テキストサイト理論B
〜公共の場としての認知、匿名性の意義〜




前提としてネットは公共の場である。

それはつまり個人のその行為が社会活動を勤しむ他者に影響を与える場であるということだ。

公共の場であるならば、そこに義務と権利が発生するであろう。

個人の発言はその義務と権利を有して初めて言葉の効力を発揮するものであろう。



この文章はこちらのテキストの後に、おれの述べたい論点を書いている。

本来、先に述べた「義務と権利」は情報公開の決定者、すなわちテキストサイトで

いうところのテキストサイト管理人がそれを有する存在となる。

それは当然のことで、管理者により文章が公開されるのであるからその

公開に対する義務と権利はその管理者に依存される形をとる。

そして、その文章は、必ずしも事実の必要はないし、情報公開に対する

一部の規定概念(無断転載など)を除いて管理者の意図するように書くことが許されるであろう。

何故ならば、ネットの目的意識の問題で、とかくテキストサイトに関しては

情報網としての利用に関するよりも娯楽としての意識が一般的であるからである。



その定義の上では、先ほどのテキストの主人公であるS君は実はまだ正等な

意味合いでネットを利用しているといえる。

しかし問題点はその目的が匿名性を帯びたネットというバーチャルな世界観から逸脱して

リアルな世界観であるということである。

同じ公共の場としての機能を果たしつつも、二つはまったく異質な空間である。



戻る