卒業にあたり

       そういうわけで、2005年3月をもって、私の大学生活もなんとか無事終了することとなりました。

       終わってみれば、なんだかあっという間という気もしますが、それなりに時間を積み重ねたという思いもあります。

       で、4年前と何が変わったか…。よく、社会人学生さんの先輩サイトでは、それほど何も変わらないということが書かれてあったりします。

       でも、私はそうは思っていません。この4年間は、結構、私に変化をもたらしました。

       まず、自分のことを以前よりも客観的に見ることができている気がします。自分自身のこと、家族のこと、仕事のこと、体のこと、心のこと…。

       やりたいことは何で、やりたくないことはどんなことで…。気持ちや体の声に、正直になろうと思っている自分がいます。

       そして、それを口に出して、表現できるようになったこと。少なくとも、今は表現したいと思っています。

       それから、自分の枠を自分で強引に決めていたのが、いい意味で枠がゆるくなりました。自分が心地よい枠、守りたい枠、はみ出てみたい枠。

       私が選択したのはなんでもありの文学部。お勉強も何でもありなら、集う人も何でもあり、そんな中での4年間。

       最初は、自分が何も出来ない、伝えられない、この大きな海の中にうずもれてしまいそうで、苦しくあぷあぷしている、そんな感じがありました。

       自分の人生までも思いを馳せました。九州の田舎で生まれ、はずみで上京、看護の仕事を選び、今も続けている自分。昔からの家族、今の家族の中の自分。

       そんな自分の存在って何?たくさんの講義や、多様な生きざまを見せてくれる学生を目の当たりにしては、そんなことばかり考えていました。

       思うに、「学ぶ」ということは、ほかでもない「自分を知る」ことなのではないかと思います。

       看護学、心理学、社会学、教育学…、切り口は色々であっても、自分の琴線に響く事柄は、結局は自己の鏡。学問を通した自分との対峙。

       この4年間、不思議で素敵なことがよく起こりました。仕事の変化、家族の変化、人や本との出会い…。大学とは一見、無関係のように見える様々なこと。

       でもよく考えてみると、自分を客観的に見つめ、枠がゆるくなったりとか、何か表現したいとか、受け止める自分の側の変化があったからこそ、

       不思議で素敵と思えるエピソードがたくさん起こったのかもしれません。

       「看護以外の大学へ行くということ」の締めくくりとして最後に記すとすれば、

       私は、今、40才を迎えようとしているこの時期に、看護以外の大学へ行って本当に良かったと思います。

       正直苦しい気持ちもあったけれど、看護の仕事を選んでいることを含め、自分のこれまでを一旦見つめなおし、

       あらためてこれから先を考えた時、概ね、私は私で良かったと思えるからです。

       そして、この職の傲慢さ、限界や悲しさも引き受けた上で、それでも、もう少し学びを深めてみようと思っています。

       2005/04/2