自分という問題




酒が冷める前にてきとーにテキストを書き上げたい。

何よりも酒が冷める前に気持ちよく眠りたい。

夜が寒いと感じる。冬が近くなっているのだろうと肌で直感した。

これは存在なのだろうかとふと思うことがある。冬って存在しているのかなって?

だって今おれは肌寒いと感じて、トレーナーの上からセーターを着て、暖かい

格好をして机についている。肌で感じられる冬は、目で見ることができないので

とても不安に思う。おれは目で見えるけど肌で感じてくれる人がいなかったら

おれは存在しないのだろうか?

冬になって布団にもぐり、朝起きてトイレに行く。トイレに行ってから牛乳を

飲みに階段を下りて、やっぱり眠くて階段をあがって布団にもぐり込む。

布団が半分冷え切っているのを感じると嬉しくて嬉しくてもう一度布団を温めようと思う。

さっきまでおれが布団を温めていたんだと嬉しくなる。

そしてこうしてまた同じ居所に戻って寝息を立てられるんだと。

寒い冬の夜、彼女とおれは体がくっついて取れなくなるくらいにぴったりと寄り添い眠る。

寒い夜はしょっちゅうトイレに行きたくなるもんで、おれは彼女を少しだけ自分の胸の

中から手放してトイレに向かう。彼女の寝息を確認してから。トイレから帰ってくると

彼女は少しだけ不安そうな瞳でこちらを見つめている。嬉しくなって愛おしくなって

布団にもぐり込み、今度は本当にくっついて取れなくなると思い込んで目を閉じる。



例えば、おれが今書くこの文章は己のみではなく他者との関係を生じされる。

何故なら他者がこの文章を読むから。例えば、人が作った法律が社会一般で扱われる。

そしてそのほんの一部の法律がおれと関係し、おれに裁きを与えるかもしれない。

例えば、有名な人の書く文章が世にどんなに浸透しているとしてもおれが知らなければ

おれにとってなんの関わりあいもない。関わるとして、おれがその文章に直接的にしろ

間接的にしろおれが触れたときだけ。全てのものはおれにとって、己の存在としてのみ

存在し、それ以外の何ものでもなくなる。おれにとってはたかがそんなもの。

おれはおれの関係するものと向き合っていくだけで精一杯なんだから。



目の前で空になるウィスキーのボトルもまた自分と関係するもの。

そして自分が安心できる寝床はすぐそこにある。

今はそれだけで十分だと思う。

自分という問題はこんなちょっとの文章で片付いちまう。





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