ローマ誕生
建国〜イタリア統一(紀元前753〜270年)

まず、これは秋葉が逸早く、志貴の通信簿を手に入れたことから始まる。その内容に彼女は憤慨し、兄を自室に呼び出した。そこで妹は兄に受験勉強を自分が見ると言い出した。
「今年から受験生なんですから、兄さんにはしっかりしてもらわないと困ります」
「どうしてローマなんだ?」
「作者がユリウス・カエサル燃え燃えの西欧原理主義者なんです。ひと言、お前はそれでも日本人か、と問いただしたい気分です」
「いや、それだけで受験に全く役に立たないこと確定してるんですけど」
「いいではありませんか。ローマ帝国の衰亡は一般教養です」
「嘘はいけませんよ秋葉様」
「とりあえず、琥珀。始めてください」
「あまりに噛み砕きすぎた最初のとは違い、少し長くなりました」
「何の話?」
「こっちのことです。気にしないでお願いします」
「ええ」
「神話から始めたいところですが、本来、ローマに神話は残されていません。抽象的な名前だけの神です。今残っているローマ神話のほぼ全て、ギリシャからの借用です。
イタリアの古い神は神話を持たないのが特徴で、わずかにある神話もそのほとんどが後世になって物語として作られた話なんです。逆に言えば、神話を持たない神こそ、古くからの純粋なイタリアの神と言えるでしょう。そういうわけでローマ神話はほとんど矛盾のない人工ぽさが特徴です」
「それで、どこからやるんだ?」
「面倒なので建国神話からやりましょう。
ローマの建国者ロムルスはトロイア戦争で活躍したアエネアスの子孫です。アエネアスの死後、数百年を経てアルパーノ湖東岸の町に住んでいた子孫のレア・シルウィアはある日に重大な嫌疑をかけられてしまいます」
「浮気か?」
「兄さんの得意技ですね」
「そんなところです。純潔を義務付けられていたはずのウェスタの巫女であったにも関わらず、よりにもよって妊娠してしまったんです。
ところが彼女はそれを神に与えられた子であると主張して譲りませんでした」
「処女懐胎? それでOKなら皆そう言うと思うけどな」
「しかし、彼女には僅かながら強みがありました。彼女は当時のアルバ・ロンガの王の兄ヌミトルの娘で、王にとってはかなり都合の悪い女だったんです。そもそも彼女がウェスタの巫女なんかになった理由はヌミトルから位を奪った末に、兄の娘である後継ぎを生まないことを制約させられたからです」
「殺される理由しか見えないんだけど」
「ですが、お家騒動のために彼の評判はあまりよくありませんでした。王が彼女を襲ったのではないかという噂すら囁かれてしまうほどです。そんなわけで無事に双子を出産したのですが、王は万が一のことを恐れて双子を川に流しました」
「酷い男だ」
「双子は川辺に打ち上げられ、雌狼に乳を与えられて育てられました。冒頭にあるような感じです。
このままではただの狼少年が二人誕生して終わりだったでしょうが、運良くファエストゥルスという名の羊飼いに拾われて双子はそれぞれロムルス、レムスと名づけられて、育てられました」
「この辺りは幸運としかいいようがありませんね。遅ければ、人間社会への適応はありえなかったでしょう。
現に、本物の狼少年少女は施設にあずけられたのですが、結局ストレスのせいか適応できないまま死んでしまいました。恐らく、あのまま狼と暮らしていたほうが本人たちには幸せだったでしょう」
「さて、それから何年が経過したのかは不明ですが、ある時にレムスがくだらない小競り合いに巻き込まれて祖父であるヌミトルの前に引き出されました。ヌミトルは幾つかの質問で彼が自分の孫であると確信し、レムスを引き込んで反乱を起こしました。
ロムルスもレムスを救出するために仲間を引き連れてアルバ・ロンガを攻めます。この明らかに人望の欠如しまくった王はあっという間に殺されてしまいます。その後、権力の旨みに味をしめたロムルスとレムスの兄弟は支持者達を引き連れ母国アルバ・ロンガを離れ、新たな都市の建設を目指していました」
「いよいよローマが出来るんだな」
「しかし、移住者達はロムルスを指導者と仰ぐ人々と、レムスを指導者と仰ぐ人々に分裂して対立してします。それを鳥のやって来た数で決めるか、早くやってきたことで決めるのかで骨肉の争いにもつれこみます」
「物凄くアホな話だな」
