「ねえ?ママン・フラン?ルナもそれ一緒に作ってもいい?」
ある日の午後、ギルモア研究所のリビングには、この屋敷には珍しく3人の女性がお茶を飲みながらおしゃべりを楽しんでいた。
女性が3人・・・ひとりはこの研究所のスーパー主婦のフランソワーズ。
あとの二人は彼女の友人、瑛みずきと美咲。
3人の話題はそれぞれ、バレンタインデーに何をプレゼントしようか、という事だった。
学校から帰ってきたルナが3人を見つけて、お茶とお菓子のお裾分けにありつき、『大人の女性の会話』に興味津々、おとなしく耳をダンボ・・・もとい耳を傾けていた。
が、やがて3人そろってバレンタインデーの前日、たまたまスケジュールが空いているという話からここ、『ギルモア研究所のキッチンで手作りしよう♪』という事で落ち着こうとしていた。
勿論男どもには内緒に・・・である。
みずきと美咲。
彼女たちはそれぞれアルベルトとジェットと公認の仲である。
ルナもソレイユとともに、小さいときからあれこれ世話になっている。
「ねえ?ルナも作ってみたいな?いい?」
大人の女性3人が楽しそうにそれぞれの愛する人に愛情を込めてプレゼントしようと瞳を輝かせて話をしているのを見て、一種のあこがれを感じて眺めていた。
ルナの目には今の彼女たちが一際きれいに見える。
『一緒につくったらみんなみたいな女の人になれるかな?』
魅力的は3人はルナにとっては理想の女性像となっていた。
「ええ、いいわよ?一緒に作りましょう!楽しそうだわ。」
快く笑いかけてくれるみんながより一層眩しくかんじる。
そんな時、美咲がルナに逆に興味津々尋ねてくる。
「ねえ?ルナ?誰か好きな子いるの?」
「そうそう。学校に気になる子はいないの?」
ここぞとばかりにみずきも身体を乗り出してルナの顔をのぞき込む。
「ええ〜?そんなのいないよお。お友達は一杯いるけど・・・。ルナにチョコレート頂戴って言ってくる子もいるけどね・・・『義理』であげていたら・・・キリないし・・・。」
「・・・キリがないって?」
「うん、最近、毎日誰かに『義理』でもいいからって言われるんだけど・・・一人にいいよっていったらみ〜んなにOKしなくちゃいけないでしょ?・・・そんなの・・・めんどくさい・・・。」
・・・それって、ルナがモテモテってこと?・・・
思わぬ余裕の発言にタジタジしてしまった大人達・・・。
「ルッルナ?そのお友達の中には特別な子はいないわけ?」
みずきが気を取り直して更に聞く。
「うん♪いないよ〜。だって・・・パパ・ジョーの方が優しいし、ここのおじちゃま達の方が全然かっこいいし・・・。学校のなかでは、ソレイユがいちばんましかな?」
あまりにもサラッと言ってのけるルナ・・・ファザコン&おじコン(?)は重症なようだ・・・。
「・・・ここの大人と比べてはね・・・」
「・・・同級生も気の毒ね。」
「フランソワーズ?この子の将来・・・苦労するわね。」
「そうね・・・こう目が肥えてしまってはね・・・よっぽどいい男でなくちゃ・・・。」
「みずきさん!美咲さん! そんな、今から心配になることいわないでよ・・・。ただでさえ、ジョーを始めみんなルナに甘いんだから・・・」
自分達からふった話題だったが、どうもルナにはまだここのメンバーしか視野に入ってないらしい事は判明。
当然、自分が作ってあげたいバレンタインデーのプレゼントの行方も・・・彼等なわけで・・・。
「じゃあルナ?作ったものはここのみんなにあげるのね?」
「勿論!みんな、だ〜いすきだもん!」
屈託のない極上の笑顔で『だ〜いすき!』っていわれては・・・『やつらもあまくなるだろうな・・・』などと客人ふたりは軽く溜息をつきながら考える。
「わかったわ。じゃあルナ?13日は学校が終わったら寄り道しないでまっすぐ家に帰ってくるのよ。たぶん私たちは先に始めているから。」
「そうよ、男どもがいないうちにこっそり作らないとね?」
「は〜い♪ふふふっ♪お菓子作り〜楽しそう♪」
無邪気に弾むように喜ぶルナを見て、『甘やかしたくもなるわね・・・』さらに密かに心の中で思うふたりだった。

さて、お菓子作りの当日13日の午後。
男どもは仕事に出払っているし、双子はまだ学校の時間。
