アルプスを越えて

『カエサル誕生〜第一回三頭政治』

 

「色々あって、シエル先輩が侵入してきた」

「久しぶりですね、秋葉さん」

「どうしてこんなにも五月蝿い方々が集まるのやら」

「まいたと思ったのにな」

「埋葬機関の力を見くびらないでください」

「それで、先輩は兄さんの邪魔に来たのかしら?」

「遠野くんが勉強をすること自体には賛成ですが、こんなところに監禁するのは反対です。つまりはそういうことです」

「これは家庭の事情です」

「家庭相談所に行くべきことだと思います」

「琥珀、この人には少し手荒くお帰りいただくから、授業を進めなさい」

「わかりました、秋葉さま」

「えっと、大丈夫なのか? 相手は先輩だぞ」

「危なくなったらメカ翡翠ちゃんをおくりますので、問題ありません」

「は、薄情な」

「では始めますよ。ローマは地中海を支配する巨大な帝国であるにも関わらず、その諸制度はかつてのまま、都市国家時代のものでした。

こんなもので大帝国ローマを統治できるはずがありません。ですが、政権の中枢にいる元老院議員達は三度のポエニ戦争における自分たちの指導力を過信していたんです。

改革自体が必要であることは承知していたようですが、伝統ある元老院です。そのしきたりを破ったら、罰があたるくらいに思っています。その機能不全に陥ったローマを立て直したのが、ユリウス・カエサルなんです」

「すごいとは思うけど、賛美するほどとは思えないわ」

「後世の人々によるカエサル評価の例です」

 

タキトゥス

帝政ローマ最高の歴史家

『神にも比されるべき才能』

 

モンテスキュー

フランスの法律家、啓蒙思想家。『法の精神』という有名な著書の作者。三権分立を唱えた。

『カエサルは幸運に恵まれていたのだと人は言う。だがこの非凡なる人物は、多くの優れた素質の持ち主であったことは確かでも、欠点がなかったわけではなく、また、悪徳にさえ無縁ではなかった。しかし、それでもなお、いかなる軍隊を率いようとも勝利者になったであろうし、いかなる国に生まれようとも指導者になっていただろう』

 

エドワード=ギボン

イギリスの歴史家。『ローマ帝国衰亡史』の作者。

『あの抜群の統率力、素晴らしい寛容性、また享楽好きと知識欲と燃えるような野心とを見事に調和させた多彩多能の才幹がセウェルス帝に見出すことは全く出来ない』

 

バーナード=ショウ

イギリスの劇作家で風刺、皮肉の達人。社会正義を重視し、フェビアン協会を設立した穏健な社会主義者。

『人間の欠点ならばあれほど深い理解を示したシェークスピアだったが、ユリウス・カエサルのような人物の偉大さは知らなかった。「リア王」は傑作だが、「ジュリアス・シーザー」は失敗作である』

 

モムゼン

ドイツの歴史家。『ローマ史』でノーベル文学賞をとった。

『ローマが生んだ唯一の創造的天才』

 

イタリアの普通高校で使われる教科書

『指導者に求められる資質は次の五つである。知性、説得力、肉体上の耐久力、自己制御の能力、持続する意志。カエサルだけがこのすべてを持っていた』

 

どこかの痕SSの一文

『彼は最高の軍人であり、政治家だった。父親としても最高だった。(覚え書き)』

 

