誰がために・・・

ギルモア研究所・お月見事情


きっかけは、大人がギルモア研究所のキッチンに、あんこを持ち込んだことだった。


そのあんこは、お店に出す月餅(げっぺい)に使った残りで、中華あんに練り込む前だというそれは、純粋国産の小豆でできた正真正銘のこしあん。

フランソワーズは、早速これを使ってお月見用のお団子を作りましょ♪ と、ルナに持ち掛ける。 そんな楽しげな提案にルナが反対する理由はなく、二人はいそいそとキッチンへ消えていった。

お月見と言えばススキだよね〜 と、ジョーが笑顔で言えば、僕が取りに行く! と、返ってきた返事の主は、すでに部屋のドアに向かっているソレイユだった。

ちゃんと上着を着て行かないとキズだらけになるぞ!? との、アルベルトの警告に対して、素直に振り返り、ソファーに放り出されたままになっていた上着を取りに戻る。 アルベルトが右手で手渡しながら、俺が手伝ってやろう、と、左手の電磁ナイフをちらつかせて立ち上がる。 はしゃぐソレイユの頭をぐしゃぐしゃと手荒に掻き回しながら、二人はリビングを後にした。

お団子にススキとくれば、次はお供え用の秋の味覚が欲しいね。

秋の味覚? なんなんだ? それ?

ジョーが楽しそうに呟くと、今度はジェットが反応した。

この場合は、葡萄に柿や栗みたいに、この時期に収穫できる果物の事だよ。

ふーん、と、瞬間思案げな顔すると、何か楽しい悪戯でも見つけた子供のように瞳を輝かせて、ジョーに打診してくるジェット。

これからそれを採りにいかねぇか?

えっ? と、聞き返してくるジョーに向かって、尚も弾んだ声で、そいつらって裏の森にあるじゃねぇ? と、続けてきた。

ジェットの思いつきに、その森の主とも言えるジェロニモが、少しくらい自然の恵みをわけてもらってもかまわないだろう、と、同意を持って頷いてくれる。

今夜はいい天気みたいだし、それはいい思いつきだね、と、ピュンマの賛同を得てジョーも、じゃあ早速♪ と、立ち上がった。

俺が案内しよう、と、ジェロニモが先にドアへと移動すると、ジョーとジェットも弾むような軽い足どりで後に続いて出ていった。

では、我輩達は情緒豊かな日本の文化を存分に堪能できるよう、セッティングでもしようかの? 次々移動していく仲間を見送ってグレートが、ピュンマに声をかけた。

そうだね。 どこに設置する? あっ花瓶も必要だよね。 確か物置に黒っぽいいい感じのがあったな?

二人はあれこれ案を出し合いながら、それぞれの目的に向かい動き出した。

なんだかワクワクするのぉ? なぁ、イワンや。 そうじゃ、せっかくじゃからコズミ君も誘おうかの?

ギルモア博士は、残念ながら夜の時間で夢の中にいるイワンに話しかけると、目的を遂行する為に電話へと手を伸ばす。

ほいほ〜い。 こんな相談、纏まるは、異様に早いアルねぇ?

キッチンからリビングの様子を伺っていた張々湖が、ちょっと肩をすくめてみせながら、それでも満面の笑みで皆を見送っていた。




ねぇ、大人〜このくらいでどう? と、キッチンの中から、団子の生地をこねながら、ルナが尋ねてくる。

あんこと一緒に大人が持ってきてくれた上新粉は、すでにフランソワーズとルナの手によって、ひとつの大きな固まりとなっている。 尋ねられた大人は、指先でその固まりにちょっと触れて弾力を確かめ、いいアルね、蒸籠の準備もできてるアルから、適当な大きさに分けて蒸すアルね、と、大人のかけ声に合わせて、大きな固まりを数個に分けて蒸籠に入れた。 蒸籠からはすでに熱い湯気が立ち上っていたので、2人は蒸気に気をつけながら、これからお団子に変身する前段階のそれをを、蒸籠に並べた。

みんなノリノリね? ママン・フラン。

そうね。 全員でひとつの事に取り組むってところかしら? あ・・・!

フランソワーズは自分が発した言葉に鋭く反応して、口元を押さえる。 が、その表情は見る見るうちに口元が緩み、瞳は楽しげに歪み、押さえて手のひらからはくすくすと笑い声が漏れだした。

どうしたの? あれ?・・・どうしたの? ママン・フラン?

