卒論あれこれ〜その2〜

      B3年生後半〜4年生の4、5月

      3年の後期に入ってすぐ、指導の先生の届けを出さなければいけない。早速、そのI先生にメールを出した。I先生は他校の大学院教授。

      本務校の卒論修論の面倒も見ており、超多忙の方。でも、「いいよ、頑張ろうね。」と一言。このメール以降1年半のお付き合いが始まる。

      むろん、最初に出した研究計画書など全くあてにされておらず、まずは3月いっぱいまで練り直せということだった。

      3年次の2月3月は数日有休を取り、集中的に図書館で文献探し。医中誌や海外論文検索の方法など、まるでわからないことだらけ。

      ただ、3年次は心理実験の演習でレポート提出がかなり大変だったが、結果的にこれが卒論を書く際にとても助かった。

      4年次になり、毎週先生との面談。非常勤講師だったので、I先生が唯一来られる木曜日は講義や予定を一切入れず、ひたすら先生を待った。

      結局、パーソンズの病者役割理論を用いて、ある病名が付与されることで病者を周りの人がどのように評価するかというテーマに絞る。

 

      C4年生の6月〜9月

      当初の予定では、5月〜6月にかけて質問紙調査をする予定だったが、先生の事情もあり、7月8月で350件の調査を行う。

      院試の受験書類作成と調査紙作成が重なり焦っていた日々。調査紙作成は大学の印刷機の調子が悪く、なかなか出来上がらずに悲しかった〜。

      そして、なんといっても調査用紙の配布は精神的にとても大変で、こんな思いをするのなら卒論やめようかとさえ思った。

      知らない大教室に入り、調査の意義を伝え記入をお願いする、その繰り返し、何気ない言葉や未記入の用紙に落ちこむことしばしば。

      そんな中、夫が勤め先でなんと50部も回収してきてくれた。これは、本当に涙が出るほど嬉しかった出来事。

      そして、当初の予定では9月には統計処理まで終わっているはずが、院試での自信喪失の面接、理由の分からない合格通知で、極度のスランプへ。

      結局は、調査用紙を回収し単純集計したまま、後期が始まる9月終わりを迎えるはめになった。

 

      D4年生の10月〜12月

      10月最初の面接。2ヶ月ぶりくらいにI先生に会う。9月の自分の様子を伝えると、先生は宝物のような言葉を私にくれた。

      「自分の研究は自分の子どもと同じ、あなたが大切にしてあげなければ誰が可愛がる?よい部分を伸ばしてあげれば、よい研究に育っていくものだよ。」

      そして、最初自分が何を知りたかったのかをもう一度思い出そうと言ってくれた。先生の方が私よりもその理由をよく憶えていてくれた。

      今更、四の五の言っている場合じゃなかった。本とネットを頼りに、毎晩大学のSPSSと格闘。そうすると、それなりに何とか見えてくるものだ。

      11月、本文を書き始める。調査方法や結果から書くが、これが大変!と今更悟る。グラフや表の数が多く、細かいグラフ作成の作業は肩こりの嵐。

      しかもその時期、調査をまとめる仕事が立て込み、一日中パソコンばかり触っていた。同じ立場の友人との短い立ち話、なんと勇気づけられた事か。

      研究目的は思いの他早く書けた。学問的にどの分野なのかは分からないものの、「これを知りたい」という勢いだけで2月3月文献を探していたので、

      逆に引用したい文献がたくさんあって、迷ったくらいだった。3月の、目的がなくてもとにかく図書館に足を運ぶだけ運んだことがここで役に立った。

      考察も面白いことが幾つか分かってたくさん書きたかったが、なにせ時間がなかった。9月にボーっとしていたのが最後に響く形となってしまった。

      12月になり、一気に全体のまとめにかかる。有休を数日とりつつ、先生の本務校まで2時間近くかけて訪問をすること数回。

      そして、なんとか12月中旬に提出できる運びとなった。

 

      最後に…。

      私の大学は卒論に対してかなりぬるい。提出も必須じゃないし、口頭試問もなんと副査なしなのである。

      だから、極論を言えば、先生がハンコをくれたら多分単位はOKなんだと思う。だから、本当に自己満足の世界だな〜と思う。

      でも、1年以上も先生の指導を直に仰げ、自分の興味が赴くままに文献を漁り、一つの論を産み出す作業が出来るのは、

      仕事をしている中ではなかなか出来ないだろう、本当に貴重な経験だった。

      指導のI先生はもちろん、社会学のN先生、調査に協力してくれたみなさんや教員の方々、励まし合った友人、そして家族に、

      心からの感謝の気持ちでいっぱいだ。 (2005/01/30)