「いやあの、褒めすぎじゃないか? ていうか、最後のSSの一文って何?」

「大昔に読んだんですけど、よく覚えていなくて。誰か、出典を知っている人がいたら教えてください」

「でも、この評価はいくらなんでもね」

「神君ですから、問題ありません。特にモンテスキューは大の共和政シンパなのでカエサルが大嫌いなんですよ。その彼でさえ、認める実力有するのがこのカエサルなんです」

「ちょっと待ってください」

「なんです? 余所見はいけませんよ」

「取り込み中ですよ」

「軍人カエサルはともかく、政治家カエサルはあまり評価していません。勿論、カエサルを神君とまでは思っていません」

「そのての反論は、その時にしてください」

「分かりました。カエサルの話が済むまでは、休戦といきましょう。秋葉さん」

「いいでしょう」

「先輩、どうしちゃったの?」

「七月十三日、カエサルはユリウス一門のカエサル家に生まれます。英語で七月をあらわす『July』は彼のユリウス『Julius 』が語源なんですよ」

「いきなり誕生日だ」

「本気でカエサルだけで、しばらくなんとかするつもりね」

「そこ、私語は慎みなさい」

「ところで、前から気になっていたんだが、その長い名前には何か意味があるのか?」

「ローマ貴族の名前はA・B・Cに分けられます。Aが名前、Bが家門、Cが家です。

つまり、ガイウス・ユリウス・カエサルなら、ユリウス一門のカエサル家のガイウス、ということになります。

また、ルキウス・コルネリウス・スッラならコルネリウス一門のスッラ家のルキウスです。家門が入る場合は貴族の証でもありますから、憶えておいてください」

「ちなみに、女性の名は家門名が変形するものでした。そのため、ユリウス一門の女はユリア。クラウディウス一門はクロウディア。コルネリウス一門はコルネリアと言います」

「それで同じ家に何人も女が生まれたらどうするつもりなんだ? ていうか庶民は?」

「さあ? 何とか識別してたんじゃないですか? 庶民の場合は分かりません」

「そんな話、全く教科書に出ないと思いますけど」

「(無視して続ける)カエサルが十九歳のとき、スッラが政権を握り、民衆派の粛清に乗り出します。

カエサルもこの処刑者名簿にのっており、危く殺されそうになりますが、まだ政治活動もしていない彼の助命を嘆願されます。いやいやカエサルの助命を受理したスッラはこう言ったといわれています」

 

 

『君達には分からないのかね? 彼のなかには百人ものマリウスがいることが』

 

 

「その通りではありますね。スッラに手柄を取られたとはいえ、マリウスは有能な将軍ですから。

政治家としては無能で問題ありませんけど」

「助命の条件として、カエサルは妻との離婚を命じられますが、それを断りました」

「素晴らしい愛情ね」

「そんな単純な理由とは思えませんが、理由は不明なので、想像に任せてもいいでしょう。

続けますよ。離婚を断った以上、ローマにいられなくなったカエサルはスッラが死ぬまで逃亡します。ただ、恐ろしいことに逃亡先のビテュニア(現トルコ北部)でカエサルはニコメデス王に惚れられます」

「ホモかよ」

「まあ、あくまで噂です。本当かどうかは分かりません。ただ」

「ただ?」

「ニコメデス王は死後、国をローマに遺贈しました」

「…………」

「その時点で、いろいろあったこと決定じゃん」

「してみると、彼は男を抱いたんじゃなくて、男に抱かれた、てことになるのでしょうか?」

「そんなことより、当時のローマに二人の男が台頭してきた経緯を述べましょう。カエサルが出てくるのは少し先のことですから」

「ローマが侵略と防衛のために各方面で戦い続けているのは前回の通りです。紀元前74年当時、西では旧マリウス派のセルトリウスが現地のヒスパニア人と組んでローマを相手にゲリラ戦を展開し、東ではミトリダデス六世のポントスとトラキアで戦争がおきていました」

「まだ生きてたの?」

「若くして王位に着いたので、在位期間が長いんですよ」

「西と東同時ですか……確信犯?」

「蜂起時点ではどうかは分かりませんが、その後は連携していたようです。海賊を使って物資などを送っていました。この二つの敵を叩くためにローマは二正面作戦を展開します。西にポンペイウスを送り、東にはスッラ派の巨頭ルクルスを送りました」

