大きなゲート、そこに書いてある文字は『Motegi』。
道はゲートから更に先へと続いている。そして、その道に沿って点在する広大な駐車場。
「パパ・ジョー?ここって?何?」
先が見えない不安でジョーに尋ねるソレイユ。
「ここはね、サーキット場だよ。『Twin Ring Motegi』・・・比較的新しい本格的なサーキット場なんだ。」
「今日、レースでもあるの?」
「いや・・・レースを見に来たわけじゃないんだ。言っただろ?博物館もあるんだって。ああ、見えてきたな。あそこだよ・・・今日の目的地は・・・。」
高台に四角い建物が見えていた。
ジョーは駐車場に車を止めると、その建物に向かって歩き出す。正面にまわり、中央の入り口からホールに入る。
大きな窓のあるホールはとても広く、ゴールデンウィーク中とはいえ、暦の上では平日であることもあってか、さほど混雑はしてない。
ジョーは無言のまま、エレベーターへと乗り込むと3Fのキーを押す。
ソレイユは建物に入ったとたん、あたりをキョロキョロと興味津々で見渡していた。
入り口を入っただけではよくわからなかったようだが、それはエレベーターのドアが3階で開いたとたん、ソレイユの目に飛び込んできて彼は感慨の声を上げる。
「うわ〜っ!すごいっ!こんなにいっぱい・・・ジェットが見たら・・・なんて言うかな?」
ソレイユの目の前に展示されていたものは、レース仕様の二輪車の数々。
ゼッケンナンバーのついた、今にもエンジンがうなりを上げそうなバイクがずらっと並んでいた。
しかし、ジョーはスタスタとそのスペースから出ていってしまう。
思わず見とれていたソレイユは、ジョーのその動きにあわてて後をついていく。
先程の喜びの数段上をいく驚きで声がでないソレイユ。
ずらっと並んだほんもののマシンに心が奪われる。
「これって?全部F1マシンなの?」
「いや?全部ではないよ。よくみてごらん。F1のマシンの形はこれ。あっちにはもっと違うのがあるだろう?」
「あっ、本当だ・・・。あっちは普通の車っぽいけど?」
「アレはラリー様だね。外見は普通の乗用車っぽく見えても中身は全然違うよ。近くに行ってよく見てごらん。凄く頑丈に作ってあるんだよ。」
静かに答えるジョー。だが、その目は F1カーをひとつひとつ何かを探すかのようにゆっくりと移動していた。
「パパ・ジョー?ここの何処に『彼』がいるの?探さなくていいの?」
ジョーの顔をのぞき込みながら、ソレイユはそっと尋ねた。
ジョーはそれには答えずに、1台のマシンに向かって歩き出す。そして、静かにその正面に立った。
ジョーの後に付いてきたソレイユは、そこまできて初めて、その車にだけ花束がひとつ、置かれていたことに気が付く。
「あれっ?なんでこのマシンにだけお花があるのかな?」
じっと動かないジョーに、ソレイユはもう一度声をかけた。
「パパ・ジョー?その人に会いに行かなくていいの?」
ゆっくりとソレイユの方に向きを変えながら、ジョーはそれまで、朝からはずさなかったサングラスをはずす。
その下からは、ちょっと寂しげな紅い瞳が現れて、ゆっくりと口が開かれる。
「これが・・・このマシンが『彼』なんだ。」
その車の説明のボードに記されている文字をソレイユは何とか読んでみる。
その文字の下には

「この人、パパ・ジョーのお友達だったの?」
「いや・・・ちょっと違うな。僕らよりずっと若かったよ。僕やジェットが引退したあたりから活躍し始めたんだ。だから、一緒に走ったことは・・・多分ない。」
「お友達でもないのに、どうして?」
「友達にはなれなかったけど、よく知っているんだ。僕も、彼の天才的な走りはよく覚えている。『あんなヤツがいたら俺達の優勝回数はもっと少なかったよな。』ってジェットとよく話していたものさ。それほど、すばらしい走りをする人だったんだよ。今でも時々思うんだ。・・・一緒に走って・・・みたかったなって。」
すうっと細められた紅い瞳が懐かしさで満ちる。
