不思議な体験
ここでは、わたしに起こった不思議な体験をご紹介します。
それは、わたしが気づきに至った経緯でもあります。

 1.3つのアルファベット・・・精神世界との出会い
 2.気(エネルギー)を感じとる
 3.宗教関係からの誘いを断わる
 4.過去生のヴィジョンを見る・・・瞑想との出会い
 5.ドリームコンタクト・・・宇宙へ・・・!
 6.白い家の男性・・・わたしを完全に愛する人
 7.出産後ハートチャクラが開く
 8.宇宙との交信・・・突然やってきたメッセージ
 9.Kさんとの出会い・・・体験の意味が少し顔を出す
10.母に愛を・・・
11.ワクワクする気持ち・・・共時性の連続
12.付記・・・その後の展開・・・カルマの精算

●3つのアルファベット・・・精神世界との出会い●

1994年の冬のある日、わたしは眠ろうとして明かりを消し、布団に入りました。
目を閉じると、まぶたの中がまるで映画のスクリーンのように、均一の黒になっている
ことに気がつきました。
なんだろう? と思って見ていると、見たこともない奇妙な文字が、左から右へと並んでいきました。
これは一体なに?!
驚くわたしをよそに、奇妙な文字はズラズラ・・・と整列し、消えました。
目を開けると、スクリーンはなく、ただ月明かりに照らされた部屋が、ぼおっと見えただけでした。

それから幾日か経ったある夜、また寝ようとしたら、目の中にスクリーンが現われました。
今度は奇妙な文字がもっと速く、ズラズラズラ・・・と並んでいきます。
目も眩むスピードに、恐怖に似た感情を持った時、ページがめくられました。
「ページ」。そう、それは本だったのです。
次のページもまた、見たことのない文字の羅列で埋めつくされていきました。
またページがめくられます・・・また次も・・・また次も・・・。
息つく暇もなく見ていたわたしの目の中で、本は閉じられました。
それはずいぶん分厚い本でした。黒っぽい硬い表紙に思われました。
それから、その本を持っている「人の手」が見えました!
それは男性で、年は中年か初老といった感じ。額の広い、柔和な紳士という印象でした。
スーツのような、黒っぽい服を着ていました。
はっきりと目鼻立ちを見たわけではないのですが、そう感じました。
そのとたん、目の中のスクリーンは消えました。

?????
わたしはこの体験の意味を、まったく理解できませんでした。
「あれは宇宙人か?」 と感じました。でもまた一方で「そんなはずないだろう・・・」と
打消しもしました。
2度あることは3度ある? と待ちましたが、期待している間は、何も起こりませんでした。

しばらくして、このことをもう忘れかけた頃です。
またもや、閉じた目の中にスクリーンが現われました!
今度はゆっくりと文字が浮かび、それから声が・・・テレパシーのように聞こえました。
「アルファベットを教えてあげよう」
わたしは飛び起きて、紙とペンを取りました。目を閉じると、まだスクリーンのままでした。
文字が見えます。「これがR・・・」と声が言います。
わたしは書き留めました。
また違う文字が現われ、「これがA・・・」。
そのようにして、3つのアルファベットを与えられました。

翌日から、わたしは紙に書いたものの意味を探し始めました。
まるで見たことのない文字です。
外国の文字? けれど、いろいろな本を探しても、それらしいものに出会えません。
古代文字? けれど、どれとも似ていません。
それではあれは宇宙文字? やっぱり宇宙人だったのか?
最初は文字を中心に探していたのですが、そう思ってからは書店で宇宙人やUFOの本がある
コーナーに足を向けました。
そこで、ふと目に留まったのが、『プレアデス+かく語りき』という本でした。
パラパラとめくるうち、「本が、たまたま棚から落ちてきたら、その本を読んでください」という文章に
心惹かれました。
それを買って帰り、読み進んでびっくりしました!
第17章「光の言語」の中に「このアルファベットがあなた方の先生になってくれるでしょう」とあった
のです!