「ポンペイウス、てあのポンペイウスですか?」

「そうです。後にカエサルとローマの覇権を争うグナエウス・ポンペイウス・マグヌスpompey.gif - 8309 Bytesです。スッラがローマを占領する際に活躍したことで抜擢されたんです。しかし、この人事には一つだけ問題がありました」

「なに?」

「ポンペイウスが若すぎることです。当時まだ法務官すら経験していない若輩者なんです。つまり、この時点でいきなりスッラの改革が無駄なことであることが露呈したのです」

「ああ、あの三十歳以上でないとお断り、てやつね」

「それです。本来ならそんな資格をもたないはずの若輩者の手を借りないことには元老院はこの戦乱を鎮めることは出来ないのです」

「システムがいい感じに擦り切れてるわね」

「まあ、東のほうにはまっとうな資格者が行ったのでさほど問題はありませんでした。しかし、その方面に出撃した将軍もスッラ派の職業軍人なので、やっぱり共和政の軍隊は使えないことが証明されるんですけどね」

「遠すぎるのが原因か」

「ここで剣闘士について少し説明しましょう」

「いきなりだな」

「これ自体、タイムマシンで修正しているんですから仕方ないのです」

「たいむましん?」

「こっちのことです。気にしないでください」

「???」

「剣闘士はエトルリア人の伝統的な人間と野獣の対決が原型です。ローマにおけるいわゆるサーカスの一翼を担っていました。勝たないと殺される公算が高かったので、かなり劣悪な環境だったようです」

「しばらくするとローマの征服戦争が頭打ちになって、奴隷の供給が断たれてしまったので、あまり殺されなくなったようですけど。一人仕込むのにもお金がかかる、というのもあったようですが」

「しかし、当時のローマはローマ史上最も領土が広がった時代でもありますので、奴隷はうなるようにいました。待遇が悪いのはある意味当然ですね」

「それ以前に、奴隷制自体が非難されそうだな」

「それは仕方ありません。当時、奴隷制は常識です。敗者の命は勝者のものなんです。アリストテレスは奴隷と自由人との違いは、肉体労働をするものと、そうでないものと真面目に述べています。そんな時代の人々に奴隷制が悪である、と言うだけ無駄です」

「そういうものか」

「そういうものなんです。それに、ローマにとっても思いもよらないところで利益がありました。日頃から流血に慣れていたローマ人は戦場でもあまり動じないでいられたそうですね。

ただ、やはり奴隷として扱われ、明日も知れない生活を送らなければならない剣闘士にフラストレーションが溜まるのは当然です。紀元前73年の春、カプアの剣闘士養成所で蜂起を呼びかけた男こそトラキア出身の剣闘士スパルタクスです。養成所の奴隷78人が脱出。剣闘士用の武器を奪って逃げる途中、カプアからの追っ手からも武器を奪いました。

この時に彼らは奴隷の武器が不名誉である、と言って捨てたといわれています。さらに、近くの山を占領して各地の奴隷に呼びかけ、数千もの集団に膨れ上がりました」

「頑張るな」

「この奴隷反乱鎮圧に法務官はとりあえず集めてきた三千の兵で兵糧攻めをします。これでシチリアの奴隷反乱は鎮圧できましたから、当然といえば当然の手段です。しかし、相手はシチリア島とは違います。戦闘経験豊かな剣闘士たちなんです。スパルタクスはローマ軍を撃破し、彼らの武器を奪います。

この場合は武器なんかよりも重要なのは、急ごしらえとはいえ、ローマ軍に勝ったという事実です。その後も勝ち続け、おかげでスパルタクス軍に奴隷がどんどん参加し、その勢力は七万にまで膨れ上がりました」

「このままいけば成功しそうな勢いだな」

「そうでもありません。この反乱にはローマがあまり好きではない南イタリアの諸都市は冷淡で、援助をするつもりなどほとんどありませんでした。それは当然ですね。奴隷解放を掲げているような連中なんですから。それに、こういう時に必要な学のある奴隷はほとんど参加していません。彼らはこのスパルタクスの軍団より、ローマの精鋭のほうがはるかに強力であることを知っていたからです。学のある連中は解放してもらえる可能性が高かったというのもありますし」

