「今回はコンスタンティヌス朝から、テオドシウス大帝による東西分裂までを扱いたいと思います。三世紀の危機以来の数々の改革によって変質したローマ帝国は、もはやカエサルやアウグストゥスの意図していたような帝国ではありませんでした」
「まあ、確かに封建制の原型とか、異民族が主力の軍隊とか、キリスト教を国家の支柱としてる、てほとんど別の国ね」
「変われば変わるものですね」
「アウグストゥス帝の時代から数百年も経っていますから」
「帝国の古代宗教は保護を失って衰退し、逆にキリスト教は改宗していないと出世の妨げとなるくらいのものになっています。あのユリアヌスとて、決起するまではキリスト教徒で通していました」
「ふっ、正しき神の教えが勝利したんです」
「そればっかね」
「それでは始めますよ。大帝は死ぬ前に自ら統一した帝国を一族で再分割することを決定します。彼は再統一した帝国はもはや一人の皇帝の手に余るものだと考えていたようです。事実、治世後半の彼は侵入してくる蛮族から帝国を守るために、帝国を駆けずり回っていました」
「やはり、ディオクレティアヌスの見識は高かったということですね」
「彼ほどの人物でなければ運用できないということも分かりました」
「息子や兄弟を含めた六つに分割することを意図していたようです。しかし、大帝の死後、彼の弟が大帝を毒殺したという噂が広まりまって一気に話がこじれました」
「まじ?」
「事の真偽は不明ですが、暴発した軍隊がコンスタンティヌスの弟とその一族をほとんど皆殺しにしてしまいました。当時、首都にいたコンスタンティウス二世は遺憾の意を表明しましたが、軍隊にはそれほど重大な罰が与えられることはありませんでした」
「怪しいですね」
「やっぱり、そう思います?」
「血の粛清か」
「親子揃って、なんて連中なのやら」
「鬼畜だね」
「ふ、それはきっと古代信仰を広めようとする不穏な輩だったからです」
「それは小説の話では?」
「恐らく、やたらと領土を分割されるのが嫌だったのでしょうね。その後、兄弟で改めて帝国を三つに分割しました。コンスタンティヌス二世はガリア、ヒスパニア。ブリタニアを、コンスタンティウス二世
は帝国東部を、コンスタンスはイタリアと北アフリカといったところです」
「おや、長男が東部ではないのですか?」
「ええ。多分、父親の生地ということで決まったのでしょう。序列の上では長男のコンスタンティヌス二世が一番上ですが、これはあくまで名目的なものでしかありません。事実、それぞれお互いのことはほとんど考えないで統治していました」
「これならそのうち内乱ですね。親子揃って、そういう性格みたいですし」
「そのとおりです。この分割統治から一年も経過しないうちにコンスタンティヌス二世とコンスタンスは衝突しました。この戦いはコンスタンスの勝利に終わり、帝国西方全域を自らの勢力圏に取り込みました」
「次男が黙っていないわ」
「そのはずでしたが、次男は東方のペルシア問題に取り掛かっていたので、西側には目を向けていられなかったんです」
「運がいいというかなんというか」
「ですが、この十年後、コンスタンスは僭称帝マグネンティウスに敗北して殺されました。さすがに一族以外のものが帝位を占めることを許せないコンスタンティウスはマグネンティウス討伐に乗り出します」
「そんなことしたらペルシアが来ませんか?」
「ええ、ですから先の粛清で残った二人の遺児の兄のほう、ガルスを副帝としてペルシアの備えを任せました。勿論、裏切り防止のために妹を嫁がせましたけど」
「あんなことされて怨んでないわけないからな。まあ、我ならそんなことをされる前に打ちのめすが」
「心底では八つ裂きにしたかったのでは?」
「まあ、ともかく後顧の憂いをたったコンスタンティウス二世は西側に進撃します。ガリアやゲルマンの諸部族を味方に引き入れたマグネンティウスは善戦しますが、敗北して殺されました。これでコンスタンティウス二世が帝国全域を治める単独帝として君臨しました」
