ネットを通じて知り合った友




インターネットという網の目を全ておれの目で確認できるものであったなら

きっとそれはつまらないものなのであろう。



おれの前に現れる二本の道の一方を選びおれは一歩前進する。

おれに見えるのは二本の道のうちの一方だけ。

その一方の道がまたいずれ別れ、またおれが一方を選び前進するだろう。



おれが今まで生きてきた道のりがそうだったし両方を選択することなんてできなかった。

インターネットも一緒だと思う。

やはり通ずる道は無限にあるのに自分には有限の存在。

だから面白い。

おれはその無限の中で出会う有限な全てに意味があると思っている。

無限の中のたった一本の糸の中での出来事。



このテキストはおれの最もネットで出会ってお世話になり、友と崇める人のサイトの

閉鎖をきっかけに書いている。



寂しさを紛らわすため、

友がこれからも友であって欲しいという願望、

友が友であるとの証の痕跡、



全てが自己満足のために書いているテキストである。



ネットにおいての人間関係って曖昧だと思う。

特におれのようにサイトを営む人間は関係性がとても曖昧に感じる。

サイト同士の繋がりは多くの場合はサイトの良し悪しなどに左右されてるように思える。

当然だと思う。

そのサイト管理人さんの人間性なんてもんはサイトを閲覧して初めて分かるもんで

その上で繋がりを作るのだからそうなってしまうのは必然だろう。

でもおれはそれがつまらないものだと思ってしまう。

それではサイト同士の繋がりというものが企業同士との繋がりに近い

ものを帯びてしまうのではないかと思う。



おれはネットに向いてない体質なのかもしれない。

出会った人たちをやはり友として、人間として判断しようとする。

客観性を帯びた視点でサイトを閲覧することがどうしてもできない。

だから多くその人となんらかしらの関係性を持つとそれだけその人に興味が湧く。

それはその人個人に対してであり、サイト自体に対する興味とは微妙に異なる。



だからそれだけ友として認識したその人が自分にとって大きな存在になってしまうのかも(笑



閉鎖してそれで繋がりが消えてしまうのが怖いとかそういうことで

このテキストを書いてるのかも。

それだけおれにとって友の存在は大きい。



だから寂しがり屋のおれとこれからも仲良くしてやってください(笑



サイトの方、本当にお疲れ様でした。





戻る