施設でくらす子どもたち
平湯 真人

浅井さんは、てっきり「性」のエキスパートだと思っていたけれど、 そうでないということがこの本を読んで判った。 浅井さんは児童養護施設(昔で言う孤児院)の職員だけあって、 福祉的な視点で「日本のこどもたち」の現状を分析している。 子どもをめぐる家庭や地域の現実、課題・問題を切り口にしているかと思うと、 「児童虐待」を詳しく解説していたり、性に関する問題点、 学童クラブなどの役割など、様々な角度から子どもの福祉を考えている。 特に「虐待の写真」はかなりの衝撃!を与えてくれる。 子どもと向き合う時の手法やどのような立場で子どもと関わるべきか、 など具体的な援助の方法なども詳しく書かれているので、非常にわかりやすい。 児童相談所や子どもの福祉分野の支援の現状はかなり厳しい。 一見、新聞などの報道ではかなり改善をしているように言われているが、 実は逆行していることが現場では多くその辺りも指摘されていて、 現場を良く知っているものにとって、 絵に描いた餅の評論になっていないのがとても良いと思った。 非常に判りやすいし、「この国に子どもたちのゆくえ」を 真剣に危惧しているような内容だけあって、説得力があると思う。

 

★★
新版子ども虐待(いじめ)の防止力を育てる
村本 邦子・西順子・前村よう子

村本邦子さんの本を以前読んだことがあり、著者に惹かれこの本を読んだ。児童虐待という範疇だけでなく、広く「子どもへの暴力」を取り上げ、その実態や対応について子どもの権利なども絡めながら書かれた本である。特に「性虐待」について詳しく書かれている。なぜなら「性虐待」は思っている以上に身近に起きているにも関わらず、声を上げることができない問題だからである。子どもたちの「虐待防止力」を高めるために必要なことは、自分の身体を大切にしてもいいよのメッセージとそれを侵された時にはSOSを出して良いということを子どもに伝えることである。子どもに権利を教えるとわがままになるという論議が起きるが、子どもが自分の権利を守ることが相手の権利を守ることにつながるということを実証してくれるような内容となっている気がする。

 

★★
自立支援の児童養護施設
望月 章

児童虐待の問題が大きくなり、虐待児童の受け皿としての児童養護施設の自立支援についてようやく考えられるようになってきた。児童福祉施設の子どもたちの高校進学率は60〜70%程度。その上の大学や専門学校の進学率は目も当てられないほど低い。児童福祉法は0〜18才までの子どもが対象であるがゆえ、18歳以上の子どもというのは、上級学校に行くとなると学費・住居費・生活費を自分で出さなければいけない・・・。家庭が安定していなかったために、勉強できる環境を用意されていない子どもにとって、高校をキチンと卒業することだけでも大変である。今の時代「中卒」で経済的自立を果たせる子ども(大人)がどれだけいるのか、想像してもらうとわかるだろう。なぜ「養護施設の自立支援」が必要なのか、今頃になってやっと考えてくれるようになったのか?と呆然としてしまうほど、施設の子どもたちに対する人権問題は根が深いと思う。この本を読むと、その一端が理解してもらえるのではないだろうか。虐待を受けた子どもや家庭的に恵まれていない「子どもの権利」を考える時にどれほどの困難が待っているか、それをぜひ多くの人に知って欲しい。

 

★★ 
子どもの福祉とこころ
村瀬嘉代子・高橋利一

児童養護施設に入っている子どもは、親と何らかの事情で暮らせない。 だからこそ、親を求める気持ちもきっと強いのだろう 。この本は、施設の子どもたちが成長の中でどのように家族を受け止め 、親を受け止め、そして自分自身を受け止めていくのかを、 施設の職員と心理士の村瀬さんとで、学習しあった記録である。 虐待を受けると言うのは、身体暴力を受けることだけにとどまらない。 子どもにとって、どんな理由にせよ見捨てられるのは、心を傷つける最大の虐待でもある。 しかし、それを乗り越える力も持っているのだ。そういう現場に居合わせて日々、 苦闘している施設の職員の大変さと、その存在の重要性を感じた。

 