「そのローマの精鋭は?」

「ヒスパニアのセルトリウスや、ポントスのミトリダデスを打ち倒すために出張ってました。スパルタクスの乱が早期に鎮圧されなかった理由はそこにあります」

「鬼のいぬまの洗濯ですか」

「とりあえず、アルプスを越えてローマの手が届かないところまで逃げようとしますが、ローマにしてみれば国の威信を守らないわけにはいきません。奴隷ごときにやられてむかついていた、というのもあるのでしょうが。執政官二名を送り込んで追撃をします」

「豪華なメンバーね」

「それだけ脅威だった、ということですよ」

「この追撃もスパルタクスは退けました。さらにアルプスへの行く手を塞ぐ駐屯軍団も撃破した頃には十二万もの大軍団に成長していました」

「それだけいれば、ガリアでもやってけるんじゃない?」

「そうなっていたらいたらで、面白い展開になったでしょうね。カエサルのガリア遠征で戦う相手がスパルタクスの子孫とヴェルキンゲトリクスのコンビである、というのは燃えますが、そうはなりませんでした。あろうことか、彼らは故郷への帰還を前にして南に引き返したんです」

「なんで?」

「どうして?」

「さあ? これは謎であるとしか言いようがありません。川が氾濫していたとか、冬のアルプスを越える気になれなかったとか、度重なる戦勝で奢っていたとか色々言われていますが、定説といえるものはありません」

「それに、奴隷第二世代は今更ガリアだの、トラキアだのに帰りたいと思ってはいません。このまま新王国を築きたいと思っていたようです。そこで、以前も奴隷反乱のあったシチリアに上陸することにしました」

「遠回りですね」

「ローマはスパルタクスが何を目的に戻って来たのかは分かりませんが、南下されては溜まったものではないので、再び軍を派遣しますがスパルタクスに再びローマは敗北します」

「まさに連戦連敗ね」

「細かい勝利は収めていましたけどね。そんな時、ヒスパニアのセルトリウスが暗殺されました。これでポンペイウスの精鋭が戻って来ると期待しましたが、ヒスパニアの原住民はその後も戦い続けたので、彼の帰還はしばらく先の話です。それまで、時間を稼ぐ必要がありました」

「しかし、軍団を指揮するその時の法務官には誰もなりたがりません。スパルタクスの圧倒的な力を目の当たりにした元老院議員は負けて自分のキャリアが傷つくようなことがあっては困るからです」

使えないわね元老院

「その法務官に立候補した男こそ、スッラの元部下にしてローマ一の大金持ちマルクス・リキニウス・クラッススです。クラッススは法務官になるや否や、六万の軍団を集めてスパルタクスにあたりました。まあ、簡単に負けるんですけどね」

「そいつも使えないわね」

「ですが、これまでの執政官や法務官と比べればまだやる気があります。和平の用意がある、とか周辺の勢力とも結びつかないように買収をするなどをして時間を稼ぎながらポンペイウスやルクルスの帰還まで戦い続ける気概はあったのです」

「なりふり構ってないわね」

「なんとかまだクラッススに買収されていない海賊にシチリア島まで乗せて行ってもらうことを約束させますが、目的の場所でいつまで待っても海賊は現れませんでした」

「お金は払ったの?」

「払いましたが、所詮は略奪品。ローマの財力の敵ではありません。海賊たちは買収され、スパルタクスはイタリアの爪先で立ち往生することになってしまったのです。それでもシチリアに渡ることを諦めきれない彼らはいかだを作ってシチリアに向かいますが、その手の技能を持った連中はこんな反乱には参加しません。わずかに上陸できましたが、シチリア島の奴隷を扇動することは出来ず、涙をのんで諦めました」

