「ねぇーっ?!ちょっと、聞いてるのっ?!あたしをここから出してよぉ〜〜〜っ?!」
スピーカーから聞こえてくるのは、なにやらルナの悲痛な叫び声・・・だ。
それに対して、画面のこちら側からの返答はと言えば・・・。
「何寝ぼけたこといってやがるっ?」
「無理に決まってるだろ?」
「ぎゃーぎゃー喚いていないで大人しくしてろ。」
「なんだったら、大人しくできるように、もう一服盛ってやろうか?」
「全く・・・大声出しちゃって、煩いわよ?」
音声だけ聞けば、なにやら物騒な返答ではある。が、どうやら監禁状態らしいルナ・・・当の本人に、台詞ほどの緊迫感は存在していない。
まあ、それもそのはず・・・監禁場所は「自室」であり、叫び声の向こう側は、ギルモア研究所のリビングなのだから。
勿論、会話相手の面々は、ジョーであり、フランソワーズであり、彼女の大好きなおじさま達だ。
しかし、自室から出してもらえないのは、残念ながら歴とした事実であり、実際、ルナは、こうやってモニター&スピーカー越しの会話しか許されていないのだ。
とは言っても、原因が自分側にあるのは明らかなので、仕方がない・・・といえば、それまでなのだが。
この状態が続くこと4日。そろそろ彼女も限界らしい。おまけにルナにとっては1年にそう多くない「重要な日」が、いよいよ明日に迫ってきているという事実が、モニター越しではあるが、彼女に直接交渉という手段に乗り出しさせていた。(なにせ、時間がない!)
が、交渉相手は百戦錬磨の戦士達。たとえ言葉のやり取りだけの折衝であったとしても、ルナ1人で敵う相手ではない。
結果、彼女の悲痛な叫びとなっているわけだが・・・。
事の発端は3日前の朝だった。定刻過ぎてもダイニングに降りてこない彼女の異変・・・から、始まったのだった。
コンコン・・・丁寧にドアをノックしながら、ジョーが部屋にいるはずのルナに声をかける。が、今日に限って、何の返答もない。
ルナの目覚めは、決して悪くない。普段は自分で目覚ましをセットして、誰にも起こされなくとも、きちんと起き出してきて、ダイニングに顔を出す。ほぼ毎日繰り返される行動なので、定刻よりも10分過ぎても姿を見せなかった今日は、フランソワーズも気になっていた。
珍しく早起きしていたジョー・・・いつもはフランソワーズかルナが、ベッドサイド迄起こしに行かないと決して起きては来ない・・・に、「様子を見てきて頂戴」と、頼む始末。
「ルナ?どうした?入るよ?」
部屋がしんとしていることに少々戸惑いながら、ジョーはドアを開け、部屋に踏み入る。部屋はカーテンが閉まっており、起き出した気配は、まるでない。本人はどうやらベッドの中で布団を被った状態で、まだ寝ているようだ。
にしても、ノックをしても声をかけても何の反応がないなんて???
ベッドの中からジョーを見上げるルナと目が合い・・・ジョーは少なからず仰天する。
「ルナ?・・・もしかしたら辛くない?」
ルナは目覚めていた。目を開けてちゃんとこちらを見ている。
・・・が、その瞳は充血してとろんとしており、顔も赤い。一目瞭然、高熱を出している状態だ。何かしゃべろうとしているようだが、口がパクパクと弱々しく動くだけで、漏れるのは苦しそうな吐息だけ。まるで音声になっていない。
「・・・熱が高そうな顔しているよ?頭痛する?喉は痛い?」
ジョーの問いかけにコクンコクンと頷くルナ・・・なにやらもっと訴えたいようだが、自分ではどうしようもないようだ。
ジョーがそっと彼女の額の手を置けば、妬けるように熱い。
「・・・これじゃ起きて来れないわけだよな。」
愛娘が高熱を出している割には、やけに口調がのんびりとしているジョーだ。
「ちょっと待ってて。フランを呼んでくるから。」
そのまま部屋をふらーっと出ていってしまった。
ルナは再びを閉じた。
「あら?ジョー?ルナは?起きてくる?」
「あ、ルナね・・・なんだか熱があるみたいなんだけど?」
「はぁ?そうなの?風邪ひいたのかしら?」
ジョーのピンぼけな返答にフランソワーズ始め、ダイニングで朝食を取り始めていた面々も首を傾げる。
・・・珍しく早起きしたから、まだ思考回路が働かないのね・・・
フランソワーズは、ジョーの状態をそのくらいに考えて、あっさりと切り捨てることにし、とりあえず異常事態である気配漂うルナの部屋へ急ぐ。
「ルナ?大丈夫?・・・って、まあ!どうしちゃったの?」
フランソワーズは一目見て、ルナの状態が尋常でないことを察する。
ジョーが言っていたように「熱があるみたい」どころじゃない。(そりゃそうだ・・・本人は、上手くしゃべれないほど、発熱しているのだから・・・)
