「今回はローマ帝国が最も混乱した時代、三世紀の危機、別名軍人皇帝時代からディオクレティアヌス帝の退位までを扱いたいと思います」
「一回で終わるの?」
「どうでもいい皇帝が多すぎて、分けると長さが中途半端になるんです。その代わり、今回は長いですから、十分にそれを補えると思います」
「それじゃあ、期待してあげる」
「セウェルス朝最後の皇帝アレクサンデル・セウェルス帝暗殺の主犯ガイウス・ユリウス・ウェリウス・マクシミヌス
から始めたいと思います」
「また近衛隊長官かなんかですか?」
「いいえ、新兵訓練の教官です。階級も低く、一軍を指揮したことすらありません。勿論、生まれもドナウ川下流域のモエシア(現ユーゴスラビア連邦セルビア共和国、ブルガリア共和国北半分)という最前線の辺境です」
「なんでそんなのが皇帝になったんです?」
「新兵の訓練、てハートマン軍曹みたいな?」
「なら、軍人皇帝というよりは軍曹皇帝ですね」
「彼は長い間、皇帝に対する不満を呟いていましたから。一番目立つ存在ではあったんです。それに、兵士たちに人望もありました」
「元老院が追認したことはいつものこととして、彼は身長2.6メートルという歴代ローマ皇帝屈指の大男です。きっと自分たちより野蛮なローマ皇帝に蛮族たちも恐れをなしたに違いありません。とりあえず、実績のない彼は元老院対策より、目の前の蛮族を撃破することにして、首都には長官を派遣して統治します。しかも、出自の低い自分を本当に皇帝だと元老院が認めたとは信じず、各地にスパイを放っては、細かな風評から元老院のメンバーをとっ捕まえて殺します」
「評判の悪い皇帝街道まっしぐらですね」
「元老院が彼を嫌っていたのは事実ですけどね。侵入してきたゲルマン人を撃破した後、さらにドナウ川まで行って蛮族の侵入を撥ね退けます。ローマに帰る気などなく、前線に蛮族のローマ宮廷を造るのではないか、とさえ思われていました」
「それだけならまだしも、この侵入してきた蛮族対策に重税をかけ、各方面から非難されます。また、当時の首都長官が悪政を行ったということもあって、とうとう彼に対抗馬が現れました」
「って、まだ三年しか経ってないけど」
「三年なんて、長いほうだと思いますよ」
「それはそれは、本当にいい国ですね」
「元老院は全会一致で彼らを支持しますが、その対抗馬もマクシミヌス派の軍と戦って敗死します」
「名前すら出てない」
「とにかく入れ替わるので、いちいち挙げるのも面倒なんです。僭称帝はガリアとパルミア以外は無視しますから、そのつもりで」
「それはいきすぎじゃない?」
「そんなことはありません。三世紀の危機の五十年間で正式な皇帝は二十一人、自称皇帝は四十人を超えます。こんなのの名を一々挙げていたら、それこそいくら時間があっても足りません」
「皇帝の地位は地の底まで落ちた、て感じですね」
「地の底どころならまだいいんですけどね。中途半端に価値があるから殺されるんです」
「さて、もう後には引けなくなった元老院は軍務経験のあるメンバーから委員会を設置、二人の皇帝を選出して対抗しようとしますが、これは思わぬ相手に妨害されます」
「また異民族でも侵入してきたんですか?」
「いいえ、今度は首都の民衆です」
「おい、貴様らもマクシミヌスは嫌いじゃなかったのか?」
「そのはずでした。ですが、最初に反マクシミヌスに立った親子にもその先鞭を打ったということで、その親族に栄誉を与えるように要求したんです。元老院は孫に副帝の称号を与えて一応の不満を逸らしますが、ここには大きな隙が出来てしまいました」
「これなら前線の軍が主導権を握るわけです。首都の連中よりはよっぽど判断力があります」
「ですが、迫り来るマクシミヌスはどういうわけか、翌年の春までイタリア侵入を断念したんです」
「どうしたんです?」
