家族で遊びに行ってきました日本から飛行機で3時間ばっかし・・・
【サイとパンダのキメラがキャンペーン張っている南国な島】・・・現在は、お手軽は観光地ですが、それもこの4半世紀のこと。
半世紀+ちょっと前には、悲惨な歴史を刻みこんだ場所でもあるのですよね・・・。
と・・・この事実はどなたでもご存知ですね・・・。
今回それは旧ゼロ「太平洋の亡霊」とリンクしてしまいました。
(「太平洋の亡霊」は、【旧ゼロれびゅう】をご参照くださいませ)
海中に眠る旧日本海軍の戦闘機・・・現実に海中で静かに朽ち果てようとしています。

特攻で命を落とした平博士のご子息が、言ったように・・・魂は安らかに眠っているのでしょうか???
今は、熱帯魚達の隠れ家=ダイビングスポットになっている戦闘機に黙祷・・・。
こうやって一体どれだけの人が・・・眠りについているのでしょうかね@海の底・・・。
ラストシーン=平博士の力で飛んでいた戦闘機が海中に戻っていく姿が・・・もの悲しいです。
そして、観光名所となっている「ラスト・コマンド・ポスト」・・・旧日本軍最後の司令部後です。
ようは・・・集団自決な場所・・・南無南無・・・。
ここに残されている砲台や戦車の残骸・・・「保存」というよりは・・・「さらしもの」にされているようにも感じられましたが・・・。


ここの漂う「悲しさ」は決して<敗戦国人として>ではなくて・・・。
戦争=戦いは、決してかっこいいモノではない・・・表に出ない数多くの「犠牲」・・・決して言葉で語りかけるのではないけれども、訴えずにはいられなくて、こうして「存在」「主張」しているような気さえします。
この島に行くのに、定期便(飛行機&船)が就航するずっと以前に「太平洋の亡霊」は、製作されました。
(民間人が、初めて鎮魂のための慰霊碑を建てたよりも以前のことでした)
おそらく事実だったろう描写のほとんどは、時代を経験した人たちによって映像化された「限りなく事実に近い想像」だったのでしょう。
だからこそ、心に迫る、訴えかける何かを含んでいるのでしょうね。
重い台詞の数々、憲法第9条を全文流す映像、相手国さえも罵るその感情・・・すべてが「これら」なんでしょうね。
戦いの後に残るものは・・・物言わぬ深い深い鎮魂の象徴達・・・でした。
ゼロゼロナンバーの彼らが身をもって示すのは、これらの象徴と同等なんじゃないかな???
戦う意味、戦争って? そこの残るモノって?
ゼロナイ作品そのものへの思い入れと「太平洋〜」作品が表したモノ・・・あれこれ想いが巡りました・・・。


慰霊碑の多くは、遙か2400km彼方の日本に一番近い場所に建っています。
平ゼロの台詞「戦いを始めることはできても、終わらせることはできない」「僕達が戦う最後の人間になろう」・・・真実以外、何モノでもないわな・・・
「太平洋〜」のギルモア博士が言った最後の台詞「平和の名を借りて、戦争の準備を怠らぬ人間ども・・・。」今の世界も、まさに、その通りだね。
あれから40年あまりが過ぎても、人間・・・進化していないってことか(--;)
だけどね、こうやって史実を認識して意識することは、とても大切なことだと思う。
その意識を投げかけてくれる「作品」は、大切にしたいですし、感謝したい。
いつか人間が進化を遂げて、真の平和に至ることを祈って・・・。
そして、「彼等」が、本当に「戦う最後の人間」となれますように・・・