ジョーと同じように額に手を当てれば、その熱さに相当の高熱だと即座に判断できる。
「待っていて!」
バタバタと部屋から走り出ると、即座に体温計を持って戻ってきた。
「とりあえずは体温を確かめなくちゃね。」
声をかけながら、ルナに体温計をわたし、検温が終了するまでの間に軽く質問・・・極々普通にお母さんが子供に尋ねる質問項目が並んだ。
「頭痛い?喉も痛いでしょ?お腹はゴロゴロしてない?咳は出る?じゃべりづらかったら、無理に話さなくていいわよ?」
ルナは、首を動かすことでそれに答える。
「声出ないのね?・・・やっぱりね。あ・・・体温計出して。・・・あららーーっ?!ルナ?これじゃ辛いわよ?39度を軽く突破してるわよ?これじゃ身体のあちこちも痛むでしょ?・・・あなた夜中、辛くなかった?」
体温計は、39度2分を指していた。
「・・・なんか、変な夢見た気がする・・・目覚まし鳴ったから起きようとしたら、身体中が痛くて動けなかったの・・・」
かふかふ空気の抜けるような声でかすかに答えるルナ。
・・・こんな時には、この「耳」に感謝だわ・・・
フランソワーズは、自分の「耳」の力で息の抜けたルナの掠れ声を、易々とキャッチしながら、彼女の訴えに耳を傾ける。
「昨晩はどうだったっけ?別に変わったところはなかったと思うのだけど?」
「うん、夕べは普通だったよ?・・・ちょっと疲れたかな?とは、思ったけど。」
「・・・それね。まあ、出ちゃったモノは仕方ないわ。病院が開いたら、連れて行ってあげる。それまで大人しくベッドに入っていなさいな。・・・って、とても起きられそうにないわね・・・。」
「・・・うん・・・。」
普段の元気からは考えられない弱々しい声だ。
「・・・全く、ジョーったら・・・熱がある所じゃないじゃない?一目瞭然なのに・・・あ?!・・・もしかしたら・・・。」
フランソワーズは、とりあえずダイニングへと戻っていった。
「よお?ルナ、どうだい?」
ダイニングへ戻ると面々は朝食中。ジョーも、普段通り、黙々と食事を口に運んでいる。
「・・・やっぱりね。」
ジョーの様子を目にするなり、フランソワーズは軽く溜息をつきながら、他の面々に向かって状況を説明する。
「発熱しているわ。あとで病院に連れて行きます。なんで、ソレイユ?先生にルナが欠席するって伝えておいて頂戴。」
「うん、いいよ。でも発熱?ルナが?・・・それで起きてこないの?」
「そうよ、あれじゃ起きあがれないわ。39度2分もあるんですもの。」
「さんじゅうくどにぶ?!凄い熱じゃないか?!」
「大丈夫なのか?!」
「今すぐに病院に連れて行った方がいいんじゃないか?!」
ダイニングは一時騒然。フランソワーズは、あまりにも自分の予想通りの反応に、軽く頭痛を感じながら、努めて冷静にフォローを入れる。
「そんなに大騒ぎしないで、みんな。まずは病院に連れて行くから。喉が少し痛くて、身体中が痛むって言ってるわ。高熱のせいね。昨晩は、特に変わった様子もなかったから、もしかしたら、インフルエンザかも知れないわ。なんで、みんな?ルナの部屋に、むやみやたらに近づいちゃ駄目よ?特に博士とイワン、ソレイユは立入禁止。みんなも外出から帰ったら、うがいと手洗いは今まで以上に徹底すること。・・・ジョー?聞いてる?」
彼女の最後の一言で、全員の注目がジョーに集まった。
「そうだよ?ジョー?お前、ルナがこんな状態なのにわかんなかったのかよ?・・・って、お前平然と食ってるな・・・。」
ジョーは、フランソワーズの報告にもあまり驚きを現さず、落ち着いた風で朝食を口に運んでいる。
勢いでジョーに噛みついたジェットだったが、あまりにも気の抜けるジョーの現状に、その勢いも自然と収束してしまう。
が、よく見ると、ジョー・・・落ち着いているのではなくて、茫然自失状態らしい・・・。
「ジョー?大丈夫よ。・・・そんなに動揺しないで頂戴な?」
「・・・動揺している・・・のか?・・・こいつ?」
反応の薄いジョーの顔を誰もがしげしげと眺める。四方八方から注がれる視線に対しても、ジョーの態度は変わることなく・・・。
「おそらく、ルナの額にでも触れてみたとき、その熱さに仰天・・・思考回路がストップしたんだろうよ?放って置け。そのうち「戻ってくる」だろ?」
「まあ、そんなところだろうね?ジェット?そんなに、ジョーの顔の前で手を降ってみても無駄だよ?完全にトリップ状態だろうから?」
「そうなのか?・・・たく、だらしいねぇなあ。」
・・・アルベルトの見解もピュンマの判断も、ジェットの言いようも的確だわね・・・ジョーの思考は一体何処に行っちゃっているのかしら?・・・
