元老院の限界

『第三次ポエニ戦争〜スッラ辞任』

 

「もうそろそろ、時間なんだが」

「どうやら、あの方は来ないようですわね。これでようやく静かに勉強が出来ます。あのかたには向いていなかったんでしょう」

「志貴さま。筆記用具です」

「サンキュー。翡翠」

「あ」

「え?」

「志貴、妹、きたわよ〜」

「あら、もう飽きて二度と来ないかと思いましたよ。というより、なんです、その薄汚れた格好は?」

「シエルをまいてたら時間がかかっちゃった。その時にね」

「先輩がここに来るのもそう遠くないんだなあ」

「なにしみじみ言っているんです。すぐ始めますよ、琥珀。翡翠は不本意ですが、アルクェイドさんのせいで汚れた廊下を掃除してください」

「わかりました」

「さて、第二次ポエニ戦争で地中海の覇権を握ったローマは各国の戦争に介入しまくります」

「アメリカかよ」

「どの国も話を有利に進めるために大国の介入を求めるんです。

そのくせ、しばらく付き合ってると邪魔になってくるんですよ。おかげで、バルカン半島のほとんどがローマ領となります。あと、敗退したハズのカルタゴがハンニバル指導のもと、急高度経済成長をしていました。五十年の分割払いだった賠償金を十年後に一括で返す、というほどすさまじいものです」

「経営の才能もあったんだな」

「それも、怖れられる理由だったんでしょうね。カルタゴに圧力がかかるや否や、彼は逃亡し、その先で死にます。同時期に彼を破ったスピキオも死にました。彼は用途不明金を元老院で問い詰められて失脚していました」

「このカルタゴの急成長に危機感を抱いたのがマルクス・ポルキウス・カトーcato.gif - 8217 Bytes。ちなみに、スピキオが失脚した際の仕掛け人でもあります。

当時、ローマはカルタゴを滅ぼすつもりはありませんでしたが、彼は違います。ポエニ戦争に参加していた彼は、カルタゴの恐ろしさを身にしみて理解していました。カルタゴを滅ぼすために彼はカルタゴぶっ潰しキャンペーンを主催します。

有名なところでは、カルタゴから取り寄せた、いちじくを元老院のメンバーに見ます。それの見事さ彼らが感嘆すると、『これを生み出せる敵が、この新鮮さを保てる距離にいる』と強調しました」

「パフォーマンス得意だね」

演説で世界を変えられる時代があったのを羨ましくも思いますけどね。

その他にもカルタゴと全く関係ない事柄に関する演説でも必ず最後には、『それでも私はカルタゴを滅ぼすべきだと思う』と付け加えます」

「し、執念深い」

「それが功を奏したわけではありませんが、カルタゴがヌミディアに対抗しようと軍を動かしてしまいます。ローマの許可なしに軍を動かしてはならないという条約を結んでいたそれは、ローマに口実を与えてしまいました。」

「迂闊ね」

「カルタゴはなんとか元老院に調停を頼みますが、ローマ高官との関係の薄いカルタゴは元老院でまともな発言をすることもないまま、ローマ軍が上陸します」

「強引だな」

「太陽は二つも要りません。巨大な勢力は一つになることが宿命づけられています。むしろ、今まで存続していたほうが不思議なくらいです。さて、三年が費やされてカルタゴは徹底的に破壊し尽くされます。その大地が不毛となるよう塩がまかれました。これで第三次の、最後のポエニ戦争は終結します。紀元前146年のことでした。

ですが、この少し前からローマには困ったことが起きていました。属州からの安い小麦が本国の農業を圧迫していたんです。これはローマにとっては大問題です。それはローマ軍を編成できない危機でもあったんです」

「どうして?」

「古代世界ではある程度の資産を有した市民による軍隊、といものが常識でした。ですが、属州からの小麦と奴隷が彼らの生活を破壊し、兵役該当者が年々減るという非常事態に陥ったんです。それに、ハンニバルによる爪あとが深いことも理由の一つでした。まあ、自由競争によって経済力を拡大したところもあったようですが」

「極論すると、ローマがでかくなったせいじゃない」

「そうなんですけど、とにかく、この問題を解決しようとしたのがグラックス兄弟です。ただ、兄弟はいいところ若輩です。元老院議員でさえありません。それではとてもじゃありませんが、法案成立なんて夢のまた夢です」

「それはおかしいじゃない。だって、元老院ってただの助言機関でしょ?」

「アルクェイド、詳しいな」

「それはですね、このころ、二つのポエニ戦争に勝利した元老院の権力が拡大したんです。おかげでその力は拡大の一途を辿り、その命令は法律と同等の拘束力を発揮したんです。そこで、グラックス兄弟の兄のほう、ティベリウスは護民官として何とか立法機関の平民会で活動します。