『プレアデス+かく語りき』はその後何度も読み返し、わたしの大切な本となりました。
わたしの体験の答えは本の中には見つかりませんでしたが、この本との出会いは、それまで
知らなかった精神世界への扉を開くきっかけとなり、謎のアルファベットは、その意味を探す精神世界の
旅の、まさに先生になってくれました。

何故こんな体験をしたのかわかりませんでしたが、その頃わたしはとても思い悩んでいました。
すでに結婚して実家を離れてはいましたが、それでもずっと育った家庭の問題が、重くのしかかって
いたのです。ひきこもってしまう時期すらありました。
来る日も来る日も、鬱々と悩み続けていました・・・。
そんなある日、母親からあまりにもひどいことを言われ、わたしは非常に憤りを覚えました。
生まれて初めて、「こんなやつ、だいっきらいだ!」と自覚したのです。
親を憎むのはいけないことと信じ、自分を制してきたけれど、母がしたことは我慢の限界を超える
ものでした。
「もう母親とは思わない! 顔も合わせたくない!」と自分の怒りを認めました。
そんなふうに自分を認めたのは、初めてのことでした。
あんまり怒ったので、とてもせいせいしました。「もうどうでもいい。わたしはわたしの道を行く!」
その直後に、不思議な体験は起こりました。
今振り返ると、あの時期はわたしにとって、大きな転換期だったのです。
以後半年ほど母とは一切関わりませんでした。
その間、次々と不思議な体験が起こりました。


●気(エネルギー)を感じとる●

わたしは幼い頃から、何かの気(エネルギー)を敏感に感じる体質でした。
よく電車の中などで、「見られている気配」を感じてそちらを見ると、誰かがじっと見ていた・・・という
経験は、どなたもあることと思います。
部屋に一人いる時でも、そんなふうに気を感じるのです。
経験上、それが霊的なもののことも多数ありました。
感じる気は、霊だけではありません。物や人、動物・・・いろいろなものに、それぞれの気を感じます。
小学生の時、校庭で遊んでいる子どもたちのまわりには、オレンジ色の輝くモヤのようなものが
いつでも見えていました。
子どもが走ればモヤも走るし、しゃがめば一緒に小さくなります。
こんなのは誰にでも見えていると思っていましたが、どうもそうではないようでした。
あれはオーラと呼ばれるものだったのかな・・・と思っています。
(中学生の頃は、もう見た記臆がありません。)

わたしが感じる気で、いちばん好きだったのは、いつも不意に空高いところをさーっと通る、爽やかな
エネルギーでした。それはとても美しい感じがしました。
どんなに悲しい時でも、悩んでいる時でも、それが通ると、とたんに晴れやかな気持ちになるのです。
そんな時は、「ああ、またあれが通った」と空を見ました。(・・・と言っても、何も見えないのですが。)
この美しいエネルギーを感じることが、母と関わらなかった半年の間に、前より頻繁にありました。
これは一体何なんだろう・・・? 幼い頃からわたしにとっては馴染みのあるこれにも、ちょっと注意深く
なってみました。
精神世界には興味があるという友人に聞いてみましたが、彼も理解できませんでした。
やはり、この美しいエネルギーのことも、不思議な体験なんだ・・・と気がつきました。

わたしがこうした諸々の気を感じるようになったのは、おそらくは両親の気分次第で怒られたり、優しく
されたりが日常だったので、いつもまわりの気配にアンテナを張っていたせいではないか、と思います。
我が身を守るためには、そうすることが必要だったのです。


●宗教関係からの誘いを断わる●

家庭の問題で悩んでいると知ると、友人や知人は宗教に入ることを勧めてくれました。
どれも違う宗教(関連団体)で、みなそこに入って本当に良かった、と力説してくれました。
けれど、わたしには信念がありました。
高校生の頃から父の影響で、仏教には関心を持っていました。
宗派にこだわらない観点での釈迦の教えなどを、熱心に読んだりもしました。
また、聖書も読み、感動で涙が止まらなかったこともあります。
ですから、宗教に入っていく人の気持ちも、わたしなりにわかります。
けれど、世界にあるたくさんの宗教を比較してみると、そこには共通のテーマがあることに気がつきます。
それは、他を愛することであり、真実を見ることであり、正しい道を歩むこと等です。
きっと、すべての宗教をも包括する、絶対の真理があるはず・・・そう思い続けてきました。
それがわたしの信念です。
心の底には子どもの時から、両親の喧嘩のとばっちりを受けて激しく怒られ、打たれた時にも、
外に出れば優しく包んでくれた静かな夜空----輝く月や星や----への信頼がありました。
見上げるあの宇宙にこそ、きっと真理があるはず、とずっと信じてきました。
そんな理由から、わたしはどんな宗教関係からのお誘いもお断わりしました。
真理の探究を、自分自身でしていきたかったのです。


