マーレ・ストゥルム〜地中海へ〜

『第一次ポエニ戦争〜第二次ポエニ戦争勃発』

 

 

「塩野七生女史の『ローマ人の物語』。全十五巻を予定し、

一年に一冊の公約を守って刊行される壮大な著作です。

第一巻が刊行された93年に新潮学芸賞を受賞、

99年司馬遼太郎賞を受賞、

2002年、イタリア政府より国家功労賞を授与されました。

最新刊は去年の暮れに発売した第十二巻『迷走する帝国』是非、

手に取って、ローマについての理解を深めてください」

「なにをしているんですか? 琥珀」

「いえいえ、単に作者が最も好きな歴史小説家の著作を宣伝しているだけです。そもそも、作者はこの企画をローマ帝国布教のために考えたんですよ。なら、当然じゃないですか」

「単に本家のほうで『数が多いからじゃないですか?』と言われたのがむかついただけじゃないですか?」

「そんなことはありません」

「そもそも彼女の著作は間違いが多いとも聞きますが? イスタンブールの名前の由来を間違っていた時はどうしようかと思いましたよ」

「それは百も承知です。ですが、『武力で取り戻す力のない国の抗議は単なる言葉』、とか

『人類はこれまでにあらゆる形の政体、王政、貴族政、民主政から果ては共産主義政体まで考え出し実行もしてきたが、統治する者と統治される者の二分離の解消にはついに成功しなかった。解消を夢見た人は多かったが、それはユートピアであって、現実の人間社会の運営には適していなかったからである』とか素敵な素敵な言葉が多数載っているんですよ? 永田町で人気が出るのも分かります」

「物騒の間違いでは?」

「なんですこのくらい。本当に物騒な言葉というのは、

メガトロン様曰く『デストロンにとっての平和とは次の戦いまでの時間稼ぎ』くらいでないといけません」

「悪の帝国の初代皇帝の言葉に似てますね」

「作ったのはアメリカですからね。ある意味当然といえます。勿論、わたしはアカよりはデストロンのほうがマシだと思いますけどね」

「それに関しては同感です。それはそれとして、ローマは比較的よく知られた古代帝国だと思いますけど」

「ですが、妹がウェルキンゲトリクスどころか、ハンニバルも知らないということで決心したそうです。

ところで、志貴さんは?」

「ここです」

 

        縄で体をぐるぐる巻きにされて目を回している。

 

「どうせあの性悪で下品な吸血鬼のところにいこうとしたんでしょう。部屋から逃げる時に反転して捕らえました」

「う、うん……」

「気がつきましたか? 兄さん」

「こ、ここは?」

「遠野家地下の勉強部屋です。これからしばらく、兄さんにはここで暮らしてもらいます」

「それって監禁……」

「いえ、保護です。外界の誘惑から兄さんを守るためです。学校のほうには病気だと伝えました」

「は、犯罪だ」

「今回からローマが地中海の覇者となる大躍進を遂げた一連のポエニ戦争について語りたいと思います」

「ここからローマは大躍進することになるので、今までと比べると量、質ともに前回とは比べ物になりません。

兄さん、覚悟はいいですね?」

「俺には拒否権ないくせに」

「なにかいいました?」

「いえ、別に」

「まずはカルタゴを建設したフェニキア人について説明します。カルタゴとは、彼らフェニキア人が作り上げた国家のことです。ポエニとはフェニキアのラテン語読みです。

フェニキア人は古代地中海世界にあって、航海者、技術者、交易人として名を馳せた民族です。その活躍ぶりは聖書その他数々の文献に記録され、非難されているか称賛されているかは別にして、とにかく彼らが目立った存在であったことは間違いないようです。紀元前1200年頃から、東地中海沿岸地域に住み精力的に交易活動を行なったカナン人がフェニキア人と呼ばれるようになったのが起源だといわれていますが、ここから遡るときりがないので、ここで割愛しますよ」

