「ホークアイ中尉、将軍閣下がお呼びです。」
中央司令部の一角、彼女がほぼ毎日勤務している執務室で、その連絡は突然もたらされた。
<執務室でいつものように仕事をしている>・・・と言いたいところだが、今は破壊されたここーーーセントラル市街の復興準備に追われる毎日。
破壊された施設の復興はもとより、住むところをなくしてしまった人々の避難住居の確保、地方からの援助物資の分配、負傷者の手当、そして、犠牲者の埋葬・・・。
軍がなす仕事はいくらでもあった。
そんな中での、突然の呼び出し。 しかも呼び出した将軍は、現在直接の上司ではない。
・・・この非常時だから、多少系統だった指令は、省略されている? まさか? ・・・
リザは将軍のいる司令室にたどり着くまでの数分間、自分の立場と照らし合わせた想像を巡らす。
「失礼いたします。 リザ・ホークアイ中尉入ります。」
挨拶のお手本のような凛とした声と姿勢は、相変わらず一部の隙もない。
「入りたまえ。」
部屋の中から、将軍の声が直接聞こえてきた。
「失礼します。」
ドアノブを捻り部屋に入ったリザは、びしっと敬礼を決めると、将軍が座っている大きなデスクの正面に立つ。
「お呼びと伺い、参上いたしましたが」
「ご苦労。 君に転任命令じゃ。」
「転任? ですか?」
(この混乱したときに・・・上層部ってやっぱり呑気にかまえているのかしら?)
頭の隅でコッソリと毒づくが、決して表情には表さない。
それでもほんの少し、声に現れてしまったかな?と、密かに悔やんでみたりする。
「ああ、セントラル勤務は変わらんよ。 配属先の変更じゃ。」
「はい・・・どちらの配下に?」
「中央司令部本部、指揮官付き副官だ。」
「ここの指揮官付き副官・・・ですか? それでは閣下の部下?ってことでしょうか?」
「ははは・・・儂が今いるのは、緊急招集によっての暫定的は処置じゃ。復興のめどが付けば、儂は持ち場の東部に戻る。それに、この老いぼれの儂に、セントラルを振り回すだけの体力なぞ、残っとらんわい。 あ・・・それに儂は、ここでの任務は市街地復興支援指揮ってことになっているでな。」
「はぁ・・・では、どなたの下に?」
将軍は、おもむろにデスクの上にあった彼女の辞令と一緒にもう1冊、ファイルを取り出すと、リザの前に差し出した。
「1時間後、その人物を評議会議長室まで出頭させなさい。 評議会の名で正式な任命式を執り行う。」
リザは、渡された司令書を1枚捲る。
「こ、これは・・・!」
普段冷静な彼女とは思えないほどの驚愕の表情に、将軍はなぜか酷く満足そうに笑った。
「そんなに驚くことかの? これは、当然に人事・・・だと儂は思うがの?」
「だっ・・・」
だって!と、言いかけて、慌てて声を飲み込み、努めて冷静に戻ろうとリザはいったん目をつぶり大きく息を吸い込んだ。
吸い込んだ息をゆっくりはきながら、彼女は目を開ける。
そこには、いつもの真っ直ぐに人を見据える強い光を湛えた彼女の瞳が輝いていた。
「失礼いたしました。・・・このような人事を見たことがなかったモノですから・・・。」
「そうかい? 今の状況を考えれば・・・そう、当然じゃ。 彼ほどの適任者はおらんよ。納得できんのか?」
「いえ、そんなこと! 」
「ははは・・・まあ、驚くのもむりないんじゃがの? 異例といえば確かに異例じゃ。」
「ですが・・・。」
「まあの・・・年寄りと肩書きは、こういうときに使うものなんじゃろうて・・・?」
「!!! では、将軍が?」
「誤解するでないぞ? ホークアイ中尉。 今、この国に必要だから、召還した。 そして、こやつはそれができる・・・理由はそれだけじゃ。」
「・・・はっ!」
「 あ、本人がなにかごにょごにょ抵抗しても必ず、出頭させとくれよ?」
「了解いたしました。・・・必ず!」
「お・・・それと、ついでじゃ、これらの人物に、それぞれこの命令書も配っておくれ。君が招集しなさい。」
将軍はおもむろに、更にもう一つのファイルを彼女の前に差し出す。
「招集って・・・?」
