Memorial

〜 5月1日に捧ぐ 〜


 「パパ・ジョー?お出かけするの?」


 新緑が映える清々しい春の早朝。

 青空が広がっているーーー見事な晴天ーーーというのに、ジョーにしてはめずらしく薄手のトレンチコートなぞを羽織り、黒いサングラスをかけて、部屋から出てきた所を、ソレイユにばったり出くわし、声をかけられた。

 ジョー本人も、こんな朝早くに起きてくる人がいるとは、思いも寄らなかっただけに少し驚く。

 「うん・・・ちょっとね・・・。君もどうしたんだい?随分早起きだね。」

 心なしか沈みがちな声に「あれっ?」と、ソレイユの心に少しだけ不安がよぎる。

 「うん・・・。なんだか目が覚めちゃって。ベランダに小鳥がきたみたいなの。小鳥の声って結構うるさいんだね。パパ・ジョー?大事なご用なの?・・・お仕事?」

 「ううん?違う・・・『仕事』ではないから心配しないで。今日は・・・ちょっと僕にとって、大事な日なんだよ・・・。」

 不安げにジョーの顔を見上げてくるソレイユの頭を優しくなでながら、いつもの笑顔を見せていた。

 「大事な日?でも、『仕事』じゃないんだ・・・。」

 とりあえずはほっと胸をなで下ろすソレイユ。それでもサングラスに隠れたジョーの紅い瞳ーーーいつもはとても優しいのにーーーが見えなくて少々不安になる。

 「ねえ?お仕事じゃないんだったら・・・僕も一緒に行ってもイイ?」

 思い切って、ジョーに連れて行ってと頼んでみるソレイユ。それに対して、返ってきた答えは、案外拍子抜けするモノだった。

 「そうだね・・・構わないよ。じゃあ、出かける準備をしておいで。朝ご飯は・・・途中で何か買おう。」

 「えっ?いいの?、ありがとう!じゃあ、急いで着替えてくるね!・・・ねえ?僕もちゃんとした格好した方がいい?」

 今日のジョーの雰囲気をみて、『ちょっと違うぞ・・・』とでも考えたのだろうか?

 ソレイユが、着替えのために自分の部屋まで戻ろうとする途中、振り返りながら尋ねる。

 「いや、そんなに気を使うところに行くわけじゃないよ。君は普通のシャツと Gパンで十分さ。そうだ、帽子・・・キャップとサングラスを用意したほうがいい。・・・いい天気だ。日差しが強くなりそうだからね。それから、ルナに一言、伝言を書いておいで。黙って出かけたらきっと大騒ぎになるからね。」

 「うん!わかった!ママン・フランには?」

 「それは、僕がやっておくよ。」


 ・・・そして、言われた通りの用意をして、2階から下りてきたソレイユを連れて、ジョーは研究所を出た。

 いつものようにガレージから愛車のオープンカーを出して、助手席にソレイユ用の補助シートをセッティングする。

 「パパ・ジョー?『屋根あり』なの?僕、オープンで乗りたいなあ。」

 ホロのかかっているその車を見てちょっと不満げなソレイユ。

 「はははっ、太陽がもっと高くなったらね。今オープンで走ったら、とってもじゃないけど寒くて風邪をひいてしまうよ。」

 ソレイユのお願いはあっさり却下して、車はギルモア研究所を後にする。


 車に乗り込んでからも、あまり話しかけてこないジョーに対して、

 『やっぱり今日のパパ・ジョーはいつもとどっか違うな・・・。』

 ソレイユは、運転するジョーの横顔をチラチラと見ながら考える。が、彼に思い当たることは当然、ない。

 一緒に行ってもイイと言ってくれたのだから、心配ないとは思ってみても不安でちょっと胸がドキドキするのを抑えることは、9歳の彼には無理な相談と言うモノ。それは何処へ行くのかという期待と相まって、一層彼の胸をドキドキさせていた。

