初めてのバレンタインデー


 「ねえ〜ママン・フラン?」


 ある冬の日の夕方、キッチンで夕食の用意をしていたフランソワーズの所に駆け寄ってきたルナがいきなり声をかけた。

 「なあに?どうしたの?」

 フランソワーズは忙しく包丁を動かしながら、声だけで彼女に答える。

 「ルナね?バレンタインデーにチョコレートあげたいんだけど・・・いっしょにかいにいってくれる?」

 「えっ?」

 危うく左の指を切りそうになった・・・。


 ルナ・・・もうすぐ5歳の幼稚園年中さん♪

 ここ日本のギルモア研究所にいられる間、少しでも同年代の子供と接することが出来るようにと、ソレイユと一緒に地元の幼稚園に通わせている。

 毎日が楽しいらしく、いつも夕食の時にはその日1日の報告会となっていた。

 今日はそれが少し早く、しかもお願いごと付きらしい。


 「バレンタインデーなんてよく知っていたわね?」

 「うん。きょうね、ひよこぐみさんで「わだい」だったの。」

 「・・・わだいね・・・」

 「すきなおとこのこに「こくはく」していいんでしょ?チョコレートあげて!」

 「・・・ええ・・・まちがってはいないけど・・・それで、だれにあげたいの?」

 「うん♪たっくんとみっちゃんとかずくん♪」

 「えっ?3人・・・なの?」

 「そう♪たっくんね、ルナがブランコこのじゅんばんまってたら、さきにかわってくれたの〜。

 み〜んなとってもやさしいのよ。」

 みっちゃんはおべんとうのいちごわけてくれたし〜、かずくんはルナがせんせいのおてつだいで、あたらしいえほんをはこんでいたらもってくれたの〜。

 「ふ〜ん・・・で、ルナはその子達が好きなのね?」

 「うん。」


 <・・・お礼のつもりなのかしらね?まあいいか・・・。>

 ・・・軽く考えたフランソワーズ。

 「いいわよ、今度お買い物にいくときに一緒にいって選びましょうか?」

 「うん、ありがとう!ママン・フラン!」


 これがギルモア研究所にチョットした嵐を呼ぶこととなる。



 その日の夕食時。

 「ルナね〜あしたバレンタインデーのチョコレートかいにいくの〜♪」


 ニコニコしながらルナが誰に向かうともなく報告してそれは始まった・・・。


 「えっ?なんでルナだけチョコレートかってもらうの?ずるい!」

 ・・・ソレイユはまだバレンタインデーの情報は耳に入っていなかったらしい。

 「誰にあげるのかな?」

 さりげなくきいたジョーだったが、心の中では『当然僕だよな?』としか思っていなかった。

 が・・・予想を完全に裏切るルナの言葉に、彼は愕然とするのだった。


 「うん♪たっくんとみっちゃんとかずくんなの〜」


 「えっ?」


 ジョー・・・口に運びかけていたチキンがポロッとお皿の上に落ちる。

 更に落ちたことにも気付かずに呆然・・・。

 自分も知らない男の子の名前に目に見えて動揺するジョー。

 「それ・・・だれ?」

 「ようちえんのおともだち〜」

 「その子達にあげるの?」

 「うん、そうよ〜」

 「・・・他には?」

 「えっ?ほかって?」


 ・・・しばし沈黙が流れて・・・


 「ルナ?・・・パパにはくれないの?」

 精一杯の目線で娘に訴えかけるジョー。


 しかし・・・この時に反応したのはジョーだけではなかった。


 「僕には〜?」

 ソレイユの反応は・・・まあ許せるが・・・


 「ルナ?俺にはくれないのかよ?」

 「・・・俺もほしいが・・・」

 「我が輩も欲しいな?」

 「ワイも〜」

 「僕もほしいかも。」

 「ルナ?儂の分はないのかね?」

 「・・・おれも・・・」

 ・・・動揺したのも、ジョーだけではなかったらしい・・・。


 <一体どんなヤツラなんだ???そいつらは???>


 言葉ではルナにチョコレート頂戴♪の催促をしていたが、心の内ではルナの口からこぼれた名前に微妙に反応しているおじさまなメンバー達。

 ジョーもその動揺が顔に出していないだけで内心はすでに臨戦態勢。

 他のおじさま方も御同様だったようで・・・どんな男の子なのかすぐにでもリサーチしてやろうと誰もがおもっていたのだった・・・。


