「今回はヘレニズム諸王朝の争いから。分裂が確定したといっても、探せばやりあう理由はいくらでもあるから、やっぱり世界はあまり平和ではないわ。現に、セレウコス
とプトレマイオス
がシリア戦争の土台を作ってるし」
「いつものことか」
「それで、ヘレニズム諸王朝は王朝別にやんないの?」
「ああ、それはやめておくわ。こいつら近いし、基本的によく殴り合ってるから、纏めてやっても問題ないでしょ。なにより、あんまり資料ないから細かく分けるとボロが出るのよ」
「最後のが本音ね」
「さて、前回は帝国全土の統合を目指す野心家、てのりでアンティゴノス を書いてたけど、最近の研究によるとそんなこともないみたい」
「前回は完全にそのノリで書いてるじゃない」
「そっちのほうが面白そうだからよ。他意はないわ」
「おいおい」
「なんでも、彼は帝国のユーフラテス以東ではなく、シリアを中心とした東地中海沿岸に関心があったと言われているの。現に、ディアドコイ戦争後半の彼はカッサンドロスやプトレマイオスに喧嘩を売ってるけど、セレウコスに関してはしばらく戦ったら無視を決め込んでたわね」
「アンティゴノスがそのつもりなら、そもそもセレウコスはインドなんかに行ってる暇がないからな」
「そういうわけで、アンティゴノスが自分の帝国を作ろうとしている野心家、ていうのは同時代の歴史家ヒエロニュモスが形成したといわれているわ。ていうか、ディアドコイ戦争に関する一次資料はほとんどこの人が書いてるんだけどね。なんで彼がアンティゴノスをそのように描いたのかは分からないけど、漫画ではエウメネスをヒエロニュモス家の養子にしたことで、なんとか説明をつけてくれるかもしれないわ。そんなわけで作者が今、『ヒストリエ』に期待しているのよ」
「うーん、あのスローペースだといつディアドコイ戦争になるかさえ分からないんだけど。ていうか、早くマケドニアに行け」
「いや、あくまでも漫画だから面白そうな話をもってくるだろ。エウメネスを殺されてむかついたヒエロニュモスが、アンティゴノスの悪口を書き並べたなんて、逸話としてはともかく、物語としては面白くないぞ」
「とりあえず、最初はマケドニアから。大王の一族のほとんど殺したカッサンドロスがマケドニアに自分の王国を築いたのは前回の通り。他の連中の手が届かないギリシア本土に勢力を広めるけど、紀元前297年に彼が死ぬと後継者争いで王国は大混乱。結局、カッサンドロスの一族はマケドニアを保持できなくなったわ。その隙を突いてエピロスのピュロスやらイプソス以降、ギリシアに残された拠点で巻き返しを図っていたデメトリオス がやってきたの」
「生きてたのか?」
「死んだとはいってないわよ。とりあえずはデメトリオスがマケドニア王になるけど、彼は勢力拡大のために重税と徴兵を繰り返して国民から見放されたわ。大王の遠征とディアドコイ戦争で徴兵されまくってたし。
ついでに小アジアに進攻して、セレウコスにぶちのめされて捕虜となり、二年後に没したわ」
「アンティゴノスには遠く及ばないな」
「相手がセレウコスであることを考えてもその通りね」
「だけど、息子のアンティゴノス・ゴナタスが彼の死後に王位についたわ。まあ、父が負けた後ということもあって、言ってるだけどね。そういうわけで、隣国トラキアのリュシマコスがマケドニア王も兼任したわ」
「さすがはディアドコイ。抜け目がないわね」
「だけど、家庭の事情でトラキアで内紛が起きるとヘレニズム王朝最大の領土を持つセレウコスが、介入してリュシマコスを撃破。さらに、混乱してるマケドニアに軍を進めたわ」
「ほとんどアンティゴノスの位置に来ているわね」
「作者としては、実はこいつこそ自分の帝国を作ろうとしている野心家であると考えているわ。バビロンを奪ったのはまだしも、イプソス以降もギリシアやマケドニアに手を出そうとしている辺り、やる気満々よ。この時にもトラキアのリュシマコスを倒しているし、嫌でもそう見えてくるわ」
「まさに脅威ね」
「ところが、前281年にプトレマイオスの息子ケラウノスに暗殺されて、セレウコス朝のマケドニアへの進攻はとまったわ」
「プトレマイオスの陰謀?」
「この時点でプトレマイオスも少し前に病死していたから、正確にはその息子のプトレマイオス二世だけど、ありえそうな話ね。ケラウノスは廃嫡されてたけど、リュシマコスに嫁いでいた妹のセラウノスが自分の地位を保つために、ケラウノスと結婚したわけだから、プトレマイオス朝の支援があったのは確実ね」
「近親婚?」
「プトレマイオス朝に限らず、古代エジプトは近親婚が多いのよ。有力な外戚の台頭を抑えるためとも、王の血筋を純粋なものにするためとも言われているけど、いずれにしても、プトレマイオスはマケドニアにもギリシアにもない習慣を受け入れたのよ」
「知らない人が家系図を見たらあみだクジだと思うんじゃない?」
「そうかもね。ちなみに、このアルシノエが自分の息子を王にするために、対抗馬を殺したことがトラキア王国の内紛の原因よ」