「クラッススは? 遊んでいるわけではないでしょ?」

「当然です。スパルタクスたちをシチリアに運ぶ予定の海賊を買収していたクラッススは長い長い包囲網を築いていました」

「立場が逆転したか」

「食糧補給が断たれた今となってはもはや彼らに望みはありません。とりあえず、降服だけは出来ない相談であるとスパルタクスはローマ軍の捕虜を全軍の前で磔にしてその決意のほどを示しました」

「これはもう勝てるわね。精鋭が戻ってくれば、趨勢はローマに完全に傾くわ」

「しかしクラッススはこのままではポンペイウスに手柄を横取りされると思い、焦ったんです。おかげでスパルタクスにも突けいる隙が生じて、突破されてしまいました」

「軍人に向いてませんね」

「本当にそう思います。パルティア遠征でも失態を演じています」

「してみると、当時の元老院はそいつよりも下の連中しか揃っていない、ということになりますね」

「やっぱり元老院は使えない、と」

「それはともかく、その後の奴隷たちを見てみましょう。何とか突破した彼らは北東に逃げることには成功しましたが、訓練もされていない寄せ集めの軍団ですので、脱走者が相次ぎます。スパルタクス個人のカリスマではもう如何ともしがたいのです。クラッススは迷走するスパルタクス軍団に度重なる攻撃を仕掛けて、その戦力を確実に削りますが結局、スパルタクスを討つことは出来ませんでした」

「で、こいつら結局、何処に行こうとしてたの?」

「さあ? アルプス越えをしようとしていた、とも言われていますが、今更そんなことをするのは自殺行為です。海路を伝ってバルカン半島に逃げる、という可能性もありますが九万もの大軍を運ぶ用意があったとはとても思えませんので、とりあえずどこかで体勢を立て直そうとひたすら逃げていただけだと思います」

「負けの込んだ軍が悲惨なのはどこも同じね」

「そんな時さらに悲惨なニュースが飛び込んできます。トラキアの反乱を鎮圧したルクルスが戻ってきたんです。しかも、上陸地点が丁度クラッススと挟撃できる場所であったので、とりあえずどっちかと戦わなければなりませんでした。そこで数はともかく将と兵の練度が低いクラッススに挑みます」

「それでも勝ち目は薄そうね」

「ええ。事実、スパルタクス軍はこの最後の決戦でさんざんに打ちのめされて敗北しました。スパルタクス自身は最後まで必死に戦っておかげでその死骸はグチャグチャで何がなんだか分からないものになっていたそうです。紀元前71年三月、古代ローマ最大の奴隷反乱スパルタクスの乱が終結しました。ちなみに、とっ捕まった六千人の捕虜はローマの捕虜にしたのと同じように磔にされました」

「残党たちも戻ってきたポンペイウスによって根絶されました。そんなわけでポンペイウスとクラッススは元々仲がよくないのに、さらに悪くなったのです」

「スパルタクスはボロ負けか」

「ただ、これでローマ人は無意味にこき使うよりも待遇をよくして働かせるほうが有効であるとして、扱いは改善されましたので、あながち無意味な戦いではありません」

「ちなみにマルクスは彼こそ古代唯一の正義の人、とか言ってましたね。その自分たち以外は全て悪であると言い切る根性はさすがといべきでしょうか」

「ところで、ミトリダデスはどうなったの?」

「結構、有利に戦いを進めていました。このままルクルスがポントスを潰すのも時間の問題かと思われたのですが、グズグズしている内にアルメニアの助力を得たミトリダデスに逆転されてしまいました。そんなわけで東部戦線は膠着状態に陥ってしまったのです」