「権力欲以外も受け継いでるじゃない」
「ええ、個人的資質に関しては、さほど問題はありません。猜疑心が強いことと、宦官を重用したことが欠点ですね」
「宦官? ローマにもいたんですか?」
「ええ。アレクサンドロス大王の東方大遠征の際にペルシアからもたらされたものであるといわれています。宦官というだけあって、後宮の管理などをしてました。まあ、ローマのこの手のものは中国のものと比べると大人しいですけどね。現に、ドミティアヌス帝は宦官取締りの法令を出しています」
「だけど、ビザンツでは結構、偉くなれるのよね」
「そうですけど、それに関してはユスティニアヌス大帝の項でやりたいので、ここでは省きます」
「さて、猜疑心の強い彼はもはや用済みとなったガルスの排除を考えます。これからの危機を考えると、残しておいたほうがよかったと思いますが、反乱を起そうとしている疑いなどで排除することにしました。恐らく、これに宦官が絡んでいたのでしょう」
「妹はどうしたのよ」
「妹自身、かなりの野心家でしたから。ガルスの度々反乱を起すようにけしかけていたようです」
「兄が兄なら妹も妹か」
「ガルスは意外と役には立っていたようですね。上手くペルシアの侵入を防いでいました。ですけど、内政が稚拙だったなどが理由で皇帝の元に召喚されて殺されました。妹は途中で病没しています」
「それはつまり、首謀者が勝手に死んでろくな言い訳も出来ないでいるところを殺された、ということですか?」
「そういっていいかもしれません。不幸な副帝です。しかし、コンスタンティウス二世は早々にこのことを悔やむことになります。反乱を鎮圧したのまではよかったのですが、この隙を突いてゲルマン人が侵入してきたり、荒廃したガリアに盗賊が出没したりして洒落にならない状態となってしまうんです」
「こんな時こそ、ガルスが役に立ちそうなのに……」
「ええ。しかも、有能な将軍を送って事態を解決させようとしたところ、宮廷の陰謀でその将軍は反逆してしまいました。再び内乱勃発という寸前に将軍を暗殺して事なきをえましたけど」
「上手く殺したようですね」
「さて、コンスタンティウス二世が後任に悩んでいると、奥方のエウセビアがある人物を推薦します」
「エウセビア、てあのユリアヌスと不倫した」
「それは小説のなかでのことです。まあ、彼女がユリアヌスに終始好意的であったのは事実ですけどね」
「彼こそ、フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス
、背教者ユリアヌスです。ローマ帝国におけるキリスト教への最期の対抗勢力です」
「出ましたね。ヨーロッパ最後の反キリスト」
「マルクスじゃないの?」
「少し違いますね。あれは世界の怨敵、生まれついての悪、聖書の獣、という称号こそ相応しいのです。反キリストどころのさわぎじゃありません。あれは神の敵です」
「共産主義への悪意と敵意が嫌って言うくらい分かりますね」
「あと、ヒトラーは彼をかなり高く評価していたようです」
「べたぼめ」
「話を戻しますが、コンスタンティウス二世は妃の薦めをいれて、ユリアヌスを副帝とし、ガリア方面の統治と防衛を任しました。ただ、ユリアヌスはそれまで主にギリシア哲学を学ぶ書生でしたから、あまり期待はしていなかったようです。血筋の権威があれば、ある程度は上手くやれるだろう、くらいにしか思ってはいませんでした」
「当然ですね。実戦経験は皆無ですし」
「ですが、ユリアヌスは数百の兵で、侵入してきた数万の蛮族から砦を守り抜き、翌年の戦闘では無能な将軍に足を引っ張られながらも、大勝利を収めました。さらにはゲルマニアへの三度にわたる遠征を行って、ローマの武威を轟かせます。現存はしていませんが、調子に乗って『ガリア戦記』を書いたそうです」
「そこまでの戦果をあげるとは、皇帝もさぞかし意外だったろう」
「ですが、それでは、皇帝の不興を買ったのでは? 猜疑心強いですし」