●過去生のヴィジョンを見る・・・瞑想との出会い●

わたしはよく、はっきりと覚えている夢を見ます。ストーリーも明確なものが多く、
面白半分につけだした夢日記は、10年間でずいぶんたまりました。
その中には過去生らしい夢も含まれていました。
やはり子どもの時から、過去生の夢は見ていましたが、「自分よりはるかに大人の自分(それも
男だったり女だったり)」が登場する夢について、よく理解できませんでした。
さて、この時期には、より具体的な過去生のイメージが、覚醒時にも現われるようになりました。
たとえば、ふっと、「ああ、もうじき雨季がくる」と感じたのには自分でも驚きました。
確かに「雨季の直前にいつも感じる匂い」を察したのです。
ここ東京で、なんで雨季? そう思ったとたん、今度はヴィジョンが見えました。
〜 わたしは女きょうだいと父とで暮らしています。郷里はフランスですが、父の仕事(軍関係)で
ここにいるのです。フランス領のインドシナ、おそらくはベトナムに〜

そんなことがあって、今度は過去生にも前より増して興味がわきました。
この時手に取ったのは『前世発見法』という本でした。
どうしてわたしの家庭は仲良くできないのだろう? 血を分けた親子なのに、何故心を通わせる
ことができないんだろう? そう思い続けていたので、その原因が、もしかしたら過去生を探すことで
見つかるかもしれない・・・と期待を持ちました。

この本には、瞑想によってハイヤーセルフと出会い、対話する方法が詳しく書かれていました。
これまで瞑想というものに興味もなかったのですが、試してみました。
その結果、別段ハイヤーセルフらしい存在も感じませんでしたし、家庭問題の原因を過去生に尋ね
あてることもできませんでした。
けれども、瞑想には何か、心地よいものを感じました。
この本にあるのは、虹をイメージする方法です。
わたしは特に何かを求めるためでもなく、寝る前には布団の中で瞑想をすることが習慣になりました。


●ドリームコンタクト・・・宇宙へ・・・!●

そんなある時、奇妙なのに現実感のある、不思議な夢を見ました。
わたしは寝ている部屋の外にいます。見知らぬ人が一緒でした。共に屋根の上にいるのです。
実際には高所恐怖症なのに、屋根から見る景色はとても新鮮で、楽しいものでした。
他の日には、今度は電線の上にいました。そんな夢を幾度か見ました。
いずれも見知らぬ、それでいて親しく感じられる人が一緒でした。
「この人たちは、姿はわたしたちと似ているけれど、宇宙人だ・・・」という感覚がありました。

ある時、いつものように瞑想をしていたら、急に目の中がぎゅうーっと狭くなるような印象を持ちました。
それはまるで細いトンネルのようでした。
わたし(の意識)は猛スピードでそのトンネルを通っていきました。
そして、長く曲がりくねったトンネルをポーンと通り抜けた時、わたしは宇宙にいました。

宇宙----。
それはとても美しい、静かな空間でした・・・
わたしはそこに一人漂いながら、この空間にいっぱいの愛が満ちていることに気がつきました。
遠くには星々が輝いていました。
いつの間にか、わたしも愛でいっぱいになっていることを感じました。
感謝の思いがあふれ、わたしは全身全霊が愛そのものになったように感じていました・・・

その後は瞑想を始めると、トンネルを通って宇宙へ運ばれる体験が多くなってきました。
ある日、それはほとんど瞑想から心地よい眠りに落ちたのだと思うのですが・・・
トンネルを抜けると、突然惑星が迫りました。
それは大きな環のある、土星でした。
写真でしか見たことのない美しい土星が、今目の前にあることに興奮しました。
そして、次の瞬間、わたしはたくさんの人々と共に、どこかの部屋に入るところでした。
みな、テレパシーで挨拶を交わしました。
わたしも何故か挨拶の言葉を知っていて、みなにこう言いました。
「ジリエス!」と・・・。
およそ2、30人くらいの人が集まって大きなテーブルを囲み、何かの会議をしているような印象でした。
どの人も「人間」でした。優しい顔つきの人もいれば、何か険しい表情の人もいました。

土星へ行った時に、誰かを特に親しく感じることはありませんでした。それよりも、わたしは
一緒に屋根や電線にいた人たちの方に、親しみを感じました。
でも、テレパシーの挨拶「ジリエス!」は、意味がわからないながらも、くっきりと心に残っていました。

その後に映画「コンタクト」を観た時には、本当に驚きました! 何しろ主人公エリーがポッドに乗り
込んだあと通ったワームホールは、わたしがいつも通るトンネルに酷似していたからです!