「多分、各戦線からかき集めてきた兵力を養うための食糧確保のためだと思います。現に、これで時間稼ぎの出来た元老院の将軍は焦土戦略で彼の軍を追い詰めますから。その対策だとでも思えば、あまり不自然ではありません」
「焦土戦略ですか。有効なんですけど、あまりいい思い出はありませんね」
「当然、大軍を養えなくなったマクシミヌスの軍は飢えから彼を殺して、降服します。こうして、最初の軍人皇帝は死にました」
「あっけない最後ですね」
「ですが、残った二人の皇帝は軍をあまり優遇しません。そればかりか、この二人は性格上の差異もあって肝心な時に協調出来ず、近衛隊の陰謀に倒れます。その近衛隊は残った孫を皇帝としました」
「これで九人連続か」
「凄まじい死亡率です」
「そして、その孫も近衛隊長官の手で謀殺され、長官が帝位につきました」
「これで十人」
「本当に名前要らないわ。憶える前に死んじゃうし」
「名前どころか、いちいち理由を挙げるのさえ面倒になってきました」
「それくらいに皇帝は入れ替わるんですね」
「ですが、全く挙げないわけにはいかないので、一応このもと近衛長官が殺された理由を説明します」
「これで十一人」
「まず、先帝を殺した際はペルシア遠征の途上でしたが、元老院対策などのために本国に戻ったので、彼の弱腰に怒った軍が反乱を起こします。その反乱を部下の将軍に収めさせようとするのですが、その将軍を皇帝にしようというとんでもないことを言い出した反乱軍によって皇帝に擁立されました」
「史上屈指の奇々怪々な現象が起きまくっているな」
「世も末ね」
「この擁立された将軍こそ、ガイウス・メッシウス・デキウス
です」
「あ、久しぶりに名前が出てきました」
「彼は結構重要な皇帝ですから。ですが、彼自身は皇帝になるつもりはなく、帰還したら再び忠誠を誓うと言ったのですが、信用されませんでした」
「ローマ皇帝なんていつ死ぬか分からない職業をやりたがるやつなんて……腐るほどいるか」
「デキウスは皇帝を倒し、帝国の再編のために神々を前面に出そうとします。その際にキリスト教を弾圧します」
「どうして?」
「彼らは他の多神教を非難して、帝国の意思統一を邪魔しまくっているんです。そんな連中に情けは無用だと思いますが」
「なにをいっているんです? 邪教を信じるサタンの手先が聖なるキリストの教えを邪魔しているんです。正しき教えが広まるのは当然です。ユピテル? アポロン? そんな悪魔の化身は絶対の神の前に滅ぼされる運命なんです。決定事項なんです」
「ええと、どうしちゃったの?」
「琥珀の言ったとおりでしたね」
「どういうことです?」
「琥珀は彼女がフランス人であるからではなく、彼女がカトリックであるから呼んだんです」
「でもさ、こんな狂ったカトリック、他にいないんじゃない? 印象操作にもほどがあるわよ」
「埋葬機関はそういう連中の集まり、だと設定しておけばいいんです」
「無茶苦茶な」
「いいですか? 偉大なるヤハウェは異教を信じる愚昧なるローマ人にペルシアやゴート族に姿を変えた聖なる鉄槌を降したんです。まあ、残念なことにローマはその程度では反省しないどころか、さらなる迫害を行うんですけどね」
「すさまじいまでの敵意と偏見ですね」
「彼は史上最大のキリスト教弾圧を行った呪うべき獣なんです。彼の治世が短かったのも神の怒りに触れたためですよ」
「短かった?」
「ええ、確かに彼は二年目にゲルマニアのプロイセンからやってきたゴート族との戦いで戦死するんです。彼は敵の手にかかった最初のローマ皇帝です」
「さっすが、私のドイツ、プロイセンの騎士。ローマ皇帝なんて雑魚雑魚。あっさり負けたフランスとは大違い」
「ふん、ローマが滅んでから、我がフランスの力を思い知ればいいんです。所詮、野蛮で電波受信しまくったドイツは我がフランスの足下をはいずり回るのが神の決めた運命なんです。一時の勝利に喜んだら、自分の立場を思い出してくださいね」