「ええ。丁度、彼はドナウ川から侵入しようとした蛮族を撃破してペルシア対策を立てていた矢先でしたから、人を信用できない症候群にかかっていました」
「確かに、東西で挟み撃ちを受けてはたまりませんからね」
「そこで、皇帝はユリアヌス配下の軍団の最精鋭を全て引き抜いて、参戦させようとしました。これで、自分に反逆する力を削いでおこうと思ったようです。しかし、そんなことをされては今度はユリアヌスが人を信用できない症候群にかかってしまいます。しばらくは交渉を試みたりして、何とかこの話を取り消そうとしたのですが、結局は渋々、援軍を送ることにしました」
「兵士の気持ちはどうなんですか? ペルシアなんて砂漠地帯、誰も行きたくありませんよ」
「ええ、その通りです。案の定、暴動がおきてユリアヌスは半ば無理矢理、正帝に即位させられました。ついでに、今まで心に秘めていた古代宗教への帰依を宣言して、全面対決の姿勢を見せ付けます。これで、もはや引き下がるわけには行きません。前進あるのみ、我らが敵に死をくれてやるんです」
「何? 最後の不穏な発言は?」
「確か、クリンゴン帝国の台詞だったかと。野球で『我らが敵に死を』はとても笑えました」
「ねえ、ライダー」
「なんです?」
「貴女、道を踏み外してない?」
「そんなことはありません」
「どうだか」
「踏み外すを通り越して、あさっての方向に歩いているのは洗脳探偵とか言って、わけの分からん特殊能力で暴力をふるうこのメイ」
「我々はヒスイだ」
「え?」
「な、なになになに?」
「どうしたというのだ」
「おまえ達の技術、経験、知識を同化する」
「同化?」
「武器を捨てて降伏しろ。抵抗は無意味だ」
「どうやら、目標は英雄王のようですね」
「まあ、いい。前回の屈辱をはらしてくれる!!」
「って、懲りないんだから」
「ゲイ・ボルク 陽剣『干将』 陰剣『莫耶』」
「あ、あっさり吹っ飛んだ」
「敵はまだまだ多いようですね」
「『王の財宝』!!」
「ワハハハハハ、我の勝ちだな!! む?」
「あ、残りのメカヒスイには全く効いていません」
「全く効いていないわけじゃなさそうね。というより、前に使った武器が聞かなくなっただけみたいですね」
「まさか、これは……ボーグ」
「ぼーぐ?」
「STシリーズ最大の敵です。敵の攻撃を受けると、他のボーグはそれに順応して効かなくなります。幾ら武器を変えても。最終的には手が尽きるわけですから、ボーグはほとんど無敵なんです」
「本当に道踏み外してるわ」
「同感です」
「って、それなら早く言え!」
「言って、どうなるものではないでしょう?」
「いや、この一撃で尽く吹き飛ばせばよいのだ」
「ああ、なるほど」
「天地乖離す開闢の星――!!」
「これで残らず吹き飛ばしたはずだ」
「増援です」
「そんなもの、再び天地乖離す開闢の星――!!」
「なっ!!」
「一体もやられてない」
「順応がこれほどとは」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「抵抗は無意味だ」
「うわぁあぁぁあぁっぁぁぁあぁっぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「さて、それでは続きと行きましょうか」
「(な、なにごともなかったかのように)」
「(心に鬼を飼ってるわね)」
「(ちなみに、ボーグは共産主義がモデルだそうですよ)」
「(なんですと? となると、彼女もアカどもの一員ですか? 反キリストめ!!)」
「(って、それは関係ありません)」
「(ライダー、いい感じに道踏み外してるわよ)」
「続きを拒むことが無意味です。抵抗も無意味です」
「わ、分かりました。そうぞ、続けて下さい……って、なんで主人のわたしが」
「さて、ユリアヌスの基本戦略はペルシアと対峙しているコンスタンティウス二世に先んじて、帝都コンスタンティノープルに入場することです。軍事的効果以上に、精神的効果が望める戦略ですね。ですが、相手もさるもの。占領した地域でわざと投降した兵が反逆を起して、彼らの後ろを脅かします」