●白い家の男性・・・わたしを完全に愛する人・・・●

その人に会ったのは、夢の中です。
最初、わたしはたくさんの人と教室のようなところにいました。視線を感じて振り返ると、また
その男性がわたしを見ていました。
いつもなのです。話したことはありません。クラスメイトなのか、同じ集団の中に、いつも存在がある
ことだけは知っていました。
けれど、あまりにも注視されていることを、わたしは不快に感じていました。
教室を出て、付き合っている男性と車に乗りました。
でも、途中で降ろされてしまいました。
彼はわたしの何かを気に入っていたけれど、それへの熱がもう冷めてしまって、つまり「恋は
終わった」状態でした。
かつての情熱的な彼とはうってかわって冷たい態度で、彼はわたしを道の真ん中に降ろし、
走り去りました。
冷たい雨の降る中、わたしは途方に暮れて立っていました。
すると、前方から「いつもわたしを見ている」男性が歩いてきました。
その人の家は、四つ角の先の、森のように樹々が茂ったところにある、白い建物でした。
「さっきの彼が、ガソリン代を払えと言ってきてね・・・」
とその人は初めてわたしに口を開きました。「・・・もう渡したから、大丈夫」
なんてひどい男だったんだろう、とわたしは思いました。
そんな人だったなんて、わからなかった・・・
気落ちもしていました。嫌悪感を抱いていたのに、穏やかなその人について、促されるまま白い家に
行きました。
雨の中にいたわたしは、すっかり冷えきっていました。その人はわたしを温めるため、浴室に案内して
くれました。「あなたは何色が好きですか?」と静かに訊きました。わたしが青、と答えると、片手をかざし、
浴室の照明を淡いブルーに変えてみせました。
体の温まったわたしに、着るものを用意してくれました。
クローゼットを開けると、わたしにぴったりの服が揃っているのです。
その人はわたしをそっと、優しく抱きしめて言いました。
「あなたをずっと見守ってきました。あなたが何を着ていようと、あなたを愛しています」
わたしは深い安心感、安堵感に包まれました。
こんな感情を持ったのは、初めてでした・・・

夢からそうっと覚めました。

一体、あの男性は誰なのだろう、とずっと思っています。
何を着ていようと、というのは、転生してどんな肉体を着ていても、ということなのだろうか。
答えは見つかっていません。
唯ひとつ確実に言えるのは、白い家の男性から、「完全に無償の愛」を受ける感じがどういったものかを
教えられたということです。


●出産後ハートチャクラが開く●

1996年、わたしは出産というとてもスリリングな体験をしました。管理されたお産には抵抗を
感じ、助産院でのお産(アクティブ・バース)を選びました。
自分も動物であること、自然の一部であることを、妊娠期間中に実感したことがきっかけでした。
お産はまったく野性的な営みです。わたしは猫を飼っていたので、、命の誕生に取り組む姿勢は、
猫のお産がお手本になっていました。
自分の体が妊娠に伴ってどんどん変わっていきました。わたしはそれをとても愛しく思い、自分の体を
こんなに好きになったことはありませんでした。
コンプレックスが多かったのに、今ではかけがえのない肉体でした。女性であることにも、どこか生き
づらさを感じていたところがありましたが、妊娠して一変しました。
自分をとても肯定的に感じられたのです。
臨月に入る頃には、とても幸せな気分が持続するようになりました。
出産は神秘的な出来事です。神の摂理を生みだすことができるのですから・・・
体の中で小さな受精卵が活発な細胞分裂を繰り返し、DNAの青写真の通りに各器官へと分化していく
・・・なんという神秘なのでしょう!
生まれ落ちた我が子を見ながら、わたしは神のなせる業に深く感動していました。
この子の細胞は、わたしの食べたものでできているのかも知れない。けれど、わたしには人を造る
ことはできない。わたしの中で神の意思が働いていること、そのわたしもまた神の意思によって造ら
れたのであること・・・
そんなふうに考えていました。