すぐ側で母親の百面相を、不思議な光景を見るかのような目で見上げてくる。

ううん、なんでもないのよ。 ただ・・・ただね。 昔の事を想いだしていたのよ。

懐かしい物を追う瞳で、クスクス笑いを止めようともせずに話すフランソワーズを、見上げる立場のルナは、わけがわからずにただただ首を傾げるばかり。

さあさ、ルナはん。 蒸し上がったら「つく」アルよ。 準備するアル。

「つく?」

そうアル。 お餅搗きあるね。 粘り気をだすと形成しやすいアル。

そうなんだ! と、大人の言葉に瞳が輝いた。

さすがに臼と杵を持ち合わせているわけではないので、キッチンにあるモノで代用する。 熱いから気をつけて、と、大人達に声をかけられ、少々苦労しつつも、ルナは懸命に生地を搗く。

このくらいでいいアルよ、と、大人の許可が出る頃には、生地の温度も落ち着き、フランソワーズが適当な大きさに切り分け、まずは丸めていく。 平らに延ばして、真ん中にあんこ玉をのせて、丁寧に包み込む。 あんこがはみ出さないように丁寧に・・・だ。

ルナは、小さな手で四苦八苦。 横を見れば、大人もフランソワーズも器用にあんこをはみ出すことなく、次々と形成している。 ルナは口をへの字に結ぶと、更に真剣な顔つきで団子作りに取り組むのだった。

形成されたそれらを再度蒸籠で蒸し上げると、白くてつやのあるお月見団子のできあがりだ。 蒸籠から取り出す作業は、さすがに蒸気が熱くて危険だから、と手を出させてもらえない。 やむなくルナは、次々とできあがってくるそれらを眺めるだけで我慢する。 が、手間暇かけて作った一品だ。 冷ますために大皿に並べられたそれらに溜息が漏れるほど満足していた。


どうだい? お団子はできた? と、ひょっこりと顔を出したのはピュンマ。 どうやら、グレートとの共同作業は、すっかり整ったようだ。

リビングのすぐ外側、バルコニーには白いテーブルクロスのかかったローテーブルが置かれ、黒い大降りの花瓶も用意されている。 その中には何時の間に外出したのか? 桔梗の花が生けられていた。

綺麗! だけど、これはどうしたの? と、花を指して、フランソワーズが問いかける。

我が輩が、ちとそこの花屋まで散歩のついでに行って参った、と、さりげなく答えるグレートは、花屋の店員にお月見にふさわしい花はどちらかな? と、聞いてみたのだ、と言っている。 とても綺麗、と、ルナの褒め言葉につい頬が緩んでいた。

お団子は、何にのせればいいんだい?

お正月にお餅を供えるじゃない? 覚えてる?

ピュンマの質問にフランソワーズが問い返す。 

大きなまあるい2段のお餅の上に、おみかんがのっかっているあれよ? おじさま。

ああ、あれかい? あのお供え物は、なんて言ったんだっけ?

鏡餅っていうのよ、おじさま。

ルナは、普段はあれこれと自分におしえてくれる立場の2人に、逆に説明できてちょっと嬉しい。

ルナが説明している間に、フランソワーズが収納棚から実物を取り出してきて、2人の前までもってくる。

これよ、これ。 ルナ、お団子を盛るわよ、と、フランソワーズが声をかけ。 ルナは、はーい、と、元気な返事と共にキッチンに取って返った。 


テーブルの他に、普段は片づけられている折り畳み式のチェアーも準備万端、揃えられている。 グレートは、早々と自分専用のリラックスチェアーに腰掛け、煙草に火をつけた。

陣取るのはちょっと早くない? 

なに、夕焼けに染まる空を眺めながら、お月様の出迎えるのも一興ではないかの? ピュンマ卿?

確かに空はまだ夕焼け半分? といったくらいか? 芝居がかった言葉でピュンマの問いに答えると、グレートは椅子に深くかけ直して足を伸ばした。

さすが、英国紳士は優雅だね、と、負けずにピュンマも言い返すと、視界の端に表に繰り出していた面々が、戻ってくるのが見えた。


どうやら・・・揃ったみたいだよ。

見て! どう? と、ソレイユが刈ってきたススキの束を持ち上げてみせる。 すっかり穂を開かせたススキは、観賞用にちょうどよいみたいだ。 ピュンマは花瓶にすでに生けてあった桔梗を一旦取り出すと、ソレイユに先にススキを生けるよう促す。 ぼすっ。 些か乱暴につっ込まれたススキの束は、反動であちこちに向いてしまった。

おいおい、これじゃ美しくないだろが? と、後ろからやってきたアルベルトが、ススキを花瓶の中で上手にまとめ上げてから、ピュンマに いいぞ、と、促した。 バランス良く生けられたススキと桔梗。

