帝国の揺籃
『ガリア遠征〜カエサル暗殺』
「はあ……はあはあ、はあはあ」
「大丈夫ですか? 秋葉さま」
「先輩、少しやりすぎ」
「力が入りすぎちゃいまして。一瞬だけ亡きものにしようかとも考えましたけどね」
「……」
「シエル、たら弱い者いじめして。大人気ないなあ」
「言いたいことはありますが、ここは黙っておきましょう」
「大丈夫か? 秋葉」
「大丈夫です兄さん。いつも通り、講義は行えそうです」
「やるのか?」
「当然です。琥珀、予定通りに始めてください」
「(泣きそうな顔で席に座る)」
「前回はカエサルは前執政官の資格でガリア総督になりましたが、これではローマの政情に手を出せません。
そこで、必要なのが自身がガリアに行っている間の代理人です。カエサルが目をつけたのがプブリウス・クラウディウス・プルクルスという貴族です。色々とスキャンダルの絶えない男でしたが、なんと平民の養子になって護民官になるという先例のないことをやろうとしていたんです」
「なんで護民官に? しかもわざわざ貴族から平民になってまで」
「さあ? それは分かりませんが貴族から平民の養子になるのも、またその逆も最高神祇官の許可が必要でした。つまりはカエサルの。ここでカエサルは許可を与えて彼に貸しを作ったのです。少なくとも、彼が自分に贔屓をしてくれれば十分です」
「そんなところでしょうね」
「そしてカエサルは安心してガリアに赴任します。それが紀元前59年です。
ここでガリアについて少し説明します。ガリアは以前も言ったとおり、今で言うところのフランス、スイス、ベルギーです。ガリアとはローマの呼び方で、ギリシア人はケルト人と呼んでいました」
「ガリア人自身はどう呼んでいたんだ?」
「ガリア、と呼んでいたと思われます」
「どういう意味だ?」
「彼らは文字をもたない種族でして、彼らが自分達をどのように呼んだかさえ分からないんです。今残っているガリア人の資料は全てローマとギリシャに由来しているんです。
続けますよ。彼らは紀元前1200年前後から、東部ドナウ河流域を中心にヨーロッパ大陸にいくつもの部族に分かれて存在していた、共通の文化・言語・宗教を所有する幻の民族です。青銅器時代がようやく終ろうとしていたヨーロッパにおいて、彼らはすでに鉄器を使用していたと言われています。
文化の起源は紀元前800年頃、オーバーエーステライヒ、現在のオーストリア中北部と バイエルンを中心とする地域で栄えたハルシュタット文明にさかのぼれます。 その後、 紀元前500年頃始まったラ・テーヌ文明では、 輪廻転生を表す渦巻文様や、複雑に絡み合う組紐文様など、個性的な装飾を生み出しました。 このスタイルは彼らの勢力が衰えた後も、『ケルズの書』に代表される写経本に見られるようにキリスト教の栄える後世まで根強く伝えられていくんです。
やがて、彼らはトルコやバルカン半島、ガリア及びブリテン島からアイルランドに至るまでの広範囲に広がり、絶頂期にはアルプスを越えてイタリア半島へ南下し、ローマやギリシャまで勢力をのばします。 ミラノやボロ-ニャは彼らによって造られた町なんです。そして紀元前387年ローマを占領、続いて紀元前323年ギリシャに侵攻します。ギリシャのデルフォイを攻略後、さらに小アジアに進出して、聖書にもあるガラテア王国を建国。 ですが、これだけ勢力を拡大しながら、彼ら部族単位以上の統一国家を形成することはありませんでした。
それはカエサルのガリア遠征時にヴェルチンジェトリックスがまとめるまで続きます。
ああ、ついでにファンタジーなんかで有名なドルイドは彼らの宗教上の指導者なんです」
「これが、少し?」
「カルタゴのときもそうだったけど、長いよ琥珀さん」
「ふと思ったんだけど、ガリアってこれから征服するのになんでそこの総督になったの?」
「ガリア、といってもカエサル以前からの領地があるんです。そこの総督になったんです」
「そもそも、なんでカエサルはガリアなんかを占領したの? 未開の地、とまではいかないけど他の地域と比べればかなり見劣りする場所ではあったんでしょ?」
「今のフランスからは想像も出来ないな」
「西欧が強力になったのは歴史的に見ればつい最近のことです。大航海時代と産業革命を経るまでは、経済的にも技術的にも、それ以外の地域がヨーロッパを圧倒していました。勿論、この当時はローマの本国イタリアとてアジアの諸国などと比べれば劣った経済力しか有していません」
「ポンペイウスがシリアとか、その辺りを属州にしたんだからはっきり言って、あんなところ欲しくないと思うのが人情だと思うけどね」
「ですが、そうも言っていられません。ゲルマン人がガリアに進出し、その余波でガリア人がローマ属州に進入するようになったんです。
このままではローマ本国の危機です。そこで、カエサルは比較的同化しやすいガリアをローマ領とすることを思いつきます」
「カエサルの個人的野心まるだしの迷惑な戦争だと思いますけど」