★★
新・子どもの虐待
森田 ゆり

岩波ブックレット。非常に薄い本の中に、虐待の問題が網羅的に載っていて 虐待に興味を持ち始め、 とりあえず虐待を理解したいと思っている人にはお勧めの本である。 性虐待の問題も、とかく「そんなことがあるはずがない」 と蓋をされがちな内容だけれど、 決して少なくないことがこの本を読めば分かってもらえるはずである。 特に私にとって良かったのは、 虐待を受けた子どもから話を聴くときの具体的な方法が示されていた部分である。 子どもから話を聴くときの基本姿勢は、 虐待を受けた・受けない、に関わらず共通する部分が大きいと感じた。 @指導やお説教ではなく、子どもの話を否定せずに聴く A冷静に聴く  B子どもの話を信じる Cあなたは悪くないと伝える  などがそれらに当たるのではないだろうか

 

★★
セクシュアル・アビューズ
山口 遼子

セクシャルアビューズとは、性的虐待とも言われる児童虐待の1つである。 性的虐待のほとんどは、虐待を受けていることすら分からないまま放置されてしまう。 多くの人たちにとって、性的虐待は非常に特殊な家庭でおきる事だと思われているが、 実態はかなり違っているらしい。家庭内での性的虐待だけでなく、 レイプや性的な暴力の多くが実は身近な知り合いから受けることも 意外と知られていない事実だ。(夫婦間でも望んでいないセックスはレイプである) いかなる暴力もふるう側にとっては、“たいした事のない小さなこと”として扱われる。 しかし、ふるわれる側にとっては、一生を左右するぐらいの衝撃とトラウマを残す。 だが、それ以上に辛いのは、実は勇気を持って訴えても、誰も味方が見つからないことなのだ。 「あなたは悪くない」と言ってくれる大人がいないことなのだ・・・。 その事実の重さを教えてくれる一冊である。この本を読んで、 実は自分が性的虐待を受けていたという事実に気がついてしまう事もあるかもしれない。 巻末には癒しの機関として虐待を訴える機関などが記されている親切さも備わっている。

 

★★
子ども虐待
ー今、学校・地域社会は何ができるかー
山下英三郎・石井小夜子 他

学校では思いのほか虐待に対する認識は薄い。「虐待」として報道される子どもたちたちは児童虐待の中でも際立ってひどい状況である。しかし多くの教師たちは虐待を「死と隣り合わせなひどい内容」という感覚で捉えているため、日常的な「親による暴力」は虐待ではなく「しつけ」として受け止められ「虐待」と気が付かれないことが多い。

また教師により暴力も「教育活動」の一つとして、教師は考えてしまう。この本ではそのあたりの認識についての問題を指摘している内容となっている。ただし、不登校の生徒が虐待死したことにより不登校への圧力が再度大きくなっている現実に対しての違和感もしっかり主張されていて、虐待という問題の複雑さが改めて表現されている。

教師は「しつけ」「管理」という立場ではなく「助ける証人」としての役割を担っているということが判りやすく伝えられている本である。

 

★★★
子どもと性被害
吉田 タカコ

この本を読むといかに性被害に子ども達があっているかが、分かるだろうし、性被害と一口に 言っても、様々な被害があることを知るだろう。性被害を受けた人がその後の人生で どれほどの苦しみを味わうか、本当に「恐ろしい」という気がする。その上、もっと衝撃 的なのは、性被害を受けた子どもほど、再びレイプされたり、性産業に身を投じたりして、 性的な関係に絡め取られていくことだ。にわかに信じがたいような話だが、性的な虐待を 受けた子どももまったく異性を怖がって、近づけないようになるか、自分の方からそういう 関係になろうとするか、異性と適当な距離が取れなくなってしまうということが二次的な被害を 拡大していくということが言われているだけに、加害者の罪深さに震えるぐらい怒りを覚える。 しかし、その一方でこの本を読むと、人間に備わっている再生能力の力に感動を覚える。 性的虐待を防止するためには、性教育の大切さを力説しているが、 性教育をしなくても良いという人は、こういう性被害を受けた 人たちのことを考えたことがあるのだろうか。最近の性教育バッシングに関して、 怒りを禁じえない!