精神運動発達遅滞

 小児てんかんの最も恐ろしい側面は、単に発作が抑制されないだけではなく、徐々に精神運動面の機能が低下していくことです。
特に、転倒発作の患者さんではこの傾向が著しいようです。転倒発作が始まるまでは比較的順調に発育していたお子さんが、この発作型の開始と共に、徐々に精神運動面での遅れが目立ち始めます。
この状態が長期間放置されると、単に発育の遅れだけに留まらず、これまで獲得した言語機能なども次第に失い始める、いわゆる退行という現象が出現します。
なぜこのような大脳機能の低下が起きるのでしょうか。
これは決して病気そのものや、服用している抗てんかん薬の副作用で起きているのではありません。
その証拠に、かなりたくさんの抗てんかん薬を服用していても、発作が一時的におさまると、患者さんの精神運動面での機能も突然改善することからも理解できます。
このことから、脳に最も悪い影響を与えているのはてんかん発作そのもの、特に左右同期性のてんかん波が大脳機能低下の犯人であることが推測されます。

転倒発作のメカニズム

脳梁を介するてんかん波の同期



恐ろしい左右同期性てんかん波

 左右同期性のてんかん波は、いわば脳の中の雑音と考えて良いでしょう。この異常波は転倒発作の最中だけでなく、発作間欠期(発作を起こしていない期間)にも繰り返し出現しています。従って、転倒発作を反復する患児の場合は、常時てんかん波による雑音が頭の中で響いており、外からの刺激が入りにくい状態と考えて良いでしょう。
 小児の脳の発育にとって最も重要なのは外界からの刺激です。生まれたばかりの赤ん坊は無限の可能性を秘めていますが、お乳を飲む以外にはほとんど何もできない無力な状態です。このような状態から次第に周囲を認識し、言葉を学び、歩けるようになるのは、ひとえに両親が根気よくあやしたり、話しかけたり、歩く訓練をさせたりして、いろんな刺激を脳に与え続ける結果なのです。0歳から1歳までに脳の容積は二倍にふくれますが、この間、神経細胞の数は増えるわけではなく、無数の神経線維の連絡が増大するのです。このように、人間の脳の発育にとって欠かせないのは、外界からの刺激です。刺激を絶えず受けることにより、いろんな種類の神経連絡が発達するわけです。
 このような脳に対する刺激は、人間が生きている限り不可欠であり、老人になっても脳の刺激を多く受けている人はなかなかぼけにくいことが知られています。
脳の発育途上にある子供にとっては、有効な刺激ほど大切な物はないといっても良いでしょう。
 ところが左右同期性のてんかん波が常に脳から出現していると、外からの刺激が遮断され、有効な刺激として脳に伝わりません。人の体は進歩するか退歩するかのいずれかで、同じ状態で永く留まることはありません。脳も同様で、外からの刺激が入らなくなると、形成されかかった神経の連絡も、不要な物として退化を始めます。その結果、精神運動面の発達遅滞から次第に退行現象へとつながっていくわけです。

重要な前頭葉機能

 転倒発作の反復により大脳機能が低下したお子さんの脳波を見る、同期性異常波が特に前頭葉に強く出現している特徴があります。前頭葉は脳の中で最大の容積を占める脳葉で、大脳機能のまとめ役をしているきわめて重要な場所です。いわば大脳の司令塔といえるでしょう。
 左右同期性異常波の大半は前頭葉に見られます。前頭葉に刺激が十分届かなくなると、脳全体の機能が低下してきます。集中力の低下、落ち着きがなく多動になる、学習能力の低下、運動機能が低下し、不器用になったり歩行が不安定になったり、言語機能が低下し話す能力が低下したりなどの様々な大脳機能低下症状が出現してきます。
 てんかん児の大脳機能を守るとは、言い換えれば前頭葉の機能を守るとも言えます。両側の前頭葉のうち、片方だけでも機能を維持できれば、かなりの機能が期待できます。しかし、左右同期性異常波の怖い点は、両側の前頭葉機能が低下していくことです。これに対してなるべく早期に手を打たないと、転倒発作のみならず大脳機能の荒廃という最も恐ろしい後遺障害を残すことになります。

前頭葉はまとめ役
前頭葉は大脳機能の司令塔

→ 目次に戻る