「その理由は?」
「はい、これはローマの総力をかけた戦争ではないということです。このガリア戦で戦ったローマ軍はカエサルの借金で運営されていましたから」
「また借金か」
「というより、ガリアは個人の借金でやられるのね」
「これに関してはガリアでの略奪品でなんとかしているんです」
「戦利品です。問題ありません」
「言い切ってる」
「カエサルは三頭政治における自分の勢力が他の二人に比べれると著しく劣ったものである、と認識していました。そこで自分の勢力を拡大するためにローマに属州を追加して名声を得ようとしたんです。ようするに、人気取り政策ですね。これはカエサルに限らず、共和政末期の有力な軍人は皆しています。それに侵入といっても、ただ通りたかっただけです。別の道を通ったらガリア内の友好民族に手を出す、とかいって攻撃してくる。
それにローマの戦争の理由は『危険な隣人取り除くべき』というものです。また、ローマ人こそがこの地上に秩序を与えるものという、中華思想に近い考え方を持っています。第三次ポエニ戦争がいい例ですね」
「ですから、カトリックに言われたくありません」
「結果として、ガリアはゲルマニアの蛮族から守られ、それなりに繁栄しました。
帝政時の反乱は独立ではなく、あくまでローマの立て直しを図ったものですし、西ローマ末期にローマから切り離されたガリア人たちは、解放を喜ぶどころか、ローマ人でなくなったことを悔やんだといわれています。まあ、これに関しては誇張があるようですけど」
「それはそれは、侵略活動の正当化に熱心ですね」
「政治は結果のみで判断せよ、マキャベリズムの基本ですよ」
「また険悪になったなあ」
「それで何でガリアはローマ化しやすいの?」
「当時のガリアは比較的ローマ文化の浸透した地域だったんです。逆にゲルマニアはローマ文化の浸透を種族の弱体化に繋がるとして拒絶します。こんなことしていたから、イギリスのエリートにゲルマンは野蛮、とか言われるのでしょう」
「どうしてイギリスが出てくるの?」
「カエサルはガリア遠征の際、当時のイギリス、ブリタニアにも上陸しているんです。この時はまだローマ領にはなっていませんが、チャーチルは『大英帝国の歴史はカエサルがドーバーを渡った時に始まった』と書いています」
「あのチャーチルがねえ」
「イギリスは古代ローマ研究が最も進んでいる国でもあります。それに英語の語源のほとんどはラテン語、ローマの公用語なんですよ」
「ローマのイギリス奴隷化もずいぶんと成功したもので」
「イギリス奴隷化? 違います。ヨーロッパ奴隷化です。彼らは自国内にローマの遺跡があるだけで、自慢しています。これらの例から分かるように、侵略した相手を虜にする手腕はもう、ジゴロなみといってもいいでしょう」
「他に例えはないんですか?」
「いいじゃないですか。とりあえず続けますよ。
まずはゲルマン人に圧迫されていた、スイスのヘルウェティイ族がガリアに移住しようとしていたのを、何かと屁理屈を言って妨害して、ガリアにおけるローマの利権を守ります」
「いきなり分かりやすい動機を」
「まあ、かなり大規模な移住でしたから。平穏無事なんてありえないんですけどね」
「これを皮切りに、ガリアに侵入してくるゲルマン民族を駆逐したり、ローマの支配に抗おうとするガリア人を打ちのめして、ローマの勢力を拡大します」
「確か、手段や方法がえげつなくて、ローマ本国ではカエサルを戦犯としてゲルマンに引き渡せ、という動きがありましたね」
「なにしたんだよ」
「異民族相手なら、基本的に略奪やり放題ですからね。他にも、ラテン語の言葉が曖昧なことを利用して、確信犯的に約束を破ったこともあったそうです。誇張でしょうが、ガリア遠征全体で百万のガリア人がカエサルによって殺され、それと同じ数が奴隷として売り払われたそうです。
この数字はヨーロッパにおいてはアメリカ大陸におけるインディアン大量虐殺を行うまでは、トップだったようです」
「うわ」
「十字軍が抜けてますよ。通じて2200万も殺したそうじゃないですか」
「七で割ってもカエサルを軽く越えてるわね」
「いいですか!!? いい異教徒は、死んだ異教徒だけです!! 彼らがあれ以上の罪を犯す前に、死なせたのですから素晴らしいことです!!」
「あ、教会の本性を現した」
「せ、先輩?」
「あ、いえ、なんでもないんです」
「それはいいとして、ガリア戦役三年目には三頭政治の再調整に乗り出します」
「ん? プブリウスは役に立たなかったのか?」
「一時的にキケロをローマから追放したんですけど、それ以降は自分の勢力拡大に乗り出したので、かなり扱い難くなっていたんです。そのキケロも戻って来てポンペイウスを三頭政治から引き離すために、彼にローマ食料供給長官兼ローマ海軍最高司令官とも言える権限を与えていました」
「それだけもらえれば、カエサルと組んでる理由もないわね」
