アレクサンドロス大王

 琥珀と翡翠の計略で自由を手に入れた遠野志貴は追ってくる秋葉をまいて、ある人物の元で匿ってもらうことにした。

「それは災難だったわね」

「先生が日本に来てなかったら、また捕まってましたよ」

「それにしても、なんでまたローマ帝国なんかを」

「受験勉強らしいです。って、あんなに細かく出ないと思いますけど」

「ローマじゃなくて、アレクサンドロス大王でよければ話してあげるけど」

「み、見つけた!!」

「アルクェイド!!」

「どうやってここに!?」

「愛の力」

「うわ!」

「って、なんでブルーがいるのよ」

「この前戻って来たの」

「ふーん」

「睨まなくても、志貴をとったりはしないから

「そうじゃなくて」

「シエル先輩は?」

「フランス人だからって、引きとめられたわ。あっちはあっちでローマを続けるらしいわ。いつなのかは未定だけど」

「というわけで、ここでは、世界最初の蛮族王アレクサンドロス大王とその後の国々についてやることになったわ」

「え?!」

「そうじゃないと、こんなことしてる意味ないって

「それはそうだけど」

「志貴だって監禁されるよりはましでしょ?

「うっ」

「「早速始めるけど、まずはアレクサンドロス大王の夢からね」

「夢?」

「夢は大きく、世界征服よ」

「……………………」

「どうしたの?」

「せ、世界征服、て、これは笑うところ?」

「いえ、少なくとも彼は本気よ。インダス川で止めていなければ、彼はインドを征服して、中国にまで攻め入ったかもしれないわ。もしかしたら最初の日本への侵略者になったかも」

「狂ってるわね」

「だけど間違いなく古代世界最強の将軍よ。この時代、彼ほどの将軍はユーラシア大陸にいないわ。それどころか、彼こそ現在進行形で史上最強の将軍よ。コーエーゲームにするんだったら、武力100は確実ね」

「褒めすぎじゃない?」

「少なくともそれくらい強かったのは本当よ。アニメほどじゃないけど」

「アニメ?」

「アニメでアレクサンドロス、じゃなくて、アレクサンダーとかいうのがあったの。
登場人物という登場人物は全員が全員濃い顔とファッションで、機動力がどうだこうだとまともな事を言っているかと思ってたら、ペルシア軍には戦車があったり、空を飛ぶ奴がいたり、自国は自国で父親が巨大ロボを作っていたりと、もう何がなんだか分からないやつだったわ。
その上、アレクサンダーは「俺は神だ」と言い切るキチガイ、言ってるだけならただの電波だけど、突然馬に乗ったまま空を飛んで敵陣に突っ込んで、一撃でペルシア王をぶっ殺したりと、「そりゃあんた反則だろう」と思わず唸ってしまうほどの男だった。長い長いペルシア軍との戦いの前振りは一体なんだったのか。これならインドどころか新大陸まで行けそうな勢いだったわ」

「ひょっとして、アレクサンダー戦記ですか?

「ああ、それよそれ」

「何の話?」

「アニメだアニメ。有間にいるときに見たんだ

「ふーん。でもさ、史実の彼もアニメに劣らないイカレ野郎だと思うけど」

「やっぱりそう思う?」

「それ以外の何に見えるのよ」

「せめて馬に乗れよと言いたくなるような主力歩兵を率いての強行軍。最前線で指揮を執って死んだかと思ったら生きてたし。あんた何者? としか言いようがないことは認めるわ」

「無茶苦茶言ってる」

「ヒトラーやスターリンだって、彼の電波には及ばないと思うわ。あの時代に世界征服? 歩兵を率いて? ありえない。発想からして異常。この電波に対抗できるのはキリストかマルクスくらいのものよ」

「一緒くたにならべるようなものとは思えないけど

「でも、彼がそんな誇大妄想を抱いたのは大王がまだ世界のことを深く知らなかったからだと思うけどな」

「どういうことだ?」

「マケドニアなんて、バルカン半島の一王国がユーラシア大陸がどうなってるかなんて分かるわけない、てことよ。どうせ世界はインドまでないくらいにしか思ってないんじゃない? だから不可能ではないと錯覚したのよ」

「それはないわ。少なくとも彼はインダス川流域を制覇した後、ガンジス川流域の強国の情報を聞いてさらにやる気出したってんだから、ほっといたら来たわよ。これで彼が正真正銘のイカレ野郎であるのは間違いないわ」