「神話なんて概してこんなもんです。その末にロムルスがレムスを倒してローマの単独支配が確立しました。紀元前753年のことです」
「この時代にローマが建国されたというのはあくまで伝説であると見なされていました。考古学的な発見によると、少なくとも紀元前十世紀から都市があったのは間違いないからです。しかし、ローマの丘には町が作られる前から、宗教的機能を有していたとされており、そういうことなら発見が伝説と矛盾しない可能性もあります。
それに二人を育てた雌狼『ルパ』を意味する言葉に『娼婦』という意味もあるので、『ルパ』が二人を育てたということもあながち嘘とは言い切れません。またラテン人の習慣に「聖なる春」という人口が増えると外国に余剰人口を送り出すというものもあることから、この神話が意外と事実を含んでいるのは間違いなのでしょう」
「古代の世界はなんでもありだと思うけどな。聖徳太子がキリスト教徒だった、とか主張するような世界だろ?」
「それは言わない約束です。とりあえず、ローマの支配者になったロムルスですが、目下に大きな問題が発生しました」
「どんな? 異民族の侵入とかか?」
「実は、ローマに女性は少なかったんです」
「……」
「あ、志貴さん今、心の中で馬鹿にしたでしょ?」
「そんなことはないぞ……」
「呆れないで考えてみてください。これではローマの人口は一向に増えないんですよ。これこそ高齢化社会の元祖というべきでしょう」
「そこまで深刻ではないと思いますけど」
「そこで、ロムルスはローマで大規模な祭りを開催して周辺住民を招き、その祭りに来た女性達を略奪する、とした計画を考えます」
「すごいな。それ」
「封神演義かなにかで戦いとは金銀財宝と女を得るためにやるとか誰かが行っていたと思いますが、それを実行したようですね。まあ、昔の話ですし」
「略奪の被害国が相次いでローマに破れる中、大規模な戦争準備を整えていたサビニ軍が最後にようやく準備を整えローマへ向かって侵攻を開始しました」
「そりゃあ、怒るよな」
「激しい戦いは続き、小康状態に入ると両軍の間にローマ人に略奪されたサビニ娘達が仲裁に入り、両軍は和解してタティウス王とロムルス王が同等の権利を持つとして国を合わせることになりました」
「どこまで本当なんだ?」
「それは分かりません。けれど中心市をローマとしたり、ザビニ王が暗殺された後、ロムルスが単独の王となった点を見るにローマ側が有利な状態で条約が結ばれたことは間違いありません。戦場におけるロムルスは非常に優秀な指揮官だったようで、出陣のたびに領土を広げました。
特に最後の戦いでは一人で七千もの敵兵を打ち倒すほどのものでした」
「嘘つけ」
「しかし、これまでの功績を鼻にかけていたロムルスはどうも周りから疎んじられるようになっていました。
そんなある日、閲兵中に目の前も見えなくなるような大雨が降り、やむとロムルスがいきなり行方不明になります。それを指して腹心たちは天に召されて神になったと言い張りました」
「それってどう考えても……」
「どうせ殺されたんでしょうね。死体は元老院のメンバーがバラバラにして服の中に隠して、持ち去ったとも言われています」
「なかなかにシュールな光景だな。この時代から元老院はあったのか?」
「ええ。元老院は支配下においた各部族の代表者からなっていた助言機関ですから。名前だけならあったんです」
「その後に王となったのはザビニ人の王の義理の息子ヌマ
です。彼はロムルスとは異なり、戦争をほとんど行いませんでした。その代わりに彼は宗教を整えました。この時代に当時一年十ヶ月であったローマの暦を一年360日十二ヶ月に改定されたり、ローマ神話を形作ったり、ウェスタの巫女制度を導入しました。
他にも住民を職別に組織化したりしています。そうして平和のうちに四十三年の在位をまっとうしました」
「二代目だけあって重要な人物だな」
「彼の時代にローマの制度の多くが出来たとも言われていますからね。次の王のトゥルス・ホスティリウスはヌマの時代に蓄えられた力を使って勢力を拡大します。その最初の相手は初代王ロムルスの故郷アルバ・ロンガです。
双方の王は何を考えたのか、双方から三兄弟を選んで決闘をさせるという妙なことを言い出します」
「決闘? さすがは片田舎、てところだな」
