世界帝国への胎動

『第二次ポエニ戦争』

 

「さて、兄さん。続きを始めましょう」

「……わかった」

「抵抗するのが無駄であることを理解してくれて助かります。それでは今日は――」

「来ちゃった」

「あ、アルクェイド。どうやってここに」

「ああ、レンに聞いたら教えてくれたわ」

「兄さんは今年から受験生なんです。あなたなどと話している暇はありません」

「全然役立たないと思うぞ」

「わたしも受けようかしら?」

「お、おい、おまえ」

「教会前の話でしょ? 少し興味あるな。というわけで、妹。生徒が一人増えたからね」

「そっちのほうか」

「いいわけないでしょ!!」

「それでは第三回は第二次ポエニ戦争前期からその終結までを取り扱います。前回までのおさらいですが……これこれしかじかの……」

「いや、それでわかるわけ……」

「かくかくうまうまというわけね」

「理解してるよ」

「ちょっと、琥珀。なに何事もないように進めてるんです」

「秋葉さま。これは講座なんです。ローマ帝国布教のためのもの。なら、学びたいと思っておられるアルクェイドさんには十分に参加する資格があると思います」

「……わかりました。認めましょう」

「秋葉さまの許可も出ましたし、さくさく進めますよ。

マケドニアのフィリッポス4世はカンネの戦勝に気をよくし、カルタゴとの同盟を締結してローマに宣戦を布告します。

それに前後して同盟国シラクサがハンニバルhannibal.gif - 7839 Bytes側の工作によるクーデターで親カルタゴ政権となり、あまつさえガリア人までカルタゴに付くという史上最大の危機を迎えます。図にするとこんな感じです」

「四方八方敵だらけね。これじゃあ、普通滅びるわよ」

「ここでローマは普通の国ではないことを知ってください。

ローマのしぶとさはゴキブリなんて比較になりません。叩いても叩いても起き上がり、なぐってもなぐってもよく分からないうちに戦力を整えて反撃してきます。  

内乱で弱ったかと思えば、恨めしくも思えるほど整備された官僚システムで復活し、異民族を自分たちに同化して骨抜きにする。

社会不安に乗じて広まったカルト宗教を国教にしてその支持をえて、身体が半分になっても生き延び、その時代に合わせて生き残れる形体に変化する怪物性。

一回死んだかと思えば、世界最強の二枚舌外交で列強として不死鳥のように蘇る。

という、世界史上、空前のしぶとい帝国がこのローマなんです

「確かに、ただの国ではないわね。まるでゾンビ」

「ていうか、ほとんど不死身だな」

「残念なことに不死身ではありませんでした。とりあえず、話を続けますよ。この勝利でハンニバルはローマの同盟都市がカルタゴになびくと考えていましたが、そうもいきませんでした。

南イタリアのカプアを除いて、ほとんどの都市はローマとの同盟継続を選んだんです。まあ、地図で見るとあまりそうは見えないかもしれませんが」

「負けたら普通は皆離れていくんじゃないのか? ほら、ガリアに負けたとき」

「当時とは比べものにならないくらい、ローマと同盟都市の結束は堅くなっていたんです。

 一回目の時に話したクリエンテラがよく機能していましたから。おかげでハンニバルがいくら勝っても、ローマ連合が解体することはなかったんです。

ですが、ハンニバル軍団は無敵で、彼と戦って勝てる将軍はローマにいません

「駄目じゃん」

「ですから、当時独裁官に任じられたクィントゥス・ファビウス・マクシムスはハンニバルの率いていないカルタゴ軍と戦うことにして、ハンニバルには牽制のみを行い、直接対決を避け続けたんです。

ナポレオン戦争のときにプロイセンの考えた戦略そのままです」

「……な、なんて消極的な」

「しかたありません。ハンニバルは当時最強の将軍です。だれも彼に勝てる者はいません。ですが、この遠征軍にはハンニバル以外の名将は存在しません。むしろローマのほうが質、量ともに有力な将軍が揃っています。ローマが手を出せなかったのはハンニバルだけです。

そこでイタリア周辺の外敵を撃破することにして、ハンニバルの孤立を計りました」

「それじゃあ、いつまで経っても終わりそうにないわね」

「はい、おかげでハンニバルは十五年もイタリアに居座りました。その兵站補給のためにイタリア全土で略奪しまくります。これがローマの農業を破壊して、外国からの安い小麦に頼る理由の一つとなるのですが、それは置いておいて続けますよ。

 なんとかこの状態を打破しようとハンニバルはヒスパニアの弟や、本国に本腰を入れるよう要請するのですが、弟は救援途中に戦死、本国はハンニバルに手を貸したがりません」

「どうして?」

「当時、カルタゴの政治家たちはこの戦争の意義を理解していなかったんです。

これは事実上、地中海の覇者を決めるための最終決戦と言ってよかったというのに、彼らはハンニバルの勢力拡大を嫌ってか、あまり軍を送らなかったんです。

おかげでローマは助かるんですけどね」

「泥沼だな」

「東部戦線と違って最高指揮官はまともです。まともすぎて全然戦いが終わらないんですけど」

単なるヘボ将棋じゃない? ほら、素人がやると下手に長引くし

「そんなことはありません。

この時、誰もハンニバルに勝てる将軍がいないと見抜いたファビウスの眼力こそ賞賛されるべきです。

正確に現実を見抜き、ハンニバルに対抗したローマの戦略は優れていたというべきでしょう」

「要するに、将軍が無能だったのね」

「……!!」

「秋葉、落ち着け。反転するな!!」

「思わず我を失うところでした……いました、ハンニバルに対抗できる将軍が」

「誰?」

「ローマの剣、マルクス・クラウディウス・マルケルスです。彼はローマで唯一、ハンニバルに対抗できる猛将で、彼の軍に多大な損害を出しました」

「で、結果は?」

「……痛み分けで逃げられました」

「それに、わざわざ自分からハンニバルの陣地の偵察に出るなんていう軽挙を犯して、伏兵にやられるんですから、指揮官としての本分を理解していない、と言われても反論できませんね」