「見ればわかる。 新しい指揮官には、手駒が必要じゃろう?」
「・・・えっ? ・・・あっ!」
あわてて、ファイルを捲るリザの手が小さく震えてくる。
「忙しくなるぞ?」
「はい! ・・・承知しました!」
リザは、敬礼と共にその頬は上気してくるのがわかって、少しでも早くその場から離れたい気分になる。
「のう? 中尉?」
礼儀正しく敬礼し、退出しかけた所で、再び将軍から声をかけられ、彼女はその動きを止めた。
「今までにもまして大変じゃろうが・・・出来るな?」
「・・・はい、勿論・・・全力を尽くします。」
「この国は・・・まだまだ軍人を必要としておる。・・・ちと悲しいことではあるがの。」
「・・・閣下?」
「できるじゃろ? 彼ならば。この国を正しい方向に、国民が安心して生活を送れるよう・・・そんな安定した国を作ることが。 ・・・どうかの?」
「ええ。 きっと・・・できます。」
「今は絶好に機会じゃないかの? これをモノにするかしないかは・・・本人の力次第・・・だぞ?」
「・・・はい。」
「ふむ・・・期待しておるでの。」
「はっ!」
リザは改めて体の向きを直すと、びしっと最敬礼で答える。
「よし・・・時間に遅れるでないぞ?」
「はい、失礼します。」
踵を返し、ドアを閉めると、リザは無意識のうちに駆けだしていた。
リザは、執務室に戻ると、大急ぎで、渡された命令書にあった該当人物全員の、今日の配属先を調べる。
あの事件からすでに4日が経っている。
多くの軍人が復興途中の街中に散っていた。
リザはまず、通信室にこもって修理を担当しているフェリーを捕まえると、同じ建物内にいるはずのファルマンの所在を確認させる。
2人分の命令書をフェリーに託すと、次は車を手配する。
街はまだまだ瓦礫の山に覆われているが、悪路とはいえ、軍事用、救急用になんとか、道路は確保されていた。
リザは自らハンドルを握り、街に飛び出す。
セントラルの街の中心地ーーー真っ先に敵に攻撃されて一番損害の酷い地点ーーーで、補修と捜索が続けられているその地点で、ブレタとハボックを見つけると、命令書を突きつけて叫んだ。
「大佐はどこ?」
「今日は、あっちの水道橋の補修を、他の錬金術師とやってるはずですよ?」
「って、やっぱり中尉もいまだに「大佐」なんですね?」
リザの質問に答えながら、ちょっとからかうようにブレタがにやついた。
いつもだったら、ここで、一睨み・・・ありそうなところだが、今日は違う。
「そうね・・・でもね、あと30分もすれば<大佐>でもなくなるわ。 正式にね。」
「は?」
「それを見れば・・・わかるわよ。 ちゃんと目を通しておいて下さいよ?」
「・・・・・」
いつになく明るい声で、それだけ言うと、リザは、教えてもらった方向へ駆けだしていた。
「・・・走ってるぜ? あの人が・・・。 っつか、笑ってるぜ? 珍しいこともあるもんだな?」
「・・・っていうか、あれって、どういう意味だ?」
「さあな? で・・・命令書って?」
首を傾げながら自分達に渡された命令書を改めて読み出す2人。
「・・・おい? これって・・・。」
「ああ・・・うそじゃねえだろうな?」
2人はまじまじと穴が空くほど文面を見つめたまま、見事に固まっている。
「ハボック中尉! 通信部から連絡はいってますーっ!」
少し離れた臨時の通信施設から、部下の声がかかる。
「お? おおっ!」
我に返ったハボックは、とりあえずそちらの方向に向かい、受話器を受け取った。
通信の向こうからはフェリーの声。
「ああ? お前の所にもきたか? ファルマンの所もか? ・・・って、これは、本当の事なんだな?」
ハボックの声がいつになく弾んで大きくなっていた。
「ははは・・・やったな?」
「ああ・・・またこき使われるぜ?」
いつの間にか電話の側まできたブレタの顔も嬉しそうだ。
電話の向こう側にからは、ファルマンの声も聞こえている。
「・・・だな?」
通信が終わると、2人は、ガツン!と、音が聞こえるくらい派手に拳を付き合わせていた。
満面の笑顔で・・・。