「アレクサンドロス大王を捕まえといてイカレ野郎だのキチガイだの、とんでもない内容だな」

「本当のことだから仕方ないわ。それじゃあ、話を戻して、彼の出生から始めるわよ。
年、マケドニア暦でロオオス月(ギリシアのヘカトンバイオン月にあたる)の6日、現在の暦に換算すると日に誕生したわ。彼の誕生を戦陣で聞いたフィリッポス二世は大変喜んだそうね。だけど、この戦陣で聞いていた、ていうのから分かるとおり、アレクサンドロスの教育にはあまり父親は関わらないわ。おかげで、母親オリュンピアスの影響を濃く受け継いだみたいね」

「それがどうかしたの?」

「するわ。この母親はかなり熱心な宗教徒みたいなの。だから、神話の英雄の話を延々とアレクサンドロスに聞かせたことは想像に難くないわ。もしかしたら、これこそ自身を神だと思うイカレ野郎への布石なのかも」

「言い過ぎだっての」

「ところで、世界の英雄というのは母親に育てられるものなのかしら? カエサルやナポレオン、チンギス・ハーンもそんな感じだし。あと、ヒトラーも」

「うーん、それは良く分からないわね。念のために他のところも調べてみたら?」

「それは面倒だからやめておく。彼が十三歳になると、フィリッポス二世が一人の天才を教師につけたわ」

「天災? 岸和田博士?」

「そいつがいるんだったら、そいつに世界征服させたほうが早いって」

「あ、そうか」

「突っこむべきところを間違ってる」

「それはともかく、その教師の名は万学の祖アリストテレス。生物学から政治学まで何でもこいの万能天才哲学者よ」

「アリストテレス? まさか」

「言っておくけど、断じてタイプ・ムーンやORTとは関係ないからね。多分」

「そいつから、帝王教育を施されたんだな」

「そうね。彼が大王の思考回路に大きな影響を及ぼしたのは間違いないわ。そして、16歳の時にビュザンティオン包囲戦を開始したフィリッポス二世からマケドニア王国摂政に任ぜられたアレクサンドロスは摂政として国を治め、さらにトラキアのマイドイ人が反乱を起こすと自ら軍を率いて遠征してそれを鎮圧したわ。都市を占領してギリシア人を植民させてアレクサンドロポリスと名付けた。そして前338年のカイロネイアの戦いではアレクサンドロスは父フィリッポスと共に戦い、左翼で騎兵舞台率いた彼はテーバイ神聖隊と戦い、これを殲滅させた。さらに戦後処理のためにアンティパトロスとともに使節としてアテナイへ派遣されたわ」

「大活躍ね」

「しかも、競争相手たる異母兄弟はあまり頭良くなかったから、誰もが彼が王位を継ぐものと思っていたわ。だけど、フィリッポス二世がまた結婚することになって、二人の間に不和が生じたわ」

「離婚?」

「いいえ。マケドニアでは一夫多妻制が合法だったから、離婚ではないわ。だけど、その新妻の叔父アッタロスが式場でアレクサンドロスを侮辱したことで話がややこしくなったわ。叔父は新たに生まれた後継ぎをもって、彼を追い落とすつもりでいたの」

「ああ、それでか」

「この時の問題でアレクサンドロスは母親と共に出奔、それに怒ったフィリッポス二世は彼の親友五人を国外追放に処すという大問題にまで発展したわ。だけど、周囲のとりなしで何とか解決したけど、後々に禍根を残すことになったわ。そんなピリピリした時に起きたのが、エイペロス王と自分の娘との結婚式での暗殺ね」

「それだと、アレクサンドロスが父親を殺した、というのもあながちありえない話ではないかもな」

「実行犯のパウサニウスがその美貌ゆえに、王の側近の慰み物にされていたとか、彼のペルシア遠征を阻止するための陰謀であるとか、色々言われてるけど、真相は闇のなかね」

「慰み物、て」

「男色なんて珍しくとも何ともないのよ。その種の話は世界中にあるわ。ゲルマン人は友情の契りに寝る、とかやってたみたいだし」

「友情の契りが菊門、て頭痛くなってきた」

「腐女子は喜びそうな話ね」

「さて、ここで若干二十二歳のアレクサンドロスが、アレクサンドロス三世として即位するわ。王の弟の息子とか、競争相手はいたけど、重臣のアンティパトロスの支持を取り付けて即位したわ。そして念のために、宮廷に広く勢力を持っていたフィリッポス二世の最後の妻の叔父アッタロスが邪魔だと判断して暗殺、もう一人の重臣パルメニオンの支持もえて、彼はマケドニアにおける自己の地位を安定させたわ。ついでに、この頃を地図を出すわよ。マケドニアが当時のギリシアでどれだけの勢力を持っているか、よく分かるわ」