なんだ、やっぱりトータルするとハンニバルのほうがすごいじゃない」

「って、わざわざ不利な情報を流さないで下さい」

「まあ、これでハンニバルにやられっぱなし、ていうわけじゃなかったことが分かったよ、な」

「そ、そういうことですから、先ほどの暴言は取り消してください」

「分かった。取り消すわ。じゃ、とりあえず続けて」

「心がこもっていないのは多めに見てあげます」

「前述の通り、ローマはハンニバル以外になら勝てます。

そこでローマはハンニバルの根拠地、ヒスパニアとシラクサへの攻撃を決定します。シラクサは秋葉さまの言っていたマルケス将軍が指揮をとります。ここは意外とてこずりました。あのアルキメデスがいたからです」

「アルキメデス、てあの金の王冠のアルキメデス?」

「そのアルキメデスです。彼は要塞にかけられたハシゴを釣鐘で引っくり返し、投石器で敵の頭をかち割り、鑑とレンズを使った太陽光線で舟を焼き払って、敵軍を大いに悩ませました」

「誇張入ってない? 最初の二つはともかく、最後のなんてほとんどビーム兵器じゃない」

鏡のビーム以外はあながちありえない話ではありませんよ。東ローマ帝国はナパーム弾もってたんですから」

「な、ナパーム、て」

「これに関する詳しい説明はずっと後になりますけど、ともかく、アルキメデスの考案したといわれるこれらの兵器は非常に強力で、シラクサ陥落を大いに先延ばししたのは間違いありません」

「じゃ、シラクサは陥落したのね」

「ですが、ヒスパニアは派遣した将軍が死亡してややこしくなっていました。この危機を乗り切ったのが、プブリウス・コルネリウス・スキピオ。後にアフリカヌスと贈り名される英雄です。これはコインですけど気にしないでください。胸像を見つけたのはいいのですが、晩年のあまり格好よくないものなので、こちらを採用しました。

彼は緒戦においてハンニバルにボロボロにされたローマ軍にいたおかげか、ハンニバルの戦術を研究し、彼の包囲殲滅戦術を習得しました。元老院議員すらなれないような若輩でしたが、国家の緊急時にはいかなる年功序列も無視されます」

「強国の条件ですね」

「ローマ軍はスキピオを指揮官としてヒスパニアを攻略、ハンニバルの根拠地を制圧します。

こうして、イタリアの外の反ローマ勢力は一つずつ潰されていきました。さらなる朗報が届きます。マケドニアが和平を申し入れてきたんです」

「現金だな」

「ですが、ローマにとっては決して悪い話ではありません。それに、いつものことですから、気にしない方がいいです。さて、後はカルタゴとの決戦です。

もはや、イタリア周辺の国々はカルタゴを除いてもはや降服済みです。スキピオは今こそ、カルタゴ本国に攻め入り、ハンニバルの後ろを叩くべきだと考えていました。もう、これ以上ハンニバルの好きにさせている理由はありません」

「ですが、ここで反対したのがいるんです」

「誰?」

「ファビウスです」

「あの独裁官?」

「この辺りはマキャベリが詳しいので、そちらを参照してもいいかもしれません」

「まあ、年と言うことでしょうね。最初は彼の戦略が有効だったんですけど、状況に対処しきれなかったんです」

「ですが、結局スキピオは強引にカルタゴに上陸しました。スキピオ上陸の報を受けたハンニバルは急遽、アフリカに引き返しました」

「いよいよ決戦ね」

「古代屈指の名将二人によるザマの戦いが開幕しました。くしくも戦術においては師と弟子の対決でもあります。戦闘前に和平を道を探ったようですが、無駄でした。

ただ、今回の布陣はハンニバルにとって不利なものでした。スキピオの騎兵がハンニバルの優位に立っていたんです。彼の包囲殲滅戦術は、機動性の高い騎兵に依存していたんです。

アフリカに上陸したスキピオはヌミディアを撃破して、その騎兵を吸収していました。それで騎兵に関しては彼の優位に立っていたのです。これではハンニバルが不利になるのも道理です。ハンニバルはその不利を埋めようと奮戦しますが、結局彼はカンネをザマで再現されてしまいます」

「つまり、自分がローマにやった包囲殲滅でやられたってことですか?」

「そうです。これで第二次ポエニ戦争はローマの圧倒的勝利で終結します。

この時、紀元前202年。第一次と比べたら期間こそ短いものの、規模、意義ともに前回を大きく凌ぐ戦いでした。

これでローマは地中海の覇権を握ります」

「そうなんだ。それじゃあ、また来るからね、志貴」

「また、て、また邪魔しに来るんですか?」

「大丈夫大丈夫、シエルには報せないから」

「そういう問題ではありません」

「志貴さま、お食事をお持ちしました」

「ありがとう、翡翠」

「いえ」

「それで、いつここからでられそうだ?」

「(目をそらして言いたくなそうにしている)」

「長くなりそうだな」

「さて、次回は急成長したローマ共和国の諸問題についてです。楽しみしていてくださいね」

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