「彼らしいといえば、彼らしいですね」
「しかし、なかなか動けないでいたユリアヌスの下に、朗報が持たされます」
「朗報?」
「なんと、コンスタンティウス二世が死亡したことと、その彼がユリアヌスを後継者にするよう遺言を残したんです」
「死んだのはまだ分けるけど、なんでユリアヌスを? 反逆者でしょ?」
「それは分かりません。噂ともいわれていますし、本当だったとも言われています。いずれにしても、軍人たちは先帝の側近の意見を退けて、ユリアヌスを正帝として仰ぐことにしたのは事実です」
「ここで異教徒を片付けておけばいいものを」
「蛮族のひしめくこの状況でそんなことをするのは自殺志願者か、ただの馬鹿です。ペルシアだって、決して信用できる相手ではありません」
「コンスタンティノープルに入城したユリアヌスは、ローマ古来の神々を再興して、キリスト教を国から切り離すことをはじめました」
「反キリストめ!! 神の最後の帝国からキリスト教を切り離すとは一体どういう了見でそんなことをするんだっての!!!」
「最後の帝国?」
「ええ、帝国と結びついたキリスト教徒は初代皇帝アウグストゥスが帝政を築いた時期と、キリストが生まれた時期がそれほど違わないなどを理由に、ローマ帝国こそ神が地上に使わした、最後の第四帝国なんだそうです」
「ゲンキン、ていうかなんというか。カエサルのものはカエサルに、といったイエスが見たら泣きますね」
「第四、て一や二もあるんですか?」
「ええ、第一は新バビロニア帝国、第二はアケメネス朝ペルシア、第三はアレクサンドロス大王のマケドニアだそうです。詳しくは、ダニエル書を参照してください」
「ここで注意して欲しいのは、ユリアヌスは確かにキリスト教を国から切り離そうとしましたが、弾圧はあまり行っていないのです。少なくとも、積極的には。主に、教義の矛盾を突いたり、保護をしなかったり、ということで対抗しました。まあ、偶に起きたリンチを黙認するくらいはしましたけど」
「やるわね。弾圧とは言い切れない上手い手よ」
「他にも、追放された派閥を呼び戻してキリスト教の内部分裂を図ったりもしました。激しくはありませんが、効果的な一撃を加え続けました」
「おのれ、反キリスト!!」
「他に言うことないの?」
「ですが、問題なのはキリスト教以上に古代宗教のほうです。こちらのほうは、キリスト教と違い、熱心な信望者はユリアヌスを含めて極わずかです。はっきり言って、形式だけです。信仰心なんてありません。キリスト教を弾圧したディオクレティアヌス帝とて、信仰心ではなく形式を求めていました」
「キリスト教が台頭できた理由の一つね。対戦相手がそれだもん」
「神道みたいなのりですね」
「仕方なく、ユリアヌスはハドリアヌス帝以来、パレスチナへの居住を許されていなかったユダヤに再び、神殿の建設許可を出します。彼らをキリスト教への対抗馬とするためです。勿論、ユダヤは喜んで神殿の建設を行いました」
「腹黒いわね」
「弾圧よりはましですよ」
「悪魔の民にそんなものを許すとは、本当にどんな神経をしているのやら。まあ、神が正しい裁きを下すのですから、いいのですけど」
「どう言う意味です?」
「残念なことに、神殿は建設中に自身によって倒壊してしまいました」
「あらら」
「しかし、ユリアヌスにはこんなところに留まっている時間はありません。そろそろ、ペルシアへ遠征しなければならないのです」
「多分、国内のキリスト教徒に自分の力を見せ付ける絶好の機会、とでも思ったのでしょう。これだけの軍事的功績を出せば、聞き分けのないガリラヤ人どもも大人しくなるはずです」
「聞き分けがないとは何ですか」
「本当のことだと思いますよ」
「しかし、この遠征は彼の敗北に終わります。最後の戦いでペルシア兵の投げ槍が彼の腹を突き刺し、重傷をおったんです」
「神罰です。馬鹿が異教開いて悦に入ってるからこうなるんです。いい気味です」
「口が裂けても『左様で』なんて言わないからね」