「結構な大国ね」

「だけど、これでもペルシアと戦うには不足だな」

「これを引っくり返すのが、アレクサンドロス大王のキチガイである所以よ。フィリッポス二世暗殺の報を聞いたギリシアの諸都市は彼の死を心のそこから喜んだわ。不謹慎だけど、あいつら無意味にプライド高いから。反マケドニアで盛り上がっていた矢先、大王の軍がその目論見を叩き潰した。その目論見はマケドニアの北でもあったから、そいつらも片付けたわ」

「つ、強い」

「この北方遠征において、大王が死んだとの噂が広まると、またギリシアが蜂起したわ」

「懲りないわね。どうせ生きてるんでしょ」

「ええ、さすがに怒った大王は中心的な役割を担っていたテーベを完全に破壊したわ。これに恐れをなした他の都市はすぐにアレクサンドロスに恭順の意を示し、反マケドニア運動は収束したわ」

「情けないわね、ギリシア人」

「ペルシア戦争や、ペリクレス時代が嘘みたいだ」

「連中の栄光の歴史はそのうちやるからいいのよ。って、ビザンツもそうだけど。後顧の憂いを断った大王はペルシア遠征に乗り出すわ。
 だけど、王家の財産は赤字状態。とてもじゃないけど、遠征には金が足りないわ。そこで、彼は王家の持っていた各利権を貴族に売り渡すことで、遠征の費用を何とか抽出したの。おかげで、彼の手元にはほとんど何も残らなかったみたいね」

「そこまでしてペルシアに行きたいの?」

「っていうか、世界征服したいのよ。それだけやれば、元が取れる、とでも思っていたのか『希望がある』とかうそぶいたそうよ。ていうか、戦費なんて一か月分くらいしかないし」

「取らぬ狸の皮算用」

「取っちゃったんだから問題ないわよ。これだけやって、彼はマケドニア・ギリシア連合軍を率いて、ペルシア遠征に向かったわ。連合軍、て言っても内実はほとんどマケドニア軍だけど。小アジアに上陸した彼を撃破しようとペルシアは傭兵隊長メムノンは焦土作戦を行おうとしたけど、現地のペルシア人貴族に反対されて実行されなかったわ。おかげで小アジアの諸都市はアレクサンドロスの手に落ちたわ。この辺りの都市はほとんどがギリシア系の植民都市であったことも簡単に進んだ理由の一つね」

「単にペルシアが嫌いなだけか」

「いくらペルシアでも、ここまでされて黙っている理由はないわ。海軍は喧しいし、王自身も大軍を率いてアレクサンドロスに向かっていったわ」

「それがイッソスの戦いだな」

「まあ、これは言われてるほどの戦力差はないけど、それでも三万対七万の倍近い戦力差ね」

「このくらいで大王が負けるわけないわね」

「勿論よ。だけど、最初の世界帝国ペルシアが七万人を失ったくらいで、妻と娘を捕られたくらいで負けるわけないわ。まだまだ、大王の立場は危ないのよ。続けて、大王は後方を騒がす連中を打ち滅ぼすべく、エジプトを奪ったわ。これで、東地中海はマケドニアの海となり、現地住民からは解放者として歓迎を受けたわ」

「まあ、アレクサンドロスがどうとかじゃなくて、単にペルシアが嫌いなだけなんだけどね。つい最近だって、独立したのを再併合されたし」

「どこの世界も同じか」

「ただ、このエジプト攻略はペルシアの本隊に背中を見せる危険な戦略である、とも言われているの。この時に挟み撃ちにされたら、大王でもアボーンだったでしょうね。それだけが理由じゃないけど、大王は意外と軍事史での評価はハンニバルと比べると低いのよ。彼と違ってそれほど有能な敵がいたわけじゃないしね」

「勝ったからいいんじゃない?」

「アバウトだな」

「それもそうね。それじゃあ、続けるわよ。さらに、アレクサンドロスはここで、アモン神から『お前は死すべき人間ではない』との神託を受けて自分を神だと思い始めたみたいね。しかも、続くガウガメラの戦いで、ダレイオス三世率いる二十五万の大軍をわずが四万で打ち倒したところで、それが確信に変わったのよ」

「史実でも『俺は神だ』かよ」

「この決定的な勝利で大王はバビロン、スサ、ペルセポリスなどの主要な都市を占領したわ。今まではなるべく略奪は避けてきたけど、この辺りでさすがに兵士たちも面倒くさく思い始めていたから、ペルセポリスは略奪の憂き目にあったわ。まあ、この略奪には自分が新たなる支配者であることを知らしめるためであったとも言われてるけどね」

「そりゃあ、そんなところまで来たらそうなるわな」

「そして、現地のペルシア人の忠誠を勝ち取るために彼らを重用したり、ペルシア的な大仰な儀礼を行ったわ。勿論、臣下にもそれまでマケドニアにはなかった風習を押し付けていったわ。言うなれば、自身の神格化を図った、てところかしら」