女3人のお菓子作りが始まった。
作るものは『ハート型のシュークリーム』に決定していた。
最初は王道のハート型のチョコレートにしようか?という話もあったが、今回、ジョーとジェットの所には例年になくチョコレートが集まりそうな状況にあることは明白だったし、アルベルトにチョコレートの塊は・・・ちょっとキツイかも?・・・ということで決定したのがこれだった。
中につめるクリームは3人の好みに合わせて微妙に違っている。
ジョーには生チョコレートクリームとカスタードクリーム。
ジェットのは生チョコレートクリームと生クリームにして、アルベルトにはビターチョコレートクリームと甘さをかなり抑えた生クリームとする事にした。
ルナがつくるみんなの分は、ジョーのパターンとジェットのパターンが半分ずつにしてある。
ルナはまだ学校から帰ってきていないが、先に3人でシュー作りが始まった。
「シュークリームつくるのなんて何年ぶりだろう?」
バターを小さく包丁で刻みながらみずきが呟く。
「学生の頃は時々友達と作っていたよ。あの頃は甘いものよくあんなに食べられたなあ?」
ニコニコと笑いながら美咲がオーブンシートに裏側からハートの形を描き込んでいる。
「ここでお菓子を作るとね、ケチつけられたりウンチクたれられたり色々あるけど、あっという間になくなっちゃうのよね・・・たまには誉めてくれる人がいてくれると励みになるんだけど・・・。」
そういいながらフランソワーズは小麦粉とベーキングパウダーを計量して、なべの用意をしていた。
「ジョーは美味しいって言ってくれないの?」
「ジョーは・・・何を作っても喜んで食べてくれるわ。いつも1番にあげているのよ・・・わかっているのかしら?そこの所?」
「・・・それは・・・」
「『わかっていない』の挙手ね。」
みずきと美咲が火にかけたなべの中身を木べらでグルグルとかき回しながら答えた。
「・・・酷い・・・二人とも・・・」
卵を割りほぐしていたフランソワーズの泡立て器の回転が、ちょっと速くなりカシャカシャと大きな音を立てている。
「でもね、これはね・・・絶対に美味しいっていわせちゃうんだから!ジェットがどんなに一杯チョコレートもらってきても!」
美咲が、フランソワーズになべの中に割りほぐした卵を少しずついれてもらいながら、更にグリグリと練りながら決意表明(?)している。
「そうよ・・・アルベルトにもなんとか完食してもらわないとね。」
・・・グリグリ・・・グリグリ・・・
「なんか今年はいつもより気合いが入っちゃうわ。それも・・・あの勝負のせいね!」
・・・グリグリ・・・とろ〜り・・・
「そうよ!こ〜んなに愛情こめているんだから!わかってないんだから〜〜〜!あいつは〜!」
・・・グリグリ・・・甘い匂いがあたりにたちこめる。
「愛情込めるってよりは愛の怨念?になってない?美咲さん?」
「これも一種の愛情表現よ!みずきさん!」
「・・・まあ、卵がよく混ざっていい感じだわ。確かに愛情ね・・・。」
いつの間にかとろ〜り艶のあるシュー生地ができあがっていた。
その時、『あっ、帰ってきたわ。』フランソワーズがはっと顔を上げてドアの方を振り返ると・・・
息を切らしてルナがキッチンに飛び込んでくる。
「ハアハア・・・もう・・・だいぶんできちゃった?」
「そんなにあわてなくても大丈夫よ。肝心な所はこれからだから。さあ、手を洗ってエプロンつけていらっしゃいな?」
「はあ〜い!」
フランソワーズに促されて、またドタドタと騒がしく移動するルナだった。
ルナも加わって更ににぎやかな研究所のキッチン。
いよいよシュー生地を絞り袋に詰めて、先程オーブンシートに描き込んだハートの形に生地を絞り出す。
一筆で書いたハート型の上にきれいに重なるようにもう1本絞り出す。
「きれいに一筆でかいてね。ルナ?あなたはまずこのシートに下絵を描くのよ。あなたもハートの形にする?」
慎重に生地が途切れないようにハートの形を描いているふたりの様子を眺めていたルナが答える。
「見てるとなんだかちょっと難しそう・・・あたし普通の形にしようかな?」
「じゃあ?クリスマス・リースみたいに丸くしてみれば?」