ある時、わたしは胸のあたりに、常に弱く締めつけられるような、今までに感じたことのない違和感を
覚えました。
それは奇妙だったけれど、イヤな感じではありません。むしろ、とても幸せな気分が持続していることの
方が、わたしには不思議でした。
どうしてこんなに幸せなんだろう? と思うほど幸せなのです!
ちょうど胸の中央のあたり、そこから愛が光のようにあふれ出す感じがするのです。
友人で、気功師を目指している人に、こんな症状を訊いてみました。すると
「それは、ハートチャクラが開いているんだよ!」と教えてくれました。
ハートチャクラ? それからチャクラというものに、少しだけ関心を持ちました。
何故少しだけだったかと言うと、その時のハートチャクラは、すぐに閉じてしまったからです。
父が亡くなり、再び家庭問題がわたしを悩みの中に引きずり込んだからでした。

わたしは母にずっと、強い反発感情を抱いていました。母はいつでも「娘は私と一心同体」と
言っていました。本当はわたしは違うのに・・・そう思いながらも、気の強い母にそれを言えません
でした。
結局、わたしは自分を偽って、母の良い子を演じていたのです。
30年間も! 自己との繋がりを感じられないまま、わたしは大人になりました。
わたしはいつでも母のおもちゃのように扱われました。
その「恨み」が噴き出したのも、妊娠期間中でした。このままではわたしの子までつぶれてしまう。
何とかしなくてはならない、という気持ちがわたしを目覚めさせたのです。
母に「わたしはもう30年間可愛がったあなたのおもちゃではない」と言いました。
母はびっくりし、嘆き、怒りました。
そんなふうに感じるあんたがいけないんだ、と言われました。あんたは何でも感じすぎる。
それが悪いんだ。そんな考えを吹き込んだのは夫か? あんたは結婚してからどんどん変わって
いった、とも。
お互いののしり合い、それは本当につらかったけれど、初めてわたしがわたしの気持ちを母に
言えた自由をも感じていました。
しかし、心のどこか奥ではわかっていました。これが本当の解決ではないと。
きっと、本当の解決は「愛」と「許し」なのだ、とわかっていたのです。
とうてい母を愛し、許すことなどできませんでしたが、今後の大きなテーマであることだけは
感じていました。
 そんな中で、せっかく開いたハートチャクラは、あっけなく閉じてしまったのです。
それがまた開いたのは、5年後のことでした。


●宇宙との交信・・・突然やってきたメッセージ●

やはり瞑想をしていると、不意にそれは聞こえてくるようになりました。

「すべてはエネルギーです。本来のエネルギーのあり方は、3次元的なものではありません。
モノは単なる入れ物であり、これにとらわれることで、本来のエネルギーと接する目を曇らせて
しまうのです。エネルギーが純化していくと、自然に曇りは晴れていきます。エネルギーは自在に
集まり、形を変え、さまざまに変化します。エネルギーを高めようと望めば、そうなっていきます。
思いもエネルギーだからです」

実は、わたしは買い物依存症でした。幼い時から剥奪感に苛まれていましたから、仕方なかった
ことと今では思えるのですが、当時は訳もわからずただ無性に、モノを買っては自己嫌悪し、
使うことなく溜め込んでいました・・・
そしてやり切れない思いが込み上げるのでした。こんなことをしてしまう自分がたまらなくイヤで、
もっと精神的な生き方をしたい、と望んでいたのです。そんな時は思い切って捨てたり売ったり
しました。けれど、また何かあると、同じことを繰り返してしまうのでした。
上のメッセージは、まさにモノへのこだわりを手放そうとしていた時、やってきました。

「これはいつでも聞かれるものなのです。意識のチャンネルを合わせることで聞こえてくるこの
放送を、あなたが翻訳しているのです。これはいわば宇宙との対話です。それはあなたが宇宙の
一部だという証です」