「キリスト教が伝えるところによると、『ガリラヤ人よ、汝は勝てり』と残して没しました。キリスト教と古代宗教との最後の戦いは、キリスト教の勝利として幕を閉じます。わずか一年と半年の正帝でした」
「勝ちといっても、ここまでだと大分キリスト教が優勢だったのでしょう? 最初から勝負は決まってたのでは?」
「それはどうでしょうか? キリスト教が帝国と結びついてからそれほど日は経っていませんから、この頃までなら、帝国内における古代信仰が逆転する余地はあったと思われます。それも、彼の死によってその余地は完全に失われてしまいましたけど」
「これが我々にとって大きな危機であったことは認めます。ですが、たとえ、彼が長生きしたとしても、キリストは勝利を収めたと思いますよ」
「でしょうね。彼はいささか、理想に走りすぎるところがありましたから。それに、論理的批判も、そろそろキリスト教徒には通じなくなります」
「どうして?」
「彼らもギリシア哲学の論理的思考を修め始めたからです。これで、情緒的で、感情をよりどころとしていた素朴な宗教は複雑怪奇な学者向けの宗教へと変質します。これはつまるところ、社会の上流で勉学を修めた人々が参加した、ということです」
「ああ、あの意味不明で電波入りまくった神学論争がはじまるのね」
「唯一の神の教えが教えが曖昧であっていいわけありません」
「それより、次は誰が皇帝になるんです? この様子ですと、血縁など一人も残っていないようですが」
「女しか残っていませんね。勿論、戦争が仕事の皇帝に女がなれるわけありませんから、コンスタンティヌス大帝の血統は途絶えてしました。そこで、ユリアヌスの側近を皇帝にしようとしましたが、高齢を理由に辞退したので、代わりに親衛隊副隊長のフラウィウス・ヨヴィアヌスを担ぎ出しました」
「というより、撤退戦の指揮をとる人物を選びたかっただけでは?」
「それが本当のところでしょう。撤退戦の最中、より円滑な撤退を行うためにペルシアとの間に不利な条約を結ぶことになってしまいました。しかし、ユリアヌス以来険悪になっていたキリスト教との和解を果すことには成功しました」
「あんまりぱっとしないわね」
「正しき教えと和解したのはそれだけで素晴らしいことです」
「さいでっか」
「ところが、彼は首都への期間中に急死してしまいました。何でも、ガス中毒で逝ってしまったようです」
「怪死ですか」
「ユリアヌスに匹敵する短さですが、後継者は文武両官の同意で将軍のフラウィウス・ヴァレンティニアヌス
に決定しました。この帝国を一人で統治するのは限りなく難しいことを承知していた彼はそれからほどなく、弟のヴァレンス
を共治帝に任命しました。しかし、彼は東方ではなく、西方の統治を行うことにしたんです」
「どうして?」
「彼は帝国を守るためなら、どんなことでもするという性格でした。それ故に、より困難な西側の統治を行ったのでしょう。事実、西のほうが何かと問題は多いので」
「また分割統治? 理由は分かるけど、問題が出てくるんじゃないの?」
「そうでもありません。彼はディオクレティアヌス帝の教訓を上手く生かしています。それは、誰かが一歩上に立って、指導するということです。これまでの他の分割統治はこう出来なかった故に、失敗したともいえます」
「だから、自分の言うことを比較的聞きやすい弟を選んだのですね」
「彼は侵入してきた異民族を次々と撃破し、国境を越えさせることはありませんでした。まあ、失敗したりしたら、ペットの熊の餌ですけどね」
「熊の餌、て」
「彼はこの時代において比肩しうる人物はコンスタンティヌス大帝を除いて存在しない有能な皇帝ですが、先も言ったとおりかなり怖い性格だったようです。まあ、それも緩んでいた帝国の風紀を引き締めるためのものです。彼の生きていた時代にはそれなりに成功していたといってもよかったでしょう。民政にだって、功績をあげています」
「やりますね」
