「どう? 手応えは?」
「うーん・・・まだなんともね。」
「あの子達に期待しちゃうわね。」
「でもね、彼女の方がアレを気に入ってくれれば、絶対にまた、ここに来てくれると思うんだけど。」
「そうよね・・・その為に用意周到に準備したわけだし。」
「リサーチは完璧なはずよ?」
「何より「愛」がつまっているんだし! ここには!」
ここはギルモア研究所からもほど近い、とある商店街の一角。
こぢんまりとしているが、趣味のよい「雑貨店」。
中では、定員らしき女性達が、ひそひそと、しかし、力強く密談中。
「さ・・・成果が出るまでに、少なくとも数日はかかりそうだわ。 その日のために、腕によりをかけて・・・。」
「そうね。その日のためにも!」
「心の準備は万全なんだけどなぁ・・・。」
密談をかわしていた女性は3名。
それぞれ、胸になにやら密かな決意を秘めている様子。
めいめい、決意を新たにすると各々の持ち場へと戻っていった。
ここは、一体?
先程までココを訪れていたのは、小さな双子のお客と付き添いの青年だった。
その小さなお客が、嬉しそうに大事そうに、両手に抱えるようにして買っていった商品は、ガラス製の小さな置物だった。
先程の会話に出てきたあの子達とは、まさにこの双子のこと。
その双子に期待することとは、なにか?
3人が決意表明をしていた「雑貨店」の名前は「MAYUDAMA」。
店主のまゆさん手作りの作品を中心とした店構えだ。
他の2人は?と、いうと・・・ 一人は、隣接したスペースにこしらえてある、カフェのカウンターの中へと入っていく。
彼女は、カフェコーナー担当、なつさん。
彼女の煎れるコーヒーや紅茶は、まるで時間を止めてくれる作用があるのではないか?というくらい、時間と空間を優しくしてくれる・・・と、一部常連には定評がある。
そして、このふたりから「みっちゃん」と呼ばれている3人目の女性は、その2つの店舗の間にあるちょっと奥まったスペースへと引っ込んでしまった。
実はこの場所・・・この2つのスペースの工房&キッチンでもあるのだ。
普段、彼女はここで、カフェで用意されている日替わりのケーキを焼いている。
毎日2種類ずつ用意される手作りのお菓子類は、ここの飲み物と非常に相性がよい・・・と、コレまた大変評判がよかった。
そして、その工房からは、雑貨店の方にも「オリジナル作品」を提供している。
そう、この店は、ざわざわと常に流動的な街の一角に、ぽっかりと存在する、まさしく『癒しの空間』のような場所なのだ。
知る人ぞ知る隠れ名店・・・という類だ。
よって、世の喧噪から切り離されたように、ここはいつも静かな空間であった。
しかし、実はここ・・・ある人物をなんとか『ここ』に引き寄せるために、わざわざ作られたスペース・・・そう、明確な標的と目的を持ち、周到に練られた計画の元に作られた場所・・・だったのである。
一体、その標的なる人物とは?