「ねえ、自爆の大好きなフレンチ」
「なんです? 低能なゲルマン」
「死にたい?」
「先に手を出したら怖い先生に叱られますよ? 低能」
「これが終わったら憶えてなさい」
「不穏な空気は無視して、彼の死後に即位した皇帝はゴ−ト族に賠償金を払い、かつ略奪されたものをとりもどそうともしないので、現地住民及び軍の不況を買って次の皇帝に殺されます。ですが、その皇帝も先帝の部下に討伐されて死にました」
「一気に二人か」
「その先帝の部下こそパブリウス・リキニウス・ヴァレリアヌス
です。この混迷する事態を収集する第一歩として帝位を世襲させることにして、息子を共同統治帝とします。一応静かになったので、キリスト教弾圧を再開しますが、徹底的になる前に東に侵入してきたペルシアと戦います」
「忙しいわね」
「それなりに有能な皇帝でしたが、ペルシア遠征中に敗北、ローマ皇帝最初の捕虜となりました」
「御覧なさい。キリスト教を弾圧する悪帝は必ず神の裁きを受けるんです神の見えざる手の力を思い知りましたか? その証拠に、キリスト教を保護したコンスタンティヌス大帝を見なさい。アウグストゥスに次ぐ長い治世を誇っているんですよ」
「言っておきますが、アウグストゥス帝も五賢帝も別にキリスト教を保護していませんよ」
「う」
「それどころか、マルクス帝の治世では偶発的とはいえ、かなり多くのキリスト教徒が殺されたようですが」
「そ、それは彼らが積極的に迫害をしなかったから慈悲深い神がお情けをくれたんです」
「後で出てきますけど、ディオクレティアヌスは最大の迫害を行いますが、彼は軍人皇帝とは思えない長い長い治世を誇りますけど?」
「彼がそれを行ったのは晩年のことです。その後すぐに皇帝を辞めましたから、神が長い治世をくださったんです」
「それじゃあ、ヤハウェは未来を見れたということになるのに、わざわざ彼を帝位から引き摺り下ろさなかったんですね。ずいぶんと気まぐれな神ですね」
「神は慈悲深いんです」
「それなら他の軍人皇帝にも慈悲の欠片を与えては? 彼らは別に弾圧していませんよ。忙しくて」
「そ、それは前任者を殺しての不道徳な皇帝を」
「そのままコンスタンティヌス大帝に当てはまりますけど」
「彼は聖なるキリストの敵を征伐したので、問題ありません。反キリストや異教徒、吸血鬼どもは人間じゃありません。神の国を邪魔するサタンの手先ですから」
「本気でいかれてる」
「ここまで狂えれば本人もさぞ満足だろ」
「それなら、コンスタンティヌス大帝はアウグストゥスより長生きしないといけませんけど」
「まったく、貴女は無神論者よりも質の悪い反キリストですね。死後に地獄に落ちればいいんです」
「貴女もご一緒にどうです? きっと歴代教皇が待ってますよ」
「今回はお静かにお願いま――うっ……」
「って、先手を打って翡翠に黒鍵を」
「どうです? 低能なゲルマンには出来ないやりかたです。それでは、秋葉さん。始めましょうか」
「キラークィーン第三の爆弾、バイツァダスト!!」
「まったく、貴女は無神論者よりも質の悪い反キリストですね。死後に地獄に落ちればいいんです」
「貴女もご一緒にどうです? きっと歴代教皇が待ってますよ」
「gsjsklひおhと;いhそは!!!!」
「ば、馬鹿な」
「すごい悲鳴です」
「黒鍵が投げられたと同時にかめはめ波を」
「いや、違うだろ」
「それにしても、どうやって」
「終わったようですので、続けますよ」
「だからさ、どうやったのよ」
「聞かないほうが、長生きできますから黙っていてください。そうですね、彼女の敗因は私を怒らせたことでしょう」
「わ、分かりました」
「皇帝は助けないんですか?」
「何で助けなきゃいけないです?」
「へ?」