「共和政で許されるのか? それは」
「はっきり言って、苦肉の策ですね。三頭政治を崩壊させようと熱心でしたから」
「だから調整したんです。ルッカに集まった三人はここでポンペイウスとクラッスス両人の執政官就任と、その後、二人のスペイン、シリアの属州への赴任。さらにカエサルのガリア総督の任期の延長を決定しました」
「翻弄されまくってるな元老院派」
「クラッススはともかく、ポンペイウスは代理人を行かせていました。今までポンペイウスのしてきたことを見ると、意図していたかはともかく彼は帝政の原型とも言える存在となりました。ローマ海軍総司令官、ローマへの食糧配給、属州に代理人を送っての統治。全て皇帝が引き継ぐ仕事です」
「皇帝のプロトタイプか」
「さらにキャリア作りのために、元老院議員は子弟をガリアに連れて行くようカエサルに頼みました。なにしろ、ガリアでは勝利に次ぐ勝利をしていましたから、スパルタクスのときのように傷がつく恐れはほとんどありません。カエサルはこれにも快く承諾して、彼らに貸しを作ります」
「こういう小手先のテクニックは本当にかなりのものですね」
「後顧の憂いを取り去ったカエサルは六年目にはガリア全域を掌握します。
ところが、ローマ本国ではクラッススが今度はカエサルの功績を妬んで中東のパルティアに兵を進めて、その地で敗死しました。これで三頭政治が崩壊し、さらに執政官選挙に伴う騒動でローマの政情が不安定となり、治安維持のためにポンペイウスがさらに勢力を拡大します。さらにポンペイウスに嫁がせていた娘が流産で死亡、と彼との繋がりが薄まります」
「悪いことばかり続くな。あの護民官はなにしてんだ?」
「というより、執政官選挙の騒動の当事者なんです。民衆派の彼と、元老院派の対抗馬が作っていた自警団が衝突したのがこの騒動でした。しかもその間に殺されましたし」
「もうちょっとましなの選べよ」
「ちなみに、クラッススの兵士のうち、行方不明になった六千人が西へは逃げないで東へ東へと逃げて、匈奴に雇われて、中国の陳湯という将軍と戦ったと言われています。何でも歩兵の密集陣形がローマ軍を連想させたことや、兵士が金髪碧眼で大柄だったからだそうです」
「面白そうな話ね」
「本当なのか? それ」
「多分、嘘でしょう」
「やっぱり」
「ローマの記録では捕虜や戦死者以外は帰還したようですから。大体、ローマ人は金髪でもなければ、大柄でもありません。
ローマ軍だったなどという奇々怪々な仮説より、アレクサンドロス大王の置きみやげ、ギリシア系バクトリア人だったくらいの説のほうがまだ現実味あると思います。バクトリア人なら康居の南のほうに一世紀くらい前までは国を持ってたくらいですし、なにより近いですから」
「今回はやたらと細かくないか? こんな話わざわざ紹介しなくてもいいだろうに」
「カエサルだから気合が入りまくっているんですよ。多分」
「話がそれまくりましたが、続けますよ。この情報はガリア人にも届きます。これによってカエサルはローマから離れられない、と考えました。その七年目、それまで反目していたガリアの諸部族がヴェルキンゲトリクス
という青年に率いられ一斉蜂起します。彼はローマ軍に従軍していたことがあるので、ローマの戦略や戦術に通じていました。
ですが、思惑に反して意外と早く帰ってきたカエサルに反撃を受けます。ヴェルキンゲトリクスも負けてはいません。焦土戦略と膨大な兵力でカエサルを追い詰め、とうとう彼の率いる軍に土をつけます」
「カエサルの軍が失敗するのはこれが最初です」
「ですが、持ち直したカエサルは彼をアレシアにまで追い込んでそこを完全に包囲しました」
「篭城戦か」
「しかし、篭城しているヴェルキンゲトリクスを助け出すためにガリアは未曾有の大軍団を編制してアレシアに向かいます。とはいえ、彼らが来るまでに食料が尽きかねないことを見て取ったヴェルキンゲトリクスは、なんと一緒にいた非戦闘員を全て追い出したんです」
「うわ」
「これには良心に動かされたローマが食料を与えて、彼ら自身の食料も窮乏させようとの狙いもありましたが、それを見抜いていたカエサルは包囲網を一切越えさせないようにしました」
「酷い話だ」
「おかげでお互い食料が尽きることなく決戦の日を待つことが出来ました。ちなみに、援軍が来たころには非戦闘員は一人残らず餓死したそうです」
「えぐいな」
「しかし、カエサルの巧みな指揮とローマの精鋭は自軍よりはるかに強大なガリア軍を討ち果たし、アレシアを完全に孤立させました。さすがのヴェルキンゲトリクスも降服し、これでガリア遠征は事実上終わります。
ヴェルキンゲトリクスはその統率力と戦略眼を怖れられ、投獄の後、殺されます。ナポレオン時代のことですが、ナポレオンがカエサルの愛好家であったことから、共和主義者の反帝政の象徴となりました」
「ヴェルキンゲトリクスの像を建てたのが、実はナポレオンなんですけどね」
