現場をレイヴァー大佐率いる東方軍に任せて、マスタングは部下達とセントラルへ帰投する。 用意された軍用車をすっ飛ばし、なんとか計画通り、隣町で列車に追いつき飛び乗った。 早速、車内の通信室を占拠し、留守番のフュリーに連絡を取り、標的の動向を探った。
「今は自分の執務室に籠もっているみたいです。 時々、東方へ連絡をとろうと試みているようですが、繋がっていません。 番号から検索したところ、軍内部ではなくて外部との連絡であることだけは、わかるのですけど、場所の特定にはまだ・・・。」
「それだけでも十分だ。 おそらく団の誰か、連絡係みたいなヤツと取ろうとしているのだろう。 繋がらないと言うことは、大佐達が旨くやっておられる証拠だ。 ・・・今のウチだな?」
「そうですね。 我々の動きもまだ察知されていないはずです。 周囲を固められる前に・・・。」
「襲っちまいたいですな。」
ブレダが時計の針をチラチラ見ながら、ちょっと楽しそうに物騒は台詞をはいた。 周りの誰もが小さく頷く。
「列車が到着したら直行だな。 さっさと片づけてしまうぞ? フュリー、どこから連絡が入るとも限ららん。 念のため、回線を切ってしまってくれ。」
「えっ?いいんですか? かえって怪しまれませんか?」
「妙な情報が入って逃げられてしまうよりはましだろう。」
「そりゃそうですけど・・・じゃあ、繋がりにくくするってのはどうですか?」
「そんな器用なことができるのか?」
「簡単ですよ。 かかってくる回線の方をちょいと弄るだけですから。」
「そうなのか? さすがだな・・・では頼もう。」
「了解しました。」
さりげない返答に少なからずとも驚かされる。 自分が考えていた以上の鮮やかな技術の持ち主、あの人の良さげな小柄の部下が、やかに逞しく思えていた。 マスタングは、口元に満足げな微笑を浮かべながら、受話器の向こうの相手に更に続ける。
「この回線をこのまま、中将閣下の所に繋げられるか?」
「お待ち下さい。」
しばし保留音が受話器から流れてきたが、やがてのんびりとした中将本人の声に変わった。
マスタングは、自分達の作戦が万事旨く進んだことと、中将による東方での活動の感謝を手短に報告すると、これから自分達が起こそうとしている行動計画をうち明けた。
「頂いた報告書で不正の証拠は揃います。 少将を拘束する権限をお借りしたいのですが。」
「ああ、勿論。 その為の報告書じゃ。」
「ありがとうございます。」
礼を言って受話器を置いた数分後、東方のキャラウェイ少佐から、「捕捉した青の団の者達の口からアジトの位置が割れたので、これから制圧に向かう」との報告が入る。
完全制圧までにそれほどの時間はかからないだろう。 上手くいけば、こちらが執務室に踏み込む際には、物証として押さえられそうだ。
マスタングにとって、もう不安材料はひとつもなかった。
「いくぞ。」
セントラル駅に降り立ったマスタング達は、中将によって用意されていた軍用車で中央司令部に乗り付けた。
一行は目的の部屋へ直行し、マスタングはドアを睨んだ。
ホークアイと目を合わせ頷きあうと、彼女がドアをノックする。
中からの返事を待たずに彼女によって開けられたドアの動きに合わせるように、マスタングは部屋に脚を踏み入れた。
予想外の訪問者に、ラグーノとその側近ベリアスは眉を寄せた。