「現実がどうあれ、ローマ皇帝はあくまで元老院から権限を委任された存在です。彼らの職務は帝国の安全保障ですので、軍の指揮を出来ない立場にある皇帝は死んだとみなされて、彼のことはとりあえず忘れ去られます」
「緊急時のマニュアルが出来てる、と褒めるべきでしょうか?」
「この勢いに乗ったシャープール王は進撃してきます。皇帝を取られて浮き足立ったローマ軍を叩きのめす機会だったのでしょうが、シリアのパルミュラの有力者、オダイナトゥスが義勇軍を持っての獅子奮迅の活躍によって、シャープール王は撤退します」
「とりあえずの危機は去りましたね」
「こうして、息子のパブリウス・リキニウス・エグナティウス・ガリエヌス
が即位します。彼は無能な人物ではありませんが、ローマ皇帝初の捕虜が出るなどして不安に駆られた各軍団は皇帝を擁立、三十僭帝時代が到来、皇帝が捕えられた今を好機であると蛮族は帝国各地を荒らし回り、北アフリカとシリア、ローマ以南以外の全ての地域が蛮族の略奪にあいました」
「混乱もここに極まりましたね」
「ガリアではゲルマンの侵入に端を発する騒動から総督のマルクス・カッシアヌス・ラティニウス・ポストゥムス
がガリア帝国を建国、ガリア、ヒスパニア、ブリタニアを占めて分離。西ではシャープールを破ったオダイナトゥスの妻ゼノビア
が皇帝を名乗り、シリア、トルコ、エジプトをパクって帝国は三分割されてしまいます」
「統率は無茶苦茶低めでいいわね」
「何の話です?」
「こっちの話よ、こっちの話」
「このかなり無能そうな彼ですが、ローマの軍制を改革する張本人でもあります」
「? 今までの話だととてもそんなに有能には見えません」
「不可抗力かもしれませんが、彼がドナウ川に侵入してきた蛮族にてこずっている時、元老院はイタリアに侵入してきた蛮族を撃退したんです。これで元老院が口やかましくなる、と考えたガリエヌスは元老院を軍から完全に締め出してしまいます」
「貴族の誇りを奪うとは、元老院は怒り狂ったに違いありません」
「いえ、それどころか『わーい、兵隊やらなくていいんだ。平和だ万歳!!』とか言って狂喜乱舞したそうです」
「な、なんという身勝手さ!! 今や帝国は始まって以来の危機に瀕しているというのに、何をしているんです!!」
「今はそれほど深刻ではありませんが、非常に不安のある時代ではあります」
「なのにどうして」
「イタリアですから、この頃からムッソリーニが嘆きたくなるような連中になっていたんじゃないですか?」
「平安貴族?」
「わ、私の国はこんな連中に負けたんですか」
「それで、元老院が軍務から締め出されてどうかしたんですか?」
「これで軍事の専門化が進みます。元老院議員である故に指揮できなかった兵科、つまり騎兵をローマの主力としたんです」
「騎兵? それが増えたからって、どうということもないと思うけど」
「当時、鐙はありません。一般人では鐙のない馬に乗るなんて無理です。つまり、元老院階級の人間は指揮でないということです。これはもう、軍の中核を異民族が占めていたとしか思えません」
「とうとう外国人の傭兵か」
「これでますます軍事政権化が促進されましたね」
「こいつアホじゃない?」
「そう言っても、侵入してくる異民族は馬に乗っていることが多いので歩兵では逃げられてしまいます。これには馬で対抗するしかないでしょう」
「つまり、現状打破には仕方ない、てことですか」
「ですが、彼にはこんな軍を指揮する能力はありません。能力不足(用済みとも言う)を痛感した将軍が彼を暗殺、マルクス・アウレリウス・ヴァレリウス・クラウディウス
。通称クラウディウス二世が即位します。いよいよ、ローマの反撃開始です」
「ようやく希望が見えてきたわね」
「その希望の第一歩が暗殺と言うのには何か引っかかる気もしますけど」