「ママン・フラン〜早くぅ♪」
「ねぇ? 見てみて! ここから見てね、この窓から「アレ」見つけたんだよ?」

店のドアの外から、子供の声が聞こえてきた。
声の主は、3人が待っていたあの双子の声だった。
<やった! とうとう来たわ! 先日の双子のお客・・・どうやら今日は、フランソワーズを引っ張ってきてくれたのね? よし! 彼女が来れば、計画は半分成功したも同然だわ!>
からんころんと、ドアベルの音を響かせて、店内の入ってきた親子を確認しながら、「MAYUDAMA」の女主人のまゆさんは、こっそりと拳を握りしめた。
高鳴る胸をなんとか押さえつつ
「いらっしゃいませ。 先日はどうもありがとうね。」
にっこりと優しい微笑みが、双子に向けられた。 2人も満面の笑みで挨拶する。
「あっ♪ こんにちは。 今日はママン・フランもね、一緒なの。」
「『アレ』ね〜とっても喜んでくれたの。 でね、このお店のことお話ししたら、ママン・フランも来たいって。」
<よっしゃぁ!>
まゆさん、心の中で再度、ガッツポーズ。
「こんにちは。 初めまして。 先日は子供達がお世話になったみたいで・・・お手を煩わしませんでしたでしょうか?」
「いえいえ。 大したことではありませんでしたよ。 全くご心配には及びません。 付き添いの方もご一緒でしたし。 先日の品物は、お気に召しましたようで、こちらこそありがとうございます。」
「はい。 あ・・・あれは、本当は、この子達から主人への誕生日プレゼントだったのですけど、私の方が気に入っちゃって。 窓際に置いてあるのですけど、陽の光が当たると本当にキラキラと綺麗に輝いて。 毎日、朝が楽しみになりました。」
「ね〜♪ だから、このお店にも来てみたくなったんだよね?」
女の子の方がニコニコと笑いながら、母親を見上げつつ、楽しそうに会話に加わってくる。
「それはそれは、ありがとうございます。 今日はどうぞ、ゆっくりご覧になって下さいな。」
「ええ、恐れ入ります。 ちょっと拝見させていただきますね。」

フランソワーズは、その小さな店内をゆっくりと見て回りだした。
双子も一緒に、店内を興味深げに見て回る。
先日訪れたときは、「アレ」しか、目に入っていなかったようで・・・、見るモノ全てに目を輝かせていた。
「ねえ? ママン・フラン? コレって・・・何かな?」
女の子ーーールナーーーが、レジの側のコーナーであるモノを見つけて、指さして聞いている。
「まあ? こちらで作っていらっしゃるんですか?」
「あら? それはね、当店オリジナルで、お客様の似顔絵をプリントしたシールなの。」
「ええ。 大きさは何種類か用意してあるのですけど、それは、お名前用のシールですね。名前のかわりにお顔をプリントして、オリジナルを製作するんです。 まだ字がよく読めない、幼稚園や保育園のお子様の持ち物なんかに利用されていますよ。」
「まあ、素敵ですね。 こちらも?」
「ええ、そっちはアイロンプリントになります。 イラストは勿論、注文を承っているオリジナルですの。 Tシャツやポケットティッシュ入れ、バッグにもできますよ。」
フランソワーズが、店主から話を聞いている間、ルナの目はそのシールに釘付けだった。
そして、会話の合間を縫って、幾分小声で尋ねてみる。
「ママン・フラン、ルナ、シール作ってもらいたいな。」
「あらら、おねだり? そうね・・・面白そう・・・シールがいいの? バッグとかじゃなくて?」
「うん♪ ノートとか教科書にお名前書くかわりの貼るの。 便利でしょ?」
「確かにね。 ソレイユはどう?」
「僕はいいよぉ。」
ちょっと顔を赤らめた男の子ーーーソレイユーーーは、照れ隠しなのか、そそくさとその場を離れると、店の奥を覗き込む。
「あれ? こっちも続いてる?」
ソレイユは店の奥・・・カフェのコーナーを見つけたようだ。
奥に姿を消したかと思ったが、すぐに戻ってくると、にっこり元気に、自分の考えを披露した。
「ママン・フラン? 僕、シールよりケーキがいいな?」
「えっ? ケーキ?」
(小物屋さんよね? ここ・・・?)