「本当かどうかは分かりませんけどね。まあ、勝利を収めたローマがアルバ・ロンガを破壊し、その王を殺しました時点で作り話なのは明らかですし。ただ、貴族は市民権を与えて元老院に組み入れました。
ローマの敗者抱き込み政策はこの時から始まっているといえるでしょう。これはローマ史を通じて維持され、ローマ延命の要因となりました。まあ、元々寒村の田舎と言い切ってもいいローマはそうしなければ勢力を拡大できなかったので、当然といえば当然の処置だったんですけどね」
「まあ、大きな勢力を長年維持できる勢力は概してそういうものなんですけどね。中華帝国なんかもその傾向があります」
「この王は後の執り行おうとした儀式の不手際によって神が怒り、落雷によって命を落としたとされています。不運なのか、殺されたのかは分かりませんけどね。次の王のマルキィウスはヌマの孫で、祖父同様に穏やかな男でした。先王の時代に戦いに明け暮れた人々は彼を歓迎しました。ですが、色々あって戦いに明け暮れることにもなりました。そのため、彼の時代に海辺に領土をもつことになり、塩をローマにもたらしました。
ついで彼は都市の北部の新たなる脅威のエトルリア人に備えるために要塞を築きました」
「エトルリア?」
「エトルリア人は、おそらく有史以前に小アジアからイタリア半島に移住して定着しました。謎の多い民族で、未だに彼らの言語はよく分かっていませんが、少なくとも、彼らが高度な技術を有していたのは間違いありません。
彼らのローマにもたらした影響は大きいものでした。壮大なローマの建築技術は彼らから学んだものです。後のパンとサーカスのサーカスのほう、人間対動物の見世物は彼らの習慣なんです。
残念なことに彼らはローマの征服の過程で完全に滅ぼされ、共和制末期にはもう彼らの研究は歴史家の仕事となっていました。最後にエトルリア語を話すことの出来た人物は四代皇帝のクラウディウスだとされています」
「このエトルリア人であるタルクィニウスはローマの王となります。全くの部外者でしたが、都市に住んでいないものを王にしたという前例(二代王ヌマ)もあるので、元老院も認めました。そして彼はローマと関係の深いラテン系の国は勿論、同じエトルリア系の国とも激しく戦い、民衆の信用を勝ち取りました。
さらにエトルリアの建築技術の粋を凝らしてローマに水道をつくったりもしました。この業績に嫉妬した先王の息子たちはタルクィニウスの暗殺をしました。ですが、その死は隠され、王の娘婿のセルウィウスが代行として政治を行いました」
「いいのかそれで?」
「彼の手腕が優れていることから、元老院は王にすることを許しましたから、問題はなかったのでしょう。暗殺者たちもとうの昔にローマから亡命していますし。それよりも、彼が元々は奴隷であったという話のほうが問題視されました。それが理由で地位を失い殺されることになります。
治世の末期に先王の息子たちが共謀して彼を王座から引き摺り下ろした際に行われた演説の内容が、奴隷が王位についている、というものでしたから」
「まあ、もと奴隷の王様と聞いていい気持ちのするやつはあまりいないからな」
「新たなる王はローマ最後の王で、その名をタルクィニウスです。同名の五代目と区別するために通称の傲慢王と呼ぶことにします。
彼は交渉と恫喝を使い分けて周辺のラテン系の都市国家同盟にローマを名手とすることを認めさせ、戦果もあげました。また建築面でもキリスト教がローマを支配するまでローマの信仰の中心地となるユピテル神殿を建設します。さらに大下水溝『クロアカ・マシカ』も彼の治世に作られたもので、ローマ史上最も重要な建築物です」
「意外と優秀なんだな」
「恐らく、業績をあげることによって自らの正当性を認めさせようとしたのでしょう。ですが、彼はあまりにも非合法な方法で王位を簒奪したものだから、どうも上手くいきませんでした。あるときに彼が遠征に出たときに息子の起こした不祥事をきっかけに反乱が勃発し、国外に追放されました」
「その反乱を主導したのがルキウス・ユニウス・ブルータス
です。王の副官をしていた彼は軍隊を動かし、共和制を樹立させました。これ以降のローマは民会を召集して指導者を決めるようになり、二人の執政官を選んで独裁にブレーキをかけるようにしました。ブルータス自身はこの後に起きた傲慢王に引き連れられたエトルリア連合軍との戦闘で早々にお亡くなりになって、共和制樹立から一年もしないで姿を消します」
