「マスタング准将ーっ! イーストシティから、援軍が到着しましたーっ!」
列車の外から、声がかかる。
事件が決着した後、まずは、セントラルに残してきたフュリーを通して、将軍に報告を済ませる。 将軍はその場で、イーストシティのレイヴァー大佐に援軍を要請して、任務を引き継がせるよう指示を出してきた。
そして、マスタング本人には、なるべく早くセントラルに帰還するようにと。
「・・・仕上げがまだ残っているでな?」
マスタングは中将のお膳立てをありがたく受け取るべく、東方司令部に連絡を入れた。が、連絡を入れて程なく、軍用車が隊列を組んで到着したのだった。
軍を率いてきたのは、先程将軍から指示されたレイヴァー大佐と、将軍の直属の部下であるキャラウェイ少佐。
こちらの要請を受けてからの出動とは考えにくい程のスピードだ。 少々訝しく思いながらも、マスタングは彼等を迎える。
「・・・早いですね? レイヴァー大佐?」
「青の団制圧、お疲れさまです。 申し訳ありません、予定では、我々も鎮圧に加わるはずだったのですが、遅れました。 実は、将軍閣下より、マスタング准将の作戦は伺っておりまして、おそらくこの位の時間に青の団と激突しているのではないかと考え、やってきたのですが・・・こちらが予測した時間より、随分と早く解決したようですね。」
「そうだったのですか? 道理で・・・つい先程、東方に連絡を入れたところでして。 我々が連絡してから出発されたにしては、到着が早すぎると思いましたよ。」
マスタングはレイヴァー大佐とがっちり握手を交わしながら、自分が抱いた疑問が取るに足らなかったことに安堵する。
この握手の相手、レイヴァー大佐は、歳こそ自分よりも一回りは上のはずだ。
金髪に濃い茶色の瞳を持ったがっしりとした体躯だが、その体格とは似合わない柔和な面立ちをしている。 それ故に、彼を怒らせるととてつもなく恐ろしい・・・との評判はマスタングも聞き及んでいた。 この大佐とはこの時が初対面だったが、彼のマスタングに対する印象は、非常に好意的であるように感じられる。 年下の上官に対する口調に嫌みが感じられないのだ。
これは大変珍しい。
マスタングが持つレイヴァー大佐本人に対する知識は、任官先が本来南方司令部だということ、しかし、中将閣下がセントラルに出向いている間は、東方の補佐も兼務していること・・・位しか持ち合わせていない。
閣下が、指名してくるところを見ると、信頼は厚いのだろう・・・と、予測する。
「・・・・・?」
マスタングはそれ以外にも、彼に妙な親近感を感じていた。 それは決して嫌悪を伴うモノではないのだが、理由が見つからずに困惑する。
マスタングの困惑は、余程表情に表れたのだろう。
レイヴァーは、青の団との戦場となった現場をぐるっと見渡しながら、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「それにしても、さすが噂の焔の錬金術師殿、見事ですね。 文字通り、貴方が制圧・・・なされたのでしょう?」
彼は、列車近辺の地面の焼けこげをみて、推察したらしい。
「いかにも。 ・・・まあ、成り行きでしたけどね。」
結果、自分が全てを制圧したことになったが、マスタングもこの質問には思わず苦笑するしかなかった。
「噂には聞いておりましたが、これ程とは・・・初めて拝見致しました。 実際に貴校が錬金術で錬成なされる火力は、凄い威力なのでしょうね? 」
「ああ、まあ・・・。」
顔を輝かせて、賞賛の言葉を遠慮なく口にしている・・・まるで若い兵士の様な反応にマスタングの言葉が詰まる。
大佐は、ひとしきり辺りを見回し、感嘆の言葉を繰り返すと姿勢を正して、改めてロイに告げた。
「どうぞ、これ以降の任務は我々にお任せ下さい。 奴等を取り調べて、アジトを急襲し、強奪されたブツは全て取り戻します。」
「そちらの調査の進行状況は?」
「はい。 アジトの目星は、つけてあります。 ここにいる奴等を絞り上げて確証を取りましたら、即刻行動に移ります。 おそらく抵抗は少ないでしょう。 ここでこれだけ戦力を削いでいただいたのですから。」
「では、こちらも兵を残すことにしよう。 彼等の指揮は、そちらに任せします。 速やかに青の団を完全制圧していただきましょう。」
マスタングは、丁寧な言葉で大佐に指示を出す。 本来ならば自分よりも下位の武官に対して何も遠慮などいらないはずなのだが、年上だから・・・と言うだけでない「何か」・・・先程から感じている好意的な態度・・・を感じて、ロイは自分の感情がこの緊張した現場なのに、落ち着いていることを不思議に感じていた。
「了解しました。 ・・・それから、これを・・・。」
レイヴァー大佐に促されてキャラウェイ少佐が、ファイルを差し出した。
「ラグーノ少将の不正に関する資料です。 閣下よりマスタング准将にお渡しするよう言い使っております。 どうぞ、これらをお役立て下さい。」
「まさか? つい先日、この任務を言い渡されたときに、そちらから上がってきたという資料は拝見したが・・・もう東方で「証拠」がでたと?」
「はい。 青の団が列車を襲撃する際、やはり軍内部から情報が漏れていました。 漏洩箇所は少将直属の部下によるモノです。 証拠はすでに。 青の団が制圧されれば、そこからも証言が取れます。 こちらの方は、証言が取れ次第、即時連絡いたします。」
ぱらぱらとそのファイル・・・報告書・・・に目を通してマスタングは正直驚いた。
彼・・・ラグーノ少将を「追い込む」に十分な「証拠」だ。 セントラルで自分がすでに中将から受け取っていた資料の決定版とも言えるだろう。 こんなものがすでに揃っていたとは? しかもそれを惜しげもなく自分に手渡す彼等は一体?