 ・・・ヲイヲイ・・・相手は幼稚園児なんですけど・・・。


 「フランソワーズ?その子達ってルナと一緒の幼稚園の子たちだよね?」

 さっそくフランソワーズから探りを入れる。

 「ええ、そうよ。ルナ?みんな同じクラスの子よね?」

 「そうだよ、み〜んなぼくのおともだち♪」

 聞かれたフランソワーズにかわってソレイユが答える。

 そしてやんわりとリサーチを開始。

 「そうか・・・では、送り迎えの時に会えるな?」

 「ソレイユ!そいつらいいやつか?」

 「乱暴な子じゃないな?」

 「女の子をいじめたりしないな?」


 「・・・う・・・うん。ぼくのおともだちでそんならんぼうなこいないよ。」

 いきなりの質問攻撃に一歩引くソレイユ。


 「パパ・ジョーもジェットもアルおじちゃまも!ルナのおともだちのことわるくいわないで!み〜んなと〜ってもやさしいのよ!」

 自分達でも気付かないウチに口調に棘が混ざっていて、すかさずルナに反撃に出られてしまた。

 みんな・・・演技は下手くそ・・・。


 「もう!みんなどうしたの?まったく・・・。」

 フランソワーズは・・・ただただ呆れ顔。


 『・・・タダノ親ばか集団・・・』

 それまで静観していたイワンがクーファンの中からボソッと呟いた。


ちょっとお怒りマークを顔に貼り付けたルナをこれ以上刺激しない方が得策だろう、と誰もが思う中、この話題は強制的に終了する。

 肝心なチョコレートはもらえるのかどうか?

 ルナから答えを聞くことは誰もが忘れていた。

 ・・・それだけ気になっていたらしい・・・たっくん、みっちゃん、かずくんの存在が・・・。


 それからは何事もなかったかのように夕食が進み、いつもとあまり変わりない夜が更けていった。

 だから、フランソワーズもこの一件が一過性だと思い、さしては気にしていなかったのである。

 が・・・数日後・・・事態はフランソワーズが知らないウチに進展していた。


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 午後2時、いつものようにフランソワーズは幼稚園に双子をお迎えにやってきた。

 そこここで母親達の輪が出来ている。・・・いつもの風景。

 子供達がお教室から出てくるまでの間のおしゃべり。←これが貴重な情報交換の場所となっている♪

 フランソワーズもここでは普通の(少々若いが)お母さんでいられることが楽しかったりしている。

 ルナと仲の良い女の子のお母さんが、フランソワーズを見つけるといつものように手を振って誘っている。

 「こんにちは。ルナちゃんママ。」

 「こんにちは。今日はまだ子供達でてこないんですか?もう時間なのにね?」

 「そうね?ちょっといつもより遅いかしら?」

 「それより!ねえ?知ってる?」

 「えっ?何が?」

 「最近この幼稚園の周りに不審者が出るらしいのよ!」

 「えっ?不審者?」

 思わずBGを連想してしまい、気を引き締めるフランソワーズ。

 自分でも無意識に『耳』のスイッチを入れてまわりから情報を集めようとしていた。

 「そうなの!なんだか怪しい外国人が園の中をうかがっているらしいのよ。」

 「そこのフェンス越しにしばらく見ていたって!」

 <やだっ・・・静かに暮らしていたのに・・・>

 「サングラス掛けて人相まではよくわかっていないそうだけど。」

 「背がやたらと高くて二人組だったって!」

 「一人はトレンチコートの襟で顔が隠れていたって噂よ。」

 <えっ?>

 「もう一人の方がもっと背が高いんでしょ?」

 <ええ??>

 「そう!しかもすっごく派手なスタ・ジャン着て、髪の毛パンクしてたって話よ。」

 <えええっ???>


 口々に語られる『不審者』の特徴に、フランソワーズの張りつめた緊張が無理矢理かつ強制解凍してきていた。


 「でも、見た人の中にはかっこいいって言う人もいるのよね?」

 <?はあ〜?>

 「そうなのよ〜。だから怪しいだけじゃなくってかわいい子でも物色している変態かもって噂もあるのよ。」

 「え〜っ?変態ヤロウなの?」

 「「「いや〜なんだか怖いわね〜」」」(唱和)