護民官は就任可能な年齢が低めに設定されているんです。それだけ熱心だったんでしょう。その方法というのが、いわゆる農地法です。

国有地借用の上限をはっきり定め、一家全体の借地量を制限する、借地権の相続は認めるが他者への譲渡権は認めない、などです。それは、元老院議員たちの、親族や解放奴隷名義による借りまくり状態という現状を正す意図がはっきりしている法律でもありました。

この段階では、元老院議員たちも表だった反対はしませんが、次に、借用制限に基づいて返還された土地を農民に再配分すると同時に、彼らを援助するために助成金を国庫から出すという条項を追加した時、元老院議員たちははっきりと反対しました。ティベリウスは、助成金の財源を、新たにローマの属州となった領土からの租税にしようと考えたのですが、当時、新たな属州に関する権限は元老院に集中されていました。

ティベリウスの「農地法」は、その元老院の権威への挑戦だとされたのです。それでもティベリウスは力ずくで法案を成立させて元老院から総すかんをくらいました。

おかげで殺され、その意志は弟のガイウスに受け継がれます」

「弟のほうは生きてるの?」

「この二人は別々に活躍するんです。年が結構離れていますからね。

この時の元老院はガイウスに対抗馬、ドルーススといものを立てて、彼から支持者が離れるよう仕向けました。まず、ティベリウス「農地法」の規定から借地料の支払いを免除する法案を提案。

当然、この法案は、「農地法」によって新たに土地を得ようとしていた失業者たちから拍手喝采でむかえられます。次いで、ティベリウス「農地法」では禁止事項だった、借用した国有地の譲渡権を認める法案を提出。これは、借りた土地を転売してもうけようと思う人に歓迎されます。

第三に、ガイウスの「植民都市法」によって決められた新植民都市の数を大幅に増やし、その土地への入植者は失業者にかぎり、借用料無料のうえ入植に必要な資金のすべてを国庫から出すという法案を提出しました。失業者にとっては夢のような話です。

それ以外にも幾つかの都合のいいにもほどのある法案を成立させて、ガイウスから支持を失わせていきます。危機感を抱いたガイウスの支持者が暴発してしまいました。そうなったら、元老院の思う壺、早速『元老院最終勧告』を出してガイウス一味をへち倒します」

「それで、成立させた法律はどうなったんだ? 法案は通ったんだろ?」

「そんなもの、別の法律で上書きして消しちゃいましたよ

「はい?」

「ようするに、一端成立させた数々の法案は、後で立てた法律でなかったことにしたんです」

「そんなんありか?」

「政治家が公約を破ったくらいに思ってくれればいいです。

 それに、福祉政策の小麦法はこれからも残り、後の小麦無料配給に繋がっていきます。さて、続けてまた問題が起きました。ヌミディアで『ユグルタ戦役』というのがあったんです。

当時、弱体化していたローマ軍は負けまくり、けちょんけちょんにのされちゃうんです

「そこまで負けましたっけ?」

「いいじゃないですか、例えですよ。例え。

そこで現れたのが、ガイウス・マリウスmarius.gif - 7580 Bytes。彼は失業者などを取り込んで軍を編成します。つまり、失業者による兵を自らの資産で養ったんです。これによって、彼は後のローマ軍の私兵化を進め、共和制が崩壊する遠因を生むことになります。

戦果はスッラ、ルキウス・コルネリウス・スッラsulla.gif - 8740 Bytesにとられてしまいますけどね」

「スッラ、だっけ? 結構いい男じゃない」

「ええ。彼は女性の方に非常にもてました。大学の学費を女に貢がせていたようですよ」

「どうしたの? 志貴?」

「いや、なんでもない」

「安心してよ志貴。志貴のほうがずっとかっこいいんだから、浮気なんかしないって」

「そ、そんなんじゃ……」

「そこ!! イチャイチャしない!!」

「勿論、マリウスだって黙ってはいません。当時、ゲルマン人が侵入してガリア駐屯のローマ軍を撃破しました。この時の敵の数は数十万人と言っても大袈裟ではありません。マリウスはこれを撃退してスッラに張り合います」

「ですが、ヌミディア王はヌミディアがマリウスからスッラに引き渡されている像を送りつけてきたため、また憤慨します。このまま内戦になりかねない恐ろしい雰囲気でしたが、そうも言っていられない事態になりました。

本国で『ローマ連合』加盟国の中の比較的貧しい地方の住民が、ローマ市民権を求めて蜂起したんです」

「ローマ市民権?」

「これをもっていると、ローマの政治に参加できるとか、色々便利になる特権だと思ってくれればいいです。とにかく蜂起した八部族は、合同して国家をつくりました。国名は、イタリアです。