「あらら」

「さて、その後、ポンペイウスは執政官になるとごねて元老院を困らせました」

「真正面からスッラの改革を打開しようとしてないか?」

「もしかして、彼も改革者?」

「彼にそこまで深い考えがあったかは分かりませんが、クラッススもこれに便乗して共に執政官となりました」

「? 二人は仲が悪い、て聞いてたけど」

「確かにクラッススは若いくせに凱旋式を二回も挙行したポンペイウスを妬ましく思っていましたし、ポンペイウスも金に汚いクラッススを嫌っていました。しかし、それでもやっぱり執政官になりたいのです。ポンペイウスは人気のないクラッススに部下が票を入れ、クラッススは元老院を説得しました。つまるところ利害の一致ですね」

「そして、彼らが護民官の権限を回復させたりして、元老院の権力をけずりはじめたんです」

「スッラの元部下がそれかい」

「これらの戦いで元老院が無力であることがハッキリしたんです。当時の元老院はスッラに権限強化をしてもらったにも関わらず、先の二つの戦役を収める力がなかったんですから」

「つまり、折角強化した元老院が役に立たなかった、てこと?」

「本当に改革者だったんじゃないか?」

「それはやっぱり微妙ですが、ローマは例外に例外を重ねなければ、事態に対処できないことも事実でした。地中海に海賊が闊歩して、商船などを襲っていたんです。この海賊の勢力は大きく、決して軽視できません。カエサルも襲われたりしています。それの討伐のために国家予算の半分をつぎ込んだ大軍を編制しました」

「ひょっとしてそれも……」

「はい、ポンペイウスが片付けます。慣例違反だとか反対はありましたが、それでもカエサルらが賛成して元老院はポンペイウスに君主にも等しい大権を与えて討伐に出しました。しかも二年かかると予想されていたこの作戦を僅か四十日で終了させました」

「強いわね」

「スッラは彼をアレクサンドロス大王の再来、とか言ってました」

「ついでにアジアにおいても指揮を続け、ルクルスが梃子摺ったミトリダデスを倒し属州を二つ増やしています。さらにアレクサンドロス大王の死後に分裂した王朝の一つ、セレウコス朝のシリアを滅ぼしたのも彼なんです」

「やっと死んだかミトリダデス」

「ちなみに、自害したそうですが毒殺を恐れて毒に対する耐性をつけようと毒を少しずつ飲んで鍛えていたところ、なかなか死なないので部下に短剣で殺してもらったそうです。また、彼は解毒剤を作ろうと罪人を使って人体実験をして、五十種類以上の成分からなる万能解毒剤『ミトリダチオン』を完成させたのです。

おかげで彼はその道に関しては少なくとも西洋では先駆者として、全ての解毒剤の開祖とも言える存在となったのです。英語で解毒剤を意味するmithridateは彼の名からきています