「・・・これを私が使ってもよろしいと?」
マスタングの質問が理解できないらしく、少佐はぽかんとした表情のまま首を傾げる。
「キャラウェイ少佐・・・なぜ閣下の直属の部下でいらっしゃる貴方が、これをご利用なさらないのですか? これは・・・もう十分、活用可能ではありませんか? しかもこれは、貴方の功績に間違いない。 わざわざ私に渡す必要はないのでは?」
「何を仰いますか? 私は閣下のご命令で、元から貴方に証拠を渡すべく調べていたのです。」
マスタングの質問にとんでもない!と、驚愕の表情で返されては、ますますとまどうしかない。
“自分の部下でもない彼がなぜ? 中将閣下の命令?・・・だとしても・・・”
とまどいを隠せずにいるマスタングを真っ直ぐな視線で捉えたキャラウェイ少佐が、彼に向かってはっきりと告げる。
「どうぞ、それをお役立て下さい。 そして、膿を絞り出してください。」
「その通りです。 准将には、直ちにセントラルにお戻り頂かなくてはなりません。 閣下からもそのようにありませんでしたか? マスタング准将、貴校には、セントラルでまだ、やることがお有りなのですよ。・・・おわかりでしょう?」
「・・・レイヴァー大佐?」
「ご安心下さい。 私も、全てを閣下から伺っています。 この制圧は、まだ中央には報告されていません。 それが何を意味するのか・・・自分はしっかりと理解しております。私は、私の軍をひきいて青の団を制圧します。 貴方は・・・一刻も早くセントラルに戻って「やるべき事」を実行される、・・・いかがですか?」
理路整然と説明され、マスタングはその手際の良さに驚くばかりだ。 まるで今回の作戦が、自分の為に立てられたかのように進んでいるのか?と考えさせられる。 彼等は中将閣下のご命令で動いている・・・それは紛れもない事実なのだろうが・・・本当にそれだけなのか?
数々の疑問は残るが、確かに今は、一刻も早くセントラルに戻ってこの任務を完全遂行させなくてはならない。
マスタングはとりあえず、この流れに乗る道を選択する。
「そうですか。 ご理解しておいでなのですね? それでしたら、私はセントラルの戻ることにしましょう。 ・・・逃げられないように・・ね。」
「はい。 是非ともあちらの車をお使い下さい。 それで隣の街の駅まで飛ばすのが一番手っ取り早いでしょう。 ここで列車が止まってしまったため、列車は折り返し運転をせざるを得ない状況です。 これからすぐに車で向かえば、セントラルへと折り返す列車に間に合います。」
更なる手際の良さに驚くマスタングとは、対称的に、レイヴァー大佐とキャラウェイ少佐は、至極満足そうな表情をしていた。
「マスタング准将?」
「・・・は?」
「貴校は自分が考えていたとおりの方のようだ。」
突然の言いように、マスタングは思わず眉間に皺を寄せて構えてしまう。
「閣下と・・・この人が心酔する人物。 私は、マスタング准将という人物は、一体、どのような方なのか、ずっと自分の目で、確かめたいと思っていたのです。」
レイヴァー大佐は、ふいにマスタングの斜め後ろに控えていたホークアイを指さす。
「えっ?」
「レイヴァー大佐っ!?」
彼の手が指し示す方向、ホークアイ大尉を振り向けば、当人は相手を軽く睨みながら渋い顔をしている。 まるで、友人が口止めした秘密をアッサリとばらしてくれた・・・と、言わんばかりに。
「ああ見えて、実はやり手な中将閣下がかわいがる将校だと言うのも勿論の事なのですが、この・・・自慢の聡明なる我が姪っ子が、全面的に信頼を置く人物・・・気にならないわけがありません。」
「な・・・? 姪っ子?!」
考えてもいなかった単語が耳に飛び込み、マスタングは思わずオウム返しにその言葉を口にしてしまった。
「レイヴァー大佐! 相変わらずお口が軽いですよ!」
「ははは・・・何年ぶりかな? そのフレーズは、懐かしいものだね、リザ。」
「君のお身内か? ・・・ということは、閣下の?」
「ええ・・・ご子息です。 3番目の。 そして私の「叔父」です。」
「・・・・・」
しばし固まっているマスタングを楽しそうに眺めながら、レイヴァー大佐が目を細める。