「あっ!それいいかも?コップかなにかで線をひけばきれいに描けるわよ。」
「うん!そうする。」
ルナはコップを取り出してきて適当に間隔を開けて描いた丸はちょうど10個。
メンバー分(イワンの分もチャンとカウントされていた)とギルモア博士、それとソレイユの分だった。
慎重に大真面目な表情で円を描いていくルナ。
「よ〜し順番に焼くわね。何回かに分けてオーブンに入れないとね、いっぺんには入りきらないわ。シューが焼ける間にクリームつくらなきゃ・・・。」
3種類のクリーム作り。
ルナが、渡された生クリームのボールを、氷で冷やしながら泡立て器で格闘している。
美咲は、大量のチョコレートが熱くなりすぎないように気をつけながら、湯煎にかけて溶かしている。
みずきも刻んだビターチョコレートを美咲と同じように湯煎に掛けていた。
フランソワーズの担当はカスタードクリーム。
お砂糖と小麦粉、牛乳を混ぜ合わせて加熱した所に卵を入れて一気に混ぜ合わせればカスタードクリームもできあがる。
ルナが奮闘した生クリームを半分に分けて、片方に美咲が溶かしたチョコレートを混ぜ合わせて生チョコレートクリームができあがった。
別にもう一つ極力甘さを抑えた生クリームを泡立てる半分に分けて、それにはみずきが溶かしていたビターチョコレートを混ぜこむ。
こうして2種類の生チョコレートクリームと生クリーム、それにカスタードクリームの用意ができた。
オーブンがチンと鳴ってシューの焼き上がりを教えてくれる。しかし、オーブンの中のシューは時間が来てもすぐには取り出せない。
あわてて取り出すと萎んで形が悪くなってしまうから。よーく様子を見ながら慎重に。
オーブンから取り出したらよーく冷ます。
冷ましている間にクリームの用意が終わった4人はしばし休憩。
フランソワーズがみんなに紅茶を入れて声をかけた。
「ご苦労様。後はそれぞれクリームを詰めてラッピングだけね。」
「うまく膨らんでいる?」
「大丈夫よ。ただね、あまり焦ってオーブンから出しちゃうと萎んでしまうから、そこは時間をよく見ておかないとね。」
「へ〜・・・そうなの・・・」
紅茶をフウフウと冷ましながら飲み、更にお菓子をほおばり、オーブンを気にしてのぞき込むルナ。
休憩時間でもあちこちと忙しく動いている。
「ルナ?こぼすわよ。落ちついて。ちゃんとオーブンが焼いてくれるから。」
お菓子とオーブンの両方を気にするルナの仕草にキッチンに笑いがこぼれる。
しっかり冷めていることを確かめたシューから厚さを半分に切り、中の空洞に絞り袋を使ってクリームを絞り出していく。
下側にチョコレートクリームを、上半分のシューの溝にはもう1種類、別のクリームを。
3人それぞれが自分のシューに相手の好みに合わせたクリームを絞り出す。
・・・丁寧に、愛情込めて・・・
ルナも慎重にシューの厚みを半分に切ると(難しいので半分はフランソワーズに手伝ってもらっていたが)はみ出さないように気をつけながらクリームを絞っていた。
上下それぞれクリームを敷き詰めたら、二つを合わせて元の形に整えて、後はアーモンドスライスを飾り粉糖を振りかけて完成!
そして、シュークリームの下にメッセージカードを隠して、完食しなくては読めないように細工する。
カードには勿論大好きな彼にあてた愛のメッセージ。
ルナもちょこっとまねして『だ〜いすきな○○へ』などと書いてあるカードを用意していた。
・・・更にヤツラが甘やかすようになるわけね・・・
楽しそうにひとつひとつを丁寧にラッピングするルナを3人は優しい笑顔でそっと見守る。
キッチンに甘いチョコレートの香りが漂っていた。
明日はバレンタインデー。
これを手にした男どもの反応は?
ジョーとの勝負に気を取られているジェットは?
フランソワーズは明日も1番にジョーに渡すことだろうが、彼はそれにきちんと気がつくだろうか?
アルベルトは完食して無事メッセージが読めるかしら?
ルナのかわいいメッセージを読んだおじさま達は?
明日はちょっと楽しい場面が期待できそうである。
そして、ルナがとびきりのひとつを作るのはいつのことになるのか???
それも今後のお楽しみということで・・・
![]() |
![]() |
![]() |