「ちなみに、クラウディウス2世からディオクレティアヌスに至るまでの軍人皇帝の多くがイリリクムという田舎の出身者なんです。なんでこの地域の人物に帝位が集中したのかはよく分かりませんが、恐らく五賢帝時代のように縁故で決まっていたのでしょう。しかし、イリリクム出身の軍人皇帝たちは軍人としてなら、一人一人が帝国を代表できるほど強力な人物です。縁故だけではなく、戦術の教義も受け継いでいたのでしょう。
それを証明するかのようにクラウディウス2世は侵入してきた三十二万のゴート族を撃破、ローマ復興の足がかりとしますが、疫病にかかって死にます」
「名前出さなくてもいいのでは」
「そういう気もしましたが、彼は復興の先鞭をつけた人物ではあるので、無視するわけにはいきません。クラウディウス2世の死を知って士気を盛り返したゴート族を再び撃破したルキウス・ドミティウス・アウレリアヌス
こそ、クラウディウス2世の志を受け継いでローマ帝国を再統合する強力な皇帝です」
「久々に自然死ね」
「となると、連続死亡記録は十八で頭打ちか」
「ゴート族を追い散らした彼は帝国再統合のために東のゼノビアを倒します。続いて西のガリア帝国も倒して、ローマ帝国を再び再建しました」
「軍人皇帝の面目躍如のすさまじい軍事的才能ですね」
「ゼノビアはともかく、ガリア帝国は僭称帝が兵士に担がれて嫌々やっていたようなものなので、最後の皇帝が戦闘開始後すぐに投降してきたんですけどね」
「そういうトリックか」
「よくよく考えてみたら、それまで支えてくれた地方政権を無慈悲にも無理矢理再統合しただけじゃないですか」
「さすがに、否定できませんね。ところで、ここまでの危機を迎えたローマはもう、平和なんて口が裂けても言えません。アウレリアヌスはローマに城壁を作って防御力を高めます。また、これらの大きな軍事行動を行うためにただでさえ悪い貨幣の質をさらに悪くします」
「苦労してますね」
「彼は侵入してきたゴート族やヴァンダル族対策として、トライアヌス帝の獲得した属州ダキアを放棄します。防衛ラインの縮小と同時に、退去させた住民を使ってのドナウ川以南の再建が目的です」
「合理的ね。だけど、これだと元老院や軍からは弱腰、とか言われません?」
「元老院は言いました。ですが、軍は彼のカリスマや実績を直に感じているので、彼を悪くなんていいません」
「さすがです」
「彼は侵入してくるペルシアを撃破するために東に向かいますが、その途上で彼に処刑されると感じた官僚の陰謀で殺されます」
「自然死したと思ったら、また殺されたし」
「その官僚は怒り狂った軍になぶり殺しにされますが、ここで珍しく軍が元老院に新たなる皇帝を選んでほしい、と書状を贈ります」
「どういう風の吹き回しです?」
「アウレリアヌス帝がビルバイン並みの凄まじい活躍を見せてくれたおかげで、周辺は意外と静かだったんです。ペルシアも引き上げていましたし。
それなら、ここで久しぶりに元老院を尊重する態度を見せてもいいだろう、と考えたのでしょう」
「で、元老院は誰を送ったんですか? 久々に皇帝を出せますよ」
「送りませんでした」
「なんで?」
「どうせ軍の気紛れ、と思って遠慮したんです。この遠慮は延々と続き、半年の間皇帝不在が続きました」
「遠慮がどうとかじゃなくて、誰もやりたくないのでは? 即位したら殺されるのがおちだから」
「そうでもありませんよ。元老院は皇帝を選ぶ権限を再び手に入れた、と狂喜乱舞するんです。まあ、元老院がまともに選んだ最後の皇帝なんですけどね」
「とうとう置物と化したか」
「この皇帝は高齢ですぐに死ぬんですけどね。その後、何を血迷ったのか弟が軍はおろか元老院の支持さえ取り付けないまま、次の皇帝になるとか言い出しました」
「殺されるのがおちね」
「ええ、次の皇帝マルクス・アウレリウス・プロブス
が対抗馬になるや否や、勝ち目なしと判断した側近に殺されます」
「血塗られた地位にもほどがあります」
「その血が自分の血、というのもある意味すごいですね」
