フランソワーズは、リビングのソファーに腰掛けると同時に、その横のク−ファンの中で眠っていたはずのイワンから声をかけられた。
今は昼下がり、お昼の片付けも終わって一息つきかけての出来事だった。
フランソワーズは臨月を迎えていた。いつ生まれてもおかしくない。
「ウン。コノ前見タ時ヨリ随分ト大キクナッタミタイナンダケド・・・」
「そりゃあね。もう予定日だしね。まして二人もはいっているのよ、狭ッ苦しいだろうにねえ、中々出て来てくれなくてね。でも、あなたの夜が明けてよかったわ。きっとイワンが昼のうちには、産まれると思うから。」
「余程、ふらんそわーずノオ腹ッテ居心地ガイインダネ。僕モ目ガ覚メタラ、産マレテイルカナッテ思ッテイタンダヨ。ダカラ、コノオ腹ハ・・・びっくりダヨ。コンナニ大キクナルモンナンダ・・・」
イワンはク−ファンの中で器用に寝返りをうつと、頭を持ち上げて中から顔を覗かせていた。
「ジョ−も同じ事言ってるわ。よく伸びるねですって。失礼しちゃうと思わない?」
「ウン。僕モ感心シテイル。ネエ?伸ビタ人工皮膚ッテ元ニ戻ルノカナ?」
「それよ!私もそれを心配してるの!生身に近いとは言え人工皮膚には違いないんだし、まあ切れちゃうとか裂けちゃうとかの心配はないけど、逆によくぞこれだけの伸縮性があったって感心してるのよ。」
「博士ハナンテ言ッテル?」
「ここまで伸ばしたデータはないからわからないって。強度については・・・こう・・・なんていうの伸ばす事に関しての強度なんてデータないでしょ?外部からの攻撃にたいしての強度データはあってもね。」
「アハハハッ!確カニココマデ伸バス必要ハナイダロウカラ・・・デ?」
「戻らなければ取り替えるって・・・仕方ないわね。本当はこの子達が出て来たら自然にもどるらしいのよ。この皮膚どんなになるんだろう?タルタルなんていやだわ。想像すると怖いわね。」
フランソワーズは屈託なく笑い飛ばす。
「ふらんそわーずッタラ、出産ガ近イノニ余裕ダネ。」
「そう?結構これでも毎日、今日かしら?って緊張しているんだけど?」
「ネエ?オ願イガアルンダケド?」
イワンが唐突に聞いて来た。
「なあに?イワン?あなたからお願いだなんて珍しいじゃない?」
「ウン!ソノ子タチト話シテミテモイイカイ?」
「えっ!この子達と?」
「ソウ!僕ノてれぱしーデ話スンダ。アマリ興奮サセナイヨウニ気ヲツケルカラサ。」
「フフっ!楽しそうね、私も参加したいくらいだわ。いいわよ。子供達によろしく伝えてくれる?早く出ておいでって。」
「アリガトウ!ふらんそわーず!」
イワンはそう言うと、ク−ファンに乗ったままフランソワーズのお腹の前までやって来て制止する。フランソワーズの大きなお腹の前に浮遊する揺りかご。奇妙な光景である。ク−ファンの中でハイハイの形のまま、顔だけ覗かせてフランソワーズのお腹をジーっとみているかたちだ。
そのイワンが時々クスクス、キャッキャっと声をあげて笑っている。それにあわせるようにフランソワーズのお腹がもぞもぞと動く。明らかにイワンと双子達が会話をしているのだ。
「イタタタッ!ふたりでいっしょにそんなに動いちゃ、たまらないわ。イワン?なにをそんなに楽しそうに話しているの?なんだか動きまわっちゃって、ほら?みえる?」
服の上からでもはっきりとお腹が変型していく様子がわかる。
「ほら、ここなんかこんなにとびだしちゃって!これはきっと足ね。引っ込めなさいな?くすぐっちゃうわよっ?」
フランソワーズも動く自分のお腹に向かって優しく声をかけながら、飛び出した足らしきものをツンツンとつついたりしている。やがて、イワンがすーっとフランソワーズの目の高さまであがってきた。
「痛カッタ?ゴメンネ。トッテモイイ子達ダヨ。僕モ楽シミダナ。彼等モ早ク出タインダケド、ヤッパリ居心地ガイイミタイダヨ。甘エテイルノカモネ。」
「そうなの?出て来ても甘えさせてあげるから、早くお顔を見せて頂戴な?」
フランソワーズの優しい呼び掛けに、今度はゆっくりとした動きでお腹の中で胎児達が答える。まるで大きくのびでもするように、お腹がグニュ〜と変型した。それを愛おしそうになでるフランソワーズ。イワンはクーファンを彼女の隣のソファーに着地させて、その横顔を眺めていた。
「チョット焼ケチャウナ。モウスグ僕ダケノままジャアナクナッチャウンダ。」
ちょっと複雑な表情のイワンだった。フランソワーズはこんなイワンの感情には気がついていないはず・・・だが、
「イワン?この子たちをよろしくね。」
ふいに声をかけられて、考えていた事がばれたかとちょっとドキっとするイワン。
「?」