「自分のせいで夫が死んだのに、殺した相手を近親婚で絡め取った兄を使って殺したか。すごい女だ」
「この時点で大王の時代を戦い抜いたディアドコイたちは一人残らずこの世から消えたわ。これをもって、新たなる時代が始まった、と言えないこともないわね。ま、当事者があの世に行っただけで新たな時代がはじまれば誰も苦労しないんだけど」
「シリアやらマケドニア王問題が残ってるからな」
「シリアは後に回すから、ここはマケドニア王国の土台が築かれるまで進めるわよ。結局、王位は軍の支持をえたケラウノスが手に入れたわ。ゴナタスも頑張るけど、自力が足りないんじゃあ、そもそも無理な話ね。ギリシアの諸都市もどんどん離れていくし」
「これでマケドニア王は決まったな」
「そうでもないわ。この頃、ガリア人の大移動が始まっていたの。これの少し前にローマもそれにやられているわ」
「ああ、そういえばあいつら、ここまで来てたな」
「その余波でバルカン半島全体が蹂躙され、多くの都市が被害を受けたわ。マケドニア王のケラウノスもこのガリア人の侵入で殺されたし」
「アルシノエは?」
「エジプトに亡命したわ。今度は兄王と近親婚をして、権力を握ったわ」
「悪女か」
「ゴナタスは?」
「奇跡的にほとんど被害を被らないでやり過ごしたわ。だけど、まさかガリア人が席巻している地域に出張るわけにも行かないから、今のところは小アジアに進出するんだけどね」
「運のいい話だ」
「幸運はさらに重なるわ。
セレウコス一世の死後に起きた内乱やガリア人の侵入にも対応しなきゃいけなかったセレウコス朝のアンティオコス二世は、ゴナタスに関わっている暇はなかったの。そこでアンティオコスが狙っていたマケドニア王位への要求を放棄するのと引き換えに、ゴナタスのトラキアへの野心を諦めさせたわ。
さらにこれをアンティオコスの娘との婚姻で確約して、ゴナタスはぼろぼろになったマケドニアに侵入してマケドニア王に正式に即位したわ。この時にはガリア人もあらかたいなくなってたしね」
「これで王位が確定したのね」
「そうでもないわ。ちょっと前までイタリアからピュロスが戻って来たの」
「ローマと戦ったあのピュロスですか?」
「そのピュロスよ。マケドニアから追い出された後は、イタリアで戦ってたんだけど、そのイタリアでも失敗したのよ。その失敗で減少した兵力を維持するために喧嘩売ってきたんだから、凄まじい話よ」
「こういうのはなんだけど、こいつ強い、強い、と言われながら失敗ばかりしてるわね」
「まあ、そうなんだけど強いのは確かなのよ。イタリアでも終始ローマを押してたし、このマケドニア侵入でも一気にマケドニアの大部分を占領したし、彼がこの時代指折りの戦術家であるのだけは確実ね。ハンニバルが賞賛する気持ちも分かるわ。
他にもゴナタスはピュロスを高く評価していて、彼が死んだ時には『彼が長生きすれば、彼は最も優れた将軍になっていただろう』と言ってるしね。
文字通り、強いだけだけど」
「戦争馬鹿か」
「魅力的な男であったのは事実みたいだけどね。
その彼はスパルタの内紛につけこんでスパルタに進攻するけど、一万にも満たない兵力で二万を越える軍団に抵抗したんだから腐ってもさすがはスパルタね。ピュロスが梃子摺ってる間にゴナタスがマケドニアを奪還して援軍を送ったわ。さらにスパルタ側の援軍も到着してピュロスを撤退に追い込んだの」
「肝心なところでぽしゃるわね」
「せめてマケドニアの息の根を止めてから攻めればよかったのに」
「この後でまたマケドニアを攻めるんだけど、その時は市街戦で名もない女の投げた瓦に頭を打たれて死んだわ。前272年のことよ」
「情けない最後だ」
「これでマケドニア王位を狙う勢力はほとんど消滅して、アンティゴノス家によるマケドニア支配が確定したの。これと同時に、マケドニアはギリシアを実質的に支配したわ。
続いて、セレウコス朝とプトレマイオス朝の関係ね。ディアドコイ戦争以来の敵対関係を続けている双方は間に休戦を挟むけどことあるごとにシリアを巡って争うわ。シリアは当時の商業ルートの最重要拠点だから、どっちも欲しくてたまらないのよ」
「交易ルート争いか」
「そこでエジプトは紀元前268年だか、64年にセレウコス朝の同盟国マケドニアから切り崩そうと、マケドニアに不満のあるアテネやスパルタなんかと手を組んでマケドニア進攻を開始したのよ」
「セレウコスは?」
「助ける暇なんてないわね。セレウコスはヘレニズム王朝で一番広い領域を有してはいるんだけど、そのおかげで一番、政情が不安定なのよ。王が代わるごとに太守かなんかが反乱を起こすなんてざらだし。
つまるところ、一番面倒な地域を少数のマケドニア人だけで支配しなきゃいけないのよ。勿論、例外を認めてはいるけど、それでもあまり上手くはいかなかったみたいね。数々の反乱がそれを証明しているわ」
「この時もそうだと?」