 快調にとばす車の窓から、外に目をやると、周辺の木々がすっかり新緑に染まっていることに気が付く。

 車窓に広がるその風景を見ながら、ソレイユは、ジョーに声をかけた。

 「ママン・フランやルナがいたらきっときれい!気持ちいいっ!て大変なんだろうね?」

 「はははっ、そうかもしれないね。この前は・・・いや?この前も桜がきれいだって大はしゃぎしていたな・・・そう言えば。」


 ジョーは、1ヶ月前にたまたまここを通りがかった時のことを言っている。

 片側一車線のちょっと狭めなこのバス通りの両側には、見事な桜並木になっている。

 歩道の半分くらいを占拠しかねないくらいのしっかりとした根をはった大木が、道路に沿ってまっすぐに続いている。地元ではちょっとは知られた桜の名所だ。

 満開の時期には、ココの下を通ろうとするマイカーの行列と、歩道を散策する人でごった返す。

 今年は特に、満開の時期に良い風が吹いて、桜吹雪が特に美しかった。

 フランソワーズとルナは、その舞い散る桜の様に大はしゃぎだったのである。

 その日は、みんなで散歩をしながら桜の美しさを堪能していたのだが、その通りを今、ジョーとソレイユが、すっかり葉桜となった並木道を走っていたのである。

 「1ヶ月前の桜はフランソワーズとルナの季節だったんだよ。桜の花びらを両手一杯にすくったルナは、本当に楽しそうでかわいかったな。」

 かわいらしい愛娘の笑顔を思い出したのか、ジョーの口元にうっすらと笑みがこぼれる。


 「じゃあ、今は、僕とパパ・ジョーの季節?」

 「う〜ん?僕たちは葉桜、新緑ってわけかい?」

 「うん!そう!少しずつ大きく葉を広げていって、太陽をたくさん浴びて、栄養を一杯もらって、もっともっと大きく枝を広げるんだ。強そうで男らしいジャン?」

 「はははっ、男らしいか。・・・大きく強くなっていくんだね。そしてまた、次の春には満開の花を咲かせて見せるわけだ。うん!いいんじゃないか?ソレイユ?かっこいいこと言うなあ?」

 「えへっそう?」

 ジョーに誉められてご機嫌のソレイユ。

 ちょっと長くなりそうな道中、ソレイユにとっては、とりあえずはご機嫌な始まりだった。


 『日本では、こんな新緑の季節にーーーあそこでも似たような気候だったはずーーーアノ出来事は起こってしまった・・・。』


     ジョーの脳裏には、ある場面が鮮やかに映し出される。

     それは・・・忘れることの出来ない・・・一瞬の出来事・・・。


 高速に乗る前に、朝ご飯と飲み物の買い物を済ませて、二人は改めて車に収まると、ジョーは快調に車を走らせた。

 そして、車は高速に入ると東京方面に向かう。それを確認してからソレイユは、そうっと尋ねてみる。

 「パパ・ジョー?東京に行くの?」

 「ううん・・・東京は通過しちゃんだ。」

 「じゃあ、どこまで?」

 「そんな遠くまで行くわけじゃないよ。そうだね・・・誰でも、大人でも子供でも、気軽の入れて楽しめるところ・・・とだけ言っておくね。」

 「気軽に入れるって・・・なんだ?それって?・・・どこか、お店なの?」

 「う〜ん、お店とはちょっと違うなあ。入って、色々見ることができて、しかも遊べるところ・・・だよ。」

 「色々見られるの?じゃあ、博物館?」

 「おっ、なかなかいい勘しているぞ。それもありだな。博物館もある。・・・ただ・・・今日はちょっと特別なんだ。」

 「特別?」

 「うん。そうだな・・・まさしく、そこの博物館に『いる』のだけど・・・『彼』は・・・。今日は・・・特に『特別な日』だから・・・。『彼』に会いに行くんだ・・・。」

 「彼?・・・誰?・・・」

 ジョーの遠回しな言い方に、いよいよついていけずに、ソレイユはちょっと顔をしかめる。

 「そうだね・・・君も多分、知っている人だよ。」

 「えっ?僕も知っているの?」

 「ああ・・・多分ね?」

 「ええ〜〜〜っ、だれだろう???」

 「ふふふっ、折角だから、それは到着するまでの秘密にしておこうね。」

 「???」


 どうやら行き先は『博物館』のあるどこかの施設で、そこにいる『彼』に会うのが目的らしい。ソレイユには、それ以上は全くわからない。ましてや目的地にいたっては・・・。


 好奇心一杯の少年を乗せた車は、早朝の都心を抜けて常磐道へと入っていく。


 今日のジョーは、やはりあまり話さない。

 目的地のヒントの会話が終わると、自分からは、口を開かなくなってしまった。

 ソレイユには、にこやかに『秘密だよ』と言いながらも、その瞳はどこか遠くを見ているようだ。


 そのせいで静かな車内と、朝が早かったせいと、たった今食べた朝ご飯のおにぎりのおかげと、そして、車の心地よい揺れも手伝って、ソレイユはいつの間にか眠ってしまっていた。

 目が覚めたのは、高速道路を下りるために料金所へと差し掛かり、車が減速したときだった。

 「あっ、僕、寝ちゃっていた?ここは?」

 あわてて頭をおこすと首を2,3回左右にコキコキまわしてからあたりを見渡す。

 「朝が早かったからね。でも、これで元気も出るだろう?。高速、おりるよ。」

 「もう着く?」

 「イヤ・・・まだ。もう少し。」


 車は一般道を山間の方向に走っていく。

 「パパ・ジョー?まわりに何もなくなっちゃうよ?ホントに、こんな所に博物館があるの?」

 「ああ、心配しなくて大丈夫だよ。もうすぐ見えてくるから。」


・・・そして、それは、ソレイユの目の前にいきなり現れた。


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