「こうして紀元前509年に244年に及ぶ王政は終結し、ローマの本当の歴史とも言われる共和制が開始されました」
「王が七人しかいないのに長すぎないか? 水増しの匂いがするんだが」
「それは当然ですよ。大体、古代世界で三十年以上も治世をまっとう出来るような幸運な人物が何人もいるはずがないじゃないですか。戦死や病気やらいくらでも殉職する理由はあります。確実に間に何人か入っているはずです。この手の在位の水増しはエジプトなんかでも見れますから、大いにありえる話ですね」
「当時のローマにはろくな文字もなかったので真実は分かりませんけどね。エトルリア人の文字が解読されれば話は別ですが」
「ローマはこれ以降もエトルリアの王を追い出したことが理由で周辺のエトルリア人と激しく戦い続けます。
それを退けたブルータスの同僚執政官であるプブリウス・ヴァレリウスはその権威を高め、それにものを言わして王位を狙っていると噂されました」
「事実、彼は傲慢王の宮殿にも劣らない豪華な屋敷に住んでいましたし、彼を守る衛士のもつファスケスは斬首と鞭を連想させ、王にならんとしていると思われていました」
「ファスケス?」
「これのことです。

これはローマの権威の象徴として、ローマ高官の衛士は常にこれをもって従っています。また、一本の棒が折れても全体が壊れないことから団結力の象徴ともされて、後世のファシズムの語源ともなりました」
「それらの非難にヴァレリウスは自分の屋敷を破壊して友人の家に住み、さらにローマ市内においてはファスケスの斧を取り外すことにしまて、『自分を信じられないのか?』と市民に問うような演説をして人々を感動させました」
「あとの二つはともかく、最初のは極端すぎやしないか?」
「そうは思いますが、彼はそういう性格だったようなので、いいんじゃないですか?」
「彼の時代かブルータスの短い時期だったのかは不明ですが、元老院は大幅に増員されて共和制の原型が完成しました。これらの功績を残して任期を終えた彼に市民は『民衆の友(プブリコラ)』という称号を送ります。後にローマで大きな権勢を誇ることになるクラウディウス一門も彼の時代にローマに受け入れられました」
「ちなみに、ヴァレリウス一門はロムルスの時代から続く名門で、花嫁の略奪劇の際にザビニ族との和解をとりもったともいわれています。念のために言っておきますが、ヴァレリウスはザビニ族です」
「本筋と全く関係ないな」
「コラムのようなものだと思ってくだされば結構です」
「さて、ヴァレリウスが色々やっていたものの、平民は不満でした。貴族に借金をして身を奴隷に落とすものがいるというのに、貴族は奴隷になった平民の安い労働力で富を蓄えていました。伝承によると歴戦の勇士が奴隷に落とされた身の上話をして暴動がおきました。
その結果、平民の権利を守るために護民官という役職が設けられました。しかし、それでも特権を手放さない貴族に業を煮やした平民は兵役拒否を掲げてローマ近郊の山に引きこもりました」
「ストライキか」
「市民たちはなんとか説得に応じて戻ってきましたが、貴族への不満はくすぶったままです。そのせいで執政官に落選した貴族コリオラヌスはローマが飢饉に陥ったときにシチリアからの食糧援助を護民官が廃止されるまで受け入れるべきではないと主張しました」
「無茶苦茶言ってないか?」
「さすがに無茶ですから、彼の意見はスルーされて、その後にローマを追放されました。
この時期。ローマの主な敵はエトルリアから山岳民族のウォルスキー族に移っていました。コリオラヌスはそのウォルスキーを倒したことによって、出世したんです。その彼らがコリオラヌスを味方に引き入れてローマに進軍し、勝利を収めて以前に彼が征服したウォルスキー族の領土の返還とローマ市民権を与えるように要求しました」
「裏切りじゃん」
「この手の話は結構あるんです。傲慢王のこともありますし、ギリシアでも似たような話が幾つかあります。その最たるものがペロポネソス戦争で活躍したアルキビアデスですね。アテネ、スパルタ、ペルシアと次々に主を変えた最高の変節漢です」