「ブロプスはこういう経緯で即位したにしては、元老院を尊重しました。また異民族撃破に多大な功績をあげました。荒廃した帝国を復興させるべく、戦争のない時は兵士に畑仕事をさせていたようですが、それが不評でした」
「ていうか、当時の軍隊はほとんど異民族でしょう?」
「その時点で、畑仕事なんてしたくない、というのは当然でしょう。しかも、彼は全てが終わったら完全平和主義でいこう、などという妄言を吐いたので、それを不満に思っていた兵士に殺されます。まあ、そもそもそんなことになるわけないと思いますけどね」
「リリーナ・ピースクラフトは彼の子孫かしら?」
「ああ、一部ではヨブ・トリューニヒト以上の保身の天才とか言われているあの女ですね」
「口では完全平和主義を唱えているくせに、ガンダムのパイロットが自分のために戦うのは当然、とかいいたそうな態度取ってるいけ好かない女王のことですか?」
「戯言で十五年に国が二度滅んでいるのに、それに対する反省は全くなし。そんじゅそこらの暗君にはとても真似できんな」
「あれでどういうわけか、最後には完全平和主義の精神で地球圏が平和になりました、という悶絶もののとんでもないラストでした」
「それはそうですよ。あれはガンダム史上最大級のブラック・ユーモアを前面に出した作品なんですから」
「そ、そうなの?」
「ええ。あんな戯言今更まじめに言うとは思えませんし、キャラクターのほとんどはかなり電波入った連中で、頭のネジが何本か抜けたような言動を繰り返しています。その物語をさらに電波の入ったユーモア溢れるものにするために、『完全平和主義』とか、『地球圏統一国家』という大袈裟な単語を入れたんです。何話か見れば、そのコンセプトが理解できます」
「最大級の酷評ね」
「いえ、最大級の賞賛です」
「どっちでもいいけどね」
「彼の死後に即位した皇帝はペルシア遠征中に落雷にあって死亡、息子二人が皇帝に繰り上がります」
「落雷、て雷に打たれたんですか?」
「ええ、他にも暗殺をそう言い繕ったなど色々いわれていますけど。息子二人のうち、遠征に参加していた弟は暗殺、犯人の近衛隊長官はすぐに殺され、彼を裁いた将軍のディオクレス、後のガイウス・アウレリウス・ヴァレリウス・ディオクレティアヌス
が即位します」
「いよいよ、最後の軍人皇帝ですね」
「彼は色々議論の尽きない人物ですが、ローマ帝政史上、屈指の人物であるのは確実です。彼はローマに滞在している先帝の兄を倒し、ローマ帝国唯一の皇帝となります」
「本気で今回は長いですね」
「我はいい加減に食事を摂りたいぞ」
「私もです」
「本音としては、ここで終わりにしたいのですが、色々事情がありまして、そういうわけにはいかないんです」
「事情?」
「それは最後に説明しますから、ここは翡翠、続けて下さい」
「彼は即位すると盟友マルクス・アウレリウス・ヴァレリウス・マクシミアヌス
を共同統治帝とします。彼が即位したとっても、まだ帝国の情勢は安定しているとはいえません。自分と同等の指揮官が必要不可欠なんです」
「ですが、それでも蛮族の侵入には対処しきれないので、さらに皇帝を二人増やします」
「とうとう正式な皇帝が四人か」
「正式な皇帝ではなく、副帝と言う存在なんですけどね。フラウィウス・ヴァレリウス・コンスタンティウス
と、ガイウス・ガレリウス・ヴァレリウス・マクシミアヌス
の二人を副帝として、帝国を四つに分割します」
「ディオクレティアヌスがエジプト、シリア、小アジアを中心にした経済的に最も豊かな領域を、マクシミアヌスがイタリア半島と北アフリカ、ガレリウスはギリシアを中心としたドナウ川の西側、コンスタンティウスはガリアやヒスパニア、ブリタニアをその担当地域とします」
「ん? ディオクレティアヌスがイタリアじゃないんですか?」