「今までの説明だと、なんでガリアが負けたのか良く分からないんだが」
「じゃあ、説明します。彼らはゲルマン人たちが危惧するように、本当に軟弱なっていたんです。それでいながら、ローマのように組織化された強固な軍隊をもっていたわけでもありません。それに、ローマ化をいやがる者や、それを受け入れようとするもの、そうでなくとも利用しようとするものとでも対立していました。つまり、形態のかわりつつあった悲しい悲しい過渡期だったんです。
それが、ガリア人がローマ軍に勝てなかった理由であると考えられます」
「カエサルの軍が最強だから、とか言うかと思いました」
「さすがにそんなことはいいませんよ。勿論、彼の軍が最強なのは事実ですけどね。
このことからも分かるように、小数が多数に勝つ場合は、多数の側に少なからず過失、もしくは欠点があるんです。勿論、少数の努力は認められますが、それ以上に相手に問題がある場合が少なくありません。そしてカエサルはこの七年に渡るガリア戦を本にします」
「本も書けるのか?」
「カエサルは文学者としても一流です。弁舌の才能も、非常に優れていました。それと、それまでの本の方式は巻き物でしたが、カエサルが『ガリア戦記』出版の際、叙述に劇的な効果を与えるために現在のようなページをめくる方式に改めたと言われています」
「完璧超人だな。ていうか、本の形まで?」
「完璧ではありません。政治家としては二流ですから」
「こうして書かれた『ガリア戦記』です。彼の功績を宣伝するためのものでありますが、その文学性は評価され、現在でも学校ではラテン語学習のテキストとして『ガリア戦記』が読まれています」
「勿論、カエサルはガリアで自分の行った悪行は書いていませんけどね」
「そんなもの、よっぽど変わった思想をお持ちでない限り、仮にも将軍がそんなもの書くはずないじゃないですか。懺悔録を書いているのではありませんよ」
「とにかく、ガリアはローマの属州となりました。その後も小さな抵抗が起きますが、そんなものは七年目と比べれば些細なものです。紀元前51年、カエサルはガリア制覇を完了します。
このガリア遠征において、カエサルは世界帝国のヴィジョンを見たといわれています。つまり、ガリアまで行ってみたら本国イタリアよりはるかに広大なこれら属州を都市国家の論理で統治できるはずがない、という答えに到達したんです。即ち、強力なリーダーによる単独支配体制というヴィジョンが見えたんです。
カエサルは十年近くもガリアで総督をやっていました。本国のように同僚のいる執政官ではなく、地方とはいえ強大な権力を持った独裁者として。これで独裁的な側面が現れないほうが不自然です。チンギス・ハンの一族がそれぞれ地方で勝手に独立したのを見れば、理解できると思います」
「彼に独裁的な側面が現れたのは認めますが、それが即、世界帝国に結びつくとは思えません」
「これだけ見たら、地方で好き勝手やってた奴が中央の政権奪取を目指したようにも見えるからな」
「それに関しては彼が政権を奪取してからにしましょう。琥珀、続きを」
「このころローマ本国では元老院派がポンペイウスを取り込んで、反カエサル連合を形成するんです。とうとうカエサルのガリア属州総督解任および本国召還を命じる元老院最終勧告が発布されました。やたらと細かい法律解釈がその理由なんですが、面倒なので省略します」
「この原因はカエサルが本国の連中を抑え切れなかったことに原因が挙げられます。即ち、彼の政治力の低さを物語っていると思われます」
「事前にポンペイウスに政略結婚をさせて後顧の憂いを断とうとしましたし、事態を改善させるための努力はしました」
「失敗したのでしょう? 確か結果のみで判断するんじゃありませんでしたか?」
「この話が終わるまでは、おとなしくしていてくださいね。
そんなうちにローマと属州の境目、ルビコン川に着きます。ここで軍を解散したら、確実に殺されますし、率いたまま越えたらローマへの反逆罪に問われます。その時に彼は次のような演説をします。多少改変を加えていますが、再現映像をどうぞ」

諸君 私は戦争が好きだ 諸君 私は戦争が大好きだ
殲滅戦が好きだ 電撃戦が好きだ 打撃戦が好きだ 防衛戦が好きだ
包囲戦が好きだ 突破戦が好きだ 退却戦が好きだ 掃討戦が好きだ 撤退戦が好きだ
平原で 街道で 塹壕で 草原で 凍土で 砂漠で
海上で 空中で 泥中で 湿原で
この地上で行われるありとあらゆる戦争行動が大好きだ
戦列をならべた軍団兵が敵陣を突破するのが好きだ
呻き声をもらす敵兵が車裂きでばらばらになった時など心がおどる
騎兵の操る馬が敵を包囲殲滅するのが好きだ
悲鳴を上げて逃げ回る敵兵を取り囲んでなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった
剣先をそろえた歩兵の横隊が敵の戦列を蹂躙するのが好きだ
恐慌状態の新兵が既に息絶えた敵兵を何度も何度も刺突している様など感動すら覚える