「ただ、今後の考古学の発掘でいくらでも変わる領域でもあるから、意外と上手く統治していたかもしれないわね
ともかく、クレモニデス戦争と呼ばれているこの戦いにマケドニアはこちら側に付いている都市国家の助けもあって、なんとか打ち勝ったわ。エジプトがさらなる進攻を考えていたのは間違いなけど、そのころにはセレウコスが持ち直して第二次シリア戦争が始まったから、とりあえずはマケドニアに平和が訪れたわ……て、んなわけないでしょ」
「まだやるのか?」
「だって、マケドニアは世界で一番、自由を尊ぶギリシア人を支配しているのよ? 問題が起きないほうがむしろおかしいわ」
「凄い見方ね」
「そういうわけで、前252だか49年にゴナタスの甥、アレクサンドロスが謀反を起こしたわ。これに呼応して、多数の都市国家がゴナタスから離反して、マケドニアのギリシア支配が揺らいだの」
「エジプトが一枚噛んでそうね」
「ありえそうな話ね。そのころにはどっちの年代にしても第二次シリア戦争は終わってるし、可能性は捨てきれないわね。52年でも49年でも、セレウコスのアンティオコス二世がプトレマイオス二世の娘と結婚したし、ますますありえそうな話に聞こえてくるわね。現に、この戦いの最中にエジプト軍が介入したし。
ま、46年にプトレマイオス二世とアンティオコス二世が死んで第三次シリア戦争が起きたから本格的に介入する前に話は終わったけどね」
「同時に死亡か」
「これでセレウコス朝は反乱と後継者争いで大いに揺れたわ。
先王が再婚した頃にはまた反乱が起きてたし、それに刺激されて、パルティアも反乱を起こしたの」
「ああ、ローマ最大の仮想敵国ですか?」
「そのパルティアよ。だけど、このころのパルティアはあまり強くないから、今のところは無視していいわね。
本国のほうはそれどころじゃないから。なにしろ、少し前にエジプト製の王妃様がいたから、嫌でもややこしくなるのよ。そんななかで即位したセレウコス二世はエジプト女とその息子を殺すんだけど、それを名目に新たに即位したプトレマイオス三世がシリアに進攻。
これで第三次シリア戦争がスタートしたわ」
「だけど、この状況でそもそも勝負になるの?」
「なるわけないじゃない。しかも、二人の王が即位して掴みかかってるのよ。
今回のシリア戦争はエジプト史上屈指の勝ち戦と言ってもいいわ。混乱するセレウコスの領土深く進攻したの。シリアは勿論、ティグリス川、一説ではインドまで進撃したと言われているわ」
「大勝だな」
「だけど、支配を固めるまえに本国で反乱が起きたからこの勝利をあまり生かすことが出来なかったわね。それでも、領土は拡大したし、反乱後は内政も整えたプトレマイオス三世はプトレマイオス朝の最盛期を築き上げるの。
対するセレウコス二世は何とか兄弟と仲直りして失地奪還を試みるけど、あまり上手くいかなかったわね。セレウコス朝はこれから当分、シリアに関わっている暇がないくらい、力が減少したわ。まあ、小アジアでは小競り合いをしてるけどね」
「で、マケドニアは?」
「ああ、忘れるところだった。甥が途中で死んだ隙を突いたから、そこそこ有利に展開していったわ。だけど、ギリシアの支配権を取り戻す前にゴナタスは死亡。後継者のデメトリオス二世はギリシアを取り戻そうと十年に渡って戦い続けたけど、結局、ギリシアからその勢力をほとんど駆逐されて失敗したわ」
「コメントのしようがないわね」
「しかも、北方は異民族が脅かしてるから本当に危ない状況だったのよ。そんななか、即位したのがアンティゴノス三世。彼は北方の脅威を取り除いて、また内ゲバを繰り広げるギリシアにその眼を転じたわ」
「またかよ」
「仕方ないじゃない。この連中に協調、とか服従とかを理解しろ、ていうのは無理な話よ。この連中は百人いれば、百の意見が並び立つとか言われているのよ」
「凄いな」
「そんなわけで、アンティゴノス三世は再びマケドニアの覇権をギリシアに打ち立てるんだけど、さらなる脅威への対処をする前に、彼は没したわ」
「さらなる脅威?」
「その前に、エジプトのほうを先にやるわよ。エジプトのプトレマイオス朝はヘレニズム王朝で最も豊かになった国ね。ナイル川の氾濫で肥沃な土が得られるから麦の生産力は高いし、ヘレニズム貿易の終着点でもあるわ。
現地のエジプト人は比較的大人しいし、セレウコスほど極端な領土もないから、そういう意味では有利な国ね」
「立地条件に恵まれてるわね」
「すぐ暴れるギリシア人もいないしな」
「それどころか、ギリシアでの戦いがいつまで経っても終わらないんで、多数のギリシア人がこっちに逃げてきたりもしたわ。そこに設立された大図書館は百万巻のパピルス巻が収められていたそうよ」
「ぱぴるす?」
「このころの紙、みたいなものだ。紙ほど便利じゃないけど、当時はよく使われていたんだ」
「ちなみに、パピルスから紙を作る技術は中国から新しい紙が伝わったおかげで忘れ去られたの。その技術が復活したのは二十世紀のことよ。それも研究による再現だとか」