わたしは尋ねました。「あなたは誰?」
「エネルギーです」とだけ、答えがありました。

それからは、たくさんの会話をするようになりました。
宇宙全体の話もありましたし、ごく個人的な内容にも言及しました。
こちらから質問をすると、答えが返ってきました。
すべて、まったくのテレパシーで運びました。その多くは瞑想中でしたが、そうでない時もありました。
これはとてもワクワクする体験でした!
でも、いつでも「放送」が聞けるわけではありませんでした。わたしはまだどうしてこんなことが
起こったのか理解できなかったし、モノへのこだわりを捨て切れませんでした。
苦しい時に「宇宙の放送」に答えを求めても、何も聞けないこともありました。
そうかと思うと、まるで洪水のように、メッセージがなだれ込んでくることもありました。
いきなり何かのヴィジョンを見せられることもありました。
海から何か生物が陸に上がるところ・・・空には回転する得体の知れない飛行物体・・・それには
明滅する赤い灯がついていて・・・他の星での暮らし・・・
「これは何?」と問うと、答えが返ってきました。
「あなたのこれまでの旅ですよ。今見たものは、みなあなた自身です」



●Kさんとの出会い・・・体験の意味が少し顔を出す・・・●

1999年、わたしは第2子を自宅出産しました。最初のお産で、お産がとても楽しいものだと実感した
ので、今度は自分の巣での、まったく自然な環境での出産をしてみたかったのです。
陣痛に耐えながら、わたしは父を想いました。父が使っていた椅子につかまって、その波を乗り
越えました。
出産の5日後、ちょうど父の命日の日に、わたしは亡き父から「ハルジオン」のメッセージを
受けました。(詳しくはこちら)
母に対する感情とは裏腹に、父のことはずっと慕っていました。
長年会うこともなく他界してしまった父。
けれど、こうして心が伝わることを、本当に嬉しく思いました。

それから3ヵ月後、わたしはKさんと知り合いました。彼女と初めて会ったとき、わたしは何故か
強く直感するものがありました。「これはきっと、魂の進化に関わる出会いだ」と。
産後間もないこともあって、そう度々話す機会も得られませんでしたが、わたしたちは不思議な
体験について、よく話し合いました。最初に起こった3つのアルファベットのことを話したとき、Kさんは
1冊の本を勧めてくれました。それは秋山 眞人氏著『私は宇宙人と出会った』という本でした。
2人の子どもを連れて本屋へ行くこともままならぬ中、インターネット書店で宅配してもらい、貪るように
それを読みました。
確かに、秋山氏の書いている体験と、わたしの体験は似ていました!
氏は同じく閉じた眼の中に、無数の見知らぬ文字が並んでいくという体験を著していたのです! 
わたしの胸は高鳴りました。
これは、求めていた答えの一端なのか?! 
秋山氏の本が即わたし自身の答えにはなりませんでしたが、すでに体験から5年の時を経て、答えに
近づきつつある予感を掴みました。
Kさんには、折に触れて数々の体験を話し、いつでも批判なく受けとめられる安心感を与えられました。
特殊な種類の体験なので、一笑に付されても仕方ないことだと思い話し始めるのですが、Kさんは
いつでもそれを認めてくれ、かえって逆に信じることを励まされてしまうような感覚がありました。
Kさんには、本当に心からの感謝を捧げます。わたしがこの道を歩んでいくことを、Kさんは正しく
導いてくれました。
そして、出会ってから2年後に知った事実に、わたしは驚愕を禁じ得ませんでした。Kさんの誕生日は、
わたしの父の命日と一緒だったのです。・・・わたしは自分の直感を信じました。きっとこの人とは
魂のレベルで出会うべくして出会ったのだ、と。


●母に愛を・・・●

母のことはずっと悩み続けました。音信不通になって3年。表面上は平穏であっても、心の中では
ほぼ毎日母にとらわれていました。
それは正直な気持ちだったのです。わたしの中でいちばん大きな問題は、母との関係だったの
ですから。
また、子どもの成長を見るにつけ、わたし自身の幼い頃をよく思い返しました。
初めのうちは「自分のような悲しい思いだけはさせたくない!」とそればかり考えていましたが、
疲れていると些細なことでも子どもに対しイライラすることや、子どものことを優先させてばかりも
いられない状況のあることがわかってきたのです。
両親もこんな思いだったのかな・・・と穏やかに思えることもありました。