 <・・・ちょっと待って・・・>

 『耳』に入ってくる情報にめまいを感じるフランソワーズ・・・。


 <・・・これで銀髪と赤毛っていわれたら・・・ビンゴだわね・・・>


 無意識におしゃべりしている輪から後ずさって呆然としていたフランソワーズに、今度は別の輪から声がかかった。

 「ソレイユ君のママ〜?」

 「あっ?はい!」

 反射的にそちらに返事をして身体の向きを変えると、こちらもソレイユと仲良しのお友達のママが手招きしていた。

 吸い寄せられるようにフラフラとそちらへ・・・。

 「ねえ?聞いた?なんだか怪しい人物がうろついているらしいって話し!」


 <・・・もう!凄いことになっちゃってるじゃない!どうするのよ!あの〜ヤンキー&ドイツ人!>

 顔では笑って『何かあったの?』という表情のまま、心の中で最大級で毒付くフランソワーズ。


 「そうなのよ〜むちゃくちゃ大きな人と背広姿の黒人の男性ですって!」

 <えっ!違うじゃない!>


 ・・・惚けている場合でもヤンキーとドイツ人に毒づいている場合ではなくなった・・・。


 「怪しい人物というには穏やかそうで知的な雰囲気が漂っていて、かえってよりあやしいって複雑な顔して先生方が話しているのをきいちゃったのよ〜」

 「でもね〜人は見かけによらないしね〜。」

 「そうよ!油断したら大変よ!」

 「そんなに大きい人なの?」

 「2メートル以上は絶対にあるって!」

 <・・・あああ〜っ?>

 「バスケットのプロ選手じゃないの?」

 「何?じゃあスカウトとか?」

 「「「まさか〜?」」」(再び唱和)


 ・・・こちらはずいぶんと気軽に笑っているが・・・

 ・・・フランソワーズは更に目眩がしてきた。

 <全く・・・ネイティブ・アメリカンとアフリカ人までが〜・・・自分達がどんなに目立っているか自覚がないのかしら?>

 無意識のうちに握りしめていた右手の握り拳がブルブルと震えていた。


 「あらっ?ソレイユ君ママ?どうしたの?顔色がなんだかよくないみたいだけど・・・。」

 「えっ?そっそんなことないと思いますけど・・・。ちょっとお話伺っていて怖いわっておもったせいかしら?ほほほっ・・・。」

 何とかごまかすフランソワーズ・・・内心、叔父バカ連中に呆れるのを通り越して怒りが沸々と・・・。

 <お願いだから中国人と禿頭は登場しないでよ!それでもジョーはこんなばかなことしていないのね・・・とちょっと安心していたわ。>


 (・・・甘いよ・・・フランソワーズ・・・)


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 顔では何とか取り繕って、ソレイユとルナの手を引いてやっと家路へと付く。


 「ねえ?最近、幼稚園のお外からジェット達が覗いていたことあった?」

 フランソワーズがさりげなく尋ねると・・・。

 「うん、なんだかこっそりみていたみたい。」

 「うん、知ってたよ。でも、こっそりしてたみたいだから声かけなかったし、手もふらなかったの。何かあったの?」

 「いいえ、何もないわ。・・・ないはずよ・・・。」

 <・・・よかった・・・この子達との接点は今のところないわね・・・>

 ・・・と、おもったのもつかの間・・・

 「でもね〜ぼくパパ・ジョーとはおはなししたよ〜」

 「え〜っ?ジョーも来たの???」

 ソレイユの嬉しそうな声に対して、公共の道ばたであるにもかかわらず、フランソワーズらしからぬ大声が響いた。

 ・・・何人もの通行人に振り向かれてしっかり注目をあびているが、それにも気がつかない。

 「うん♪こっそりね〜ぼくのおともだとおしえてって・・・。あっ!いけない!これってパパ・ジョーとのひみつだったんだ・・・ママン・フラン?パパ・ジョーにないしょにしておいてくれる?」

 お願い目線で見上げるソレイユ。

 溜息混じりで頷くしかないフランソワーズ。

 天然(ボケ!)はしっかり息子にも遺伝していた・・・。


 「ルナもおねがい!ないしょだよ〜」

 「うん、いいわよ。でもパパ・ジョーったらきゅうにどうしたんだろうね?」

 「うん、ボクにもよくわかんない。」


  ・・・ヲイヲイ・・・あの夜の一件はもう忘れたのかい?


 その場にしゃがみ込みたい衝動を何とか抑えて家路を急ぐフランソワーズだった・・・。


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