フランソワーズは、朝起きてからこれまで、最速に近い速さで溜息の数を量産していた。そして一言。
「ジョーってば!もう!しっかりしてよ?たかが熱出したくらいで・・・。貴方がそんなに動揺しても、どうなる訳じゃないのよ?」
「うん・・・わかってるよ。話し、ちゃんと聞いてるよ?病院開いたら一番に行くだろ?僕が車出すからね。」
・・・あら?ちゃんと理解できているのね、一応は。その笑顔がちょっとうさんくさいのだけど・・・
その後、一抹の不安が拭えないままだったが、ルナとフランソワーズは、ジョーが運転する車で病院まで送ってもらう。
診察の結果は、案の定「インフルエンザ」。
近年、効果が評判の特効薬と解熱剤を処方してもらって帰宅した。幸い、発熱以外の症状は出ていないし、対応が早いので薬の効果も期待できそうだ。多少ふらつきながらも、ルナはきちんと自分の脚で歩いて部屋へと戻っていった。
当然、リビングからは、心配そうなおじさま達の視線が溢れていたのだが、さすがにそれに気が付く余裕はなかった。
一方、ジョーはといえば・・・ルナの高熱に動揺し惚けていた朝の反応とは一転、病院から戻ると、俄然、動きが素早い。自室や物置、博士の研究室などをバタバタと行き来している。その都度リビングを経由するモノだから、その動きはやたらと他の面々の目に付く。
「ジョー?突然、何を始めたんだ?」
誰もが、しばし、黙って見守っていたが、ジョーがこの家にあった予備の壁掛け型液晶モニターをリビングに持ち込んだところで、黙っていられなくなったジェットが声をかけた。
「繋ぐ?」
「うん?こことルナの部屋を繋ごうと思って。」
そう。博士やイワンにうつすわけにはいかないだろ?必然的に、ルナには引きこもっていてもらわなきゃ。でも、それじゃなんだかかわいそうだから、モニター越しに会話が出来ればと、思ってね。こちらも様子が分かって安心だしね。」
「・・・とかなんとか言って・・・お前?相変わらず親バカ?つーか、ルナには甘いのな?」
「・・・悪いかい?」
「別に〜いいんじゃね?」
ここぞとばかりにジェットがにやにやながら、ジョーをからかう。が、それに対してジョーは全く怯まず、実に平然としたものだった。逆に・・・
「・・・だったら、ジェットも手伝ってよ?はい、これ。この部屋が一番広角に撮れる場所に設置して。」
「これって・・・カメラか?」
「そうだよ。マイクも兼ねてる。ここの映像はリアルタイムでルナのの部屋へ。ルナの部屋からは音声だけ繋がるようにしようと思っているんだ。」
「あっちからの映像はなしか?」
「・・・当たり前だろ?ジェットは女の子の部屋をここから覗き見したいのかい?」
「・・・んなことしたら、アイツの殺される・・・か。」
「当然。じゃ、それ頼んだよ?僕はルナの部屋にモニターとマイクを設置してくるから。ピュンマ?設定頼むねーっ?!」
「・・・そう来ると思ったよ。任せてくれ。」
いきなりジョーに振られたピュンマだったが、そこはメンバーとしての阿吽の呼吸だろうか?ジョーの行動がわかりやすい・・・ともいうかもしれないが。
ジョーは、ルナの部屋を軽くノックをすると静かにドアを開けた。予想通り、中からの返答はなく、彼女は静かな寝息を立てている。
医者から戻ってきてすぐに特効薬と解熱剤を服用すると、水分の補給だけして、ルナは再びベッドへと潜り込んでいた。
高熱は想像以上に身体に負担を強いる。知らず知らずに消耗させた体力は、彼女に無条件に睡眠を要求していた。帰宅してから30分足らずしか経っていなかったにもかかわらず、すでに彼女は爆睡状態。
ジョーは、それを確認すると、ルナがベッドから頭だけ持ち上げた位でちょうどいい角度を探すと、モニターを設置する。
ほどなくリビングからの映像が届いた。音声も良好なことを確かめると、ジョーは椅子を引きだし腰を落ち着ける。
「ジョー?そこに居座るのか?」
「うん。知っているだろ?この特効薬、10代の人間が服用すると、まれに幻覚症状の副作用が出るって。」
「ああ?聞いたことあるぞ?なんでも死亡事故まで発生しているとか?」
「そうなんだ。服用後4時間くらいが発症しやすいそうなんだけど・・・一応心配だから、ここについているね。」
「わかったわ。何か必要なモノがあったら言ってね。」
「ありがとう、フラン。」
ジョーはリビングから届く音声をぎりぎりまで絞り込むと、眠り込んでいるルナの寝顔を覗く。まだ赤い顔をして息も浅いようだ。額に右手をのせると手のひらから、まだ熱が高いことが伝わる。薬が効いてくる迄には、まだ時間がかかりそうだ。
ジョーは椅子に深く座り直し、そっと寝顔を見守った。