「つまり、この戦いで見た目には、自惚れやから正真正銘のイカレ野郎になったのね」

「おいおい」

「細かいことを言うと、ある戦場で傷ついた大王を見た兵士が『か、神から血が流れております』て言ったんだけど大王は『私は神ではない。人間だ』と言い返したりもしてるわね。だけどそのほうが面白いからそうだとして話を続けるわよ」

「先生もか」

「その後、ダレイオス三世は暗殺されてペルシアは滅びたわ。でも、アレクサンドロスは『ダレイオス暗殺犯は許せない』とか訳の分からない理由を持ち出してさらに進軍を続けたわ。しかも、後の演説で兵士たちをギリシアの復讐ではなく、大王のための戦争を行う旨を打ち出したの。もう、イカレてるとしか思えないわ」

「敵の王の敵討ち、て理由にもなってない、すさまじい口実だな」

「ああ、こんな昔から敵はいきなり攻めてくる、ていうのがよく分かるわ」

「それはさておき、ダレイオスの暗殺犯を討伐するべく大王は軍を進めるわ。暗殺犯は一回か二回戦っただけであっさりと引き渡されたけど、それから起きた現地住民との衝突で、暴動がおきたわ。ただの暴動ではないけど」

「どうしたの?」

「暗殺犯を引き渡した連中は密かに大王を追い出そうと思っていたの。その連中が密かに張り巡らせていた組織を使ってゲリラ戦を展開したの。さすがの大王もこれにはてこずって、二年も足止めを食らったわ」

「そんな昔からあったのか」

「ま、所詮はゲリラだし。増援で叩きのめしたわ。ゲリラなんかよりもよっぽど危ないのが、彼の軍には潜んでいるし」

「なんですか?」

「この五年に及ぶ、ペルシア遠征に仲間たちはうんざりしてるのよ。大王がペルシア風の儀礼を尊重したりしてるし、これまでの戦争での勝者は絶対的に敗者の上に立てたんだけど、大王は現地住民の支配者を残す、とか言ってるのを自分たちをないがしろにしていると思った連中も少なくないわ。暗殺計画は持ち上がるわ、不満分子を粛清したりと決して穏やかな雰囲気ではなくなっていたの」

「結束なんてどっか飛んでるのね」

「だけど、新たなる支配者がこのペルシアを統治するのに他に方法があるとは思えないけどね。大王も周りの無理解とは無縁ではないのよ」

「苦労してるわね」

「ただ、敵や反乱を起した支配者は即行であの世に叩き込んでるし、ダレイオスの死後には、最初の頃はしなかった反目的な旧支配層の連中を粛清したりと、意外とやることやってんのよ。それもこれも、反乱起すのが理由なんだけど。まあ、起すな、ていうのが無理か。基本的に補給物資は略奪品だし」

「略奪品?」

「ペルシアの奥地に入ると、兵士たちを満足させるのに略奪させないと拙かったのよ。そうじゃないと付いて来ないわ。他にも、言うことを聞かない異民族を片っ端から滅ぼしたりもしたわ。他にも、あんまり関係ない一般人にも手を出してたわね。
どれだけ殺したかは知らないけど、二、三十万は確実なんじゃない?当時のペルシアの人口が一千万〜四千万だから、それを踏まえるとその凄まじさがわかるわ」

「人口の幅が大き過ぎる」

「それは参照した資料の数字の開きが大きすぎるのよ。そういうわけで彼と比べられるのはナポレオンでもハンニバルでもなく、チンギス・ハンなのよ。似たようなことやってるし、蛮族だから。まあ、チンギス・ハンは味方には寛容だったけどね」

「大王は違うの?」

「寛容ではないわね。ペルシア式の礼拝を行わない、という理由だけで側近の一人を殺してるし酒に酔った勢いで以前に自分を助けれくれた部下をあの世に叩き込んだわ。自分の即位を助けてくれたパルメニオンは遠征で二人の息子を失ったのに、謀反を疑われて、実質濡れ衣、で殺されてるし。
他にも、ギリシア人の復讐を謳っていたはずなのに、ペルシア側についていたギリシア人傭兵を万単位で殺してるわね」

「ギリシア人云々はいいんじゃないか? 敵だったんだろ?」

「アテネなんかが助命を嘆願しても無視してるのよ。
 特にパルメニオンは最悪。彼、様々な逸話でことあるごとに大王の引き立て役にされてるのよ。息子と自分の首を差し出した忠臣はその死後まで大王の太鼓もちとして奉仕を強要された、てことかしら?」

