戦いに明け暮れる日々と「休暇」の繰り返し
それは、自分に課せられし日常
終わりも見えず、果てしなく続いて見える毎日
長期の「休暇」を手にしたときは、我が身が背負った運命から逃れられた錯覚に浸る
休暇はつかの間、いずれは終了を告げられ、現実が己が身に覆い被さる
この身体に置き換えられたあの日から、
運命は変えられ、宿命を背負わされ、走り続けることを強要された
それでも何時かは・・・何時か必ず、この戦いの日々に終焉が訪れんことを、
無意識に祈っている己が、まだ、いる
わずかすぎる希望を捨てきれずに走り続けて、一体どれくらいの時が流れたのだろう
何時訪れるともわからない終着の時を夢見て、走る糧とする
が、もしも・・・もしも本当に終着点に辿り着けたら・・・
自分は・・・どうなるのだろうか
どうする?
どうしたい?
戦う機械の身体を持ってしまった自分・・・生きる意味はあるのか?
存在する価値はあるのか?
普通に、人間として存在が許されるのか?
人間として生活し、幸せを求めてもよいのだろうか・・・。
この身体となった理由はどうであれ、自分は兵器
この身は、この手は、血で染められ、
その色は、その臭いは、戦いが終わったとしても、取り除くことはできないだろう。
そんな自分が、幸せを求めても許されるのだろうか・・・。
繰り返される自問自答
(おそらく仲間の誰もが持っているだろう)
これは、答えのでない問いかけ
誰にきいても明確な答えなぞ、存在しない

我々が歩いてきた道程
語り継ぐことを求めているわけではない記録
・・・のはずなのに、時として僕らは、僕らをあの子達に語っている
なぜ?
忌まわしいだけの記録を、なぜ2人の耳に届かせる?
自分の生い立ちを、
サイボーグになる前に自分を、
サイボーグになってしまってからの葛藤を、
・・・そして、自分達の戦いの歴史を・・・。
今、自分が置かれている立場への決意と希望
記憶されることを望むのではない
ただ、誰かにきいて欲しいだけなのかも知れない
語り継ぐべきではないのだと自覚していても、
自分という存在を誰かに、
自分でない誰かに確認してもらいたい。
だから、わずかな言葉を、口の端にのせてみるのかもしれない
それはほんの些細な悪あがきに過ぎないのだとわかっていても
僕達を覚えていて
僕達が存在したことを知っていて
僕達を忘れて
僕達が犯した罪を消して
戦いの歴史を忘れないで、繰り返さないで、
覚えていて欲しい
忘れ去って欲しい
答えの出ないまま繰り返される自問自答
それは、語り継がれない話
すべてが矛盾・・・
彼等は気付かない
双子達への愛情と言う形で受け渡され、双子が抱えていく無形の産物だということに
想いの全てを受け止めてくれる2人へ、声とならないありがとうが含まれていることに
この想い・・・確かにそこにあるのに
終わらないparadox