「失われた技術の復活は難しい、てことか」
「そういうことね。他にも、経済に至るまで強固な官僚制を敷いていたからかなり奇妙なことまでやっていたわ」
「例えば?」
「まく麦の種類まで国の決めるし、捨て子なんかも国家の収入として奴隷に売り飛ばしていたわね。他にも収穫から販売まで全て監督していたわ」
「そこまでやるか?」
「やってたんだから仕方ないでしょ。そういう意味では、かなり窮屈な国なの。ま、そのおかげもあって首都アレキサンドリアは紀元前200年ごろには人口六十万を擁する世界最大の都市となったの。これからも増加を続け、百年後には百万にまで達したそうよ。
この繁栄するエジプトの四人目の統治者がプトレマイオス四世。芸術家肌で、政務にはあまり興味のない王様ね。平和な時代ならまあ、それなりに君主家業をやっていけたとは思うけど、対するマケドニア及びシリアではディアドコイを別にすれば、最も有能な君主が出現していたの。フィリッポス五世
とアンティオコス三世
よ」
「よりによってそんな時に」
「ま、こっちも相手の内ゲバに手を出したんだから、おあいこじゃない? アンティオコス三世は即位と同時に起きた反乱を鎮圧して、シリアに出かけたわ。紀元前217年、第四次シリア戦争の勃発よ」
「また?」
「仕方ないじゃない。シリア、て本当にいいとこなのよ。大地が肥沃なだけじゃなく、海に面してるから交易にも適してるし。エジプトが豊かになったのも少なからずこれに影響されてるわ」
「で、エジプトは?」
「勿論、黙ってみているわけにはいかないからなんとか現地人にも協力させて出陣したんだけど、王様が決戦時に怖くなって途中で逃げちゃった♪」
「逃げるんかい」
「クレオパトラはこいつの血を継いでるんだよな」
「だけど、宰相と将軍が踏みとどまったから戦いには勝てたわ。これでアンティオコス三世はシリアから撤退して、内政にいそしむことになるの。
こっちのほうが後々のことを考えるといいことだったわね。その成果でアンティオコス三世はバラけた王国を再統合するべく、東征を開始。パルティアなんかと戦って、その旧領土を奪還したわ。そのおかげで彼は大王とも呼ばれているわ。
とにかく、彼の代にセレウコス朝は最盛期を迎えるの」
「エジプトは?」
「エジプトのほうはその後も王が仕事をしないおかげで腐敗が進んで、いい感じに国力が落ちていったわ。しかも現地人を戦闘に参加させたおかげで、彼らの力が強くなってたし、かなり拙いことになっていたわね」
「マケドニアが完全に無視されてるけど」
「これからやろうと思ってたのよ。
マケドニアのフィリッポス五世は僅か十七歳で即位していたことから、かなり見くびられていたわね。北方の蛮族とギリシアが活動を活発化させて、フィリッポスに対抗するの。
だけど、フィリッポス五世は北方の蛮族とギリシアにその力を見せ付けてマケドニア王国の武威を高めたわ。さらに勢力を拡大しつつ、バルカン半島に出張ってきた新たなる脅威に対抗することも期待されていたわ」
「新たなる脅威、てローマですか?」
「そう、イタリア半島を統一して、第一次ポエニ戦争でカルタゴに勝利したローマはその手をギリシアにも伸ばすの。近いからね」
「ま、イタリアのすぐ隣だしね」
「そういうわけで、フィリッポス五世は新興勢力のローマに対抗するべく、ギリシアでの戦いが終わったすぐあとにイタリア半島で起きたその後の地中海の歴史を変える重要な戦いに関わろうとするの」
「第二次ポエニ戦争ね」
「ローマ躍進の大戦争だけど、東地中海のヘレニズム諸王朝にとっては対岸の火事ね。
シリアやエジプトが特に見返りを要求しないで中立を守ってくれたのも、それを示しているわ。彼らはポエニ戦争なんて完全に他人事だと思っていたのよ」
「ローマに対抗したのはマケドニアだけか」
「それだって、ローマが近いから対抗していただけよ。バルカン半島の親ローマを蹴散らしたら、ともにイタリアに上陸するつもりだったみたいね。ハンニバルがイタリアを制したらその逆をやってもらうことになっていたわ。
ま、彼らはローマの別働隊に抑えられて出るに出られなくなって、意外とあっさり和睦を結ぶんだけどね。第一次マケドニア戦争は玉虫色の結論で終了したわ」
「ハンニバルがいるのによくそこまで手が回るわね」
「ヘレニズム王国は地中海ではかなりの大国だから動員力が低いということはありえないわ。だけど、ポエニ戦争時のローマを見れば分かると思うけど、ローマの動員力はむしろ異常よ。
普通の国ならカンネの戦いを一回やられれば、それで終わりだし、ピュロスがあれだけ勝ち続ければ普通は降服するわ」
「ヘレニズムは違うんですか?」
「違うわね。あの連中は少数のマケドニア人でなんとか支配しなければいけないという構造上の問題があるから、あんまり動員できないわね。少なくとも、ローマの真似は出来ないのよ。
例えば、アレクサンドロス大王の軍隊は大体、五万前後。最盛期のアテネの動員力もそんな感じね。それに対して、第二次ポエニ戦争頃のローマの動員力は同盟都市を含めて七十五万。