母の知らないところで孫たちが大きくなっていくことに、罪悪感も感じました。

「罪悪感」こそ、わたしが母に対して持っていた気持ちでした。ずっとずっと幼い頃から。
あんたがいたから離婚できなかったんだ。何度そう言われたことでしょう? それならば
両親の喧嘩もわたしのせい。父がお酒を飲んで荒れるのもわたしのせい。母がわたしにひどい
ことをするのも、わたしが悪いから・・・
でもどこかで「ウソよ! わたしは悪くない!」という気持ちも持ち続けていたのです。
わたしの中の、細いながらも神に通じるところで、しっかりと感じていたのです。
だからわたしは本当にはつぶれてしまいませんでした。

亡くなった父からのメッセージを受けて、母とまた行き来するようになりました。
それは自分の気持ちからしたことではなかったので、顔を合わせるのはイヤだったけれど、
驚いたことに、あんなに冷血だと思っていた母が、孫たちにはすっかり甘いのでした。

それから1年後、母は突然の病でわたしたちに別れを告げました。

お棺の中に、静かに横たわる母の体。わたしは最後に手一杯の花を、その子宮のあたりに
置きました。

母は若い頃から日記を書き続けていました。それらを読むうち、母がわたしに見せていた
母とは違う、一人の女性の生々しい生きざまが浮かび上がってきました。
初めてわたしは彼女を理解し、心からの涙を流しました。
すると、わたしが小さな子どもだった頃、あんなにも母を好きだった気持ちが色鮮やかに
甦ってきました。それはずっと忘れていたものでした。おかあさん、おかあさん、おかあさん・・・
好きだったから、嫌われたくなかった。好きだったから、いい子でいたかった。
母を愛することは、自分を愛することでした。

今、わたしはこのページで母に伝えたいです。「こんなにも大切なことを、あなたはわたしに
教えてくれたのですね。本当に、どうもありがとう」


●ワクワクする気持ち・・・共時性の連続●

最近(9月半ば)また、ハートチャクラが開きました。
それがどうして始まったのか、わかりません。ただ突然、何かとても楽しいことが起こる
予感がしました。
一体これは何なのだろう?
体験ばかりで、いつも意味のわからないわたしですが、今回は強く予感していました。
きっと何か起こる。
それは、もうじきクリスマス! とウキウキしている子どものような気持ちでした。
ハートチャクラは全開でした。
すると、次々に共時性・・・数字や言葉や出来事や、いろいろのことの符号の一致・・・が
起こり始めました。まったく別の状況、場面であるにも関わらず、同じ数字や言葉、出来事に
遭遇するのです!
これは本当に楽しいものです。たとえて言うなら、「となりのトトロ」の冒頭で、メイが小さな
トトロを追いかけて、見えない小トトロの落とすドングリを、「あった! またあった!」と
拾っていくような、そんな感じです。
わたしも夢中になって、共時性のサインを追いかけ、その度にドキドキしました。
「きっとこの先に素敵なプレゼントがある!」と確信して。
先にも書いたように、わたしはエネルギーを敏感に感じとることができます。
果たして、今回いちばんにエネルギーを強く感じたのは、先に書いたKさんでした。
Kさんに、まるで恋をしたかのように強く惹かれました。出会いから2年。これまでも好意を持って
いましたが、今ではそんなものではありません。寝ても覚めてもKさんを想う日々・・・
一体わたしはどうなるんだ? そんな中、Kさんの誕生日と父の命日が同じと知って、ますます
強くわたしはKさんに惹かれていきました。
Kさんは、これまでのお付き合いで、わたしのことを多くを語らずとも理解してくれました。
わたしのことも、そのように感じていてくれました。
Kさんへ気持ちを向けると、ハートチャクラはまるで磁石が北を探し当てたように強く反応しました。
こんなことは異常だ、と自分を否定すると、ハートチャクラはたちまちシーンと静まり返ってしまうのです。
それを正直に打ち明けても、Kさんは動じませんでした。わたしの気持ちを受け入れてくれるほどの
彼女の度量の大きさを知りました。
わたしはKさんに、過去生の夢の話をしました。自分でも信じられないような内容なのに、
Kさんは信じてくれ、「誰に何と言われようと、思われようと、自分の心の中から湧きあがるものを
いちばんに信じていてほしい」と言ってくれました。
人は認められ、受け入れられると、自分を認め、素直になれるのですね。
Kさんは、わたしに勇気を与えてくれ、素直に自分を表現することを教えてくれたのです。
本当にどうもありがとう!
自分にはエネルギーを感じることはできない、とKさんは言いましたが、テレパシーは通じました。
すべてはエネルギーなのですから。想いが強ければ強いほど、それは必ず伝わるのです。