「私だけでは、護り切れないかも知れない。ジョ−でさえも。それより、こんな私が母親で、機械の身体の親で、悩むかもしれないわ。私の手に余ったら・・・きっとあなたが一番近いところにいるだろうから・・・お願いね。」
急に神妙な顔でお願いされて、言葉に詰まったイワンだったが、
「ワカッテイルヨ。僕ダッテ兄弟ガ出来テ嬉シイヨ。スグニ僕ヨリ大キクナッチャウダロウケド。」
「兄弟?」
「ソウダヨ。ミンナトハ仲間。兄弟ジャ無理ガアルシ。ソレニふらんそわーずハ僕ノままダシネ!兄弟ノ面倒ハ僕ダッテチャントミルカラ!コレカラモ僕ノ事モ頼ムヨままん・ふらん?」
焼きもちを焼いてしまった事を、ちょっと恥ずかしく思ったイワンが、わざと開き直って甘えてみせる。
『お願いね』といったフランソワーズが反対に『頼むよ』といわれて、目を見張っている。
が、すぐに、最高の聖母の微笑みでイワンを抱き上げるとぎゅっと抱きしめほおずりをしながら
「当たり前よ!頼りにしているわ!イワンお兄ちゃん!ママっていってくれてありがとう。」
イワンの頬が照れて紅くなった。フランソワーズの瞳からはひと粒涙が光った。
イワンがまだ顏を紅くしたまま申し訳なさそうに声をかける。
「ソウイエバ、僕お腹空イチャッタンダケド・・・」
「いけない!目が覚めてから遊んじゃったから、ミルク忘れていたわ!ごめんなさいね。すぐに作るから。あっ今日の離乳食は何がいい?リクエスト考えておいてね。お夕食にはいっしょにたべましょうね。」
フランソワーズはイワンをクーファンに戻すと、よっこいしょっと重いお腹を抱えながら立ち上がり、キッチンへと移動した。
「ふらんそわーず、マカセテオイテ。僕ダッテチャント護ルカラ。ソレニ、ソンナニ心配シナイデ。コノ子達ハチャントワカッテクレルカラ、トッテモイイ子達ダカラ。」
イワンはソファーに着地させてあったク−ファンからごそごそとはい出すと、ソファーの上におすわりをしてフランソワーズが持って来てくれるミルクを待っていた。

その日の夕食、イワンはフランソワーズ手作りの離乳食に満足げに舌鼓をうっていた。メニューはそぼろいりカボチャの煮物とトロトロの野菜スープとお粥。イワンのリクエスト通りだった。
フランソワーズから食べさせてもらって、なんとも美味しそうな顏をしているイワンをみて、ジョ−が言った。
「イワンも大分人間らしいもの食べられるようになったね。」
「じょー?ドウイウ意味?」
「ミルク以外でっていうことだよ。それに最初はどろどろで何物かわからないものばっかりだったじゃない?最近は御飯らしくなって来たなって思ってさ。」
「あら?そのドロドロに5、6ヶ月もすればまたお目にかかれてよ。」
「えっそんなに早くから食べていいんだっけ?」
「ソウダヨ。僕ガヤタラト長イダケサ。」
ジョ−がバツの悪そうに口を噤んでしまう。そんなジョ−をみてイワンが悪戯心を覗かせる。
「デモイインダ!僕ズットふらんそわーずニ食ベサセテモラウンダカラ!」
クスクス笑いながら自身たっぷりな物言いをしたイワンに、ジョ−が目を見開いてフリーズしている。
「・・・なんだか、今日のイワンやたらと挑戦的だけど?フラン?昼間何かあったの?」
「フフフッいいえ?別に何も、ねえイワン?」
「ネエ!ままん!」
<・・・絶対に何かあった!絶対に・・・でも怖くてきけない・・・>と心の中で思うジョ−だった。
「ふうう〜っ、ごちそうさま。」
「あれっ?もうおしまい?フランソワーズ、あまり食べていないんじゃないの?」
「ええ、なんだがお腹が苦しくて、今までのような胃への圧迫感はないのだけど、なんだかお腹が張ってるの。まあそろそろだから、しかたがないのかな。ソファーで休ませてもらうわ。」
お腹をさすりながら、ソファーに深く腰掛けるとそのまま身体を横たえてしまったフランソワーズ。
「何だかいつもより張りもあるみたい。でもまだごそごそ動いているみたいだし、休めばなおるわね。」
いつもと違うフランソワーズの様子を気にして、ジョ−が後片付けをかってでた。
イワンは、自分が昼間にお腹の子供達に話し掛けたせいでつかれたのではないかと、心配している。こっそりお腹の双子の様子を覗いてみる。が、話しかけるのは辞めておいた。興奮させてはいけないと思ったから。
「あれ?大人しく寝ているのかな?昼間よりも頭の位置が下がっているみたい。もしかしたら、本当にそろそろ・・・」
イワンは期待に胸を踊らせながら、自分が出産するがごとくの緊張を覚えた。
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