敗北主義の逃亡兵達を袋に詰めて叩き殺していく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ捕虜達が私の振り下ろした手の平とともに金切り声を上げるシュマイザーにばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
哀れな抵抗者達がみすぼらしい武器で健気にも立ち上がってきたのを街ごと焼き払った時など絶頂すら覚える
フン族の騎兵に滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に守るはずだった村々が蹂躙され女子供が犯され殺されていく様はとてもとても悲しいものだ
トルコの物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ
いかれイスラムどもに追いまわされ害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
諸君 私は戦争を地獄の様な戦争を望んでいる
諸君 私に付き従う戦友諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なる戦争を望むか?
情け容赦のない糞の様な戦争を望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様な闘争を望むか?
人類社会の悲惨を望むか? それとも我が破滅を望むか?
『戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争!
戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争!
戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争! 戦争!』
よろしい ならば戦争だ
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがあのガリアで戦い続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!!
大戦争を!! 一心不乱の大戦争を!!
我らはわずかな軍団兵に過ぎない
だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している
ならば我らは諸君と私で総力百億と一人の軍集団となる
我々が失脚したものと眠りこけている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう
連中に恐怖の味を思い出させてやる
連中にスッラの軍靴の音を思い出させてやる
天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない事があることを思い出させてやる
我らの軍団で世界を燃やし尽くしてやる
ガリア総督より全軍団へ、目標ローマ本国首都!!
第二次ルビコン渡河作戦
賽は投げられた
「これが有名な、賽は投げられたです」
「嘘吐け!!」
「か、カエサルを何だと思っているんです!!!」
「お静まりください、秋葉さま。単にヘルシング風味で仕上げただけです」
「風味というより、そのものでしょ!!!」
「ていうかフン族やトルコ、てまだ存在すらしていないんじゃ」
「そこはそれ。のりで無視してください。というより、ローマ軍が物量で敗れるなんて後にも先にもその時だけです」
「それにしても、カエサルの画像、これで四つ目ですよ?」
「見つかるものは最大限に利用するべきだと思いますけど」
「第二次って、一次があったのか?」
「ええ。一次はスッラが元老院強化のために本国に反旗を翻した時のことです」
「スッラて、ルビコンを渡りましたっけ?」
「……はっ!!」
「そういえば、南イタリアから侵入してましたね」
「それじゃあ、共和政時代にガリア人やハンニバルが侵入してきたということで、第二次にしておきましょう」
「それだと第三次にならない?」
「それはおいておいて」
「誤魔化した」
「カエサルはこの演説が終わると同時にカエサルはルビコンを渡ります。この時は本隊がまだアルプスのほうにいましたが、それでも彼は渡りました。
カエサルがルビコンを渡ったと聞いたポンペイウス達は兵を集められないでローマから逃げます。カエサルは戦費調達のために神殿の貢物を略奪したりしましたが、まあローマ本国の食糧事情とかをなんとかしないわけにはいかないので、仕方ないでしょう。ポンペイウスも軍資金として国庫から金を持ち出しましたし。
準備が整うと、カエサルはまずマケドニアに逃げたポンペイウスを倒す前に、ヒスパニアにいる彼の部下たちを叩きます。ポンペイウスの精鋭たちですが、将軍はカエサルと比べたらどうという相手ではありません」