「1988年・・・この年に初めて、彼はワールドチャンピオンになった。確かシーズンの優勝回数は8回。チームメイトの優勝回数の7回とあわせて、彼のチームはこの年に、シーズン全16戦中15勝っていう華々しい記録を残したんだ。まさに、彼の時代が始まった時に、彼が乗っていたマシンなんだ・・・。」
ジョーの声が静かに、そうっとソレイユの耳に伝わる。
「A・S・・・そういえば・・・僕・・・この人知ってる。・・・この前、ビデオで見た気がする・・・。」
「そう。この前君が見ていたあの人だよ。思い出した?」
「うん。なんとなく・・・。帰ったらもう1回よく見てみたいな。パパ・ジョーがそんなに誉める人だったら・・・。」
「ああ・・・あの事故がなければ、記録だってもっともっと伸びていただろうし・・・。」
「この人、いつ死んじゃったの?」
ソレイユはジョーの顔を見上げてそうっと尋ねる。
「確か・・・1994年だったはずだから・・・9年前だね。」
「9年前に死んじゃったんだ・・・。」
ソレイユのつぶやきにゆっくりと頷くジョー。
ソレイユは、ジョーの側を離れると、並んでいる同じような彩りーーー形が微妙に違うーーーのマシンを見て回り出した。
いくつかのマシンを眺めたところで、あれっ?といった顔をして、ジョーの所に戻ってくる。そして、再び、そうっとジョーの顔を見上げて尋ねてみる。
「パパ・ジョー?この人のF1マシンってこれだけじゃないよ?」
「そうだよ。彼はこのチームに・・・6年かな?所属していたからね。」
「へえ?そうなんだ・・・。でも、F 1マシン、たくさんあるのに、なんでこの車なの?あっちのマシンにもこの人の名前が書いてあるのに・・・。」
「コレは・・・さっき言ったように、彼の初めてのワールドチャンピオンになった年のマシンで・・・彼が亡くなったときに、たまたま東京に展示されていたんだ。・・・ココのサーキットの会社の東京にあるショールームにね。あの時、彼が亡くなって・・・この車は・・・彼を悼むファン達が捧げた花束で埋もれた。彼本人は、かれの祖国で国葬が行われたよ。彼は英雄だったんだね。だから、ここでは・・・日本ではコレが・・・彼の墓標なんだよ。きっと、この花も誰かが今日、彼のために持ってきたんだろう。」
マシンに向かって優しい視線を投げかけたままで、ジョーはソレイユにわかりやすく説明する。そして、その視線をソレイユに向けると、
「ソレイユ?僕はね、この前、君が彼の走りをビデオを見ていて・・・彼の走りを久しぶりに見て・・・彼に、このマシンに、会いたくなったんだよ。そうしたら・・・今日が彼の命日だったことを思い出してね・・・。」
「そうだったの・・・。もしかしたら、この人がもうちょっと早く産まれていたら、パパ・ジョーやジェットのライバルになったかもしれなかったんだね。」
「ああ・・・サーキットで優勝を争ってみたかったな・・・本当に。」
ジョーの瞳が、再びマシンに話しかける。懐かしがっているような、故人を悼むような、優しい紅い瞳で見つめながら。
「パパ・ジョー・・・僕、あっちの車みてくるから、ゆっくりお話ししてね。」
ジョーの気持ちをくみ取ったかのように、ソレイユは、ジョーの側から離れて他のマシンを見て回りはじめた。
「・・・ありがとう・・・。」もう別のマシンをのぞき込んでいるソレイユに向かって、ジョーは小さくつぶやく。
そしてその瞳は、ソレイユからまた例のマシンのコクピットに移動した。
そこに座っていた彼の残像を思い出すかのように。
世界が衝撃を受けたあの日から9年。
彼は今もドライバー達の憧れであり、英雄として心の中で生き続けている。
「・・・一度勝負したかったよ。」
ジョーの脳裏にはデビューしたばかりの若々しい彼の笑顔が蘇ってくる。
外は溢れるばかりの新緑。
新しい息吹が聞こえてくる季節。
こんな季節に、一人永遠の旅に出た『彼』に、ジョーは静かに語りかける。
外では5月の風が木々を揺らす。
時を越えたチャンピオン達の語らいのように。