「マスタング准将か? 君は確か東方に向かったのではなかったのかな?」
「アポイントも取らずにで失礼しますよ、ラグーノ少将。ええ、その件でしたら、すでに解決しました。」
「なに? ・・・まさか?」
「おかげさまで至極迅速にかたが着きました。 今頃は青の団のアジトも制圧されているでしょう。 強奪された武器弾薬もまもなく回収できる予定です。 そして・・・この一連の事件に関係し、影から糸を引いていた黒幕も・・・。」
「・・・なんだと?」
威圧感のこもったマスタングの声が、ラグーノの執務室に響いた。
自分を真っ正面から見据えてくるマスタングの黒い瞳に気圧されるように、ラグーノの肩がぴくりと揺れる。
マスタングの斜め後ろに控えていたホークアイが、すっと彼の横に並ぶと、レイヴァー達に向かって1冊の書類を掲げる。
その動きに合わせるかのように、マスタングがラグーノに向かって最後通牒を突きつけた。
「少将? あなたをこれら青の団による襲撃事件に関して、軍内部より情報を流していた容疑で拘束します。」
「なにっ?!」
驚きのあまり椅子から勢いよく立ち上がる少将。 その表情は、驚愕のあまり青ざめて見える。 側近のベリアスも同じく、衝撃で動けなかった。
ホークアイの掲げた報告書を指さしながら、マスタングは更に追いつめる。
「証拠はここに揃っている。 すでに言い逃れは出来ませんよ? おっと、銃はこちらに渡して頂きましょうか?」
「青の団を制圧? こんなに早く? しかもしょ、証拠だと? ま、まさか・・・そんなことが?」
「報告書の中身を確認しますか? よくもまあ・・・この数ヶ月、いくら中将閣下が不在だったとはいえ、好き放題やってくれましたね?」
「くっ! だ、黙れっ? わ、若造がっ! 貴様に私を拘束する権限などないっ!」
「・・・留守を預かったレイヴァー大佐を甘く見ましたね?」
マスタングは、明らかに動揺している少将に対し、冷ややかな視線を外さなかった。
その時、デスクの電話が鳴った。 突然鳴り響いたコールに動けないままの大佐達に代わって、ホークアイが手を伸ばした。
「はい。」
「あ、その声はホークアイ大尉ですね? たった今、東方司令部から連絡が入りました。」
電話の向こうはフュリーだ。
「ええ・・・ええ、了解したわ。 ご苦労様。」
「准将、たった今、青の団が完全制圧されました。 同時に内通者が、この者達であったという証言も得られました。」
フュリーの報告をマスタングに伝える。
「・・・だそうですよ? 少将?」
「ううっ! 一体、どうして?」
「少将、貴方を軍警察まで連行します。 どうぞ抵抗等なさらぬよう・・・。」
「煩いっ! だ、黙れっ!」
マスタングの言葉を遮るかのように喚いた少将は、デスクの引き出しを開けると中から拳銃を取りだし、マスタングに照準を向けた。 ホークアイ達もすかさず銃を抜き、対峙する。 マスタングを背後に庇うため、1歩前に出たホークアイを左手で制しながら、彼の口元が、不敵に歪んだ。
「抵抗なさるおつもりですか?」
低く冷たい声を響かせながら、右手を顔の前に構える。 その手には発火布。 手の甲をあちらに向けて錬成陣を見せつける。 今にも指を擦りそうな仕草にラグーノは怯えた。
次の瞬間、
「う、うわあぁぁぁぁーーーっ!」
ズガーーーン!
