「・・・なんだ? ソレイユ? その前にただいまは?」
「あ・・・ただいま! ね? ね? パパ・ジョー? お風呂屋さんって知ってるでしょ?」
「ああ・・・知っているし、ずーっと昔、いったこともあるけど?」
「えーーーっ? 行ったこともあるの? ズルイ!」
「ズルイって言われてもな・・・。 君たちが生まれるずーーーっと前の事だし。(・・・最も<生身>だったときのことだしね。)」
「そんなに前なの? 今は行かれないの?」
「そんなことないよ。 お風呂屋さん・・・が、ありさえずれば・・・ね。」
「じゃあさ、僕、行ってみたいの。 入ってみたいの。 連れて行って!」
ソレイユは、リビングでくつろいでいたジョーのソファーに飛び乗るなり、立て続けに質問を浴びせてきた。
ランドセルをその背中に背負ったまま、まだ手も洗っていない。
「ソレイユ? 帰ってきていきなりどうしたの? 手は洗った? ・・・ランドセルは部屋に置いていらっしゃい。」
・・・ほうら、言わんこっちゃない・・・フランソワーズは、何処からでも「見える」んだよ?・・・
ジョーは、内心、型どおりの彼女の反応に笑いをかみ殺す。
「ほら、フランの言うとおり。 ゆっくり君の話を聞いてあげるから、まずは手を洗って、ランドセルを置いておいで。」
「はーい♪」
ソレイユは、素直にソファーから飛び降りると、ばたばたと駆けていく。
「しかし・・・なんだって<お風呂屋さん>なんだ?」
脈絡が全く見えないジョーは首を傾げるばかり。
程なく、通常の行程をすませたソレイユは、ちゃっかりキッチンを経由して、おやつ持参で再びジョーの前に現れた。
「さて、ソレイユ? 君はどうして<お風呂屋さん>に行きたいのかな? その<お風呂屋さんって・・・僕は「銭湯」のことだと思ったんだけど、あってる? もしかしたら温泉のこと?」
「ううん、温泉じゃないよ。 僕、温泉は知ってるよ? みんなと行ったこともあるところでしょ? 広くって、お宿があったり、滝があったり、岩がごつごつしてたり。」
「そう、温泉は、まあ、そんなところだね。 じゃあ、君が言っているのは、「銭湯」のことなんだ。 町中にある大きな煙突のある?」
「そう! 高い煙突があって、お城みたいに大きい・・・んでしょ?」
「お城ね・・・確かにお風呂屋さんの典型は、重々しい灰色の瓦屋根が日本にお城に・・・見えなくもないか?」
ジョーは子供らしい想像に、なんとなく納得してしまう。 しかし、同時に、子供の難解さも痛感させられるのだ。
「あのね〜今日ね、学校から、<探検>にでたの?」
「探検?」
「うん。 僕達の街の探検なの。 みんなであちこち歩いて、どんなお店があるかとか、車がどのくらい通るかかとか、調べたの。」
「ああ・・・そんなことしたっけかな?」
ジョーは、遙か昔の記憶を辿ってみる・・・最も幼少期の記憶なんぞ、殆ど残ってはいないが・・・。
「街って、学校周辺のことだろ? あの辺りに・・・お風呂屋さんなんて、あったっけか?」
「ううん、ないよ。 でもね、ケン君がね〜発表したの。」
「???・・・ソレイユ? 発表って?」
小学1年生との会話・・・まだまだ日本語が成立していないので、スムーズな意志の疎通は難しい。
ジョーは、突然ぶっ飛んだソレイユの思考についていけない。
「あのね、探検に行ったでしょ? そうしたら、街に何があって、どんなお店があって、って事がわかったでしょ?」
「うん、そうだね。 みんなで見てきて確認したわけだね?」
「そう。 だけどね、ケン君ね、2学期から転校してきたの。 <とーきょーのしたまち>にいたんだって。 そこにはね、大きなお風呂屋さんがあって、普段は家にあるふつーのお風呂に入るんだけど、特別な日があって、その時だけ、おとーさんやおかーさんとお風呂屋さんに行っていたんだって。」
「・・・って、発表があったんだね?」
「そう。」
「なるほどね・・・。 確かにこの町にはないなあ、お風呂屋さん。 最近じゃ数が減ってしまったからね。 スーパー銭湯とかいう施設に替わったところも多いしなぁ。」