その表情は、そういえば、どことなくあの中将閣下に似ている気が・・・ロイにも不意に思い当たった。
「訳ありまして自分は、親族であるレイヴァー家の養子に出ましてね。 姓が違うのはその為です。 ま、そのおかげで自分も彼女同様、素性が下手にばれずに今に至っているわけですがね。」
彼は実に楽しそうに話しかけてくる。 困惑の表情の准将と、忌々しそうに睨んでくる姪っ子を交互に見やりながら。
「そうだったのですか・・・。 いや、少々驚きましたな・・・。」
「このような時に無礼は承知ですが、私は実に満足しているのです。 そして・・・。」
「?」
レイヴァー大佐の表情が突然引き締まる。
そして、真剣な眼差しで、これ以上ない敬意をこめてロイに告げたのだった。
「私は貴校を支持いたします。 なにより、閣下と彼女・・・リザが信じ、指示する確かな目を、自分自身が知っていますから。 その貴校を押し上げるための労力は惜しみません。 ですから、どうぞ、今回のこの好機、無駄のないように・・・。」
「私も、同様です。 将軍閣下のみる目の確かさを自分は信じておりますので。 それに・・・。」
レイヴァー大佐に続いて口を開いたキャラウェイ少佐の瞳が、不意に和む。
マスタングはその瞳に一瞬、懐かしさを含んだデジャブを感じ、目を見開いた。
「マスタング准将・・・私が入隊して初めて所属した部署は、セントラルの調査部でした。 今から7年前のことです。 私はそこで尊敬できる上司と出会いました。 今の自分があるのは全てこの方のおかげだと思っております。 その方が、唯一賞賛を惜しまなかった人物、それが当時中佐であられたマスタング准将でした。 私の元上司・・・ヒューズ准将が、只ひとり支持されていた人物、今、自分の目の前におられるマスタング准将を、自分も支援する事ができる。 自分は、今回ほど自分の仕事に誇りとやりがいを自覚したとはありません。 その報告書は、我々が全勢力をつぎ込み、調査いたいました。 マスタング准将のお役に立てれば、これ以上の評価はありません。」
思いがけず、親友の名前を告げられマスタングは、息を飲む。 彼が生前、影となり日向となり自分の後押しを惜しまなかったことは、よくわかっている。 彼が敵の刺客の刃に倒れて3年以上が経とうとしているこの場面で、今、彼の元部下だという者から、こうして支援を受けている自分を幸福だと感じていた。 ヒューズの有能さと懐の深さが、見事に実を結んだ結果に他ならない。
マスタングは改めて心の底から、親友に感謝するのだった。
「レイヴァー大佐? あなたの思惑がはずれて、マスタング准将が期待に値しない人物だと判明した場合、自分に責任が問われるのでしょうか?」
固まっているマスタングを無視して、ホークアイが問いかける。
いつもの冷静な大尉に戻った彼女に目線をよこすと、声とは裏腹に、まだ拗ねたような表情をしていた。
「ははは。 そうだね、君の責任は重大かもしれないよ。」
「それは困りますね。 まあ、准将がへまをなさらなければ良いだけのことですけど。」
「・・・君? それは私に働けと言いたいのだろう?」
「その通りです、准将。 あまり無駄話をしていたら、折角お膳立てしてくださった列車に間に合わなくなりますよ。」
ホークアイは、惚け気味の上官を上手に現実に引き戻す。
「・・・む・・・。」
「くくく・・・さすが、君も噂通りの有能な副官なようだね。」
「・・・恐れ入ります、大佐。」
「まいったな・・・。」
ロイは照れを隠すように、頭をガシガシ掻きむしるような仕草で誤魔化そうとする。
が、
「こほん・・・」
咳払いをひとつしたかと思うと、自信の満ちた声で宣言する。
「レイヴァー大佐、キャラウェイ少佐。 お二人が示してくれた敬意には、心から感謝する。 その好意、ありがたく頂こう。 この好機・・・決して無駄にはしませんよ。」
マスタングはすっと顔を上げると、もう、いつもの自信に満ちた表情に戻っていた。
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