誇張があるにしてもピュロスじゃなくても匙投げたくなるわよ」
「文字通り桁が違うな」
「数が多いと本当に勝てるのね」
「細かい経過はしかるべきところで見てもらうとして、これからスルーしていたポエニ戦争で地中海最強の帝国に変貌した野蛮なローマ共和国に蹂躙されるヘレニズム諸王朝の興亡を扱うわ」
「ローマは次回だと思っていましたが」
「仕方ないじゃない。このままだと長さが中途半端なのよ。このままローマ恐怖の一世紀に突入するわ」
「行き当たりバッタリ」
「五月蝿いわね。とりあえず、第二次ポエニ戦争終了間際の紀元前202年ごろのヘレニズム王朝の行動から見ていくことにするわ。
ローマ包囲網から脱落したマケドニアだけど、エジプトのあの使えないファラオが死んで、王国が混乱したのを見てセレウコスと本国エジプト以外の全てのプトレマイオス領を分割することを約束したの」
「ん? あんなのいなくなって誰か困るの?」
「そういう気もするけど、やっぱり困るの。そういうわけでマケドニアは小アジアとギリシアにある領土を奪い、セレウコスはシリアを奪還したわ」
「以前の敗戦からばっちり学んでるわね」
「雪辱を晴らした、てところね。だけど、両国ともそんなことで喜んでいられないわ。マケドニアの勢力拡大を不安に感じたギリシアは他に援助を求めるの。いつもなら、他のヘレニズム王国に頼むのが常だけど、セレウコスはマケドニアの同盟国みたいなものだから除外するにしても、エジプトは混乱しているからあてにはならないわ。
そこで、ローマに白羽の矢が立ったの」
「いいのか?」
「いいとはあまり思えないけど、あまり国際政治を理解していないローマなら上手くコントロールできるだろう、と思っていたはずよ。事実、ローマと戦う前までのカルタゴは上手くローマを利用してピュロスに対処させていたわ」
「上手く使われてるわね」
「ローマとしても、ハンニバルについて自分たちを滅ぼそうとしたマケドニアのフィリッポス五世はやっぱり気に入らないわけだから、断る理由なんてないわね。その報せを聞いたフィリッポスは矛先を他のところに向けるけど、ローマは友好国に手を出すことを見咎めてそのまま戦うことにしたわ
「? 待った、それは正式な要請なのか?」
「そんなわけないじゃない。確かに、彼らがローマと友好的な関係を築いていたのは事実だけど要請されたかどうかは別問題ね。かなり強引な介入なのよ。大国らしいといえばらしいけど、よっぽど、ハンニバルについたのが気に入らなかったみたいね。
そんなわけで紀元前197年のキュノスケファラエの戦いでローマはフィリッポス五世を撃破して、そのポエニ戦争で鍛えられたその力の程を示したわ」
「これでレギオンがファランクスよりも優れた兵科であることが証明されたのね」
「そういうわけでもないわ。当時のファランクスはアレクサンドロス大王時代の最高のメンバー、ていうわけじゃないし、ローマと比べると騎兵が不足してたのよ。それに引き換え、ポエニ戦争後のローマは共和政末期をのぞけば、ローマ史上最強の将兵が揃っていたのよ。そもそも比較の対象にならないわ。
まあ、それでもレギオンを苦戦させたんだから相当なものであったのは間違いないんだけどね。
大体どの兵科が優れているか、云々なんてゲームのなかで戦車だけでフランスやソ連を滅ぼした、なんてたわけたこと言ってるアホの言うことよ。単一の兵科が優れているだけで戦争に勝てるわけないじゃない。
つまり、そんな問いは」
「そんな問いは?」
「戦略的に無意味な仮定、てことよ」
「あ、居眠り提督のぱくりだ」
「いいじゃない、それくらい。これでマケドニアはローマに敗退して、マケドニアのギリシアに対する野望は挫かれたの。マケドニアはその戦力を制限され、賠償金の支払いと人質を差し出すことを命じたれたわ。
だけどローマは面倒を抱え込みたくないのか二年後にはギリシアから撤退したわ。これにギリシア人は狂喜乱舞したそうよ」
「あら、上手くいったのね」
「まあ、実際にはギリシアの政治にかなり口出ししたみたいだけどね。
いずれにしても、この都合のいい話に味をしめた連中はことあるごとにローマに援助を求めたのよ。それがどれだけ危険な行為なのかも知らないでね。戦果に不満を感じたギリシアの都市の一部がセレウコスに小アジアとギリシアに介入するように求めた時、ペルガモン王国がローマに援助を求めたの」
「どこだ?」
「ああ、地図を用意しないとね」
「この辺りね。この国はそもそも、ディアドコイのリュシマコスの部下フィレタイロスがアンティゴノスを倒した際に得た戦利金の管理を任されたことに端を発しているわ。トラキアの内紛に乗じてセレウコスに寝返って、その金を使い込んで独立したのよ」
「大王の後継者の後継者か」
「他にもシリアを奪われたエジプトもローマに手を貸すとも言ったから、セレウコスはほとんど囲まれる形になったわ」