「可哀想」

「その逆らうものは皆殺し、てのりで、ゲリラを鎮圧し、反乱分子を粛清すると、わずか一万三千の兵力でインド遠征に出発したわ」

「とうとう未知の世界か」

「そうでもないわ。この辺までだったら、まだペルシアがかつて勢力を広げていた領域だったし、あながち未知でもないのよ。そのせいだけじゃないけど、大王は負けることなくインダス川流域の諸王を軒並み自分の支配下に置いたわ。恐かったのはせいぜい象くらいかしら? その像も自ら手にした斧でアキレス腱を叩き切ってたけど」

「インドでも苦戦だけかい」

「サーヴァントにしたらとんでもないバケモノが誕生しそうね」

「ここで満足するどころか、ガンジス川のほうに大国がある、とか聞くやいなや、そこまで征服しよう、とかとんでもないこと言い出したわ。しかも、背後にはインド進攻用にしか見えない軍団が続いてるし。これなら、本当に兵士の思考回路が電波入ってれば中国に着たんじゃないかしら?」

「確か、このおかげでインドに統一王朝が出来たんだよな。大王が恐いから」

「アショーカ王に関しては、さすがにやる気はないから」

「そういえば、アレクサンドロスが中国に侵入した、ていう伝説がある、て聞いたんだけど」

「マジか?」

「ああ、それは多分、マレーの『古事記』」とか言われる『馬来編年史』にあるラジャ・スラン伝説のことよ。ラジャ・スランは、アレクサンドロスが破ったインド王の王女と大王との子孫で、中国を目指し、東方諸国を従える遠征に出た、とか言う話よ。古代アレクサンドロス伝説をルーツにした、イスラムのイスカンダル伝説が、マレーで変型されたもの、とか聞いたわ」

「別件か」

「それは置いてといて、このまま行けば、インドを完全征服できたかもしれないけど、さすがの大王もインダス川流域で撤退せざるおえなくなったわ。配下の兵士が、七年も遠征しているのに飽き飽きしたのよ。ストライキを起こして従軍拒否をした。まあ、当人はまだまだやる気満々だったみたいだけど」

「まあ、そうよね。一般人がこんなイカレ野郎の理想についていけるはずないし」

「ヘラクレスとアキレスの血を引いていると思っている人間には、通常の心理学は適用できないとも聞いたな」

「渋々大王はマケドニアに戻るわ。この時に十歳の頃から乗っていた名馬。ブケファラスが死んだらしいわね」

「あの暴れ馬か」

「他にも空中飛行をやったり、人肉を食ったり、異次元を超えたりと、サーヴァントになったあかつきには是非とも宝具になってほしい馬ね。というわけで、作者的には大王はライダーなのよ」

「なんか混ざってない?」

「この馬は後継者達の王国の紋章や通貨に姿を模されるようになって、象徴的な存在にもなるの。もしかしたら、世界で一番有名な馬かもしれないわね」

「そこまで有名なの他にいません」

「バビロンに帰還しようとした大王はこの期に及んでも、まだ戦い続けたわ。戻りながら、敵を打ちのめしていった、ていうか、ほとんど冒険ね。砂漠横断とかしてるし」

「ああ、そいつだったら全然違和感ない」

「まあ、この頃にはさすがに兵士の士気は限りなく下がってたし、大王が前線で剣を振るわないことにはろくに戦いもしなかったわ。おかげで、大王の死亡説とかも出たわ。勿論、戻って来たけど。ただ、さすがに最前線は指揮を執る者にとっては不向き、とか言われるようになってアレクサンドロス以降のほとんど全ての指揮官は少し離れたところで指揮するようになったわ。前線で司令官が死んだら流石に、どうかと思うしね」

「キチガイの真似は誰もしないわよ」

この砂漠の横断で死んだ兵士はこれまでの東方遠征を通じて失った兵よりも多かったそうよ。まあ、あれね。マケドニア軍最大の敵は、ことあるごとに歯向かうギリシア人でも、象にまたがるインド人でも、ましてや世界最大のペルシア帝国でもなく、彼らの大王アレクサンドロスに他ならなかったのよ。
いつになっても暗殺説が根強く生き残ってるのが分かるわ」

「そいつは本当に正気?」

「相当に血生臭い男なのは確実ね。だけど元々マケドニア人は血生臭いし、彼、政治家としては結構まともだから、意外と普通の人間かもしれないわよ」

「あんたの普通の基準が分からないわ」

「ここで征服王の地図を出すわよ」



「必要もないのに、よくもまあ、ここまで」

「遠征軍の兵士、て忍耐力がつきそうな仕事だな」

「バビロンに戻ってきてからは内政を整えたわ。まあ、彼のいない間に横行してた不満やら、汚職やらを処理しなくきゃいけないわけだし。ペルシアとの結びつきを強固なものとするために、ペルシア人貴族二名から妻を娶ったり、一万の異種族間結婚式を企画したり、ペルシア人からなる新たなる軍団を編制したりと、かなりの苦労を強いられることになったわ。単にマケドニアから徴兵しまくったんで、それを補うのに必要なだけ、て可能性も否定できないけど」