フランソワーズが、ソレイユの言葉についていけないでいると、
「こちらの奥は、カフェと繋がって入るんです。 こちらの商品をご注文なさったお客様のお顔を描かせていただくスペースとしても、利用していますの。 描く間、お茶を飲んでいてもかまいませんし。」
ケーキと聞いて、ルナも、ソレイユの後を追いかけて、再び店の奥へといってしまっている。
「うわー! 明るい! ねえねえ? ケーキってあれ?」
双子の目線から、カウンターの向こう側に、ガラス張りの冷蔵庫が、かすかに見えているらしい。
伸び上がってそのケーキを見ようとしているらしい双子が、すでに期待一杯の瞳でフランソワーズとケーキを交互に見やっていた。
「そうですよ。 今日はシフォンケーキとアップルパイですけど。」
「あらら・・・あなた達ったら、食いしん坊なのかしら?」
「うん♪」
答えながら、もぞもぞとカウンターの椅子によじ登りかけている双子に、苦笑を漏らしつつ、フランソワーズも椅子を引いていた。
「どっちのケーキにする?」
「「アップルパイ!」」
「じゃ・・・すみません、アップルパイを2つと、私はブレンドをお願いしてもいいですか?」
「はい。 かしこまりました。」
カウンターの中から、なつさんが、笑顔で答えてくれる。
フランソワーズは、カウンターに置いてあったメニューを興味深げに眺めながら、更に言葉を繋げた。
「まあ・・・お茶の種類もこんなに。・・・こちらのお茶も試してみたいのですけど、今日は初めてなんで、ブレンドにしてみます。 なんだか、さっきからコーヒーのいい香りが・・・気になっていたんです。」
「それは嬉しいお言葉ですわ。 腕によりをかけて煎れさせていただきますね。 楽しんでくださいな。」
「ありがとうございます。 あ、それと、先程のシールを、この子達それぞれに作っていただけますか?」
「はい、ありがとうございます。 じゃ、ケーキを召し上がっていらっしゃる間に、描いてしまいますね。」
「ママン・フラン? 僕も?」
「あら? いや?」
「イヤじゃないけど・・・。」
ソレイユは、自分が描かれるとわかったととたんに、もじもじと落ち着かなくなる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ? ソレイユ君。」
ソレイユは恥ずかしそうに、目線を合わさないように、やたらとキョロキョロしながら、ケーキが出されるのを今か今かと期待していた。
「・・・照れ屋さんな所もよく似ているのね。」
「そうみたいね。」
2人の似顔絵のペンを走らせながら、まゆさんとみっちゃんは、コッソリと囁き合う。
2人のひそひそ話はフランソワーズの耳にも届いており、2人の言葉に一瞬「えっ?」と感じたが、ココの雰囲気がどうしても警戒心を呼び込まない。
フランソワーズは、いつもだったら、神経質になりそうな台詞だったにも関わらず、無意識にスルーしていた。
「お待たせしました。」
目の前に出されたブレンドから、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
アップルパイの甘い匂いも心地よい。 2つの臭いのハーモニーが、至極幸せな気分にさせてくれていた。
「美味しい! なんて優しい香りなんでしょう。 さすがですね、自分では、こうは煎れられないわ!」
フランソワーズの顔が、自然な笑顔で弾ける。
双子の食べっぷりを見れば、ケーキの美味しさも自然と理解できるというモノだ。
(ジョーにも教えてあげよ。)
彼女の気持ちが、自然とそちらへと流れていた。
そんな彼女の反応を、カウンター越しに、また、スケッチをしながら、笑顔で見つめている女性達。
実は笑顔に下には、作戦が成功した予感で一杯の、更なる笑顔が隠れていたのであるが、今のフランソワーズと双子には、知る由もない。
ケーキを食べ終え、コーヒーを飲み干すころ、まゆさんが下絵を描き上げていた。
絵を見せられて、ルナは飛び上がらんばかりに喜び、製品ができあがるのはいつ頃かと、弾んだ声で問いかける。
ソレイユは、ますます照れたように俯いてしまったが、それでも、はにかみながら、ありがとうと、お礼の言葉を言っていた。
2人の姿を見ながら、フランソワーズは、温かい空気に満たされて、ますますリラックスしていく自分を不思議に思っていた。
「この場所って、何て不思議な所なのかしら?」
漠然とした空気の中に、まがまがしいモノは一切感じられない。
いつもは、はっきりと分析できない空気ほど、警戒する自分がいるはずなのに。
ましてや双子と一者だったら尚更のこと・・・。
だけど、ココは、全く違う。
初めての場所、初めての人たちなのに、微塵も警戒していない自分がいる。
そんな自分を、自分自身、かけらも怪しんでもいない。
・・・なんて不思議なことなんだろう。
もしかしたら、コレが癒しの空間というものなのかしら?
「ありがとうございました。 どうぞ、またお越し下さいね。」
笑顔で見送られながら、フランソワーズは、心が満たされていることを自覚する。
(うん・・・今度はジョーと来たいわ。)
あそこは妙に彼に似合いの場所のような気がしてならない。
彼にゆっくりと味わってもらいたい。
心を休めてもらいたい。
あそこだったら、絶対に彼の心を静かに穏やかに包んでくれるだろう。
研究所以外の場所に、そんなところが存在するなんて・・・不思議でならない。
しかも、どうしてこんな事を考えてしまうのか・・・、フランソワーズは自分でも理解できていない。
それでも、漠然と、しかし、確信を持ってそう思っていた。