「ちなみに、カエサルはこの時『この戦いは勝てるだろう。将のいない兵を攻めるのだから』と言ったそうです」
「そして、マケドニアのポンペイウスです。彼はさすがに強く、カエサルは生涯最後の敗戦を経験しますが、リターンマッチではポンペイウスの兵が練度不十分であるところを突いて勝利を収めます」
「今度は『兵のない将を攻める』と言ったとか」
「負けた相手にリターンマッチすると必ず勝つって……漫画の主人公みたいな奴だな」
「当時の歴史の主人公はカエサルですから、ある意味ではそうです。逃げるポンペイウスをエジプトまで追撃しますが、彼はエジプトで殺され、蜂蜜漬けにされた生首が贈られてきたそうです」
「いい趣味してるな」
「生首って、蜂蜜漬けにするものなの?」
「しばらくエジプトに滞在していたカエサルをクレオパトラが訪ねてきます。絨毯に包まっていたかどうかは分りませんが、これがカエサルとクレオパトラのロマンスです。クレオパトラは絶世の美女というわけではありませんが、語学に堪能で、非常に高い教養をもっていた魅力的な女性だったようです」
「確かここでカエサルはクレオパトラに魅了されて、首都をアレキサンドリアに移す、なんていう妄言をほざいたそうですね」
「前回も言ったとおり、カエサルは最強のジゴロです。その彼が、メロメロになるわけないじゃないですか。大体、そんなこと考えていたなら、遺言状に彼女と息子の名がないのは変です」
「だから他に表現は……」
「さて、当時のエジプトはクレオパトラと弟プトレマイオス十三世の共同統治にありました。ですが、宮廷の重臣の多くは弟に付き、彼女は王位から廃されようとしていました。エジプトの宮廷はプトレマイオス十三世に付いてカエサルと戦います。何でカエサルが戦うことになったのか、細かいことはほとんど分かりません。それに、カエサルにとってはほとんど何も得るところない戦いでもありました。おかげでクレオパトラの色香にやられたという俗説が出回っているんです。
ついでに先代の王が残した借金を取り立てていました。これも理由の一つかもしれません」
「借金男が借金取り立てるなんて、質の悪いパロディね」
「借りた金の期限が迫っていたのかもしれませんね。アレクサンドリア戦役が終了した後、カエサルは二ヶ月のエジプト旅行をします」
「やっぱりイタリア人ね。まだ残党が残ってるのに旅行するなんて」
「イタリアじゃありません。ローマ人です」
「話が少しそれましたが、カエサルは地方に散ったポンペイウス派残党を討伐しますが、どいつもこいつも、ポンペイウス以下の相手ですから、省略していいでしょう。こうしてカエサルはローマの最高権力者となります。
ですが、カエサルは自分に敵対した人々の全てを許し、公職に復帰させています。これは内乱で人材がいなくなるのを懸念したためである、と考えていいでしょう。
それでカエサルは五年間任期の独裁官となり、ローマにおける唯一の指導者となります。二人の執政官をおいてまで独裁者の出現を防いできたこれまでのローマでは、異例のことです。これこそ、カエサルの目指した最高指導者による単独支配です」
「ほとんど帝政だな」
「そう思っている人は多いので、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』はカエサルから書いています」
「カエサルは暗殺されるまでの短い間に世界帝国のヴィジョンに基づいて、各属州のインフラを整えたり、新都市建設、法制の整備等を行いました。他にも福祉を抑えたり、各種贅沢を制限するなど緊縮財政も平行して行います。
ローマ帝国の領域だった場所に行ってみれば分りますが、ローマの建設した都市が各地に存在します。さらに、属州民へローマ市民権を振る舞いました。
そして、暦をこれまでの太陰暦から太陽暦のユリウス暦に改めます。西暦年が四で割り切れる年を閏年とし、二月二十八日の翌日を閏日二月二十九日とします。1582年にローマ法王グレゴリオ13世が命じて改暦が行われるまで、西洋では使われます。ある意味ではカエサルの最も大きな改革といえるでしょう」
「ちなみに、ローマで暦を司っていたのは前回カエサルの就任した最高神祇官をはじめとする神官です。神官たちは自派閥の勢力拡大のために暦を長くしたり、短くしたりというのを繰り返していました」
「なんでまたそんなことを?」
「簡単です。一年の月日を勝手に決めることが出来れば、自分の派閥の人間が長く地位を保てますし、逆に敵対している連中の任期を短くすることも出来ます。おかげでローマの暦は太陽暦のそれに比べて八十日も遅れていました」
「頭痛くなってきた」
「そこで、採用する最初の年の一年を445日にして帳尻を合わせます。これで、ローマに正しい時間が刻まれることになります」