「しかし、その彼も撃破した蛮族との会見中に怒りを爆発させたところ、脳溢血なのか急死してしまいました。きっと、日頃の無理がたたっていたんでしょうね。後継者には彼の息子がなりますが、彼が帝位についてから三年、叔父のヴァレンスが死亡しました」
「なにがあったの?」
「376年、ゴート族がローマの領域へ移住することを望んだんです。それも、数十万人単位で」
「ま、まさか」
「そう、ゲルマン人による大移動の第一段階です」
「で、なんで彼等は大移動してきたんです?」
「それに関しては、次回に回すことにします。ヴァレンスはこれを承諾して、ドナウ川南に彼らの移住を許可したのですが、彼らの担当であった官僚が、着の身着のまま入ってきた彼らの足下を見るようにやけに高い食べ物を売りつけたりしたので、彼らが怒り出したんです」
「喧嘩売ってどうすんのよ」
「彼らの蜂起を武力で鎮圧しようとしたヴァレンスは戦死、この報せはたちまち西のグラティアヌスもとに届きました。そこで、ある人物をゴート族の暴動鎮圧及び、東方帝国の正帝に任命しました」
「偉大なるテオドシウス大帝ですね」
「テオドシウス
はゴート族を撃破した後、彼らをモエシアに移住させることを決定しました。もはや、ローマに彼らを追い出すような力は残っていなかったのです。まあ、彼らはローマ防衛に結構、役立ってくれるんですけど」
「これでゲルマン人の将軍が増えるのですね」
「まあ、最後まで彼らを受け入れることはないのですが」
「心が狭いわね。黒やアラブも皇帝にしたんだから、金髪くらいOKしなさいよ」
「まあ、仕方ない、ということで諦めてください。さて、彼を皇帝に推薦したグラティアヌスはそろそろ失敗が込んできて、権威が落ちていました。そんな時、ブリタニア総督のマクシムスが反乱を起して彼を殺してしまいました。しばらくは忙しいので無視していましたが、イタリアのヴァレンティアヌス二世に襲い掛かったので、彼を打ちのめしました」
「ヴァレンティアヌス二世?」
「ええ、グラティアヌスの即位した時のごたごたで皇帝になってしまった弟です。面倒なので、イタリアに押し込んでおいたんです。マクシムスを倒した後、テオドシウスは西を統治するためにゲルマン人のアルボガストを後見人としますが、彼はほどなく反乱を起して、殺されてしまいました」
「それって、人事ミス」
「どう見てもそうですね。分かっててやった可能性も否定できませんが、テオドシウスは二年の準備を経て彼を倒して、再び帝国を再統合しました」
「少なくとも、軍事的には優れた皇帝ね」
「さて、彼には帝国再統一よりも重大なことを帝国統一に先立つ392年に行っています。彼によってキリスト教は国教となり、いかなる異教信仰も禁じられるようになりました。神殿は破壊されるか、教会に改装されるかのどちらかとなり、オリンピックは消えてなくなりました」
「神の教えが最終的な勝利を勝ち取ったんです。そうに違いありません」
「どうすりゃそこまで狂えるの?」
「他にも、コンスタンティノープル公会議でアリウス派、サベリウス主義、アポリナリオス主義およびホモイウジオス主義者の排斥を決定し、教義の統一を図りました。異端審問官という官職が出来たのも彼の時代です」
「異端審問の創始者じゃないですか」
「神の剣です」
「頭とっかえろ!!」
「色々議論の付きない彼は帝国の再統一から四ヵ月後、無理がたたって死亡します。息子のアルカディウスとホノリウスはそれぞれ東西の帝国を継承しました。これ以降は帝国を単独で支配する強力な皇帝は現れず、完全に東西に分裂したのです」
「さて、次回は、東西に分裂したローマから、西ローマ皇帝ヴァレンティニアヌス三世の死までを取り扱いたいと思います。こういうのはなんですが、かなり長くなるかと思います。なにしろ、ゲルマン人の大移動が本格的なものになってきますから」
「いよいよわたしのドイツが大活躍するのね」
「そうですね。自然とゲルマン民族にさくペースは多くなりますから」
「ふふん」
「小さい胸を張ってますね」
「五月蝿い」
「多分、アッティラ大王にさくのはそれより多くなるかもしれませんけどね」
「ええー――!?」