「仕方ありませんね」

「また、彼等は古代の象形文字とは異なる表音文字であるフェニキア文字を使っており、紀元前13世紀頃この文字がギリシャに伝えられアルファベットの基になりました。それと彼らの交易範囲は広大でアイルランド、アフリカ大陸の半ばまでの範囲があったといわれています。
 カルタゴはそんなフェニキア人が建設した都市の一つです。

彼らの拠点の一つテュロスにはその頃、エリッサという王女がいました。王女にはピグマリオンという弟とアケルバスという叔父がいました。叔父は裕福で、王女は彼を結婚相手に選びます。弟は王位と叔父の財産を狙って叔父を暗殺、王女は弟に殺されると思って部下と財産を船に積み地中海へ逃げ出します。

数日の航海の後、現在のカルタゴの地へ着いて、現地のリビア人から土地を買い取ります。カルタゴの建設の年代は紀元前814年ということになっていますが、本当かどうかは分かりません。ですが、西地中海沿岸に位置する他のフェニキア系植民都市の建設時期が109世紀のものが多いので、カルタゴの場合もこれに準えることが可能であると思われます。
紀元前550年、カルタゴはシチリアの領有を目的として大軍を送り出します。島のかなりの部分を領有しますが、欲張ってサルディニア  島領有にまで手を伸ばしたために、ギリシャ・サルディニア連合軍に敗れます。
 その後、紀元前530年頃からマゴ家の支配が始まります。マゴは将軍で非常に裕福な貴族の家長であったと考えられており、以後百五十年ほど軍事指導者を中心とした『王朝』が続きます。ですが、マゴがカルタゴの王位に就いたかどうかという点は良く分かっていません」

「な、長い」

「もうすぐです。この頃、ギリシア人と勢力争いを始めていますね。シチリア島部はギリシャ系都市となり、西部はフェニキア系という図式が完成していたので、カルタゴはシチリアへ侵略を繰り返します。

これでようやく本題に入れます。ポエニ戦争も、このシチリアにおけるカルタゴの権益の問題で引き起こされます。

紀元前256年シチリアの都市メッシーナの代表者は、同じくシチリアの都市シラクサの攻撃にさらされ、ローマに援軍を求めました。カルタゴに求めるか、ローマにお願いするか、迷ったあげくの決断でした。

ローマは西地中海最大の海軍国カルタゴとの対決を嫌がりましたが、結局は開戦を決定します。ただ、海など見たこともないという連中がザラなのは困りものです」

「その前に、カルタゴ、てどこ?」

「兄さん、本当に授業を受けているんですか?」

「ははは、とにかく教えてくれ」

「アフリカのチュニジアです」

「あ、アフリカって砂漠しかないイメージが……」

「信じられないかもしれませんが、当時のアフリカは現在とは比べものにならないほど、豊な土地です。ローマさえ目を見張る豊潤な果実を実らせる土地として、後のカトーは大いに恐れていました」

「アフリカにそんな時期があったなんて」

「世界史的にはエジプト文明が終わったらそれで終わりですからね。知らなくても仕方ありません。とりあえず、地図をご覧に入れましょう」

 

「見ての通り、カルタゴは西地中海最大の国家です。それどころか、北アフリカにおいてはエジプトに次ぐ強力な勢力なんですよ。これで尻込みしないほうが嘘ってもんです」

「それは置いておいて、続けましょう。陸軍国でもあるローマはシチリア島での戦いを有利に進めましたが、海上での戦いはどうにも苦戦を続けます。しかしカルタゴ船の技術を真似たり、新兵器を開発して、徐々に戦局を有利に進めて行きます」

「例えば?」

「カラスというものです。簡単に説明すると、橋を相手の船にかけるものですね。これでカルタゴの海兵は白兵戦を強要され、大きな被害を受けました。白兵戦なら、ローマ軍は最強です」