「ええ、帝国最大の敵は一応、ペルシアです。それに対処するためには東側に移ったほうがいいでしょう。それに、もはやローマは首都ではありません」
「何時の間に?」
「異民族に対処するためにマクシミアヌスは管区の首都はローマからメディオラヌム、現在のミラノに移したんです。ローマは各前線から遠すぎたんです」
「つまり、パクス・ロマーナとは大違い、てことですね」
「しかも、ローマで行った凱旋式以外では来なかったそうです」
「価値が急低下したわね」
「ですが、こんな分割統治では違反者が出るのではないのですか?」
「確かにそうですね。現に、後にこの統治自体が火種になって帝国を脅かすのですが、ディオクレティアヌスが治めていた限りでは、そういうことは起きませんでした。養子縁組などを利用して何とか抑えこんでいましたから。彼らは異民族の侵入にも各反乱にも効果的に対処してこのシステムが有効であることすら証明しました」
「それは素晴らしい統治能力ですね」
「うむ、貴様にも見習ってもらいたいものだ」
「もう突っこみませんよ」
「属州は百以上に分割されて、それぞれを十二の管区に分けます。これもまた、分割統治のためです。これによって、元老院の権力は更に削られて、彼らの統治する属州はわずか二つです。それも、百に分割されたうちの二つです」
「ここまでないがしろにされてると泣けてくるわね」
「これで解散されないのが不思議です」
「そして、度重なる蛮族の侵入でいい感じに奴隷制が崩壊しまくったんで、農民を土地に縛り付ける勅令を出します。これは後の封建制の元祖とも言えるもので、彼こそ中世の準備をした人物といえるかもしれません」
「それはつまり、身分を統制したということですか?」
「そういえないことはありませんが、度重なるその手の統制令が出ていることから察するに、これ以降も下層民から上流階級に昇っていった人々が多かったということでしょう。つまり、あまり意味はなかったのかもしれません」
「それだけ混乱した時代なんですね」
「また、マリウスの改革以来、撤廃されていた徴兵制度を復活させました。まあ、実際には農場経営などの問題で忙しかったので、金を払って、徴兵逃れをすることのほうが多かったみたいですが」
「見事に時代に逆行してるわ」
「それはどうでしょうか? 封建制への移行が、あるべき世界の流れから外れているのか、と言われても素直には頷けません。ただ、その時代にあった形式がとられる、ただそれだけのことなんです」
「そこまで開き直られるとね」
「他にも最高価格令を出して計画経済を企画しているところから考えますと、ひょっとしたら彼こそ西洋史上最初のアカなのかもしれません」
「意外とそうかもよ。自身を生きながら神格化しての、専制君主制なんて共産主義の個人崇拝そのものだし」
「さすがにそんなものとは一緒にしないで欲しいですね。確かに、彼は皇帝を市民の第一人者から専制君主にしましたが、それは三世紀の危機で暴落した皇帝の地位を維持するためです。見苦しいくらいに権力にしがみつくアカどもとは別物です」
「なにをいっているんです!!」
「って、まだ動けたんですね」
「ええ、ディオクレティアヌスを、犯罪の創始者を弾劾するために立ち上がったんです」
「犯罪の創始者?」
「ええ、彼はこの四分割統治によって官僚を増大させ、民に多大な負担を強いたんです。四つに分かれた宮廷がそれぞれの力を競うように税を取り立てたんです」
「そ、それは」
「それはキリスト教徒の悪意に満ちた中傷だと思いますけど。少なくとも、彼の存命中はそんなことはありません」
「創始者がよくいいますね!! 事実を歪曲しています!!」
「これまで言ったように、これらは帝国を守るための必要な処置です。それにキリスト教の弾圧とて、必要な処置だからやったに過ぎません」
「そう、専制君主である自身の権威を認めないキリスト教に弾圧を加えたんですよね。弾圧です、不当です!! 謝罪と賠償を請求しる!!!」