「ただ、彼の存在は架空だといわれており、現在の歴史家のほとんどは彼の存在を考慮に入れていません。どこからどこまでが真実なのかは不明ですが、この時期に飢饉などで弱体化していたローマがウォルスキー族に大敗したのは事実なのでしょう。
その後も周辺との戦いは続き、周辺の民族が連合軍を形成したこともあり、窮地に立たされました。この時に恐らく最も有名な独裁官の一人、ルキウス・クィンティウス・キンナートゥス
が独裁官に就任しました」
「彼は政争で財産の多くを失い、ローマ郊外の粗末な家で畑を耕して生活していたのですが、彼の能力を見込んでローマは彼にこの自体を打開するべく最高の地位を与えたのです」
「思い切りのいいことだ。それで独裁官、て具体的に何が出来るんだ?」
「その権力は半年とはいえ、政体を変える以外のありとあらゆる権限を有し、ローマのためになると自身が判断したことならありとあらゆることが出来ます」
「凄すぎ」
「これだけの権限を有する存在ですから、共和制に移行してからケルト族襲来まで分かっているだけでも七回しか選出されていません。キンナートゥスは独裁官就任から僅か十六日で勝利をえて独裁官を辞任しました。
話は移りますが、貴族と平民の対立は執政官と護民官の対立という形で行われていましたが、護民官はいかに肉体上の不可侵の権限を有しているとはいえ任期が終わればただの人ですし、将来的には元老院に入ることにもなるので、それほど強く出ることが出来ませんでした。
また、いまだ成文法がなく、裁判の結果に不服でも平民は法の内容が分からないので上告できないことも不満でした。
ここにきてようやく貴族は一般の平民にも分かるように成文法をつくることに同意して、使節団をギリシアに送り出しましたが、同時代のギリシアにローマからの使節があったという話がないみたいなんです。恐らく、後世のつくりごとでしょう。
なにはともあれ、執政官の代わりに集められた十人委員会が政務と表法作成に携わって大いに成果をあげました。これに味をしめた貴族たちは委員会に入ろうと知恵を絞り、有力な貴族の一人であったアッピウス・クラウディウスを選挙執行人にします。通常は公正をきすために執行人は選挙に出馬しないものなのですが、彼はその慣習を破って出馬し、票を操作して有力な候補者を全て落選させて委員会を完全に私物化しました」
「あからさま過ぎる」
「しかも、かなり粗暴なことをやったので委員会は市民から総スカンをくらってしまい、十人委員会は崩壊し、クラウディウスは捕らえられて自殺しました。この時点で十人委員会の目的だった成文法も完成していたので、委員会の存在そのものが無意味になっていたんですけどね」
「キンナートゥスの活躍もあってとりあえずは凌いだローマですが、いまだに戦いは続いていました。ですが、戦いの激しい時期だというのにローマはおせじにも戦時に有効な制度を有していませんでした」
「執政官がいるだろ? いざという時には独裁官も」
「当時のローマは何を考えたのかは不明ながら、紀元前426年から3〜6名の執政官と同等の権限を有する軍事護民官に政治を委ねていました。執政官時代と比べて人数が増えていただけに意思統一が難しく、意見が分かれると独裁官を選出してことにあたるというかなり場当たり的な対応に終始していたんです。事実、この時代はこれまでの時代で最も独裁官の選出が多いんです」
「ただ、戦い続けていたこともあって当時のローマはイタリア半島でも指折りの強力な勢力に成長していたんです。地図にするとこんな感じです」

「それなりに頑張ってるけど、まだまだ小さいな」
「この頃にローマはエトルリアの大都市ウェイーを攻略します。この戦いを指揮したのが後にローマ第二の建国者と呼ばれるマルクス・フリウス・カミルス
です。指揮官としては非常に優秀でしたが、どうも強引であまりにものをはっきり言いすぎる傾向があって嫌われていました。
ウェイー攻略の際にローマ軍初の越冬を行って嫌われ、そのウェイー攻略の凱旋式を派手にやりすぎて嫌われ、ウェイーを新たな首都にしたいという意見に真っ向から反対して嫌われ、他の戦役で街を無血開場させたものだから略奪をしたがっていた兵士に嫌われました」
「そこまで嫌われると逆にすがすがしいな」
「積もり積もった不満によってカミルスはローマから追放されます。追放された際に彼は『これが不当であるなら、ローマが再び自分を必要とするようにしてほしい』と神に祈りました。これからほどなく、ローマが彼を必要になりましたが、それがローマに幸福であったとは思えませんね」