「結構やってるじゃない」

「単なる戦争馬鹿ではないか。でも、何でバビロンなんだ?」

「東で反乱起されたらマケドニアからだと、遠すぎるのよ。何だかんだ言っても、当時のペルシアは世界で一番豊かな国だし、そこに首都を遷すのはある意味当然ね。それに、ここを任される側も気が気じゃないでしょ。現に、遠征中にここを任された将軍は反乱を疑われたし」

「そりゃそうだ」

「だけど、三十になっても落ち着かなくて、今度は南に進撃しようとしていたといわれているわ。脳内エンドルフィンビンビンの世界は俺のもの感覚はいまだに健在みたいね」

「南? アラビア半島?」

「ええ。少なくとも、部下に計画を立てさせていたわ。ローマやカルタゴという話もあるけど」

「いい加減にしろと言いたくなるくらいのイカレっぷりね。それだけ広がった領土をどうするつもりなんだか」

「まだまだ若いから大丈夫、とでも思ったんじゃない? 二十年でアラビアと地中海を征しても、まだ五十歳だし。それからゆっくりと統治するつもりだったんでしょ。だけどその計画が発動する前に、彼は病死。この病気の正体はナイル熱とか、マラリアとか、色々言われてるけど、そのなかで一番面白そうな説を説明するわ」

「どんなの?」

「何でも、長年の気苦労とかで精神の不安定になったアレクサンドロスは精神安定剤を大量に摂取して、その中毒で死んだ、とかいう説よ」

「それは奇説だな」

「でも、病状がマラリア、ぽくないとかとも聞くし。まあ面白そうな説ではあるのよ」

「ふーん」

「暗殺、て可能性は?」

「これまでのことを考えたら、そう思いたくなるのは分かるけど、多分ないわね。ほら、マケドニア人は血生臭いから、毒殺なんて手は意外と使わないものなのよ。フィリッポス二世暗殺も刺殺だったし、アレクサンドロスに粛清された連中も毒殺されたやつらはほとんどいないわ。だから、大王暗殺もするとしたら、誰かがナイフで刺した可能性が高いわね。大王死後のディアドコイ戦争でも暗殺はやっぱり刺殺なの。
毒殺なんてのはマケドニアらしくないのよ

「否定の理由が凄まじい」

「それに、大王は全ての家臣から憎まれていたわけではないわ。大王の政策に不満をもっていた連中もいたけど、ペルディッカスやエウメネスは大王の熱心な信望者だったし、エウメネスはディアドコイ戦争で味方を集めるのに、わざわざ大王の席を用意して相手を説得したといわれているわ。
 それに大王の死を知ったダレイオスの母親は彼の死を嘆き悲しんだそうよ。ディアドコイたちは大王の振る舞いを真似ていたしね。カッサンドロスなんかに嫌われていたのは確実だけど(ていうか、こいつが暗殺犯有力候補)、彼が死ぬ直前まで広く支持されていたのは間違いないんじゃない?」

「つまり、暗殺なんて怖くて出来ない、と?

「そういうことよ。まあ、誰かが殺される前にやれ、て言い出した可能性は否定できないけどね。まあ、死因が何であれ彼の築いた帝国は後継者たちによってバラバラにされ、いずれも意外なほどあっさりと滅ぼされるの」

「世界一迷惑な嵐ね」

「モンゴルや第三帝国に比べれば規模は小さいわよ。でも、これでギリシャ人の植民が西アジアで広く行われ、ヘレニズム文化が花開くという功績が残されるわ。というより、他に彼の功績といえるものがほとんどないんだけど」

「早く死にすぎたからな」

「ていうか、死後の混乱を考えると、むしろ功績なんて無視されそうなんだけど」

「ま、確実にいえることは最初から最後まではた迷惑な男だったてことくらいね」

「間違いないな」

「ただし、イスラム圏ではアレクサンドロスは東と西を結んだ王として尊敬されているらしいけどね」



『コーラン』第18章「洞窟」に、ドゥル・カルナイン
二本角の人、アレクサンドロスの別名は、西へ西へと進んで日の没するところ、泥の泉に至り、次に東へ東へと進んで日の昇るところに至り、さらに世界にきたの果てに赴いて、鉄と銅を用いた巨大な長城を築いた。