「って、キャラ違うし」
「当時はキリスト教はまだまだ少数派です。彼の弾圧はかなり穏便でしたよ。事前に一週間の猶予期間すら与えられたそうです。第一回の勅令においてはあくまで公職についている連中だけが対象じゃないですか。あなた方の異端審問よりよほど穏便です」
「ふん、それは公職内のキリスト教徒が手心を加えたんです。悪の帝国の数少ない良心がね」
「当時は公職のキリスト教徒は圧倒的少数派ですが? そんなんで何が出来るというんです?」
「そ、それは」
「大体、彼の治世はそれなりに成功していて、後期には正常は安定していましたし、迫害もその時のことです。その時にわざわざ話をややこしくなるようなことしますか? しばらくは当面の敵すらいないというのに、そんなことはしません。三世紀の危機の皇帝たちの迫害が激しかったのは緊急時に国民の意思統一が必要だったからです」
「ぐぐぐぐぐぐ」
「それに、彼の治世の最後の頃には迫害のピークはとっくに過ぎていましたよ。つまり、彼には徹底的にやるつもりがなかったということですね」
「今回は完敗ね、自爆の大好きなカレー女。あのまま黙っていれよかったものを」
「ウガ―!!!!」
「まあ、ディオクレティアヌスの治世において、キリスト教が手ひどくやられたといのは本当ですけどね。コロッセウムで虎やライオンの餌にされたりして、相当数のキリスト教徒が殺されたのは事実ですから」
「さて、いよいよディオクレティアヌスは盟友のマクシミアヌスとともに退位します」
「皇帝を辞めるのですか?」
「ええ、彼は自分たちの任命した副帝を正帝に昇格させるということを考えていたんです。これがそれなりに良さそうなことに見えるのは認めるでしょう?」
「まあ、そうですね。それなりに相応しい人物が皇帝になるというのには反対しません」
「これだけでも、ディオクレティアヌスが帝国のことを深く考えていた指導者であることが分かります。脳に電波の沸いたアカなどと一緒にしては失礼です」
「ですが、二人が退位するや否や、一気に話がきな臭くなります。次回は」
「コンスタンティヌス大帝のお話ですね」
「姉さん?」
「追ってはどうしたんです?」
「ああ、まいちゃいましたよ。それはそれとして、秋葉さま。台本が完成しました」
「予定通りですね」
「どういうことです」
「つまり、次回は劇形式で行うということです」
「初耳です」
「統一状態のローマでこういうことが出来そうなのは彼の時代くらいのものですから、なんとかひねり出したんです」
「最初はガリア戦記をやろうとも思いましたが、読めば読むほど書く気が失せてきましたから、ここにきたんですよ。キケロも言っていました。『カエサルは歴史を書こうとするものに資料を提供するつもりで書いたのかもしれんが、ごちゃごちゃといらぬものをくっつけて書きたがる愚か者ならともかく、思慮深い人たちからはその意欲を奪ってしまった』と」
「作者も自己顕示欲が強いですね。自分をその思慮深い人たちの中に加えようとしています」
「ていうか、そのまま世界史コンテンツに当てはまらない?」
「そして、役者も揃いました」
「や、やあ」
「やっほー、妹。久しぶり」
「し、真祖!!」
「ブリュンスタッドですか!!」
「この威圧感、さすがといったところか」
「勝てる気がしません」
「そう構えないで下さい。もう一人来てるんですから」
「楽しそうだから、来ちゃった」
「ま、魔法使い!!」
「ちょっと、この配役は――」
「次回は、初のキリスト教皇帝コンスタンティヌス大帝の栄光を劇にしたと思います。勿論、監督はこの琥珀です」
「ですから琥珀、この配役は」
「足りない分の役者は何とか補充しますから、まだまだ増えますよ」
「そうじゃなくて」
「それでは、またお会いしましょう」
「See you again」