二年に及んだ抵抗にローマは大きく譲歩し、全ての都市にローマ市民権を与えました。二百年以上もの間鉄の結束を誇り、ハンニバルのローマ攻略を防いでくれた『ローマ連合』が、この時解体したんです。これを同盟者戦役といいます。これでイタリアはさらに荒廃したというのに、大量のローマ市民が誕生したんです」

「それってもしかして」

「はい、これでさらにローマ軍はその兵力を増やしていくんです。おかげでローマは地中海に類を見ない強大な軍事国家となったんです」

「変なところに繋がってるな」

「ちなみに、スッラはこのとき、さらに活躍して自らの地位を高めます。マリウスの権力が小さくなっていくのとは対照的ですね」

「ですが、このくらいで諦めるマリウスではありません」

「そうです。内乱が終わっても、この二人はやっぱり仲がよくありません。

ギリシャ方面のポントスの王ミトリダテス6世が反ローマに立ったときも争いまくり、マリウス派は当時執政官のスッラを捕らえようとしました。勿論、スッラ派と目される連中が殺されます」

「二人は本当に仲悪いな」

「反対派の粛清は伝統ですからね」

「ローマから逃げだしたスッラは調停にきた第三者の使節を丁寧にもてなした後、掌返してローマに進撃、マリウス派の虐殺を行います」

「どっちも似たようなことしてるし」

「二人は実は似たものどうし?」

「それなら仲が悪いのも頷けますね。ほら、近親憎悪、というやつです」

「再び政権を握ったスッラは自らがポントスに進軍して反乱を鎮圧します。するとまたマリウス派がローマの政権を握って、これから先は言わなくても分かりますね?」

「この二人の行動パターンは似通ってるからね」

「違うのはスッラのほうが若いというだけです」

「それにしても、兵たちはローマ進軍について何も思わなかったのか?」

「多分、なにも思わなかったと思います」

「へ?」

「さっきも言った通り、当時のローマ軍はローマ在住の人々以外が多くなっていたんです。というわけで、ローマ元老院に対する帰属意識は全くと言っていいほどありませんでした。彼らが忠誠を誓うべき相手は、自分たちを養ってくれる将軍なのです」

「筋は通ってるな」

「そんなわけで年を食っていたマリウスはまもなく死亡して、スッラは統率の取れていないローマ本国に上陸。今度こそ彼はマリウスに完全勝利を収めました、てマリウスはもう死んでるんですけどね」

「やっと終わった」

「まだ終わりではありません。

彼は真正の保守、元老院派です。彼はローマのこれら諸問題が元老院の無能にあると見抜き、その強化のために奔走します。元老院の議員数を倍にしたり、自分に反対する者を片っ端から捕らえて殺します。また、処刑者名簿なる賞金付きの密告を奨励し、若きカエサルもこれに名が載っていました」

「これは片っ端から処刑されることから恐怖を感じた議員が殺される連中の名を教えて欲しいと要求したことから始まっています。一応は善意の賜物ですね」

「な、長くなりそうだな」

「大丈夫です。カエサルに関して長くなるのは次回からです。これだけやって彼は独裁官を辞任します。これだけで、彼がローマのためにやったことは明らかです。彼に批判的な人でもこればかりは賞賛しています。次回はローマの生んだ唯一の想像的天才、ガイウス・ユリウス・カエサルcaesar.gif - 7123 Bytesが登場します。とりあえず、この辺までの情勢を見て見ましょう」

「時期にずれはありますが、おおむねこんな感じです。地中海はローマのものと言い切ってもいいでしょう」

「あ、セレウコスがちっちゃくなってる」

「このセレウコスの領域のほとんどを奪ったのが、帝政を通してローマの仮想敵国ナンバーワンとなるパルティアです。地中海は地中海でローマの嵐が吹き荒れていましたが、中東は中東でパルティアの馬が駆け抜けていました」

「回を経るごとに長くなってない?」

「というより、グッラクス兄弟のが長過ぎやしないか? やりたくなかったんじゃないか?」

「法律の話ですから。これでも結構はしょったんですよ」

「ますます受験と関係なくなってるような……」

「気のせいです。本気で関係なくなるのは帝政からです」

「恐ろしいことに、作者はカエサルの次くらいにそこやりたがってんだよな

ビザンツよりはましですよ」

「比べるものがそもそも間違ってるようなきもするが……」

「それじゃあ、妹。また来るからね」

「結構です!! その前にその汚れくらいなんとかしてから――」

 

 

「(アルクは疾風のように立ち去る)」

 

 

「秋葉さま(どこか悲しそうな顔で)」

「翡翠、もう一度、アルクェイドさんの汚した廊下を――」

「わかりました」

続く

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