「凄いじゃないか」

「わたしの心の師匠ですよ」

「…………」

「それにしても使えない組織ね、元老院」

「だからスッラが出てきたんですよ。残念なことに、その部下が元老院の使えなさを露呈させたんです。まあ、これでも帝政のときよりはましですよ」

「それで、長いところカエサルが出てきてないみたいだが、なにやってるんだ?」

借金してました」

「はい?」

借金、て」

「カエサルの借金借金は天文学的です。国家予算の十パーセント、あるいはそれ以上です。

この両津勘吉も真っ青な借金で女に貢いだり、人気取りに奔走していたんです」

「お、女に貢って、どんなものを贈ったんだ?」

「彼のラブレターは後に全て処分されますから不明ですが、噂ではローマの上流階級の女性のほとんどがカエサルと関係があったといわれています」

「ほとんど、て、もてるにもほどがあるぞ」

「また、付き合っていた女性から一度も恨まれることのないまま愛人を次々ととっかえひっかえしていたんです

「ギャルゲーの主人公みたいなやつね」

「それよりすごいと思います。彼はオールエンドOKなんですよ」

「な、なんてうらやましい……もとい、なんて不誠実な」

「その女好きを生かして危機を乗り越えたこともあるんです」

「普通は身を滅ぼすだけだと思うが」

「身を持って実感していられますね。それについては、その時にお話しますよ。ついでに寝取った相手の夫からも恨まれないという完全無欠の人徳の持ち主です」

U−1?」

「そんな侮蔑極まる呼び方をしないでください。U−1なら、恨みに思った男が突っかかってきて、U−1にけちょんけちょんにのされるのがおちです」

「ええと、琥珀。よく分かりません」

「気にしないでください、秋葉さま。あと女に貢ぐ以外にも、借金を選挙資金にしたりして数々の高官を歴任するんです」

「そんなに借金して、平気だったのか? 後ろから刺されるぞ」

「カエサルは借金のしすぎで、逆に債権者の優位にたったんです。

カエサルが破産すれば、それで債券の回収が不可能となり、逆に出資してやらねばならなくなったんです。あの借金の額です、不良債権にするにはあまりに多すぎるでしょう」

「のりがほとんど潰れそうな大企業だな」

「待ってください」

「なんです?」

「あなたはカエサルを神聖視しすぎです。

その借金とて、カエサルがクラッススの僕に成り下がったことの証明ではありませんか。現に、カエサルが属州に赴任しようとした時、債権者に行く手を阻まれ、それをクラッススがとりなしたことがその証拠です」

「見解の相違ですね」

「人間を神格化することが原因です」

「険悪だな」

「異教徒だから?」

「では、話を戻しましょう。この時点までのカエサルは女好き、とか借金王とか言われてはいましたが、ローマの政界ではあまり目立つ存在ではありませんでした。どちらかと言うと、弁護士のキケロのほうが目立つ存在です」

「きけろ?」

「元祖弁護士と名高いマルクス・トウリウス・キケロcicero-03.gif - 8066 Bytesのことです。出自はあまりよくありませんが、自身の実力だけで当時、執政官にまで上り詰めた男です。彼もまたローマ共和政の限界を見て取っていました。カエサルとともに海賊征伐の大権をポンペイウスに渡すことに賛成したのも彼なんです」

「やるじゃない」

「ただし、彼はあくまでローマ共和政の救世主となることを考えていたようです。そういう意味ではカエサルとは微妙に違いますね」

「カエサルにそもそもそんな構想があったとは」

「それは後にしてください」

「さて最高神祇官というポストを巡るに当たってカエサルの名は高まります」

「さいこうしんぎかん?」

「ローマの宗教を取り仕切る官職です。ローマの伝統的な祭式を行うことがその役目です」

「内容からして若者のつけるもんじゃないわね」

「事実、この官職は輝かしいキャリアを残した老人が最後に着く類のものでした。それに、この官職はスッラの改革で談合で決まるとなっていたので、カエサルがつける道理などありません。そこでカエサルは友人の護民官ラビエヌスlabienus.gif - 8090 Bytesに最高神祇官を選挙で決まるように改めさせたんです」

「この男は政治のテクニックばかり長けてますね」

「政治家としても長けています」

「とにかく、カエサルはこれでなんとか当選を果たしました。これでカエサルはローマの政界でかなり目立つ存在となったのです」

「で、今幾つだ? 英雄にしてはかなり年をとってると思うが」

「三十七歳です。こんな遅咲きの英雄、世界史を探してもかなり稀だと思います」

「まーね」

「ここで、長らくお待たせしたカエサルの女で身を救ったエピソードを紹介したいと思います」

「想像もつかないな」

「愛する女がカエサルの盾となって暗殺者から身を守ったとか?」

「かなり違います。まず、当時不満をもっていたカティリーナという男がローマに対するクーデターを目論んでいました。計画自体は執政官キケロの行動すら把握していないお粗末なものでしたが、これにカエサルが加担していたと疑われたんです」

