なぜ大学院?
このまま大学院に進めればいいかな…、という具体的な気持ちになったのは学部3年の頃からでした。
もともと、自分のやっている仕事を経験値からだけではなく、体系的に見つめてみたいという気持ちはずっとありましたが、
学部4年にプラス2年の修士、正直言って長いな〜というのが実感で、学部卒業後、またしばらく経って縁があればという程度でした。
しかし、今、社会人大学生はそのまま大学院を目指す人がとても多く(心理系分野でもあったので)、私の周りでも8割の人が希望していたような状態。
そんな周りの人達の中にいると、不思議なもので、卒業後更に2年間ということも、あまり負担感がなくなってきました。
且つ、卒論指導は他大学の心理の先生、「うちの大学院に来て、もっと勉強したら〜。」と言われたり、確かに卒論だけでは物足りない感もあったりして、
でも、進学するのなら、心理ではなく、もういい加減「保健」や「健康」分野で勝負したいという希望が沸きあがってきました。
私は、看護を専攻されている方には申し訳ないのですが、「看護」ではどうしても嫌だったのです。
10数年の仕事や学部での学びの中で、もっと、トータルに仕事を捉えなければいけないと痛切に感じていました。
誤解を恐れずに言うならば、私は保健師という免許で私は就社しているものの、保健師でいるべきこだわりがほとんどありません。
免許には本当に感謝していますが、時として免許を持つということは、仕事の可能性を狭めてしまう、両刃の剣ではないかと思うのです。
何より健康に携わる仕事を選んだ「私」自身の役割で、最終的にその人が幸せになれば、「看護」だけで解決しなくてもよいと思っているのです。
そんな中で、ずっと気になっていた研究者がいました。もう10数年も前のこと、保健師学校の講義で初めてお話しを聞く機会があったのですが、
その先生は、見事に医療従事者のマイナスの特性を指摘され、当時「自己犠牲を払っても、患者に献身的な看護を提供すること」
が主だった看護系学校の教育を受けていた私にとって、晴天の霹靂の感覚を覚えました。それまでの考えを否定されるのは、かなり苦しい思いでしたが…。
先生は、学問の領域を超えた「健康」の研究をされていて、うまく言えませんがそれまでになかった「腑に落ちる」感覚でした。
学部4年間での社会学や心理学・人類学の観点から考えた、私の中での「健康」の概念と重なる部分がとても大きかったのです。
また、進学しても、仕事は続けるという希望はどうしても外せなかったのですが、その先生の研究が学べる社会人向けの大学院があるということを知り、
そこだったら、なんとか更に2年間頑張っていけるのではないかという気持ちで、学部3年の春休みに心を決めました。
ただ、卒論を書きつつ、駄目もとの受験でしたので、さすがに家族にも職場にも内緒の受験になりました。
2005/04/17