「ですが、ユリウス暦は、後のグレゴリオ暦と比較すると一年の長さが平均して約十一分分長くなります。一年では僅かな差ですが、ユリウス暦は千年以上も使われますから、蓄積されたずれが無視できないほどの大きさになったんです。そこで、グレゴリオ暦です。この時の改暦では、千年以上に渡って蓄積されたずれを解消するため、1582年十月四日の翌日を十月十五日にしました。
ですが、グレゴリオ暦はプロテスタントやギリシア正教の国ではすぐには導入されませんでした。特にロシアでは二十世紀のロシア革命までユリウス暦を使っていたので、ユリウス暦はロシア暦とも呼ばれました」
「酔狂だな、ロシア」
「自称、第三のローマ『モスクワ』ですからね。当人以外、誰も認めていないと思いますけど」
「第三のローマ?」
「ビザンツ帝国の崩壊後、その帝権を受け継いだのがモスクワなんだそうです。ちなみに第二のローマはコンスタンティノーブルです。これに関してはもっと後でやりますから、ここでは気にしないでください」
「秋葉さん。もっとスゴイ連中がいますよ」
「いましたね、そういえば」
「誰のことだ?」
「東方正教会です」
「彼らはカトリックのグレゴリオ13世の制定した暦なんて、死んでも使いたくなかったんです。おかげで、彼らはいまでもユリウス暦を使っています」
「なんて酔狂な」
「あと、ユリウス暦は128年に一日進みますから、彼らの暦は私たちの使っているのに比べて十三日進んでいるんです」
「と、いうわけで東方正教会が一般人と一緒にクリスマスを過ごせるのは西暦46265年なんです。そんなわけでその日まで頑張って長生きしましょうね」
「出来るか!!!」
「まあ、そうですね。そのころまでにはグレゴリオ暦も約十一日進んでしまっているでしょうから、多分新しい暦が制定されているはずですので、そもそも無理な相談かもしれません」
「それ以前の問題だと思うけど」
「ちなみに、暦を改めたソ連はこれを期にさらに正確な暦を制定したそうです。アカどもの数少ない功績の一つですね」
「あ、そうそう。クリスマスが制定されたのは西暦325年の二ケア会議なので、勘違いして計算を間違えないでくださいね。作者はそれを失念してかなり苦労していましたから」
「先輩、誰に向かって言ってるんです?」
「そして、ガリア人などを含めた、大量の属州民の元老院入りを行います。これは単純に属州出身の自分の子分を議員にしての自己の勢力拡大という向きと、世界帝国ローマに相応しい多国籍議会を作るつもりであった向きがあると言われています。どちらであっても、これは極めて珍しいことです。例えるなら、インド人が大英帝国本国の議会の議員になったようなもんです」
「まずありえないわね」
「これだけでもカエサルがこれまでのローマの政治家とは毛色の違った存在であることは分るはずです。まあ、これ自体はローマの伝統にのっとっているので、彼だけのものではありませんね。何より、彼は元老院をほとんど無視するんですけどね」
「単に地方の融和を目的としたものでは? 現にヒスパニアではポンペイウスの残党が反乱を起こしていますし。さらにガリアはポンペイウスとの戦いで反乱を起こせただろうに起こしませんでした。理由はやたらと安い税金と、支配者達の権益を維持したことによります。これはカエサルがこれら地方の勢力を無視できないことを示しています。
つまり、カエサルは理念ではなく現実的にそれが必要だったんです。足下を見られていたんですよ。それ以前に略奪しすぎてとるものもなかっただけだと思いますけどね」
「よくそんなに捻くれた見方が出来ますねカトリック」
「単にあなたが素直に見すぎるだけでは?」
「さて、彼が権力を握ると不満な人々が出てきます。それは、かつてのローマ共和制にロマンを持った共和主義者です。そしてスッラに続く第二の終身独裁官に就任したのが、決定的です。カエサルは王になろうとしている、という噂が広まります。
カエサルはスッラと違って元老院を整えたら全ての権力を手放す、という殊勝な心意気とは無縁です。それを煽ったのが、キケロです」
「生きてたのか」
「内乱の時はポンペイウスに付こうとしたんですけど、カエサルが優勢だったのでやめたんです」
「日和見だな」
「ローマ人は王を追い出して共和制を樹立したことからも分かるように、彼らは王に対して非常に強いアレルギーを持っていました。彼らはカエサルの権力拡大は個人的野心の表れだと思っていたんです。それと同時に、ガリア人などの蛮族を大量に元老院入りさせる彼の政策にも反感を抱いていましたし、彼の元老院無視の態度も気に入りませんでした。
ていうか、カエサルがアレクサンドロス大王のように世界を目指そうとしている。として危機感を抱いていました。
そこで彼らはカエサル最高の愛人セルウィーリアの息子マルクス・ユニウス・ブルータス
を擁立して暗殺計画をたてます。ブルータスの先祖がローマから国王を追い出したルキウス・ユニウス・ブルータスの子孫であったことが理由です」