「その長城が破れるときこそ、世界の終末だそうな」

「単にキリストとかイスラムとか広まる前の話だからじゃないか?」

「それは言わないで。さて、終わる前に、アレクサンドロス大王が中国に侵入したらどうなったか、考えてみましょう

「歴史にIFを入れるんですか?」

「妄想電波を撒き散らすな」

「侵入すべき中国は戦国の七雄が争う戦国時代。年代は変法で国力を激増させた公孫鞅が粛清された直後だから、秦が最強になったと言って良い時代ね。あの国の兵力は水増ししまくってるから、実数は測りにくいけど、主力軍は魏を参考にして大体、四万ということにして話を進めるわ。
 秦の資料では魏の主力軍を八万人切ったとか書いてあるけど、そうじゃないと、最大五、六万くらいしか展開できないマケドニア軍じゃ対抗できないし」

「おーい、聞いてるか」

「マケドニア軍の秦侵攻がアレクサンドロス生存中と仮定すれば迎撃軍の指揮官は司馬錯か樗里疾かしらね。指揮官としての能力で言えば、五カ国連合軍を撃破し、野戦城攻め問わず常勝を誇った樗里疾が最強。蜀平定を指揮し、対魏・対楚戦争でも活躍した司馬錯が次点。『智謀は樗里』と謳われた智将樗里疾と、征蜀論で戦略家としての名前を今日に残す司馬錯。この二人が相手だとさすがのアレクサンドロスも苦労するわね。中国に人材面での不安はなし」

「あの」

「次は両軍の装備ね。マケドニア軍は5メートル以上ある長槍と盾を装備したファランクスと、槍を装備した騎兵が主力。機動力に欠けるけど、防御力・突破力に優れたファランクスと、機動力に長じ、高い突破力を持つ騎兵を組み合わせて運用。平地で密集している限り、良く訓練されたファランクスは無敵。ローマレギオンをも苦戦させるほどのもの。
 秦軍は歩兵に極端に依存している軍隊ね。長柄の武器と鎧を装備した重装歩兵と、弓や弩と言った飛び道具のみを装備した軽装歩兵。弩は強力な対騎兵・戦車用の防御兵器。マケドニアと比較すると、白兵戦能力より射撃戦能力を重視する軍隊といえるわね。
 極端に厳格で、極端に軍功重視な規律のおかげで強力な組織力を発揮するから、連年の軍事行動にも耐えられるわ。山岳地帯から水郷地帯まで、あらゆる戦場に柔軟に対応できるのもポイントが高いわ。
 ただ、趙の武霊王による軍事改革がまだ行われていないから、機動戦力の主力は西方では廃れてしまっている戦車なのが不安材料ね。突撃力は有るんだけど、どうも使い難いのよ。この辺りが雲をもたげるのは避けられないわね」

「だから」

「双方の兵器の質はマケドニアが鉄器を装備しているのに対して、秦は青銅器の装備率が高いかしら。他の六国の鉄器装備率は高かったけど秦の青銅器精錬技術は恐ろしいくらいに発達していて、鉄器にも対抗できたから、この辺りはあまり考えなくてもいいかもね」

「ちょっと待て!!!」

「なによ。今、いいとこなのよ」

「そもそも中国に来れるの?」

「ていうか、最初の相手は秦なのか?」

「間違いないわ。そもそも、南方から攻め入ろうとすると広大なインドを統一した後に、熱帯雨林広がる東南アジアと天然の要害であるベトナムを突破しなければならないから、割に合わないわね。ファランクスはこういうところでの戦いには向いてないから、軽歩兵があまり強くないアレクサンドロス軍にはかなり苦しいわ。というわけで、間違いなく陸軍の展開が容易な河西回廊からの侵攻になる」

「だけどマケドニア軍だとトルキスタンを越えるのはかなり難しいと思うけどな」

「どういうこと?」

「まずその理由としてそこに住む騎馬民族の戦い方にあるわ。それはローマ軍も苦しめられた『パルティアンショット』にあるわ。後にローマ最大の仮想敵国になるパルティアは元々はトルキスタン辺りに住む騎馬民族。彼らの戦い方はまさに騎馬民族特有の戦い方そのもの。小型の弓を持った騎兵を円状に隊列を組ませ、敵と一定の距離を取りつつ弓を放ち、敵が近づけば逃げるという実に小賢しい蚊蜻蛉みたいな作戦よ」

「なんで円形なんだ?」

「それは、敵の反撃を受けた時に被害を少なくするためよ。他にも弓を番えるための時間稼ぎ、ていうのもあるわね。信長の鉄砲三段構えってあったよね? あれと同じで円状にぐるぐる廻ってる騎兵は交替に入れ替わり立ち替わり矢を放つの」