ある日、ハートチャクラがいつになく活発に活動していました。その日もずっとKさんのことを
考えていました。すると、急に胸から頭に向かって一気に気が昇り、意識を失いかけました。
初めての、衝撃的な体験でした。
あれはクンダリーニの上昇と呼ばれるものであったのだと、今は思っています。
その翌日、わたしはホームページを立ち上げることを思い立ちました。これまでの不思議な体験を
素直に書き表わすことで、同じような体験をしておられる方と知り合えたら、共に体験の意味を
探していけるのでは? という期待がありました。
毎日、草稿を書きためていきました。(このページの大半は、その時期に書いたものです。)
それから1週間後に突然、宇宙からのメッセージを受け、「ホームページでこれらのメッセージを
伝えてほしい」と言われたのでした。
これには本当に驚くと同時に、これが導かれていたことだったのか! とも思いました。

ワクワクする気持ちに正直に従って、ここにたどり着きました。
わたしの精神世界の探求の旅は、でもまだまだ途上です。これからもたくさんの体験を経て、
より学んでいきたいと思っています。

わたしはこれを、とても幸福な気持ちで書き上げました。
こんなにも素直になって、自分を表現できたことを嬉しく思っています。


●付記・・・その後の展開・・・カルマの精算●

このホームページを制作している最中にも、矢継ぎばやにいろいろのことが起こりました。
ここで最も大きな気づきについて書きたいと思います。
わたしは父母と暮らした実家を、先日(12月初旬)火事で失いました。
母の一周忌も済み、どうやら落ち着いてきたかと思っていた矢先でした。
既に遺品しかない家でしたが、わたしは心の整理がついておらず、まだそのままにしていました。
その家が、あっという間もなく焼けてしまったのです。
わたしはもうずっと共時性のサインの海を泳いでいるような感覚を持ち続けて今に至っています。
ですから、火事についても、きっと意味があるに違いない。そう思いました。それに、自分がさほど
悲しくもないことに我ながら驚きました。むしろ、このところの幸福感は色褪せることなく、ますます
高まっていました
宇宙との交信で、Kさんとわたしは、深い繋がりがあることを教えられました。やはり、最初に直感した
ように、互いは魂のレベルで強く結ばれていることを伝えられたのです。
(この部分は個人的な内容ですので、メッセージのページでは公開できないことを、ここに記します。)
Kさんには両親との葛藤について、話しました。
これまでは不思議な体験のことを主に話題にしてきましたが、もっと突っ込んで、わたしの過去を話した
のです。
すると彼女は「お母さんとの関係は、カルマの最後の精算だったのではないか」と言いました。
あれほどわたしを苦しめていた母との関係が、この言葉によって、文字通り一瞬にして理解されました。
わたしはそんなことを探して、過去生についての本を読んでいたのに、当時はまるで思いつきません
でした!
おそらくは、それを理解できるようになるまでには、さらに多くの体験を積む必要があり、わたしは今
ようやくそこにたどり着いたのだと感じています。
カルマの精算。
わたしは、それを納得した今、生家が消失したことに深い意味を見出しています。
そこは「カルマの精算の舞台」だったに違いありません。
そして、精算の劇が幕をおろした今、必要のなくなった舞台は跡形もなく消えていったのです。
またしても、わたしはKさんとの出会いの不思議さを思い、それへの感謝でいっぱいになります。
多くのことに気づかせてくれたKさんの存在は、何ものにも代えがたい尊いものと思っています。
Kさんとの出会いから2年と少し。人生の妙を感じます。
それまではまったく知らなかったお互いが、こうして出会い、互いに影響を与え合うことができることを、
とても嬉しく感じます。いつ、どこで、どんなふうに大切な出会いと遭遇するか分からない・・・。
「人生は捨てたもんじゃない!」 と心の底から思います。
あれほどに鬱々と悩んでいた自分も、今はとても愛しています。この両親の元に生まれることを選び、
幾多のハードルを越えてきた自分に、拍手を送ります。その勇気を讃えます。

今後もさらに真理への扉を開け続け、さらなる高みへとのぼっていきたいと思っています。
とても楽しみで、ワクワクしています!



Homeへ戻る  不思議な体験TOPへ  宇宙からのメッセージ 

さらなる体験  雑記帳  自己紹介

リンク集