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あとがき 詩は、もとより書こうと思って書けるものではなく、火打石の火。書くことへの意志とそれに抵抗してくる無意識的なものとの激しいぶつかり合い、絡み合い、せめぎあい、そこに時おり発生するもの、幸いならば、わたしという存在はそこではひとつの器、あるいは、ある、ありえない、既成のものの処刑場に、本人には罪状の認められない死刑囚として、たまたま居合わせたにすぎない僥倖。それが、ある意味で一種の脱皮に過ぎないとしても、皮を捨てるものには、なぜそんなことが必要なのか、その理由はわからない。 自分の書いた(とされている)ものが他者に読まれうるとは思えずにいたとき、吉増剛造さんが、読んでくれた。伊藤博明さんが、英訳というかたちをとおして、翻訳に耐えるものであることを示してくれた。一部が、親しいものたちの手に渡りもした。その時は、もうそれだけでよかった。 そうこうするうちに、やがて、時の流れが、円環し、もうそれではすまなくさせたのか、今度、こうして、最初の詩集が出版されることになった。新たなる他者=読者に向けて。 かず限りない感謝の気持ちを、現在、過去、未来に、出会い、出会った、出会うであろう、みなさんに捧げたい。ありがとう。ありがとうございました。そして、いつの日にか、再び、ありがとう、と、新しい、あなたに、言わせてください。
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