錬成陣が刻み込まれた「焔の錬金術師」ロイ・マスタングの手袋。 軍属であれば、その意味は周知の事。
あの指が少しれも擦られれば、どんな現象が起きるのか・・・恐怖が拳銃の引き金を引かせた。
とっさにマスタングを押しのけるホークアイ。 彼女の拳銃からもすでに白い煙がたなびいていた。
ラグーノが引き金を引いてしまったのと同時に、火を噴いたホークアイの愛銃。 放たれた銃弾は、少将の拳銃をはね飛ばした。 彼の弾は、ホークアイの足下の床に突き刺さっていた。
銃を弾かれ、しびれの走る右手を押さえ、呻く少将の側で、部下はへなへなと力無く座り込んだ。
「貴様、よくも! じょ、上官に向かって発砲したな?」
「なにを仰いますか? そちらが先に銃を抜かれたんじゃありませんか? 正当防衛です。」
「・・・・・!」
自分のボス盾となったホークアイの冷静な声に、誰も動けなかった。
「往生際が悪いようですね。 残念ながら、貴方を拘束する権限をつい先程、中将閣下より頂いておりましてね。 今、ここで貴方に縄を掛けることも出来ますが?」
「うううーーっ!」
「動かないでっ!」
いかがしましょうか?と、冷たく言い放つマスタングに対してラグーノは、尚も抵抗を試みたのか、その視線がはじき飛ばされた拳銃へとかすかに動いた。 とたん、ホークアイが牽制する。
「・・・若造でも実戦の経験だけは、貴方より我々の方が遙かに豊富なんでね。」
ラグーノの悪あがきにも微動だにしなかったマスタングが、尚も視線を外さず、畳みかける。 何度も修羅場を乗り越えてきた経験に裏付けされたプライド。 マスタングの圧倒的な優位は揺るがない。
その時だった。
「諦めたまえ。 もうすでに幕は降りとるんじゃよ、ラグーノ君。」
マスタング達の後ろから中将の声。
彼等が左右に分かれるとドアの入り口に小柄だが堂々と威厳を背負った中将が立っていた。
「く・・・。」
観念したのか、少将はがっくりと膝をついた。
連行され、それまでの主がいなくなった執務室にマスタングとホークアイ、それに中将が残った。
床の残痕に視線を落とすと、中将は満足そうにくつくつと笑い出す。
「儂が言ったとおり、派手にやったのう?」
軍の施設内での大捕物、しかも予告無し。 銃声が響いた時点で施設内は騒然となっていた。 そして、思惑通り、ラグーノ少将とその一派は、軍関係者が大勢遠巻きにする中、逮捕・連行されたのでだった。
「別に・・・意図したわけではなかったのですが、結果的には・・・手っ取り早かったようです。」
「准将? 何を仰いますか・・・? 少なくとも「あれ」は、意図して・・・ええ、わざとやりましたね?」
中将の問いに対して、マスタングが澄まして答えるのを遮るように、ホークアイが斜め下から見上げてくる。
「何を人聞きの悪い? 私が何をしたと? 別に「わざと」などしていないぞ?」
「相手が怯えて発砲するように仕向けましたね? あんな大袈裟な仕草で。」
「ふふん? なに、ヤツが先に1発撃てば、それだけのことだったろう?」
「弾が逸れたからよかったモノの! あたらない保証なんてないじゃないですかっ! 考え無しの無謀な挑発は謹んで下さい!」
「・・・奴の手は震えていたよ? いくら至近距離でも、あれではどんな大きな的だって狙えないさ。」
「万が一ってことだってあります!」
その通りの状況だったのだろうな・・・中将は突然目の前で始まった光景に、目を細める。自分が書いたシナリオ通りの結果に満足していた。
「まあまあリザ? そのくらいにしたまえ。」
「閣下っ! しかし・・・。」
「ふぉっほっほっほっ。 全て結果よしじゃ。 なぁ? ロイ?」
「ええ、まあ・・・。 全て閣下のご尽力のおかげです。」
「なんの・・・。 さてと、ひとつ席が空いたのぉ?」
「・・・! はっ!」
踵を合わせ、背筋を伸ばし、ピシッとした敬礼で返す。
“上を狙う”
マスタングが新たな手応えを感じた瞬間だった。
ホークアイは数日前まで抱いていた小さな後悔が、自分の胸の内から消え去るのを感じていた。
この人は確実に上に向かっている。
どんな障害をも蹴散らせるだろう。
自分も立ち止まるわけにはいかない。
自分に隙を作ってはいけない。
この人の力にならねばならない。
この人が目的を達成するその日まで、私は銃を降ろしてはいけないのだ。
だからこそ、私は自分の決断を後悔してはいけないのだ。
私の全てはこの人のためにあるのだと決めたのだから。
マスタングの横顔を垣間見ながら、密かな誓いを新にする。
何があっても・・・この人の後ろを護るのは自分、一番側にいるのは自分・・・なのだと
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