「それを上手く切り抜けるのね」

「元老院議場で奴隷と手紙のやりとりをしているのを見つけたカトーは『これこそカエサルがクーデターに加担していた何よりの証拠です』と息巻きます。しかし、カエサルは『これは私的な手紙に過ぎません』と抗弁します。それでもカトーは鬼の首をとったようにカエサルを非難して譲らないので仕方なく手紙を渡したところ、カトーは『この女ったらしめ!!』と言い捨てました」

「ラブレターだったとか?」

「そうその通りです。それは愛人からカエサルへのラブレターだったのです。しかも相手はカトーの義理の姉です。それを聞いた議員たちは大爆笑。カエサルへの疑いは完全に消え失せてしまいました」

「なにもいえないくらい凄い話だな」

「見習いたい、とか思わないように」

「ところで、カトー、てもう死んでなかったか?」

「前のカトーの曾孫です。区別して小カトーと呼ばれています」

「カルタゴを滅ぼした小スピキオは無視したのに?」

「カエサルと関わったからです」

「んな御無体な……」

「それからようやく、アジアを平定したポンペイウスが戻ってきます。ポンペイウスは例のごとく兵士に土地を支払うよう要求しますが、この成功に嫉妬した元老院は彼配下の将兵への土地支払いを渋ります。前回助けてくれたクラッススも、あまりの成功に嫉妬して助けてくれませんでした」

「ここにカエサルの出る余地が出てきました。自分の勢力拡大のためにカエサルはポンペイウスに近づきます。そこに自分の最大の債権者、クラッススを加えての非公式な同盟が成立しました」

「債権者って」

「クラッススはカエサルに一番金を貸したローマ一の大金持ちなんです。先程話したクラッススのとりなしというのは、彼らのカエサルへの借金を彼が返したということです」

「そういう意味かい」

「これで第一回三頭政治がスタートします。このなかでカエサルの力は他の二人に比べると、とても小さいですが、ポンペイウスに自分の娘ユリアを嫁がせるなどをしてそのつながりを強めます」

「クラッススとは?」

「彼とのつながりは借金ですから、今のままでいいんです。

手始めにカエサルを執政官にして、グラックス兄弟以来の懸案、農地法の成立を目指します。カエサルはティベリウスの死後、廃案となったこれの補正案を提出しました。これはポンペイウス配下の将兵への給与などを目的にした、三頭政治の大前提でもあります。カトーを始めとする元老院は猛反対です。

一日中演説して、話を引き伸ばすという牛歩戦術で対抗します」

「凄い体力」

「民主党にもこれくらいやってほしいのですが、無理な相談でしょうね」

「さすがのカエサルもこれではろくに仕事が出来ないので、牢にぶち込みました」

「やりすぎだろ」

「安心してください。すぐ後で出られましたよ」

「元老院の反対を抑え、平民会で可決させます。これでカエサルはもともとよくなかった元老院保守派との関係を悪化させます。同僚の元老院派の執政官はカエサルの精力的な活動に押されて何も出来ないまま家に引っ込んじゃいましたし。

次いで、前執政官の資格を理由に自身のガリア総督就任を認可させます。いよいよカエサルのガリア遠征です」

「侵略活動を正当化する出世欲まるだしのあれをどう評価するか楽しみです」

「話は次回聞きます。ていうか、カトリックに言われたくありません」

「それを国教にしたのは誰ですか?」

「ローマの国教はギリシア正教です。西方の野蛮なカトリックではありません」

「その野蛮なカトリックに助けを求めたのは誰ですか?」

「話し跳びすぎです」

「あれは本当に間違いだったと思います。外交のいろはも知らないカトリックの助けなど、あてになるはずがありませんから」

「ですから話が」

「あてにならない相手に頼るとは、自称ローマも地に落ちましたね。ギリシア人」

「話が……」

「自称はそちらでしょう? 蛮族を皇帝にするなど」

「どうやら、彼らが蛮族に負けたことを忘れているようですね」

蛮族すら御せない教皇庁がよく言います」

「少し危ない雰囲気ですが、今回はここまでです。では、また次回お会いしましょう」

続く

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