「よくあることですが、偉人が死ぬ前にはその兆候が見られたという伝説があります。カエサルの場合も占いで三月十五日が危ないと言われていました。まあ、全然信じていなかったようですけど。また、暗殺計画の記された手紙を渡されたと言うのに、公務の後で読むといって書類に紛れ込ませるなどの不運もあったようです」
「こぼれ話ですが、カエサルは死の二年前、脳腫瘍に冒されていたといわれています。そのおかげで、幾つかの細かいミスで触発された反対派がカエサルを殺したというんです」
「そういえば、執務中に二度も癲癇にかかったらしいですね」
「あるテレビ映画だとその時に見た幻でカエサルは上を目指した、とか言っていましたが、それはないと思います。カエサルは常に最前線で指揮を執っていました。そんな、てんかんもちの司令官なんて、危なくて兵士は付いて行きません。大体、彼は死ぬ二年前はポンペイウスの残党討伐のただなかなんですよ」
「そんなことはどうでもいいですね。病気もちをそれで非難するのは適当ではないので」
「静かになったな」
「帝政を見越してのことなのか『予の言葉は法律と同等と見なすべきである』とかも言っていました。その権威付けとしてなのか、国内の改革の後はクラッススを倒したパルティア遠征を考えていましたね」
「それがアレクサンドロス云々の理由か」
「というわけで、カエサルは『君主制』を目指し、ポンペイウスは『元首制』を目指したとも言われています。まあ、ポンペイウスにそんな深い考えがあったかどうかは微妙ですが」
「客観的にはカエサルにもそんなに深い考えがあったとは思えないのですが」
「さらにカエサルは内乱の際に自分の向こうに立った連中を一人残らず許しています。ですが、これはカエサルが生殺与奪の権を握る絶対君主を目指そうとしていることに他ならないと見られてしまいました。
現に、カエサルに降らないで割腹自殺をしたカトーの行動を賛美したキケロの著作『カトー論』はそういう論理で書かれています」
「腹切りかよ。ローマにもあったんだな」
「ちなみに、新渡戸稲造は欧米人に日本の切腹を説明するのにこの例を持ち出して説明していましたね」
「まあ、少なくとも、多少、付き合いにくい人物にはなっていたようです」
そして紀元前44年三月十五日カエサルはポンペイウス劇場で開かれた元老院議場で暗殺者どもの手にかかります。
この時に有名な『ブルータスよ、お前もか』という最後の言葉を残します。彼が息を引き取ったのは、ポンペイウスの像の下であったと言われています。ちなみにあの言葉は、実はその場にもう一人ブルータスというカエサルの有能な部下がいたので、そのブルータスではないかと見る向きもあります」
「細かいな。ていうかなんで劇場で?」
「調べましたが、さすがに分りません。単に広かったせいかもしれませんね」
「カエサル暗殺に参加したものは、ブルータスを含めてそろいもそろって内乱でカエサルの温情に預かったものばかりです。ですが許すことで寛大さを示そうとしても、彼らにはカエサルの胸のうちにある世界帝国への理念を推し量ることなど出来ませんでした。それどころか、部下連中も彼の理念を理解しているとはいえません。即ち、カエサルは自らの偉大さゆえに殺されたんです」
「カエサル礼拝もここに極まりましたね」
「それで結局、カエサルの評価は?」
「少なくとも、彼が元老院の無力を証明したことだけは間違いありません。彼の行った単独支配が帝政ローマを指し示したのは事実です。ただ、スエトニウスは彼を『殺されて当然の人物だった』と評していますが」
「シエル先輩がカエサルを褒めるなんて」
「最後の一言がなければ賛美ね」
「彼はこれまでの評価が高すぎるんです。私は彼が世界帝国的な視野をもった偉大な政治家ではなく、あくまで目の前の現実に対して政策を打ち出した人物だと思っています。つまり、明確なヴィジョンを持っていたのではなく、目の前の事柄を解決することに非常に長けていた、ということです。
ヴィジョンを持っていないのは、政治家として失格といえます。結果だけを見るなら、彼の功績が絶大であるのは間違いないんですけどね」
「要するに、積極的に見るか、消極的に見るかってことだな」
「カエサルに限らず、ここ最近は英雄否定史観なるものが出回っています。彼らは歴史を民衆不在で語ることはけしからん、というのですが、そんなもの面白くもなんともありません。大体、そんな暗記物と大差のない記号の羅列憶えて何が楽しいのでしょうね」
「中には本気で過大評価もありますけどね。少なくとも、英雄否定史観は入門に甚だ不向きであるのは間違いありませんが」
「次回は第二回三頭政治から、アウグストゥスが死ぬまでです。彼に関しては問題なく、偉大な政治家という評価が定着しています」
「ていうか、カエサル長すぎ。この労力の半分でもローマ最初の五百年間に傾けなさいよ」
「つもりはあるようですが、アウグストゥスが終わってからだそうです。それでは、また次回にお会いしましょう」