「マケドニアは?」
「とりあえず、ローマに叛意のないことを示すために傭兵団なんかを送ったわ。
だけど肝心のローマは少し前に戦ったばかりだから気が乗らなかったみたいだけど、ハンニバルが亡命していたこともあって話しに乗ってきたわ」
「ハンニバルがセレウコスにいるの?」
「カルタゴで経済復興にいそしんでたんだけど、ローマの圧力で亡命を余儀なくされたの。
その地でハンニバルは第二次ローマ侵攻作戦を立案して、再びローマに挑もうとしていたといわれているわ」
「どんな内容?」
「まず、アンティオコス三世から一万の歩兵と一千の騎兵、百隻の船を借りて、カルタゴ政府でクーデターを起こしてからイタリアに攻め入る。アンティオコス三世は残りの全軍を率いてギリシアを解放し、余勢をかってイタリアに上陸。
ハンニバルは南から、アンティオコス三世は東からローマを目指す、ていう壮大な戦略よ」
「出来るのか?」
「かなり無理そうに聞こえるけど、いずれにしてもセレウコスがギリシア進攻を開始したのは事実ね。
ギリシアからアンティオコス三世を撃退したローマはハンニバルが潜む小アジアに最強のカード、スピキオ・アフリカヌスを派遣。古代世界屈指の名将同士の再戦が実現するかと思いきや、残念なことに実現しなかったわ」
「肩透かしを食らった気分だな」
「スピキオは行軍の疲れで病気になってたし、ハンニバルはアンティオコス三世に遠ざけられていたのよ。残念ながら、ハンニバルがザマの汚名を返上ずる最後の機会は失われてしまったわ」
「で、戦争の結果は?」
「ローマの勝利よ。講和条件は、マケドニアと似たようなものね」
「ハンニバルは?」
「講和の条件の中に入ってたけど、引き渡される前に逃亡したわ。
そういうわけで、最盛期を迎えていた二つのヘレニズム王国を降したローマの武威は地中海に轟いたわ。そこでますます周りはローマの介入を当てにして、どんどん墓穴を掘っていくの。
ちなみに、ローマに加担したペルガモン王国は小アジアに大きく領土を広げたわ。さっきの地図自体がそれだし」
「で、今度は何処の国がローマの犠牲になるんだ?」
「いくつかあるけど、これからしばらくはヘレニズム三王国とローマはあまり戦わないから。そういうわけで、第三次マケドニア戦争までのヘレニズム三王国の動向を見ていくわ。
一旦は負けたマケドニアだけど、フィリッポス五世は心底諦めてはいなかったみたいね。打倒ローマのための軍資金を蓄えていたといわれているわ。そして、それを妾の子だけど優秀なデメトリウスに受け継がせようとしていたみたいだけど、ローマに人質として送ったところ、ローマシンパになって帰ってきたわ」
「夢が打ち砕かれたわね」
「フィリッポス五世がそれをどんな思いで見つめていたのかは分からないけど、兄のペルセウス
は家督相続のチャンスと見て、彼が国をローマに売ろうとしている、と吹き込んだの。フィリッポス五世はそれを信じて息子を処刑したわ」
「無実だったんだろ?」
「ええ。無実だったことを知ったフィリッポスはそれを悔やみながら体を壊して病死したの。そこで残ったペルセウスがマケドニア王国最後の王となって、父の願いでもあるローマから脱却を目論んで軍事力の強化を開始したわ。ローマからの文句は北方の異民族へ対処するため、と言い返したけど、それが大嘘なのは誰の目にも明らかね」
「ローマと対戦開始?」
「それはもう少し待ってて。その前に、セレウコスのほうをやるから。
ローマへの賠償金支払いを迫られたアンティオコス三世は再度の東方遠征でそれを工面しようとするんだけど、途中にあった神殿の財宝に手をつけたせいで暗殺されたわ。その後で即位したセレウコス四世は王国の建て直しをしようとするけど、ローマは危機感を抱いて人質にしていたアンティオコスの代わりに、彼の息子のデメトリオスを差し出させたの。それからほどなく、親ローマの宰相と対立して暗殺されたわ。
これでローマの人質だったアンティオコスが四世として即位したの」
「ローマの傀儡か」
「そんななじゃないわよ。彼はいつかはローマに目の物見せてやろうと、表面上は言うこと聞いてたけど国力を蓄えていたわ」
「単なる傀儡となるつもりはない、ということか」
「さて、彼が即位してからほどなく、ペルセウスはローマと開戦したわ。戦いの経過を見る前に、彼の行動を見て見ましょう。かなり面白いやつだから」
「魅力的なの?」
「いや、この場合はどう考えても醜聞だろ」
「そうそう。彼、王様のクセに凄く金に汚くて、笑うしかないのよ。
まず、金が腐るほどあるくせにたまたま来た精強なガリアの傭兵を雇わないで見逃しちゃったし、イリュリアに対しては反ローマに立ってくれれば資金援助をすると言って、イリュリアは反ローマになったわ。だけど、約束の資金援助は勿論、ローマが攻めて来た時も全く手を貸さなかったわ」
「王様なのにけちな男だ」
「イリュリアに関しては、かなり悪辣だけど策略なんじゃない?」
「どうかしらね?