「・・・パパ・ジョー? お風呂屋さんわからないの?」
「うん・・・この近所じゃ見たことないんだよ。 そうだね・・・ちょっと探してみるから、しばらく待ってくれる?」
「うん!」
ジョーは、車から地図を取ってきて、研究所周辺から徐々に半径を拡げて、銭湯を探してみる。
比較的、特殊な建物の表記の詳しい地図ではあったが、銭湯まで記載されているのか?は、なはだ自信がない。
比較的、特殊な建物の表記の詳しい地図ではあったが、銭湯まで記載されているのか?は、なはだ自信がない。
それでも隣の市まで、検索範囲を広げたところで、1件の銭湯を見つけだした。
しかし、これがソレイユご所望の<お風呂屋さん>であるかどうかは、自分の目で見てみないことにはわからない。
・・・ということで、ジョーは早速地図を持って、目的の場所へと車を走らしたのだった。
車を走らせること、約30分。
住宅地の真ん中に、それはまだ堂々と鎮座していた。
贅沢なくらい駐車場が広いのは、ありがたいことだ。
建物の脇には、大きな廃材置き場がある。
どうやら、これが風呂を沸かす為の燃料らしい。
駐車場の一角にはコインランドリーの小さな建物があり、数人の老人達が談笑している。
コインランドリー自体も数台が稼動しているようだ。
ジョーは駐車場に車を止めて、しばらく周辺の様子を観察していたが、そのうち、バラバラと人が集まってきた。
年齢層は高齢者が圧倒的に多い。
数台の車も、駐車場に入ってくる。
利用するわけでもないのに、何時までも留まっていたら迷惑だな・・・ジョーは帰路につくためにエンジンをかけた。
その時だった。
「お待たせしましたねぇ、さ、さ、どうぞ。」
銭湯の入り口の施錠が解かれ、開かれた引き戸から老婆が声をかける。
その声に釣られたかのように、そこいらにいた人たちが銭湯の入り口へと、吸い込まれていった。
時刻は午後の4時を示していた。
・・・だから、人が集まりだしたのか・・・。
「あ・・・そうか。 銭湯の始業時間なんだ。」
煙突からは灰色の煙がモウモウとたちこめているのが見える。
「今時、あんなに煙りだして・・・よく規制に引っかからないな?」
住宅地の真ん中に、時代に取り残されたかのような、建物・・・確かに自分がチビのころにもあったな・・・と、記憶の糸を辿ってみる。
自分はいつも利用していたわけじゃない。
あれは、そう・・・施設の浴場が、改修だか修理だかで、1週間ほど使えなかったとき、みんなを銭湯に連れて行ってくれたんだ。
毎日、とはいかなかったけど・・・。
天井が高くて、綺麗な脱衣場があって・・・そうそう、飲むことは敵わなかったけど(余分なお金は持たせてもらえなかったからな)、牛乳とかジュースとかが入っているケースがあって、やたらと美味しそうに飲んでいた人がいたっけな。
・・・どうして、牛乳だったんだろう??? ・・・不思議と些細なことを記憶しているものだな・・・
ジョーは、車の中でコッソリと笑みを浮かべる。
「さてと・・・戻るか。」
ジョーは、出口に向かってハンドルを操作した。
夕日にはまだ少し早い。ジョーは研究所の方向に車を向けた。

「ただいまーっ。ソレイユ? ソレイユ? いるかい?」
「あら、おかえりなさい。 見つかったの? <お風呂屋さん>?」
フランソワーズが、キッチンから、顔だけ覗かせてジョーを出迎えた。
「うん。 おそらくソレイユのリクエスト通りのヤツだと思うよ。 昔ながらの・・・って、ヤツだね。 今時・・・よく残っているな?」
「ふふふ・・・。 よかったわね、お眼鏡にかなう物件があって。 そこって、遠いの?」
「隣の市まで行ったよ。 車で30分ってところかな? 最も、帰ってくるときには、帰宅ラッシュが始まっちゃってさ。 もうちょっと時間がかかっちゃったよ。 ・・・ところでソレイユは?」
「遊びに行ったわ。 もうそろそろ・・・帰ってくる時間ね。 で、そこに連れて行ってあげるの?」