「そうだよな。キンナートゥスの話を見る限りだと、とても幸せな状況ではないだろうな」
「紀元前386年。ローマは建国以来、最大の危機を迎えます。北方からやってきたケルト人によってローマは攻略され、略奪の憂き目にあったのです。これはやはり軍事護民官がかなり扱いづらい精度であるという証明かも知れません。
ケルト人がヨーロッパ全土で大移動をしていた時期であり、攻められていたのはローマのみならず周囲の他の国も例外ではありませんが、一番大きな損害を受けていたのはローマだったのでしょう。
ローマから避難した人々はカミルスを指導者に迎えて彼を独裁官に任命しました」
「本当に早かったな」
「独裁官になったカミルスはちりぢりになった兵を集めてローマに向かいます。ローマでは一角に立てこもった人々がケルトの王に交渉を持ちかけて、撤退と引き換えに金を渡すことになりました」
「略奪しといて身代金も取るのか」
「まあ、よくある話ですよ。
しかし、ケルト人はより設けようと秤に細工をしていたんです。それに気づいたローマ人がそれを指摘すると王は『敗者に災いあれ』と答えました。そこに駆けつけたカミルスは『ローマは金ではなく、剣でお返しする』と告げて戦闘が再開され、ケルト人を追い返しました」
「タイミングよすぎ」
「さすがにこれは作り話でしょうね。せいぜい、街から離れたケルト人を追撃したというところでしょう。また、カミルスは比較被害の少ない周辺の国家の攻撃にも対応してローマを守り抜きました」
「この荒れ果てたローマを捨てて新たに首都をウェイーに築こうという意見もありましたが、カミルスはこれに反対してローマを再建することを決定し、三十年ほどで町を復興させました。まさしくローマ第二の建国者の名に相応しい人物ですね。
彼の時代はこれまで以上に軍事的に困難な状況でした。ローマが盟主であったラテン同盟は崩壊し、周囲の国々はローマとの対立を深めます。昨日の友は今日の敵というわけですね」
「辛いな」
「ですが、ここで潰れないのがローマのローマたるゆえんです。不死鳥のごとくイタリアの列強として復活します。
とはいえ、軍事護民官の間で意見が対立すると、彼を独裁官につけて国難を切り抜けるという、なんのための軍事護民官なのか分からないことを行っていますが。ただ、これ自体は大いに成果をあげ、カミルスは『無敵の男』と恐れられました。なお恐ろしいことにカミルスは七十代までその健康を維持し続けました。これはもう、周辺諸国にとっては悪夢のような出来事でしょう」
「その軍事護民官だが、誰かやめようとか言い出さないのか? 常に緊急事態で独裁官が必要なんてありえないだろ?」
「執政官と比べると不便とはいえ、功績を立てることの出来るポストが多いというのはそれなりに歓迎されていたのかもしれません。まあ、さすがにカミルスが死ぬ少し前の紀元前367年に廃止されてもとの執政官に戻されましたが」
「『無敵の男』カミルスの努力によってローマは再びイタリア半島の列強となり、ラテン同盟を改変し、ローマ連合を形成しました」
「それで、どうやって周りの連中を引き集めたんだ? 二回目だし、改良くらいはするだろ?」
「それは、他の都市国家間同士の同盟を廃止したり、ローマ貴族独特のシステム、クリエンテラという関係を利用したんです」
「最初のはともかく、くりえんてら?」
「いうなればこれは親分子分の個人的な関係です。親分が子分に金を与えたり、出世の手伝いをする代わりに子分は選挙で投票したり、戦争で従軍したりするんです」
「そんな個人的な関係がどうかしたのか?」
「ええ、驚いたことに、ローマはこのシステムを周辺の諸都市国家相手にも適用して、大きく広げたんです」
「はい?」
「正確には、子分の子供を自分のところで養育してローマ贔屓にさせるんです。これなら、イザという時にも子分がローマのために便宜を図ってくれるでしょうから」
「そ、そうきたか」
「さて、ローマの勢力拡大を警戒した周辺諸国はガリア人とも手を組んで南北同時攻撃をしかけます。ですが、ローマはカミルスに率いられて、これすら打ち破り、名実ともにローマは復活します」
「雪辱を晴らしたってわけだな」
