私のオーディオ史

  

 1952年〜1976年

 1977年〜1980年

 1981年〜1990年

 1991年〜1999年

TOPページに戻る


1952年〜1976年

 音楽は両親とも好きでナショナル製のステレオが私の小学校時代からありました、

ピアノも習っていましたが、まー才能が無かったのでバイエル止まりで終わって

しまいました、ピアノの練習でドミソとかドファラとかシレソとか和音を当てるのがあり、

それがとっても不得意でした子供心に自分は音楽の才能無いなと感じたものです。

その影響か中学時代は音楽の授業に身が入らなくて授業態度が悪いと音楽の先生

から叱られてばかりいました。その先生が今の私を見たらどう思うでしょうね〜(^_^;)

ところが高校生の時、何気なくラジオで聴いたグルダの弾くベートーベンの月光に

大変感動しクラシックがちょっとづつ好きになり始めたのです、ただその頃の一番の

趣味は天文で地学部天文班の部員でした、地学の先生の居る職員室には当時と

してはまだ珍しかった大型のオープンリールテレコがあり、そこから時々オペラが

流されていて、とってもカッコイイ先生達だったなー・・・ 地学部の部員の中にも

クラシック好きな後輩がいてグラズノフの四季が良いだのショスタコの5番がいいだの

当時の私には全く未知の音楽の話だったのですがワクワクしながら耳を傾けて

いました。しかし当時はグラズノフの四季とビバルディーの四季の違いが分からず

ビバルディーの四季を暫くグラズノフの四季と思いこんでいた時がありましたっけ。

そんな頃、姉の英語勉強の為に購入したオープン型のテープレコーダーが我が家に

やって来ました。そして一番それを喜んだのは姉ではなく私だった、なにしろ地学

の職員室にあった音楽テープを内緒(^_^;)で聴くことも出来るし、ラジオから録音

することも出来るじゃないですか!かくしてこのテレコはほとんど私専用のものと

なってしまいました、おかげで「繰り返し音楽を聴く」楽しみを発見できたのです。

大学生の時バイトでやっと購入したソニーのトランジスタラジオ(ソリッドステート

イレブン)にオーディオ用スピーカー(パイオニアの16cmフルレンジ)を繋げることが

最初のオーディオ入門だった、この頃から秋葉原の電気街を見てまわる楽しみを

覚えて少しずつオーディオの知識を増やしていきました。秋葉原で最初に買った

オーディオ製品はスタンダードと言う輸出品のFM周波数を手直ししたレシーバー

(チューナーの付いた総合アンプ)でした。ガード下の丸善無線本店で購入したの

ですが、将来その店で働く事になるとは・・・・・(詳しいことはこの後で)

スタンダードのレシーバーは残留ノイズが酷くて直ぐに手放しました、その代わり

友人からサンスイのBA60と言うメインアンプを譲ってもらい、ゴルフ場の

キャディーのアルバイトをして貯めたお金でパイオニアの一番安いプリアンプを

買いました。この組み合わせは気に入ったので就職後も使い続けることになった。

バイトのおかげでティアックのレコードプレーヤーを購入グレースのF−8Lという

カートリッジでレコードを楽しむことも出来るようになりました。

当時はオープンテープデッキ全盛の時代で私は親に借金してティアックの1モーター

オートリバースのオープンデッキを中古で手に入れたものです。当時FMステレオ放送を

エアチェックするのが大流行で大きなFMアンテナを立てて随分と録音したものです、

サイモン&ガーファンクルやジャックルーシェトリオなど洋楽も好きになっていました。

    

左がティアックA-2050時代、右がテクニクスRS275cu時代

その後カセットテープデッキの時代が訪れ私もその波に乗ってテクニ

クスの2モーターダイレクトドライブのカセットデッキをローンでやっと購入、このまま

音楽ソフトは全てFMのエアチェックのみとなるはずだったのですが、たまたま秋葉の

テレオンで手に入れたシュアーM75Eというレコードカートリッジの音質に大々感激、

国内メーカーのカートリッジと何が違うのか一言で言うと「音の色彩感が豊か!」

これに尽きます。聴いていて楽しくなる、聴く人を楽しませる音なんです。カートリッジ

に限らず国内製品は性能は良いのかもしれませんがモノクロームで音楽にメリハリが

少ない気がします、スピーカーは最初パイオニアの6インチ半からフォスターの

FE163そしてUP133と徐々にグレードアップしていました。

大学を卒業し運が良いのか悪いのか就職先にはオーディオ好きな先輩がいて時間が

あればオーディオの話をしていました、たぶんその頃はオーディオの全盛期で海外

メーカーの製品も随分輸入されるようになっていました、先輩はドイツのブラウンと

言うスピーカーを持っていて少し残響音が付加されるような音質ではありましたが

やたらと解像力が高く音楽がとても楽しく聴けるものでした、その先輩から

「首藤君もスピーカーは海外製にしたら」

と運命的とも言えるその一言でその気になってステレオサウンド誌をめくっていたら

尊敬する瀬川冬樹氏が絶賛しているスピーカーに目が止まりました。それはKEF104と

言う今まで聞いたことのないイギリスのメーカーの品物だった、しかも取り扱っている

店が当時は銀座のヤマハと秋葉のサトウ無線だけ、とりあえずサトウ無線にどんなものか

試聴しに行ったのです、丁度FMのNHKニュースを流していたのですがびっくりしました

今までに聴いたこともない恐ろしくリアルな声、しかも無響音室の無音の空気感を

感じるのです!これは本当に凄いスピーカーと直感し早速注文しました。

下の写真はそのKEF104を手に入れたばかりの時の写真です、上がKEF 下はフォステクス

UP133と松下5HH17の組み合わせ、黒っぽいアンプはティアックのFM専用チューナー、

白っぽく光っているアンプはパイオニアのプリメインアンプSA9800?スタックスのヘッド

ホンも左端に見えています。

この頃から(1975年頃)英国に個人輸入でレコードを購入するようになりました。英国の

「グラモフォン」というレコードカタログがありましてそのカタログの中から選んだレコードを

レコードの通信販売をしているやはり英国のレコード店「ヘンリー・スティーブ」に注文しました。

当時ポンドはかなり強い通貨で1ポンド800円くらいしていました、ただ一番高価なデッカの「SXL

シリーズ」でも2.5ポンドくらいでしたから国内盤よりも安く手に入れることができました、しかも

デッカの廉価版「エース・オブ・ダイアモンド」クラスになると1.5ポンドくらいでしたっけ。運賃は

合計金額が3万円以上だった場合は船便なら無料だったので、3万円以上になるよう友達と

共同購入したものです。3ヶ月くらい待っていると郵便小包で送られてきます、個人輸入ですと

税関のチェックが甘いのでしょうかHMVのレーベルの「犬のニッパー君」が消されたりシールを

貼られたりすることもなくとても美しい状態で届きました、これは本当に嬉しかったですね。


1977年〜1980年