「ああ・・・行きたいっていうんだろうな、きっと。 君も行くかい?」
「私? ・・・そうね、おそらくルナも行くって言うわよね?」
「ん? そりゃ・・・言うだろうね。」
「じゃあ、私も必然的にお供じゃない? お風呂屋さんって、勿論・・・男女別々なんでしょ?」
「まあね・・・そうだけど。 でも、ルナはまだ6歳だろ? 子供なんだから、男湯に入ってもいいんだよ?」
「えっ? そうなの?」
「そりゃ・・・勿論<小さな子>に限られるけどね? 考えてもみて。 昔は銭湯って、日常の一部だったんだよ? 入浴が自分の家で出来ない人にとってのね? 必然的に子供はお母さんと入る。 子供には男の子も女の子もない。 その逆にお父さんが連れて行かざる家庭だってあったわけだし・・・。 第一、この前の温泉、あの子、僕達と入らなかったっけ?」
「そっか・・・そうね。 すっかり忘れていたわ。 ここでも貴方や・・・他のパパ達が、ルナのお風呂のお世話してくれるモノね。」
「そういうこと。 だから、ルナも僕が連れて行かれるけど?」
「・・・本人に聞いてみるわ。 最近ちょっと<オナマ(生意気)>だから。」
ジョーとフランソワーズが、そんなたわいもない銭湯についての考察を語り合っていると、いつの間にか時間が過ぎたのだろう。
玄関先がやけに騒がしい。 双子が帰還だ。
「「「ただ今〜〜〜っ!」」」
「おかえりなさい・・・あら? ジェットも一緒?」
「おお。 そこで一緒になった。 でよ? ジョー? お前、<せんとう>に行くのか? 何かあったか?」
いつになく真剣な面持ちのジェット。 ジョーの眉間に無意識に皺が寄る。
「・・・ソレイユから、どういう風に聞いたのかな?」
「あん? お前がソレイユの事を<せんとう>に連れて行くってヤツさ。 最近、何もなかったはずだよな? それとも、今日、俺らが外出している間に何かあったか?」
ジェットの声が大きくなる。 ・・・興奮している?
「・・・ジェット? 落ち着いて。 何もないよ。」
「なにもって・・・。俺様に言えないようなことでも?!」
「違うって・・・ジェット、それって日本語の翻訳間違えだよ・・・。 ソレイユの発音が悪かったんだな? きっと・・・。」
「???」
やれやれ・・・呆れ顔で興奮したジェットを御しながら、ジョーがゆっくりと説明にかかる。
「戦闘(battle)じゃなくて、銭湯(public bath)・・・なんだよ。」
「ああ? そうなのか・・・なんだ、風呂かよ・・・? ああーっあせって損したぜ。」
興奮に振り上げた拳と、いかった肩を下げて、ジェットは心から安堵する。 ・・・というか気が抜けていた。
「悪かったね。 ソレイユには注意しておくよ。」
「ま、いいさ。 俺が自分で”シメ”とくぜ。 で?その<銭湯>に・・・行くのか?」
「”シメ”かい? ・・・まあ、任せるよ。 さっき隣の市にあるのを見つけてきたよ。 今日の晩ご飯の時に、ソレイユにも話そうかとおもっている。」
「ふうん・・・銭湯ね?」
すっかり元の状態に戻ったジェット。 すっかり頭を切り換えて<銭湯>を吟味している。
そこに・・・。
「銭湯がどうかしたって?」
「やあ、アルベルト。 お帰り。」
「ああ、今戻った。 で? 銭湯に行くって? 確か日本の銭湯って言うヤツは、この間行った温泉とは趣が違うとか・・・?」
「うん、ちょっと違うよ。 温泉ほどサービスは重視されない替わりに安価で、誰でも毎日のように行かれるところさ。 内風呂をもっている家屋がが少なかった昔の名残・・・って言えばいいのかな?」
「へぇ?おもしろそうだな。」
「おや? なんだ、ピュンマか。 お帰り。 君も興味ある?」
「あはは・・・確かに、裸のつき合いだしね。 じゃあ、みんなで行く?」
いつのまにかキッチンで男達が銭湯吟味・・・。
「まあね。 日本文化に手っ取り早く触れられる・・・かな?」
「いいかもな?」
どうやら銭湯ツアーが成り立ちそうな雰囲気・・・その日の晩ご飯は、勿論その話で盛り上がったことは言うまでもない。