「それはいいものを造ったな」

「しかし、ローマはこれまでまともに海に出たことさえない、筋金入りの陸軍国です。大艦隊を二回も嵐で失い、五百隻以上の船を失います」

「嵐で?」

「はい。将軍がベテラン船乗りの言うことをろくに聞かないで行動したんです。勿論、このニュースを聞いたカルタゴは、

『いやっほー、海に出たことのない陸亀じゃ、海の上では生きられないのさ。大人しく半島に引っ込んでりゃいいんだよ』とか言ってパーティーやったそうです」

「そこまでいうか」

「まあ、連中も陸上じゃあろくに戦えないんですけどね」

「おいおい、長期戦になれ、て言ってるようなもんじゃないか」

「ですから、遠いスパルタからわざわざ傭兵を持ってきたんですよ。まあ、彼らが傭兵を採用せざる得なかっただけなんですけど」

「傭兵はあてにならない、て聞いたぞ」

「そんなこといっても、カルタゴは人口が少ないんです。やむをえないと思いますよ」

「おかげでこの戦争は二十四年にも及びます。ですが、最後はローマの勝利によって終結します。こんなにかかったのは、どう考えても陸軍国と海軍国が戦ったから、としか言いようがないでしょう。これによってローマは最初の属州と大量の賠償金のえました。地図にするとこんな感じです」

 

「あんまり変わってるようには見えないな」

「ええ、この戦争ではまだカルタゴには余裕があったと思います。おかげで元老院が血気にはやる連中の説得に追われてようやく講和が出来たんです」

「なにしろ、報酬支払いを要求した傭兵たちをぶっ殺せるくらいの余裕があったんですから」

「鬼だ」

「誇張です。単にローマに要求された賠償金支払いに金が足りなくなったんで話がこじれただけです」

「勿論、カルタゴがローマを憎んでいないわけがありません。その急先鋒がバルカスという将軍です。彼は当時まだ未開だったヒスパニアに渡ってそこに勢力を築きます」

「ヒスパニア?」

「現在のスペイン、ポルトガルです」

「まもなくバルカスは死にますが、その意思は子のハンニバル・パルカスに受け継がれます。ハンニバルは幼い時、神殿の神々に打倒ローマを誓ったといわれている人物で、一生を打倒ローマに捧げました」

「いよいよ、噂のハンニバルか」

「偉大な将軍ですよ。なにしろ、某大型掲示板の歴史上の人物能力値化スレで武力を一上げるあげないとか、統率を下げるとか、知力でバランスを取るとかで、スレの主な住人五人くらいでそれぞれの自分のハンニバルを出し合って大論争をやらかしました」

「それは偉大かどうかの目安なのでしょうか?」

「いいんですよ。議論を呼ぶ人物は偉大なんです。きっと」

「いい加減だな」

「それおいておいて、機会を待ったハンニバルはとうとう紀元前219年、ヒスパニアのローマ同盟都市サグントゥムを攻撃し、八ヶ月もかけて陥落させます。

これによってローマはカルタゴに宣戦し、第二次ポエニ戦争、ハンニバル戦争が始まりました。

翌年、ヒスパニアから出陣したハンニバル率いるカルタゴ軍は、四万以上の大軍を率いてアルプスの険しい山々を越えますが、十五日間に及んだ雪のアルプス越えに成功したのは、約二万名の歩兵と六千名の騎兵そして二十頭の戦象だけでした」

「凄まじい強行軍だな」

「これが後世に有名なハンニバルのアルプス越えです。これでハンニバルはローマへの侵入に成功し、緒戦を制します。

続くカンネの戦いでローマは史上屈指の大敗を喫します。この戦いにおいて、アレクサンドロス大王の考案した包囲戦術を行い、これを完成させます。それによってハンニバルは古代史上最強の将軍の一人にも数えられているんです。

欧米の士官学校ではいまでも彼の戦術は学ばれていることも彼の偉大さを示しています」

「それほどの人物だったのか」

「迫るハンニバルの脅威にローマがどう対抗したのか?

次回は第二次ポエニ戦争をメインに進めたいと思います」

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