うん、これならOKだね、と、ピュンマが自分自身でOKを出した頃、森からジョー達も帰ってきた。

数個の柿と山葡萄、あけびに、毬々の間から顔を覗かせている栗。

これ全部、森の中にあったの? と、気が付いていなかった自然の恵みの多さに、ソレイユもルナも驚いた様子だ。

うん、ここはけっこう人の手の入っていない自然な状態の森だったんだね。

ジョーが今更ながら知ったよ、と、にこやかに答えると、

そうだ、だから、普段は人間が勝手に踏み込みすぎてはいけない。 今日は特別に分けてもらったのだ。

だから、謙虚な気持ちを忘れてはならないぞ、とジェロニモがおしえてくれた。

フランソワーズ? これくらいの皿ってねぇか? と、気が付けば、ジェットがキッチンの方に向かって、両手で円を描きながら、果物を飾り付ける皿を出してくれ、と、話している。 

大きなガラス皿の上に、森から分けてもらった「秋の味覚」を並べてテーブルに置いた。

最後にピラミッド型に積み上げられたお団子を供えて、お月見セットが完了。


空はちょうど、夕焼けが綺麗なオレンジ色をみせている。 西から頭上にかけて、見事なグラデーションをみせる空。 もう少し東に目をやれば、星も瞬いている。

お月様がこの当たりまで来るにはまだちょっとかかるかな?

待ち切れない、と言うように、ジェットが誰にとなく尋ねる。

そうだね、あと30分もすればとっぷりだから、焦らなくてもいいんじゃないかな? ジェット。

別に焦ってなんかないぜ?

たわいのないジョーとの会話は、まるで子供のようだ。


ほぉ、これは見事なモノじゃな。

リビングの中からかけられた声の主は、ギルモア博士に誘われてやってきたコズミ博士。

あむ、濡れ縁でもあれば完璧じゃのう? たいしたもんじゃ、と、立派にセッティングされたバルコニーに出てきながら、しきりと感心する。

濡れ縁ねぇ、さすがにそこまでは思いつかなかったな、と、ピュンマの口調には、ほんの少し悔しさが滲んでいたように聞こえる。

いやいや、立派なもんじゃて、と、コズミ博士は、いとも満足そうに眺めていた。


なかなか雰囲気出てるじゃない?

このお団子美味しそうだね。 何時食べていいの?

ススキもこーやってみると立派に観賞用だったんだね。

この風景に早くお月様が収まらないかねぇ。

口々に褒め合うやら自画自賛するやらで、バルコニーは賑やかだ。


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ふふふ・・・くすくすくす・・・リビングとの堺当たりで、フランソワーズが肩を震わせる。


あ、ママン・フランたら、また1人で笑ってるーっ!

先程と同じシチュエーションに、ルナが鋭く指摘した。 先程も今も、何に対してフランソワーズがそんなに楽しそうに笑っているのか全くわからず、ちょっと不満げだ。

ねぇ? なに? 昔のことってなに? なおも食い下がるルナ。

誰もが2人の会話に注目している。 フランソワーズは一体、何を想いだしたというのか?ふふふ・・・あのね、ずっと前にも、こんな風にみんなで手作りしようって・・・なったことがあってね・・・。

フランソワーズがそこまで説明すると、何を言わんとしているのか、咄嗟に思い出した者が半分。 まだ何の事だかわからずに、ぽかんとしている者が半分。

あの時はちょっと上手くいかなかったアルけど、今日は見事なチームワークだったアルね、と、大人の的確なフォローに、今度は納得顔のメンバーが半分。 残り・・・特にアルベルトとジェットは、特に複雑な表情で苦笑していた。

そんな昔の話しを・・・ぼそぼそ独り言のように呟くアルベルトの顔は、まさしく苦虫を潰した・・・というヤツ。

もう1人の当事者は、顔を赤らめて恥ずかしそうに、頭をしきりにぽりぽり掻いていた。・・・なに? ジェットとアルおじさんが何か悪戯でもしたの? と、鋭い指摘をみせたのはルナ。 ルナの勘に、思わず笑いがこぼれる。


悪戯じゃないよ。 ちょっとコミュニケーションの行き違いがあっただけさ。

・・・フランソワーズ泣かせた・・・

さりげなく話題を流そうと説明したジョーの言葉にジェロニモの声が被る。

あ、それを言うなよっ!


ぼそっと呟いたジェロニモの声は、運悪くも全員の耳にしっかり聞こえてしい、すかさず反応を返したのはジェットの方。 アルベルトは無言で頭を抱えた。


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