「そういうことです。ですが、この戦いを最後にカミルスは病死します。
ですが、勢いづいたローマは一人の男が消えたくらいで弱まりはしません。これ以降も有能な将兵を輩出し続け、ルビコン川までの北部イタリアを制覇します」
「やっぱりのりがいいと強いな」
「どこだってそうですよ」
「ローマは続いて南イタリアに侵攻します。南イタリアのギリシア系植民都市はあの強いスパルタの血を引いているはずなのに、軍務を嫌っていたので普通に戦っていれば勝てたと思いますが、ここでローマは建国以来最大の敵と相対することになります」
「誰だ? アレクサンダー大王とか?」
「近いですね」
「近いのか?」
「ええ、それはアレクサンドロス大王の帝国が崩壊した後の後継者の一人、エピロスの王ピュロスです。彼はかなりおもしろい人物なので、胸像を用意できなかったのが残念です」
「そんなに面白い人物でしたっけ?」
「この逸話を聞けばそう思うしかありません」
テッサリア人のキネアスというものから、ローマ人に勝利したらどうするつもりか問われて。
ピュロス:「ローマ人が屈服すればすぐさまイタリア全体を手に入れる」
キネアス:「王様、イタリアをとってから我々はどうします」
ピュロス:「シチリアが手をさしのべている」
キネアス:「シチリアを手に入れれば我々の遠征が終わりになりますか」
ピュロス:「リビアやカルタゴが手に届く所まできて見逃すやつがあるか」
キネアス:「それほどの勢力を持てば、マケドニアを取り戻し、ギリシャを支配することができるのは明白です。すべてのものが配下になったら、それからどうしましょう」
ピュロス:「そうすればうんと閑になるから、毎日宴会をやるさ」
キネアス:「そうやってやっと到達できる境地が、今すでに手に入っていて造作なく楽しめるのに、なにが我々の妨げになっているのです」
「戦いそのものが目的になってないか?」
「同感です。私見ですが、後継者の中で一番、アレクサンドロス大王に近い脳をもっているように見えますが」
「ここまでやる気満々な人は見ていて楽しいと思うんですけどね。
ともあれ、ギリシアの殖民都市は代わりにエピロスの王ピュロスに戦いを依頼します。あのハンニバルが自分より上の将軍の一人としてあげた二人のうち一人である強敵です」
「ハンニバルについては後で出てくるので、ここでは無視します」
「ピュロスの指揮能力はハンニバルが評価するだけあって非常に優れていました。ローマ軍は結局、彼に対して決定的な打撃を与えられないまま敗戦が続いて、南イタリアは概ね彼の勢力下に入ります」
「ダメじゃん」
「ですが、ローマはしつこいんです。いくら叩いても地元だけあって兵力をすぐに補給できました。ピュロスの本国はギリシャにありますから、兵力の補給はままなりません。植民都市は前述の通り軍務を嫌うので期待できません」
「戦えば戦うほど兵士がいなくなるんだな」
「まあ、ただの人海戦術なんですけどね。ピュロスが強すぎるので仕方ありません」
「そんなわけで嫌気のさした彼は国に帰っちゃいます。この勝っても割に合わない勝利の『ピュロスの勝利』といいます。
これで残るは南イタリアの山岳民サムニウム人だけです。彼は最後の敵というだけあって手強い相手でしたが、激戦の末に彼らを征服します。これでもう邪魔者はいません。紀元前270年こうしてローマはイタリア半島を統一して地中海の列強国として君臨しました」
「ここまでで五百年です」
「こ、この様子ならすぐにでも終わりそうだな」
「なに言っているんです、こんな五百年なんてローマ歴史のほんのおまけです。ローマ帝国の興亡はこんなものではありません」
「そ、そうなのか? 帝政やりたいだけじゃないのか?」
「そんなことはありません」
「それじゃあ、カエサル」
「とにかく、兄さんはローマ帝国の興亡についてもっとよく知る必要があります」
「それならさっさとすましてくれ」
「ハンニバルやスッラもやりたいんです」
「グラックス兄弟は?」
「兄さんの口から出るとは意外ですが、それはやりません。あまり好きじゃありませんから」
「選り好みもいいところだぞ」
「それはいけません、秋葉様。それではカエサルの功績の一つ、農地法を語る際に方手落ちになってしまいます」
「そ、そうだったわ。よく気がついてくれたわ。琥珀」
「結局カエサルかい」