ともかく、第三次マケドニア戦争が開戦すると彼はマケドニアから一歩も出ないでローマの攻撃を待ったわ」
「何故じっとしている?」
「兵力が減るのが嫌だったみたいよ。対するローマもポエニ戦争時と違って、軍事能力よりも演説や民衆の人気取りの上手いのを執政官に選んでたから、あのペルセウス相手に負けまくったわ。
マケドニアに辿り着く前に自滅したり、入った途端に自滅したというのがざらね」
「コントかよ」
「愚将同士の笑えるシーンなのは確かね。そこでローマに貸しを作っておこうと思ったのが、ロードスよ。ローマが苦戦しているから、間を取り持とうと申し出たんだけど、ローマはこの申し出に烈火のごとく怒って、あわや戦争に突入すうる一歩手前まで来たわ」
「どういうことだ? 理解に苦しむんだが」
「ローマは自分たちこそ世界に秩序をもたらすことの出る存在であると自負しているわ。それだけの権威と力を持っているから。だから、連中は他国のことに首を突っ込んでも、それを内政干渉とは思わないの。
それとは逆に、ろくに力もない連中が口を出すことは許せないことと考えていたの。つまるところ、雑魚キャラは黙ってろ、てことよ」
「傲慢な連中だ」
「気分は世界の警察なんじゃない?」
「ま、何年も負け続けていることからローマでは彼らの無能を非難する声が高まったわ」
「選んだの自分たちでしょ?」
「誰だって自分に都合悪いことは忘れたいものよ。そうじゃなくても、ペルセウスの意外な健闘に周りの国が応援し始めたから、いずれにしても将軍を代える必要はあったのよ。
そしてその有能な将軍がペルセウスをあっさり一蹴したわ」
「なんだかなあ」
「王様が王様なら臣下も臣下ね。お互いに責任を擦り付け合うマケドニア軍を恐れて道を外れ、僅かな供の者だけを率いて逃げたけど、ペルセウスが敗戦に腹を立てて敗北の原因を自分以外の全ての者になすりつけようとするから恐れた部下は逃げだし、諌言した部下はペルセウスが怒って殺して、あとには王の財産目当ての連中が残ったわ。かなり逃げてきた所で少し落ちついた彼は、今ついて来ているクレタ人たちにうっかり自分の財物のうちのアレクサンドロス大王の遺品の黄金の器を分けてやったことに腹を立てて泣き言をいい、それを持っているクレタ人を呼んで涙を流しながら金銭に換えてくれと頼んだそうよ。仕方なく、彼らは金を払ってペルセウスは30タラント分儲けたわ」
「そんなことしてる場合?」
「さあね。程なく彼はとっ捕まってイタリアの小都市で余生を送ったそうよ」
「なんつーか、無能ね」
「無能だな」
「本当に無能ね。
紀元前168年にマケドニア王国は滅亡。マケドニアは四つの共和国に分割されて、その勢力は非常に弱い物となったわ。ま、それでも戦いの火種は尽きないんだけどね」
「そこまでやっておいて、なんでローマはマケドニアを併合しないんだ?」
「ここから先に進む前に、当時の地中海外交の常識から話すわ。
今までのことからも分かると思うけど、ヘレニズム王朝の戦いは外交を有利に進めるための手段なのよ。これはある意味当然だし、普通はある程度大きければ何処の国もこういうのりで戦争するでしょ?」
「まあ、そうだな」
「それが発展したおかげで、戦場での降伏の合図を決めたり、兵士はなるべく殺さないで捕らて自軍に編入したり、身代金を要求するの。さらに細かい戦闘の経過から兵士の身代金の額を算出したり、と結構、のんびりとした戦争をやっているのよ。
お互いが同じような国から派生した存在から、こういうことが出来たのかもね。現に、ギリシアのポリス同士の戦争はあまり苛烈じゃなかったし」
「洗練されてるな」
「だけど、ローマにとって戦争は外交的な打算ではなく、文字通り国家の存亡を賭けた戦いなのよ。イタリア半島を統一して、それなりの大国になった後も、それは変わらなかったわ。つまり、敵は徹底的に叩きのめすのが、彼らの戦争観なの。ローマにとって脅威でなくなるまで殴り倒す。領土なんかは絶対条件ではないのよ。それに、ヘレニズム王国なんかの常識はほとんど知らないしね。
少なくとも、ヘレニズム諸王朝にとっては、とても相容れる相手じゃないのよ」
「適当なところで引いてくれないのか?」