「手強そうだな」

「手強いのよ。ローマは確かにパルティアに連戦連勝してて、何度も何度も首都を制圧してるけど、パルティア側はこの『パルティアンショット』を最大限に生かし、決戦を避け、伸びきったローマの補給路を寸断するという基本戦略の元戦っていたの。パルティアは季節ごとに首都を遷していたから、一つや二つ占領されたくらいならそんない痛手ではないしね。これがいかに有効であるかは、後世ナポレオンに六十万の大軍で攻め込まれながらも撃退したロシアとかを見れば一目瞭然ね。フランス軍の補給路を常に脅かしていたのは、パルティアと同じようにコサック軽騎兵だったという興味深い共通点があるわね。今では『パルティアンショット』は『捨て台詞』の代名詞みたいに使われてるけど、ローマはグラックスといい、アントニウスといい、このパルティアンショットを崩すことが出来なかったのよ。トライアヌスが結局、パルティアを潰せなかったのもこれが大きかったと思うわ」

「……」

「でもって、マケドニア軍はこの戦法にかなり弱いはずよ。パルティアの軽装騎兵はその機動力を生かして、マケドニア軍がファランクスを整えてる間に防衛線を突破し、後方の荷駄部隊を急襲するという作戦を取るでしょうね。ローマ・レギオンも陣形を整えてる間に荷駄隊をやられるということがよくあったみたいだし」

「それにしてもアルクェイド。どうしたんだ? いきなりパルティアの説明なんて始めちゃって」

「うーん、作者の都合、てやつね。そんなわけで当時のマケドニア軍は補給部隊を重視してたから、これをやられたらかなり拙いんじゃない?」

「大丈夫。連中はこの時代、トルキスタンじゃなくてイランとかアフガニスタンにいたわ。大王の領内ね。すでにパルティアはアレクサンドロス大王の軍門に降っているのよ。その後、後継者の一つセレウコス朝の力が弱まってから独立するから、それまではNO問題。というわけで大王は中国に侵入するということでOK?まあ、大王はアフガニスタンでの戦いで現地の人々の実力を賞賛しているから、パルティアが手強い相手であるのは間違いないけどね」

「で、中国に侵入したとして、大王の軍の強力な将軍は大王しかいないんですか? いくらなんでもそれは不利すぎる」

「ディアドコイ戦争で活躍するエウメネスやセレウコスがいるから、人材面でも条件は悪くないはずよ。
 このころの秦は五カ国連合軍を撃破した辺りね。他の国は足を引っ張ろうと考えるのは間違いないから、趙や魏、韓はこの西方からの異邦人を喜んで支援するはず。条件はかなりいいんじゃない?」

「で、万が一、侵入するとして、どっちが勝つと思うの?」

「戦車なんかを使用した戦場では大王の軍がしばらく勝利を重ねる可能性が高いわね。ファランクスは飛び道具にも強いから、その手のこともハンデになるとは考え難いし。外交面でも、他の国が秦について戦うとは思えないどころか、この機に乗じて領土を拡大しようとしかねないわ。少なくとも、最初は結構、上手くいくんじゃない?」

「妄想に妄想を重ねてる」

「妄想具現化が必殺技の吸血鬼にいわれたくないわよ

「ム!! 今、カチンときたかな」

「(無視して)ここで各国はお互いを牽制するために、アレクサンドロスと組もうとするはず。だけど、いくら秦憎し、といっても大王の征服欲に気付かないということはないだろうから、いつかは秦も含めた連合軍が大王に挑みそうね。そこがこの遠征のハイライトになると、作者は考えているわ」

「それで、最終的な結果は?」

「最終的には延々と出てくる中国軍と戦うのに兵力を使いすぎて撤退するのがおちだと思うけどね。
戦国の七雄は常備軍はともかく、その気になれば各国が数十万から百万までの兵力を動員できるのよ? いくら兵が居ても足りやしないわ。話半分でも(号するという場合は大体、兵力を倍くらいに見積もっている)殺しても殺しても出て来る敵との戦いになるのは間違いないのよ」

「どっかで聞いたことのある結論だな」

「ピュロスと似たような状態に陥る、て言いたいのね」

「そゆこと。妥当な結論だと思うけど、どうかしら? 勿論、大王が苦戦しているところで戦国の有力な武将に大打撃を受ける、ていうのもありだけど」

「ま、馬鹿話には丁度良かったんじゃない?

「かなり適当な気もするんだが……」

「作者の力だと、この辺りが限界よ。それじゃあ、次回はディアドコイ戦争をやるから期待しててね」




歴史家ブルクハルトはアレクサンドロス大王についてこう述べている。

「アレクサンドロス大王がいなければ、我々はギリシア人について僅かしか知らなかっただろうし、その僅かなことですら知ろうとは望まなかっただろう」

続く
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