「無理じゃない? だって、あいつら負けて和平、なんてまず考えないわ。敵は徹底的にぶちのめした上で、勝者として講和するくらいしか頭にないのよ」
「話が通じない相手、てことか」
「ハンニバルはローマを滅ぼすつもりだった、て聞いたけど」
「多分、それはローマの感覚で書いたんじゃない? これまでのカルタゴの戦いを見る限りだと、基本的にはヘレニズム王国と大差のない戦争観を持っているのが分かるわ。彼らもシチリア島経由の交易ルートが欲しかったのよ。ハンニバルの思考回路も、仮にもカンネの戦いの後で和平を申し込んでるからそれと大差ないはずね。
そんなわけで、やっぱりローマの常識は地中海の非常識なのよ」
「とんでもないのが強大化したもんね」
「そりゃあ、地中海からローマに敵対する勢力が一掃されるはずよ。だって、強大な軍事力を持っているのみならず勝つまでやめないなんて言ってるんだから。ハンニバルやピュロスから和平の使者が送られてきたときなんか『敗北を認めて降服しろ』とかわけわかんないこと言ってるし。どっちが負けてんだか」
「いかれてる」
「まさに恐怖の一世紀だな」
「ローマは危険な隣人は取り除く、ていうのがその基本方針だから仕方ないといえば仕方ないのよ」
「ローマのほうがはるかに危険な隣人だと思うけど」
「本当にそう思うわ。そんなわけで、ローマは非常識と最強のレギオンを引っさげて、地中海を征服するの。その一方で、ローマ化を進めて軍事力をさらに強化。真の意味でアレクサンドロス大王の後継者はローマてことになるのかしら?」
「人聞きの悪さが凄いことになってるな」
「ま、馬鹿じゃないと大国になれない、てとこかしらね」
「世界帝国を作るためには、虐殺しかない、てのも事実ね。虐殺云々についても、かなり高い水準でやっているわ。カルタゴのように逆らう者は勿論、たまに逆らわない者も皆殺しにされたわ。死骸を切り刻んで放置するし、片っ端から陵辱するわ略奪するわやりたい放題ね。属州にした後の収奪も苛酷だったわね。どんなに個人として高潔なローマ人でも属州はあくまで収奪のための土地くらいにしか思ってないから、総督と現地の徴税請負人は汚職ばっかりしていたわ。訴えられても賄賂を駆使すれば結構、なんとかなるし。それを踏まえてキケロは『これまで外国人たちを統治するために派遣した者たちの貪欲と加害の故に我等が外国人の間でどれだけ怨まれているか、とても言葉では言い表せない』と言っているわ。
つまるところ略奪を支配と呼び、破壊しつくされた誰も住まない都市を平和と名付けたの。悪政の典型ね。ちなみに、パクス・ロマーナのもともとの意味はこの惨状のことなの」
「あっちではいい感じに無視されてたな」
「あそこでは親ローマの視点で書いてたから、意図的に手を抜いてあるのよ。醜聞については一応、どこかで纏めてやるつもりだったしね。ヘレニズム王朝でやることになるとは思わなかったけど」
「なあ、誰かこの連中を止めよう、とか言い出さないのか?」
「だから共和制末期のローマは延々と起こる反乱に悩まされたんじゃない。
奴隷反乱のスパルタクス、長年に渡ってローマと戦ったポントスのミトリダテス六世、マケドニアのペルセウス、フランス最初の英雄ヴェルキンゲトリクス。どいつもこいつもローマの暴虐と圧政への不満から奮起したのよ。少なくとも、当人たちはそう主張しているわ」
「文字通り、敵だらけね」
「その全てを軍事力で潰すなんて凄まじい連中だな」
「だからいかれてるのよ。そんなローマの基本方針を覆し、ローマは属州も含めた運命共同体だ、と考えたのがユリウス・カエサルなのよ。偉大だと言われるはずよ」
「それじゃあ、帝政時代は外国から見たらどんな感じ?」
「帝政時代も戦争のやり方は共和政と大差ないわね。十分に恐ろしい隣人よ。だけど泥沼になったら退いてくれるし、ろくに戦わないで和平を結んでくれることもあるわ。共和政よりはるかに話の通じる連中なのは間違いないわね。
これで今回はお終い。次回は最終的なヘレニズム王国の消滅、クレオパトラ七世の死までを扱うわ」
「死んだ辺りを曖昧にしておいたから、ネタに困らないのよね」
「後半からローマ史になってるような気がする」
「それは言わないお約束」